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第四話・破壊は人に懐かない


 手帳から顔を上げ、シオンはたった今到着した領邦を見渡した。

 さすが上級貴族の領地というべきか、これまでの村落とは比べ物にならない活気で満ちている。

 これでも帝都よりは人口が少ないというのだから驚きだ。


 季節は冬。ぱらぱらと降り積もる雪が街道を白く染めていく。

 その様子を高台から眺めながら、少年は——


「……ざぶい!」


 それはそれは大げさに震えていた。


 屋台で買った饅頭を手に、アニタとオリバーは目を見合わせる。

 シオンは二人の間に割り込むようにして歯を鳴らしている。


「うぅ……二人とも体温高いな?! 俺の側にいてくれ……」


「何だい急に。気持ち悪いな」


「ひでぇ」


「シオンは寒いのがちょっぴり苦手だものね」


 暖かい饅頭を二つに割って、アニタは青年に差し出した。


「はいオリバーさん。半分こしましょう」


「うん、良いよ」


 少女の買ったのは甘い豆の餡、青年のはスパイスの効いた挽き肉が入っていた。

 しっかりとした生地に彼女は息を吹きかける。

 ふと、一口大にちぎって身震いしている少年の口元に運んでみる。


 瞬時に欠片は消えて、小さな口が動き始めた。

 面白がって両側から食事を与えられ、シオンの頰はぷっくりと膨らんだ。



 雪が高く積もる前に帰ろうと、人々の足が急かされる。

 その間を縫うように三人は大通りを目指していた。

 立ち並ぶ店先では菓子やプレゼントカード、キンセンカやプリムラのような花々が売られている。

 明日、二十五日に控えたサバルトーラ教の祝日のためだ。


 不意に少年の視線の先で、小さな少女が転んでしまう。次いで重たそうな木箱の揺れが目に入る。

 情報認識が済んだ途端、シオンは駆け出した。


 両手を伸ばして女の子をすくい上げる。

 そのまま勢いよく転がった背後で、箱が崩れる音が響いた。


「危ねぇな……」


 先ほどまで彼女がいた場所には、金属の入った箱が散らばっている。

 驚いたのか、転んだ際に怪我をしたのか、少女は両目に涙を滲ませる。


「おーおー、びっくりしたなぁ? もう大丈夫だぞ!」


 ゆっくりと立たせてやり、シオンは目線を合わせて笑った。

 見れば彼女のコートに土埃がついている。


「ああ、土がついちゃってるな、はたいてもいいか?」


「うんっ」


 優しい声音で話しかけながら、服の汚れをはたいてやる。


「よし、綺麗になった。親御さんはどこかな?」


「あっちのおみせ」


 そう言って少女は気まずそうに顔を伏せる。


「おん? 勝手に出て来ちゃったのか?」


「だってひまだったんだもの……」


「しょうがねぇなぁ。一緒に戻ってあげるからちゃんと謝るんだぞ?」


「はぁい」


 小さな厚い手が伸ばされる。外を歩く時は、大人と手を繋ぐのが慣習化してるのだろう。

 シオンは笑顔でその手を取った。道中で消えられたら困る。


「ごめんちょっと行ってくるわ」


「了解だよ」


「じゃあ、あそこのお菓子屋さんにいるね」


 二人に見送られて雪道を歩く。


(しっかし寒いな! 防寒具買い足すか……)


 ふと、顔面蒼白の若い女性が向こうから駆け寄ってきた。


「あ、この子のお母さん——」


「うちの子から離れて!」


 金属を擦り合わせるような警戒の声。

 少年が呆気にとられている内に、彼女は少女の手を取って、じりじりと後退する。

 女の子は状況がわからず交互に目を泳がせている。彼女による状況説明は期待できないだろう。


(心配する気持ちはわかるが、これはなんと言えば……先に交番に行くべきだったか?)


