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第十五話・無垢なる時間は有限なり



 静かに寝息を立てている女児の見た目は、昨日会ったばかりの悪魔と酷似している。

 しかし明らかに外見年齢が異なっていた。


 シオンは慎重に近寄り、小さな体を控えめに揺さぶった。


「おーい。起きろー」


 二、三度声をかけると重たい瞼がゆっくりと開かれる。


「……ぅに」


「おはよう。アイトワラスって言ったか?」


「……おぁ?」


 幼い少女はにっこりと微笑んだ。


「これはこれは、わしのあたらしいますたーですかのぉ」


「へ?」


 ゆったりとした、外見とはそぐわない老齢な口調で、悪魔は言葉を続ける。


「むくなるあいとわらす、せーしんせいい、おつとめしますわいなぁ」


 面々は宿の食堂で顔を突き合わせた。


 悪魔の頬をつつきながら、ヴィーがため息を吐く。


「つまり……成人した肉体だと中身は赤ん坊で、子供の肉体だと中身はおばあさんになると」


「そういうことらしいな」


「変化の基準は何かしら?」


「見た目より重かったのは複数人の肉体があったからか?」


 口々に呟きながら少年少女は小首を傾げる。


 そんな中、時間帯としては至極全うな現象であるが、シオンの腹がくるくると鳴った。

 少年は恥ずかしそうに頭を掻く。


 アニタは慌てて立ち上がり一同を見渡した。


「朝ごはん作るね。皆さんは何が食べたいですか?」


「なんでもいいぞ」


「僕も」


「私も」


「ええん……それが一番困るよぉ」


 不意に悪魔が少女の手を引いた。


「しつれい、しろいおじょーさんや。わしのおむれつはまだかいのぉ」


「あ、オムレツ食べたいんですか?」


 無垢は嬉しそうに微笑み首肯している。

 姿はまさしく無害な幼女なのだが、一つ一つの仕草や表情には落ち着きを感じる。


 アニタは笑顔を返して、そそくさと台所へ向かった。



 オムレツと一口に言っても様々だ。

 昨日購入した食材と向き合って組み合わせを考える。


「うーん、二種類なら作れるかな? よし、ちゃちゃっとやろう」


 まずはジャガイモを薄く輪切りに、玉ねぎをみじん切りにし、水にさらす。

 玉ねぎ、ひき肉、ジャガイモの順に炒めて、塩胡椒で下味をつける。

 ジャガイモは火を通すために軽く蒸しておく。


 続いてボウルに卵と塩、牛乳を入れてかき混ぜる。

 この卵液は一度ザルで漉す。


 そこに前述の具材を加え、温めたフライパンに流し込む。

 大体固まったら皿を使ってひっくり返して両面をしっかり焼く。


 次は宿で『ご自由にどうぞ』の張り紙がしてあったキャベツの漬物。

 酸味のある塩漬けのようだ。

 これを軽く炒めて味を整える。


 もう一度卵液を多めに用意して、フライパンの上で具材を包む。


 整形してから皿に乗せ、いつの間にか背後でうろうろしていたシオンに手渡した。


「これで先に食べてて」


「美味そう……あ、バゲット切って出してあるぞ」


「本当? ありがとう!」


 少女はまだ席にはつかず、再度フライパンを火にかけ始めた。

 バターを溶かし、焦がさないように余った卵液を広げる。


 足元でくぅっと可愛らしい音が鳴った。


 見れば無垢なる悪魔が少女を見上げている。


「わしのおむれつ?」


