第十八話 巨人の王は眠っている
ウェスタリアを出立して約一ヶ月。
シオン達は森の中で、夜を明かす準備をしていた。
ヴィーはフード付きのマントを解き、テントを組み立てていた。
通常の一人用テントとは違い、四人が夜露をしのげるように、木々の間に括りつけている。
その脇では、アニタがかまどを用意していた。
しばらくすると男衆が小枝集めから戻って来た。
空気が通るように重ね、エラムの息で火をつける。
彼らは次第に、こうした仕事を分けるようになっていた。
決して押し付けあった訳ではなく、自然とできることをやっているだけである。
また、それは料理当番も同じこと。
「できたぞー!」
誇らしげな笑みを浮かべながら、シオンが鍋の蓋を取った。
ニシンとトマトのスープが、湯気の向こうでくつくつと音を立てている。
「今日はシオンとヴィーちゃんだっけ」
「美味しそうです!」
「私は野菜の皮剥きしかしてないけどね……疲れた」
桃髪の少女は肩を落とした。
温かなスープとチーズトーストを頬張って、彼らは思わずほっと息を吐く。
帝国も徐々に風が冷たくなってきた。
翌朝、一同は朝日が上るより早く起き、てきぱきと荷物をまとめた。
地図を見ながら進むと、やがて大きな町にたどり着く。
談笑する女性達、揺り椅子に座って笛を吹く老人。どこか穏やかな雰囲気が漂っている。
ふと、広場から民衆が集まっている。
近づいてみると、恰幅の良い男は両手を振り上げ、
「えー皆様! 本日の一般受付は午後一時! 午後一時からでございますよ! 目一杯楽しい休日を過ごしましょう!!」
銀髪の少女が不思議そうに呟く。
「あれは何でしょうか……」
「やけに立派な格好だな」
空から落ちてきたチラシを、桃髪の少女が受け止める。
「なるほどね。『オークション開催中』ですって」
周囲の賑わいを横目に、シオンは「それでか」と笑った。
確かに辺りにはお忍びらしき貴族の姿も多い。
そんな中、巨人の青年はぼんやりと人混みを眺めていた。
しかし、
「……?」
不意に彼は顔をしかめ、丸い建物を見上げた。
「おん。あれがオークション会場だな」
オリバーに向けて、人間の少年はにっと笑いかける。
「行ってみるか?」
こくりと小さな頷き。
その肯定を見逃さず、シオン達は会場へと足を向けた。
一行の末尾を歩く青年は、珍しくその顔から笑みを消していた。
(一瞬――同族の、匂いがした)
会場内は広く。主催者ごとに部屋が別れている。
受付で一般参加を済ませ、四人は会場内を物色することにした。
「色々あるなぁ。あっちは有名な時計職人の作品か」
「はわわ……人が多い」
帽子のつばをいじりながら、アニタはおどおどと辺りを見渡す。
身の危険を考え、念のため銀髪も隠そうと、ここに来る前に購入した物だ。
「お、この部屋は絵画っぽいな?」
「もう少しで入れるわね。参加してみる?」
「し、してみたいですっ」
「僕は外で待ってるよ」
「そうか? じゃあまた後で」
特に干渉は無く、別行動になる時はあっさりと。
口に出して言ったことはないが、オリバーは彼らのそういうところが気に入っている。
個室の扉が閉まるのを見届けて、青年はマントを翻した。
部屋の中は小さな劇場のようになっていた。
司会者が壇上に立って、にこやかな笑みを貼り付けている。
少年少女が席について間もなく、オークションは始まった。
「最初の作品は、六百年代を代表する巨匠の遺作でございます」
「……あの時代の物にしては、青の発色が良すぎる。照明の辺り具合か、修復か、おーん」
小声で呟きながら、シオンは訝しそうに目を細めた。
そう、このオークションは掘出し物も多いが、かなりの数で贋作が紛れ込んでいる。
「続いての品は『青年と鳥の蜜月』! 長年の間、屋根裏で放置されていたアトリエから発見された実物です」
「あれ作者の娘さんの家にあるわよ」
「知ってるのか?」
「修復作業に参加したの。多分まだ売ってないと思うわ」
「――二人ともすごいねぇ〜」
最後列で他の参加者から離れていた彼らに、一人の青年が声をかけてきた。
どうも特徴の無い、数秒後には忘れるだろう顔と声音。
その違和感に飲み込まれながらも、シオンは冷静に口角を持ち上げ、彼に話しかけた。
「すいません。うるさかったですか」
「いやいや、他の誰も気づいていないよ」
明るく笑って男は続ける。
「会えて嬉しい。こういう出会いは貴重だからね」
座席から立ち上がって、彼は少年少女の脇を通り過ぎる。
青年が部屋を出てしばらくした後で、黒髪の少年は思った。
(あれ)
頬を冷や汗がつたう。
(今の人、どんな見た目だった?)