 周囲に野次馬が集まってくる。

 どうしたものかと少年が悩んでいると、後ろからだれかの足音がした。


「彼はその子の恩人ですよ」


 それは凛とした口調であった。

 一人の少女が三つ編みを揺らしながら、母親とシオンの間に歩み寄る。


「イゾルデ様……?」


「二本先の商店街で、その女の子が木箱の下敷きになりそうだったところを、彼が身を呈して助けたんです。私がこの目で確かに見ました。貴方を探そうとここまで一緒に来たのでしょう」


「……え?」


 それを聞いて数秒後、女性は両の耳まで赤くして頭を下げた。

 少年は戸惑いながらそれをなだめ、しばらくしてからようやく解放された。


 仲間の元へと戻る途中、馬車に乗り込もうとする先ほどの少女、イゾルデがいた。

 不意に両者の目線が交わる。

 互いに軽く一礼したところで、おもむろに御者が馬車の扉を閉めた。


 シオンが視線を下ろした先で、紫のナイフが鈍く光っていた。

 馬車の側面には、この街のあちらこちらで見かける領主家の紋章があった。




 菓子店の扉をくぐると、軽快に鈴が鳴った。

 オリバーとアニタは店内のテーブルで軽食を取っているようだ。カウンター席で背中しか見えないがなにせ彼らは目立つ。

 暖かい室温にほっと肩の力を抜いて、少年は二人に声をかけた。


「悪ぃ、待たせたな」


「あ、お疲れ様」


 青年はホットサンドを注文したらしい。断面からトマトとベーコンに薄切りのチーズが覗いている。

 口内の食事を嚥下してから、アニタも笑顔でシオンを迎えた。


「おかえりなさい。シオンも食べる?」


「良いのか?」


「勿論!」


 少女は朗らかに口元をほころばせた。



 店から出てようやく大通りに着くと、早速宿の部屋を抑える。

 簡単に寝る支度を終えて、一行は少年の部屋に集まった。


「えっと、次はマクガーンさんのお宅に行くの?」


「入れてもらえねぇだろうけど、一応ナイフの反応見ときたいな」


「屋敷がここだから、裏路地を通ってこのルートかな?」


「おん。それが一番目立たなそうだ」


 窓の向こうでは、分厚い雲が広がり初めていた。



 同時刻——マクガーン家にて。

 イゾルデは神経質に周囲を見渡しながら物置の中に入った。その手には茶色の紙袋が抱えられている。

 物置には灯りがなく、廊下の光が扉の下からわずかに入り込む。


 震える両腕をかき抱いて、少女は口を開いた。


「……破壊、起きてる?」


 呼びかけるも返事はない。彼女は恐る恐る足を進める。

 この部屋にいる存在はイゾルデにとって恐怖の対象だ。それでも放っておくことはできなかった。


 暗い闇から細い手が伸びてくる。

 それは彼女の胸ぐらを掴み、シャツに皺を作った。


「何の用だ。ますたぁ」


 幼子の高い声音だった。

 その正体は厳重な鍵のついた鳥籠に閉じ込められている、男児の姿をした悪魔だ。

 それを知っているイゾルデは全身を震わせた。


「し、しょ、食事を持って来たの」


「要らん。何度も言わせるな」


「あっ」


 乱雑に体を押されよろめきながら、少女は必死に泣くのを堪えた。

 それはみっともないことだと小さい頃から教わっているからだ。


「わ、脇の椅子に、置いておくから、その」


「……気が変わったら食う」


「う、うん」


 紙袋を慎重に下ろし、彼女は逃げるように小走りで廊下に出る。

 そろりと扉を閉めて膝から崩れ落ちた。



 残された破壊の悪魔は、無言でもう一度鳥籠から手を伸ばす。

 懸命に椅子の上の袋を掴もうとするも、小さな手は宙を掻くだけだ。

 そう立たない内に、彼の腕に稲妻のような痛みが走った。


「いっで!」


 慌てて片腕を戻して撫でる。

 揺り椅子の上には変わらず紙袋が鎮座している。


 仕方なく大きな舌打ちをして、次に彼は足を突き出した。


 破壊の新しいマスターは信心深いサバルトーラ教徒で、悪魔と接することに忌避感を抱いている。

 それでも閉じ込めていることに罪悪感があるのか、こうして食物を置いていくのだ。



 翌日、イゾルデは自室で髪を梳かしていた。仕上げとして丁寧に香油を塗り、緩めのおさげにする。

 今朝は父に呼び出されている。要件は十中八九、当主の継承についてだろう。

 最近、それ以外の話題が会話にのぼった試しがない。


(去年までだったら、今日はお父様のお祝いをしたのに)