「はい。もうすぐできますよ」


 卵液を素早く混ぜながらフライパンをゆする。

 半熟状になったところで濡れ布巾の上に移動し、端から慎重に折りたたんで、一瞬火にかけて折り目を固める。


「ソースは何がいいですか?」


「おまかせでええかの」


「わかりました」


 赤ワイン、砂糖、ケチャップ、少しの醤油を火にかけ煮詰め、温かい内にバターを溶かす。


 なだらかな黄色の上にソースをかけて、アニタは満面の笑みを浮かべた。

 今までで最高の出来と言っても過言ではない美しい整形である。


 鼻歌交じりに無垢と食卓に向かうと、オムレツとバゲットはすでに半分以上消えていた。


「アニタ! これ、このジャガイモのやつめっちゃ美味い!」


「この漬物意外と卵に合うのね」


「それ前に肉と蒸し焼きにしたら美味しかったよ」


 和気藹々とした光景に、少女は顔をほころばせる。彼女は賑やかな食卓というものが好きだ。

 彼女も幼馴染の隣に腰掛け、バゲットにバターとオムレツを乗せて頬張った。


 悪魔もなんとか椅子に座って、目の前に置かれたプレーンオムレツを眺める。


 そうっと匙で掬い、手を震わせながら口元に運ぶ。

 まぐまぐと咀嚼したかと思うと、ふと嬉しそうに眉尻が下がった。


 その満足気な表情にアニタは胸を撫で下ろした。


 どうやら無垢なる悪魔はオムレツがかなり気に入ったらしく、時々皿の上に落としながらも、せわしなく掬い取って嚥下していく。


 皿に残ったカケラをちまちまと集めていたが、結局途中で没収されてしまった。



 食後のお茶の時間。


 シオンが真剣な表情で原稿用紙に筆を走らせている。


 ヴィーは白湯の入ったコップを渡すついでに、彼の手元を覗き込んだ。


「お、ありがとな」


「それ論文?」


「というより旅行記だな。軽い読み物だ」


 なんでも、旅の中であった出来事をまとめて一つの本にするつもりらしい。


「論文審査用のやつもまだ終わってねぇんだけど、まあせっかくだから書きたくてな。わかりやすくしたい……という……意思は、ある」


「何よその間」


 シオンはわざとらしく泣きそうな表情を浮かべる。


「理論的でわかりやすい、ならなんとかわかるんだ。読みやすい文章ってのがわかんねぇ〜!」


「あなた結構本読んでるじゃない」


「書くのは別!」


「断言……というかそんな本出していいの?」


 当然ながら彼のしている歴史の編纂行為は未だに違法である。


「あくまでも旅行記だし、悪魔達に聞いた内容は書かないぞ。本当は一緒に書けたら面白いんだけどなー」


 どこか暢気な声と共に、無垢が首を傾げる。


「ますたーは、がくしゃさんなんですかい?」


「ああ、一応修士号持ってる」


「なんで持ってるのよ……」


 苦笑しながら桃髪の少女は言葉を続ける。


「しょうがないわね。初稿ができたら、誤字脱字の確認くらいはしてあげるわよ」


「ありがとう……完成いつになるんだろうな……」


 少年の空笑いを悪魔はただ無言で見つめていた。その丸い瞳の奥に光はない。




 太陽が高く昇り始めた正午。


 ふらりと散歩に出てしまった無垢を探して、シオンは一人商店街を歩いていた。


 行方不明の人々が見つかったせいで町の中はひどく騒がしい。

 そんな騒ぎを意図的に無視して、黒髪の少年はあちらこちらに視線を動かす。


(こっちか?)