それは記憶力の良い彼にとって、初めての経験であった。
ご機嫌な鼻歌を歌う男に、美しい少年が話しかける。
「急にどうされたんでスカ」
「うーん。ちょっとお手洗いに」
「ハ?」
「嘘嘘」
青年は彼の金髪をぽすぽすと撫でて、
「彼らのおかげで、債権者が捕まえられたことがあってね。一度顔を見たくてさ〜」
その顔の皮膚を、少しずつ歪に浮かび上がらせ、やがて一枚の仮面に変えた。
少年は動揺することなく、どうでも良さそうに口を開く。
「もう出マス?」
「契約通り、売り物は渡したよ。帰ろ帰ろ〜」
「かしこまりまシタ。馬車をお呼び致しマス」
仮面の商人は、人混みの中に姿を消した。
(……? 今、一人分の匂いが……)
オリバーは会場の裏手で、ふっと顔を上げたが、すぐに歩き出した。
彼はこの町に来た際に感じた巨人の匂いを辿って、オークション会場の裏口までやって来たのだ。
(この先からするんだけどな)
裏口は当然関係者しか通れない。
どうしたものか、否そもそも本当にいるかもわからない。
そう考えていると、搬入物を乗せた荷車が目に入った。
「……」
マントの内側に隠れていた精霊が耳打ちする。
「気になるノ?」
「まぁ、ね」
青年は顔を強張らせて、数秒ためらってから、空箱に体を滑り込ませた。
やがて、疲れた様子の声音が聞こえて来た。職員達だろう。
車輪がゴトゴトと鳴る。
しばらくすると揺れは止まり、搬入物は倉庫に並べられた。
オリバーは周囲の人気が消えてから慎重に蓋を退けた。
「……ガバガバ過ぎないかい」
荷物が運ばれた直後、騙されたと怒り出した一般客への対応で、多くの職員が駆り出されたのだ。
青年はそれを知らず、倉庫の中を歩き回る。
不意に、鼻先をくすぐる匂いがあった。
床の敷物の下、ずらすと地下への階段が現れた。
一歩、一歩、匂いが濃くなっていく。
オークション会場の地下深く、特殊な品物の保存場に――それは眠っていた。
青年と精霊の息が衝撃で奪われる。
「ロロ?」
それは最初で最後の、巨人族の統治者の名前。
通称――呪われた王。
オリバーはかつて母から聞いたことを思い出していた。
かつてばらばらだった巨人族をまとめようと、幼い王が祭り上げられた。
少年王ロロは帝国に対し、巨人族の人権と相互不可侵を求め、その協定は結ばれる寸前であった。
その最中に――彼は毒殺されたのだ。
彼の遺体は埋葬されたが、どさくさに紛れて盗まれた。
その後、剥製となったロロは人間の手を渡って行ったが、持ち主になった貴族は必ず変死を遂げたという。
『巨人側も、人間側も同じくらい愚かだった。この中でもし被害者がいるとしたら、巻き込まれた弱者と平和を願った王だけさ』
元々闘技場に彼女は、いろんなことに詳しかった。
まあそんなことは青年にとってどうでもいい。
重要なのは目の前の光景だ。
黒髪の少年が微笑んでいる。
ガラスケースの中で、重たい瞼を閉じて、静かに押し黙っている。
そう彼はずっと眠っていた。
少年王ロロの剥製、その実物がここにあった。
巨人の青年は無意識の内に、胸に手を置いて目を閉じていた。
オリバーは手の上の精霊を見た。
不意に思う。彼女に頼めば、遺体だけがすぐに灰となる。
そうすれば、少年の剥製が持ち主を渡り歩くことも無くなるだろう。
(……それで良いのだろうか)
青年が悩んだ理由は、単純に保身のためもあるが、脳裏に浮かんだ少年のせいでもあった。
(今ここで、これが無くなったら)
――人間の歴史から彼が消えてしまうのではないか?