 本日、十二月二十五日は父親の誕生日である。

 彼女と彼の二人だけのささやかな家族の時間。

 それについて今年ぐらいはと、イゾルデは一つの期待をしていた。


 館の奥。廊下の突き当たりにある小さな部屋の前に立ち、控えめにノックをする。


「……お兄様?」


 返される言葉はない。いつも通り硬質なオルゴールの音が聞こえる。


「…………今年もダメですか?」


 暗い表情のまま、彼女は父の書斎へ足を向ける。廊下には静寂だけが残された。



「お父様、失礼します」


「ああ愛しいイゾルデ。早朝からすまないね」


「いえ、大丈夫です」


 男は嬉しそうに微笑む。


「ますます母さんに似てきたな」


「そうでしょうか」


 母親は出産した時の産褥熱で亡くなったと聞いている。肖像画でしか見たことがないイゾルデは少しばかり気まずさを感じた。

 父はそれを知ってかわざとらしく咳払いをし、優しく口角を上げた。


「今日は他でもない。最後の仕上げをするんだ」


「仕上げ……?」


「これだよ」


 そう言って、机の上にあった大振りの鋏を手渡す。


「髪を切りなさい」


 一瞬彼女は何を言われたのか理解できなかった。

 惚けている娘に父親は続ける。


「悲しいがお前の能力は人並みだ。七選帝侯の『女王』のようには到底なれない。男の皮を被らねば、反感を持つ者も多かろう」


 二十年前、帝国では男女同権が法の元に定められた。それでも実態はまだその法が目指した理想に程遠い。


「……い、異性装は教義に反します」


「そうだね。だから、男のふりをするのではなく、完全に男の立場を借り受ける必要がある」


 男性は朗らかにどこか楽しそうに告げる。


「大丈夫! ちゃんとお前が成りかわる『双子の兄』は準備しておいたからね」


「え……今なんと」


「お前にずっと教えてきた『体も心も弱くずっと部屋に閉じこもっている兄』は、戸籍上だけの存在なんだ」


 彼は眼前の少女が絶句したことに気づいていないらしい。大仰に頭を振って続ける。


「参ったよ。生まれたのが娘だけ、しかも私も後天的な無精子症になると来た。養子も考えたが、マクガーンの直系を途絶えさせるわけにはいかない」


 それは荘厳な何かを成し遂げたような口調だった。


「さあ、できるね? イゾルデ」


 少女の手の中で鋏が光った。

 三つ編みの根元に刃を当て、手を震わせる。


(……嫌だ)



 彼女には好きな物が一つしかない。


 幼い頃から、これが好きだと声をあげたものを、父や他の大人に否定されてきた。

 だから周囲に合わせて嘘をつくことを覚えた。

 身に付ける服も、読む本も、欲しがるぬいぐるみも、好きな色も偽った。

 嘘まみれで何の能力も無い自分のことが大嫌いになった。


 それでも一つだけ、自分の髪だけは、染めることを勧められても濁して暗に断ってきた。


 死んだ母と自分の唯一の共通点。まっすぐで細い若草色、濃い夏の緑の色彩。

 それが心のままに好きでいれた唯一の物。


「き……」


「うん?」


「きれ、ま、せん……きれない」


 視界が滲む。父の反応が怖くて顔を上げることができない。


(ごめんなさい……役立たずの娘でごめんなさい……!)