 直感で人気(ひとけ)の無い広場に向かう。



 普段は地元住民の憩いの場なのだろうか。

 町の記念碑が飾られている噴水が細かな水滴を散らしている。


 そこに無垢なる悪魔はいなかった。


「初めまして、マスター」


 いたのはそれと容姿の似通った一人の少女。

 歳はちょうど十代半ば、シオンと同い年ぐらいだろう。


 両者の間に探り合うような静けさが流れる。


 先に口を開いたのは彼女の方だった。


「私は私の中間点。冷静に思考し発言できるわずかな猶予。素直で悪辣な貴方の従者。だけど矛盾まみれの役立たず!」


 歌うように明るく口上を述べて、少女はうやうやしく一礼する。


 再び顔を上げた時、その顔にはとってつけたような笑顔があった。


「どうぞよろしく」


 一瞬ひるんだ後に少年は呟いた。


「中間、点」


「ええそうですとも。小さい私と大きい私から、十五分ずつ貰って、ようやく私の自我は確立しています」


「……その言い方だと、人格は別なのか?」


「いいえ、私だけです。体に引きづられて、違う性格に見えるのでしょう」


 淡々とした声音は、冷静というより興味が無いように感じた。


 時間が限られている以上できる対話は少ない。

 シオンは人差し指を立てた。


「一つ聞きたいことがある」


「なんでしょう?」


「前のマスターについてなんだが」


「ああ、アンバーのことですか?」


 悪魔はあからさまに鼻で笑った。


「彼女に同情する余地はありません。あれは煉獄で焼かれるべき魂です」


「……そこまで言う経緯が知りたい」


「経緯ですか、私の理由では無く?」


「心情は考慮に入れるべきだが、俺が知りたいのは客観的な事実だ。それが無いと正確な記録は作れない」


「ほう?」


 無垢の笑顔は剥がれない。

 しかし納得を示すように、その目がわずかに細められた。


「私は言葉通り役立たず。語ることしかできませんが」


「十分だ」


 少年の視線を受け止めて、悪魔はゆっくりと語り始めた。


 それは彼女の知る愚か者の全てだった。




    × × ×




 悪魔の召喚には必要な物が多数存在する。


 召喚詩の存在を知れるだけの地位や人脈、召喚の際に悪魔に捧げる正しい触媒、そしてタイミング。

 当然ながら、すでに別の人間と契約していたら、その悪魔を呼び出すことは不可能だ。


 その場合は諦めるか、司る大罪名から能力が察しづらい者に対象を移すしかない。

 無垢なる悪魔はそうした経緯で喚び出された。


 マスターのアンバーは強欲の悪魔を召喚するつもりだったらしい。


「で、あんたは何ができるの?」


 無垢の名乗りを遮って、彼女はまずそう切り出した。


「あんうー?」


「ちょっと、ふざけないでちょうだい」


「んひゃぁ、うぶぶっ」


 ケタケタと笑う悪魔はまともに会話もできそうに無い。

 女は思わず歯ぎしりをし、未だ笑い続けるその顔を叩こうと手をあげた。


「あいっ!」


 不意に無垢が拳を突き出す。


「……何よこれ」


「あいっ!」


 釈然としないままアンバーが手のひらを広げると、悪魔がその上に何かを乗せた。


「え……?」


 それは、古い時代の純金製の硬貨であった。



 その後も、毎日悪魔は高価な金銀財宝を渡してきた。


 じっくりと観察しても、まさしく手の中で生み出しているようにしか見えなかった。


 女性も最初は戸惑ったが、もとより大金を手にしようとして悪魔召喚に踏み切ったのだ。

 方法の究明はしなかった。


 数週間もすると相当な額が溜まった。

 アンバーはその全てを、自分を磨くために使った。


 彼女のような平民女性が成り上がるには、現状下級貴族の館で下働きをするしか無い。