それは、そうなってしまうのは、少しだけ残念だと思った。
「オリバー! 終わったぞ」
「お疲れ」
「宿探さないとなぁ」
「それだけど、この騒ぎで埋まってたよ」
「まじで?」
オークション会場の目の前にある時計台。
その下で青年は静かに立っていた。
元気良く手を振る黒髪の少年に、彼は小さく微笑みを返す。
後から追いついた少女達と合流し、一行は別の町へと歩み始めた。
この町が王に呪われたかどうか、彼らが知ることは無かった。
「今日は見事に全員朝寝坊したわね。もっと早く出ようって言ってたのに」
「俺は一回起きたぞ!」
「二度寝したでしょ」
「ぐぬぅ」
馬車を待ちながら少年少女は軽口を叩く。
乗り込む際に、シオンは自分の隣に置いておいた麻袋を手にした。
原稿や日誌など人目につくと困る物も入っている。
が、しかし。
「……嘘だろ」
「シオン、どうかした?」
珍しく真っ青な顔で口角をひくつかせ、少年は声を震わした。
「これーー俺の荷物じゃねぇ」
おまけ 巨人族
かつて大陸の広範囲に分布した遊牧騎馬民族。
優れた五感と異様な怪力、黒髪赤目を有する。
特徴として出生率が低いこと、特定の神を崇めないことなどがある。彼らは祖先・巨人ノアのみを至高と尊ぶ、誇り高い戦士達であった。
特徴としてさらに特筆すべきなのは、純血種の寿命についてだろう。
怪力や驚異的な回復能力の代償か、彼らは三十代になるその前後で亡くなることが多い。
帝国がまだ分裂と統合を繰り返していた戦乱期。
巨人族は人間と接触し、時に傭兵として雇われながら、混血の子どもが生まれ始めた。
その血は現在まで続き、帝国では巨人の先祖返りが現れることもあるが、その場合は人権が認められる。
彼らの言い伝えによると『巨人ノアは生命の種を箱舟に乗せて、嵐の中楽園まで辿り着いた。その大地で生まれた我々は、母なる導きの炎によって地上に降り立った』という記述が残っている。
これは聖典にあるノアの箱舟と一部酷似しており、成立時期から考えるに、共通の民話を起源とすると推察される。
巨人族が国家を形成した記録は無い。
しかし一度だけ王を立てたことがある。
彼の名はロロ。素直で純朴な少年だったそうだ。
彼は帝国に対し巨人族の人権と相互不可侵を求め、その協定は結ばれる寸前だった。
その最中、彼は毒殺された。巨人族を殺せる毒は自然界にはまず無い。人工の毒だ。
混乱する同族内に、とある噂が広まった。
——王は混血に暗殺された、と。
彼らの中で始まった混血狩りが、一族を滅亡させる内乱まで拡大するのに、そう時間はかからなかったという。