「ああ、それなら仕方ないね。私が切ろう」


 鋏が奪われる。

 慌てて顔を上げた先では、父親がいつも通りの笑顔を浮かべていた。

 愛想笑いではない、本物の情愛を含んだ顔に、イゾルデは思わず吐き気がした。


 頰にひやりとした感触が走る。


「——来て」


 それはごく自然に口から零れた。



 一瞬の風の直後、男の顎に小さな拳がめり込む。

 絨毯の上に倒れ伏した父の背中を踏みつけて、それはこちらを振り向いた。


「布無しで会うのは初めてだな? ますたぁ」


 それの頭には二対の猫科のような獣耳がはえていた。灰色のこれまた猫の尻尾を揺らして、彼は大きなあくびをこぼした。

 前髪で隠れていて片目しか見えないが、その目が不満げであることはわかった。


「でぇ? 何をしろって?」


 イゾルデは肩をびくりと震わせた。

 幼き頃から教えられた、悪魔という存在。彼らを御するにたる人間で無ければ、娯楽として死なない程度の永続的な苦しみを与えると言われてきた。


(怖い……)


 思っていることが伝わったのか、破壊の悪魔は遠慮無く舌打ちをした。

 彼は彼女のような人間が嫌いだ。それでもマスターには違いない。


「……怪我は」


「えっ」


 恐る恐る少年を見やれば、心配の欠片もしていない表情だった。

 眉尻を下げて困り顔で少女は小さく頷いた。


「あっそ」


 しばしの沈黙が流れる。


 気絶した父親はしばらくは起きそうにない。彼のことを暇潰しに小突きながら、破壊は口を開いた。


「……ようやくわかったんだ? 兄なんていないこと」


「し、知ってたの?」


「匂いもしない。生活音もしない。むしろ今までよく騙されてたなぁ。まあお前に言っても仕方ないか」


「あう……」


「……あのさ、どうせお前はこれ以降、オレを使えないだろうから言うけど……中途半端すぎてムカつくんだよ」


 黄緑色の目が、鋭く細められる。

 厳しい言葉ではあったが少女は反論できなかった。


 怒りを隠しもせずに彼は言葉を吐き続けた。



「『悪魔』なんてもんに生まれずに済んだお前は、手段を選ぶことも、自由な意思決定も、未来も夢見ることもできるくせに。その権利を放り出して、何やってんの?」



 その台詞を聞いて、イゾルデは初めて彼と目を合わせた。

 悪魔という色眼鏡を外した先にいるのは、自分よりも幼い少年だった。


(私は……)


「ま、どうでもいいけど。狭っ苦しい籠から出れた以上、オレはしたいようにするから」


 そう言って彼は窓から身を乗り出すと、軽々のした動作で、屋敷の一部である塔の頂上へと駆け上がる。

 慌てて少女は窓から塔を見上げた。

 戻れと命じれば彼は聞くのが、彼女にそれを知る由はない。


 戸惑っている間に、破壊の悪魔は塔の上で片手を伸ばした。

 天を覆う分厚い雲から、地面に積もった雪から、周囲の水場から、少しずつ水分が奪われていく。

 やがてそれは一つの塊——巨大な雹へと変貌する。


 破壊の悪魔の瞳には、のうのうと己の力を搾取し、それを享受し続けた者達への怒りが浮かんでいた。



「と、止めなきゃ……」


 慌てた少女がふと視線をやった先に、裏門の付近でたむろしている少年少女がいた。



 シオンは大きく伸びをして上空に目をやる。


「おん? なんじゃありゃ」


 少年の腰に固定されているナイフは、鞘越しでもわかる眩い光を発していた。


「この光景も珍妙だよね」


「ビカーってかっこいいだろ!」


「うん。その感性はわかんない」


「どうやって悪魔に会わせてもらうの?」


 頭を突き合わせてそんな話をしていると、黒髪の少年の肩に手が置かれる。

 慎重に振り返ると、柵の向こうに困り顔のイゾルデがいた。


「ああすみません。うるさかったですね」


「いえ。その、皆様は……」


「おん?」


「悪魔について、何かご存知で?」


 切羽詰まった表情にシオンは顔を引き締めた。




 屋敷の内部から塔への道は氷で閉ざされていた。

 少年から悪魔がまずマスターの命令に逆らわないと聞いた彼女は、経年劣化の進んだ外壁を見上げる。


「わかりました。私、直接言ってきます」


「クッションはここに置いておきますが、気をつけてください」


「巻き込んでごめんなさい……」


「良いですよ。さっき擁護してくれたお礼です」


「釣り合ってないですよ……」


 命綱の結びを確認して、少女は壁に足をつける。



(……ますたぁ、何も言って来ないな)