 彼女はその中で意地でも玉の輿に乗ろうとしていたのだ。


 そのためにわざわざ故郷を離れ、人の出入りが多い屋敷で働き始めた。


 妹と嘘を吐いて連れていかれた悪魔は、いつも狭いクローゼットの中に押し込まれていた。


 ある日、アンバーが普段通り無垢から金を受け取ると、ようやく思い至ったかのように口を開いた。


「ねぇ、あんたって腹は空かないの?」


「……」


「何黙ってんのよ、この時間なら普通に喋れんでしょうが」


「生命活動上では不要です。あった方ができることは増えますが」


「ふぅん」


 なんの気まぐれだったのか、その夜彼女は悪魔に食事を持ってきた。

 堅焼きのオムレツは、形は崩れて、表面も少し焦げていた。


「文句あるなら食べなくて良いわよ」


 そう言ってクローゼットが閉じられる。


 無垢はしばし悩んでから、手づかみで黄色い塊を口に運び、咀嚼し、飲み込んだ。

 その塊が思ったより甘かったことを覚えている。



 そう経たない内に、アンバーは一人の貴族に目をつけた。

 まだ未婚の同年代の男性。

 話を聞く限りでは婚約者もいないようだった。


「アイトワラス!」


「おや、どうなさいましたかえ?」


「あんた、その、特定の誰かを私に惚れさせることってできる?」


「ふむ」


 小さな両手で女性の頰を包み、童女は花が咲くように笑った。


「おやすいごようですとも」



 翌日、(くだん)の男性がアンバーに告白した。


 それまでまともに会話したことさえ無いのにと、周囲の人々は驚き訝しんだ。


 彼女は恋人として別荘の一つを譲られて、そちらに移り住んだ。


 アンバーは新品のドレスに袖を通し、心底満たされたような表情をしていた。




 広い寝室で、彼女は無垢から受け取った財宝を数えていた。


「最近量が増えてきたわね」


「そうでしょうか。良かったですねマスター」


「ねぇ、小じわ目立ってきたから消してくれない?」


「大きい私の時にご命じください」


「……なら、使用人達をどうにかしてちょうだい。あいつら私が平民出身だからってナメてるのよ」


「小さい私の時にご命じください」


「使えないわねぇ」


 深々とため息を吐いた主を横目に、悪魔はクローゼットの扉を閉じようとした。


「ちょっと待ちなさい。はいこれ」


 渡された紙箱を開けると、均一な黄金色の塊がぷるぷると揺れている。


「貴族御用達の店で買ったのよ。感謝なさい」


「ありがとうございます」


 無垢は朗らかな笑顔を貼り付け頭を下げた。

 肝心のオムレツの食感や味は全く記憶に残っていない。



 いつだったか、男とアンバーが良好な恋人関係を築いて数年経った頃。


 無垢なる悪魔は女主人の妹として一室を与えられていたが、寝床は変わらずクローゼットの中だった。もうすっかり慣れてしまっていたのだ。


 使用人にもらったパッチワークのぬいぐるみをぐにぐにと弄ぶ。


 ふと、その手が誰かに掴まれた。

 顔を上げた先にいたのは、例の男性であった。


「来なさい」


「おう? あんばっ?」


 逆らうことを知らない悪魔は大人しくついて行った。



 連れて行かれた玄関先では、すでにアンバーが苛立った声で喚いていた。


「急に出て行けってどういうことよ!?」


 厳しい表情で男は応えた。


「実家が破産した」


「はぁ?」


「資産が全て消えたんだ。文字通り全て」


「何よそれ! 養えないから出てけってわけ? 元よりこの別荘の維持費は私の……先祖の遺産で払ってるじゃないの」


「それだけじゃない。隣の領地にいる幼馴染の女性が、一夜の内に老婆になった。別荘にいる使用人は君の言うことならなんでも聞く。働いてる最中に過労で倒れても、動き続けようと這いずるんだ」


