第五話・はっぴーにゅーいヤー
オリバーの枕元で精霊エラムは目を瞑っていた。
しばらくすると彼女の対の羽に光が巡り始める。
不意に、どこからか淡白な女性の声が響いた。
『……仮想分身との精神同期を開始。三次元地球における覚醒まで、残り三、二、一——』
精霊の両眼が開いた。真っ黒だったそこに幾千もの火の粉が舞う。
「……アー、あー、おはよウ!」
彼女は元気よく飛び上がり、青年の顔に覆いかぶさる。
「ん、おはよ」
エラムは嬉しそうに彼の額を撫でた。オリバーもおとなしくその愛情表現を享受してから毛布をどかした。
隣ではすでにシオンが朝食の鍋の中身をかき回していた。
すぐ近くで破壊の悪魔が猫の姿でくつろいでいる。髪で隠れていた片目部分は、猫体では眼帯がかけられていた。
酸欠防止のためか、テントの出入口は開けられているようだ。
「おう起きたか。ほら」
少年からコップに入った白湯を渡される。何かハーブを入れたのか、一口含むとほのかに甘い香りが広がった。
「アニタちゃんは?」
「外だぞ」
そう言って指差された方を見れば、裸足の少女がいた。
水気の少ない粉雪が降る中、彼女は踊っていた。露出した岩肌の上で白い素足が回る。
シオンはそれを眺めながら、数年前に見つかった壁画のことをを思い出す。
長いこと冬の擬人化と思われていた人々は、他ならぬ華玉の先祖であり、彼らは氷河期に腰布一枚で踊り歌っていたという。
現に少女の足先は、少しも赤くならずに純白のままだった。
少年の得意料理、ごった煮ちゃんこ鍋を堪能してから、彼らは早々に出発した。
雪がひどくなる前に、どこかで宿を見つけなくてはいけない。
しばらくコンパス片手に雪道を進んでいると、遠目に灯台の明かりが見えてきた。
たどり着いた大きな町はちょうど領邦の境目に位置するようだ。通りに人は少なく、宿屋を探し出すのに苦労した。
大家族の家を改装したという民宿は、雪で足止めされた旅人で溢れている。
彼らはなんとか一部屋だけ確保することができた。
宿の管理人が、安堵している少年少女に籠を差し出す。
「ほれ、今晩過ぎれば新年だ。お祝いの料理だよ」
「いいのか! あ、いいんですか?」
女性はからからと笑ってシオンの肩を叩いた。
「いーの! 作り過ぎたもん配ってるだけなんだから」
「ありがとうございます!」
「どういたしまして。良いお年を」
部屋で開いてみると、ジャガイモのパンケーキがみっちり入っていた。
ジャガイモとタマネギの摩り下ろしに、小麦粉と卵で作る、この地方の伝統料理だ。クリームチーズの瓶が添えてある。
ナプキンでパンケーキを掴み、大きな口でかぶりつく。
温め直してあるようで、是非とも焼きたてを食べたくなる味だった。
「うまー! クコアも食べ……あ、ごめんな、タマネギだめだよな……」
「バカにしてるのか? 別に消化器官まで猫科じゃねぇわ」
破壊はそれを一枚平らげると、「暑い」と言って窓から出て行ってしまった。
彼を見送ってから少年は口を開く。
「そういや来年でオリバーいくつになるんだ?」
「うん?」
「歳だよ、歳」
帝国で厳密な誕生日を祝うのは貴族くらいだ。戸籍に記載こそあるが、平民の多くは大体の季節だけ把握し、年越しでまた一つ年老いたと把握している。
「あー……十九だったかな。二人は?」
「十六!」
「シオンと同じです」
「わかいネー」
「そりゃあ精霊と比べたらみんな若いぞ……」
食後には各々布団の上でくつろいでいた。
アニタは先ほど貰ったパンケーキのレシピとにらめっこ。
オリバーは三人分の荷物を背中に置いて腕立て伏せ。
シオンは受付にあった新聞を読んでいる。
一面記事に最近この町では『初恋の人が夢に現れる』と書かれていた。
そう経たぬ内に外は真っ暗になった。
民宿の屋根では破壊の悪魔が猫型で丸くなり、自分に積もる雪を尻尾ではたき落としていた。
明日の支度を終えると、三人は毛布の中に潜り込んだ。
その様子をエラムはじっと見守っていた。
深夜。静かな寝息だけが重なり響く。
雪は止んでいるようで、月明かりが室内に差し込んだ。
丸く切り取られた光に照らされた精霊は、そっと目を閉じた。
『仮想分身との肉体同期を実行。六次元地球より干渉を開始する』
朝と同じ声音がし、紅色の火が爆ぜた。
炎の靴が何も燃やすことなく床を踏みしめる。
気がつけば、妙齢の女性がそこに立っていた。
地に着きそうな長い髪を揺らし、彼女は三人の枕元に近寄る。
普通の精霊であっては、このような完璧な顕現は不可能だろう。ひとえに彼女であるから可能なのだ。
そう彼女こそ、始まりの炎にして巨人の母——精霊王エラム。
全ての精霊を愛し慈しみ、隷属する者である。
「……ねぇアダム。この子達はきっと鍵を見つけるわ」
今はここにいない昔馴染みの名前を口にし、エラムは楽しそうに微笑んだ。穏やかな視線で彼らの寝顔を見下ろす。
「今はゆっくり眠りなさい。孤独故に出会い、共に歩んでいる強かなあなた達も、まだ小さな子供に過ぎないのだから」
今年最後の更新です。皆様良いお年を