 少しだけ、ほんの少し残念に思いながら、悪魔はため息をついた。


「誰が望むのだろう。善良な魂を。誰が愛すのだろう。愚かな大罪人を——我が名は破壊の悪魔——」


「っ、クコア! 待って!」


 イゾルデの声が響く。振り向けば、塔の外壁にしがみつく彼女がいた。思わず破壊はぽかんと口を開けた。


「私ね……本当はもっと、ふわふわしてる甘いお菓子みたいな服が好き」


「……はぁ?」


「本だって絵本が一番好き! 捨てられたお気に入りのやつ、今度買い直す!」


 生まれて初めて叫んでいるのでは無いかと思うほど、喉が痛む。それでも少女は息を吸い込んだ。


「ぬいぐるみも、貰った猫のやつも好きよ、でも、私は間抜け顔の象が欲しかったの!」


 自己の主張を吐いたところでいつだって返ってくるのは否定だった。

 彼女はようやくその否定に対し、反感を向けられたのだ。


「それと、私あなたの目みたいな黄緑色が好きよ」


 恐怖との葛藤で震える体をそのままに、彼女は真剣な声音で言葉を続ける。


「——あなたは何が好き?」


 破壊はまん丸く目を見開いた。


(……猫みたいで、ちょっと可愛い)


 彼が何かを答えようと口を開いた瞬間、少女の足を支えていた煉瓦が崩れた。


 か細い手が首元を掴み、即座に引き上げる。

 イゾルデが目を開くと不満を隠しもしない破壊の顔が目の前にあった。


「あ、ありがとう」


「別に……うん?」


「ど、どうしたの?」


「……ジェン兄ちゃんの気配がする」



 しばらくして、塔の下にいた三人のことを、イゾルデが裏庭に案内した。


 裏門をくぐってすぐのベンチで、破壊の悪魔は丸まっている。日当たりが良いから眠たくなったのであろう。

 興味深そうにシオンはスケッチを取った。

 見られていることに気づいたのか、破壊は目を開いて体を起こし、少年のナイフを見て、何かに納得するように数度頷く。


「話が早くて助かるぞ……マクガーン嬢、お聞きしたいことがあります」


「は、はい、なんでしょう」


「私は契約した悪魔との約束を守るため、現在召喚されている全ての『十二の悪魔』を煉獄に帰そうとしています」


 途方も無い話に少女は気絶しそうになった。

 しかし、彼女もすぐにその台詞の意味は理解した。


 ——破壊の悪魔との契約を、破棄する気はあるかどうか。


「……私は、彼のことを何もわかってなかった。わかろうとしてなかった。これ以上縛りつける理由も、それを懇願できるような資格もありません」


 イゾルデは俯いていた顔を上げた。その両目には、固い決心が覗いていた。


「おいこら、当事者を置き去りにするな」


「ああ、すまん、クコアで良いんだよな? 君はどうしたい?」


「……すぐには帰れない。探したい奴がいる。そう遠くにはいないはずだ。だから、そのナイフの権能で契約を奪って、お前らに同行させろ」


 シオンはちらりと後ろの二人を確認する。彼らは賛同を示すように微笑んだ。


「勿論良いぞ! よろしくな!」


 少年は心底嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。



 一時的に同行者の増えた一行は、イゾルデに連れられ街の端までたどり着いた。

 あとは出発するだけというところで、破壊が少女に声をかけた。


「おい、イゾルデ」


「あ、はい。え……え?」


 少女は思わず二度見してしまった。


 破壊は呆れた表情で、氷の結晶のような形状をした水仙を差し出す。


「オレの好きな花。やる。髪留めにでもつけろ」


「え、えぇぇ??」


「嫌なら別にいい」


「いやそうじゃなくて! あ、そっか、知らないんだよね? じゃあ…………ありがとうクコア」


「……変なやつ」



 破壊の悪魔は知る由も無い。


 今日は世界宗教の定めた祝日・スノウリーブル。

 家族に、恋人に、友人に、日頃の感謝を伝える日。


 そして、慕う人に一輪の花を手渡して、愛の告白をする日なのだ。




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