 恐怖に耐えるように、男性は自分の片腕を固く握った。


「君のことは今でも愛しているが、もう無理だ」


 そう言うと強引にアンバーの肩を押す。外に倒れこんだ彼女を追い、無垢も玄関をくぐる。


 鋭い目つきで自分を見上げる彼女に——


「出て行ってくれ。君と共にいると、不気味なことばかり起こる! こんなの、まるで君が」


 怯えきった目で男は唇を震わせた。


「悪魔みたいじゃないか」


 館の扉が重々しい音をたてて閉まる。

 それが女のために開くことはもう二度と無かった。




 どこという目的地も無く歩いていると、やがて薄暗い墓地にたどり着いた。


 くしくもそこはアンバーの故郷だった。


 自身の家族の墓標へと近づき、彼女はそこに爪をたてた。


「認めない。こんなの認めない! 絶対に認めるもんですか!」


 彼女の家は元々この周囲の土地を治めていた領主であった。

 しかし反乱によってその地位を失い、今となっては平民の中でも蔑まれる地位の墓守になったのだ。


 彼女は幼き日の幸福な日々を諦めなかった。

 薄れかけているそれらの光景が、彼女の持つ唯一の誇りだった。


「私は、もう二度と惨めな思いなんてしたくない……」


 はっと自分の後ろを歩いていた悪魔に気がつき、彼女は粘ついた笑顔ですがりつく。


「ねぇ、戻してよ! 私は選び間違えたの! 下働きしてた頃まで時間を戻して!!」


 無垢は、ただアンバーに同情していた。

 人間を自称する生命体に対し、そんな思いを抱いたのは生まれて初めてだった。


「それは、無理です」



 無垢なる悪魔には他には無い特徴がある。

 彼女の召喚に特定の触媒は無い。


 その代わり、例え微々たるものであっても、魔術を行使するには——マスターの周囲の人間から代償を得る。


 今、アンバーの周囲からは誰もいなくなった。

 代償を肩代わりする近しい人がもういない。

 だから魔術が使えない。


 それを彼女に伝えることはあえてせずに、無垢なる悪魔は静かに微笑んだ。


「だって、貴方のオムレツ、美味しくなくなっちゃったんですもの」


 その声音はほんの少しだけ残念そうだった。




    × × ×




 シオンは一心不乱に万年筆を滑らせる。


 その様子をじっと見ながら悪魔は口を開いた。


「これは貴方がたの時間認識でも最近の出来事ですが、記録する意味はあるのですか?」


「おん、あるぞ」


 にっと口角を上げ、少年は明るい声音で続けた。


「情報はいつ断絶するかわからない。後世に残るものは多い方が良いだろ」


「そういうものですか」


 不意に、悪魔はぱんっと両手を打ち鳴らした。


「ああ、そうです。マスター一つお願いが」


「おん? なんだ?」


「どうかしばし単独行動をさせていただきたく」


「それは、構わないけど……なんでだ?」


「なぁに小さな探しものがありましてね。それが済んだら大人しく煉獄へ帰ります。強欲のナイフをお持ちなら、それも目的でございましょう?」


 少年の脳裏にある一つの問いが浮かぶ。


 この世界で生まれ育ったからこその盲点であり、これまで自分の分野外故に意図的に避けていた疑問であった。


「そもそも煉獄ってなんだ? 君達悪魔はどうやって誕生した?」


 太陽が傾き、二人にかかっていた影がずれる。


「……知ることは時に命がけですよマスター。まだ若いあなたにその覚悟はおありですか?」


 どこか挑発的で無感動な笑みをたたえ無垢は問う。少年は答えられなくてただ俯いた。


 それを見て無垢なる悪魔は続ける。


「『  』のことも見えない貴方に?」


 畏怖するような、心の底から憐れむような、甘やかで優しい声を受けて、シオンは小さく首を傾げた。


 響きの意味がわからないと。

 それこそ幼い童児のように。



「……一つだけ、ヒントをあげましょう」


「本当か!」


「ええ、大ヒントです」


 悪魔は穏やかな口の動きと共に、この世界の秘密を囁いた。



「アダムとイヴの失楽園、カインとアベル、ノアの箱舟……これら聖典の伝承は実際に起こったことです」



 少年の喉仏が上下する。


「それはどこで起こ——」


「あら、これから先は有料ですよ。あなたの覚悟が証明されたらお教えします。またお会いしましょう、マスター」


 体から不可解な音を立てて、無垢の姿が変わっていく。


 四肢は伸び、胸部は膨らみ、髪は地面に乱雑に広がった。そしてぱちぱちと瞬きをして、女性は笑い声をあげる。


 そのまま歩こうとしたのか、自分の髪の毛を踏んずけ、前方へとふらついてしまう。

 思わずシオンが手を伸ばすも、次の瞬間、彼女は広場のアーチの上に立っていた。


 楽しげにくるくると回るその様子を見て、少年は鋭くなった目つきを隠すように、そっとバンダナを下げた。


「またな、アイトワラス。次はちゃんと、その話聞かせてくれよ」



 返事を残すことなく、無垢なる悪魔は姿を消した。



たまにある料理シーンは過程とかめっちゃ省略してます

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