第十四話・予期せぬ出会いは唐突に
他人事の悲劇は娯楽のように扱われる。
非日常を楽しむかのように、無責任な噂の尾ひれがつけ足され、悲劇は原型を失って順調に肥え太っていくのだ。
「今月で十人目ですってぇ。行方不明になった人」
「怖いわね……迷うような森じゃ無いのに」
「あら、墓場にいる化け物に食われたって聞いたけど」
「え? 森で神隠しに合ったんじゃないの?」
「墓場にいるのは頭のおかしい女じゃなかった?」
好き勝手に語るその口は確かに笑っている。
そんな隣のテーブルの様子を、少年は目を細めて観察していた。
「シオン? どうかしたの?」
「おん、少し気になっただけだぞ」
曖昧な返答が腑に落ちないまま、アニタはきんぴら風のセロリを口にした。
セロリの癖のある風味が和らいでいて大変食べやすい。
(料理人さんは色んなこと考えるなぁ)
「それ美味しそうだね」
「オリバーさんも食べてみます?」
「いいのかい? ありがとう」
アニタから小皿を渡されると、オリバーは自分が注文した料理の皿を彼女の方に押し出した。
そんなやり取りを見守りながら、シオンとヴィーは思わず笑みをこぼした。
アウレリウス領を出て、四人はさらに大陸の北へと進んでいた。
必需品の買い足しのために立ち寄った町は、突然の来訪者に構っている暇は無いようだ。
——森にある墓地に立ち入った者が次々と姿を消している。
少年少女がそんな噂を耳にするまでそう時間はかからなかった。
そして、好奇心旺盛な彼らの中心人物が行動に起こすのも。
店先で店主にもらった手書きの地図を掲げ、少年は黒髪を風に揺らした。
「よし! 早速噂の墓地に行くぞ!」
「せめてもうちょっと情報集めてからにしなさいよ……」
「信憑性の低い話ばかりで全然集まらなかったんだ!」
若干やけになっているらしいシオンの横で、銀髪の少女が笑顔を咲かせている。
「ちゃんとお弁当も作って来ました!」
「ピクニックか? ピクニック気分か?」
「まあまあ、遠目に見たところ普通の森だよ?」
「……そうね」
ため息を吐きながら、ヴィーは縛った髪をフードに入れた。
「ヴィーさん今日は結んでるんですね」
「ああ……今朝は寝癖が酷かったのよ」
「リボンちょうちょ結びにしても?」
「お好きにどうぞ」
いつも通りの気の抜けた雰囲気のまま、一行は森へと向かった。
ヒヨドリのやかましい鳴き声、朝露が散らばるジョロウグモの巣、ちょうどいい幹を探すコゲラ。
墓場に向かう道は石畳で舗装されているが、かなり古い物らしく苔むしている。
周囲は肩透かしな程穏やかで、だからこそ、彼らは余計に奇妙さを感じた。
しばらく進んで行くと突如視界が開けた。
「よし、無事到着だな」
墓地全体はそう広くないが、独特の威圧感を放っている。
木々によって影になっているからだろうか。
この町の慣習なのか墓石に個人名は無く、地区の番号だけが刻まれていた。
行方不明のせいもあってか、人気は無く雑草が生い茂っている。
「一旦二手に分かれて、反対方向から一周して合流するか」
「シオンとアニタ、オリバーと私の二組でいいかしら」
「僕は構わないよ」
「わかりました!」
墓石を一つ一つ確認している途中、オリバーが軽く眉を上げた。
「…………ヴィーちゃん」
「え? どうしたの?」
ヴィーは彼の視線の先を見て、とある人物に気がついた。
それがいたのは一際大きな墓石の背後。
垂れ気味な丸い目を見開き、その人影は小首を傾げる。
体躯は平均的な成人女性程度、身につけた簡素な衣服は薄汚れており、異様に長い髪は地面に放射状に広がっていた。
その片方の手のひらは、木の杭で地面に固定されている。
彼女はこちらを指差して弾けるような笑顔で口を開く。
「ちょっちょ!」
それはどこか舌ったらずで——無邪気な童子のようだった。
きゃっきゃと朗らかに笑いながら女性は続ける。
「ちょーちょ、んふ、ちょぉら」
「……ああ」
軽く頷いてからヴィーは髪のリボンを外し、彼女の自由な方の手首にきゅっと結びつけた。
「はい、蝶々。あげるわ」
「んへぇぇぇ」
「よーしよし」
頭を撫でられてくすぐったいのか、くふくふと喉を鳴らしている。
「……精神年齢が幼いのかな」
「多分ね。オリバー、この杭抜けそう?」
「うん。ヴィーちゃんちょっと抑えてて」
杭の劣化具合は顕著で、確実に数ヶ月以上放置されているだろう。
下手に迷うと返って傷を広げてしまうかもしれない。
などと考えるそぶりも無く、青年はそれを容赦無く引き抜いた。
「いっ、びえええええぇぇぇぇぇ!! ひぎぃあああぁぁぁぁう!」
「ごめんねー。びっくりしたね?」
「うぶうぅ……」
穏やかな声でなだめながら水筒を傾け、オリバーは女性の手の甲に水をかける。
ふと少女は眉根を寄せた。
(皮膚下に細菌が入っててもおかしくない状況なのに、傷口が全く化膿していない)
「ぶ! ちあちあ〜」
「ん?」
不意に彼女が指差したのは墓場の反対側。
そこには遠目でもわかるほどの光源があった。
その正体にヴィーが気がついた時には、向こうから二人分の影が走り寄って来た。
「おーい! 急にナイフが反応したんだが、そっちでなんかあった? ……みたいだな!」
「察しが早くて助かるわ」
シオンはおもむろに腰の刃を鞘から抜く。
眩しい光は次第に落ち着き、やがて女性の首回りに首輪と鎖が現れた。
鎖は大きな墓石の下へと繋がっている。
「間違いない」
「だぁぅ?」
「彼女が、悪魔だ」
嬉しそうに口角を吊り上げる少年に、女性はにぱっと笑い返した。
「いないいなぁい〜……ばぁ!」
「きゃぁっ、きゃふ」
アニタと戯れる悪魔を見ながら、三人は顔を付き合わせた。
「しかし参ったな〜」
「会話が成り立たないとはね」
「とりあえず、こっちへの警戒心は無いみたいだけど」
「前のマスターは確実に亡くなってるし、契約だけでも奪っておくか……」
シオンが鎖にナイフを当てた瞬間、その脇腹目がけて、一本のしなる枝が振り下ろされた。
鈍い音が響く。
幸いにも荷物が障壁となり、直撃は避けられたらしい。
しかし衝撃で地面に倒れ込んでしまった。
その隙を狙うように、幾重もの枝が悪魔を包み始めた。
「ぅおー?」
不思議そうに目を見開く彼女の顔は、すぐに覆われて見えなくなった。
墓場の周りの木々はしきりに枝葉を揺らし、敷地内の侵入者に警告をする。
立ち去れと追い立てるようにツタが忍び寄っていったが、
「ごめんね」
それは青年の申し訳なさそうな声と共に踏み潰された。
「蛇みたいに動く植物は初めて見たなぁ」
ひとりごちるオリバーの脇で、シオンは速やかに体を起こす。
「この周囲が魔術で変容してるのか? とにかく、今は一旦退いた方が良いな」
「そうね、行きましょう」
墓場の出口をくぐるその一瞬、ヴィーは背後を振り返った。
先ほどまで悪魔がいた場所には、半球状になった枝の集まりがある。
大きさから鑑みると、おそらく内部にいる彼女は無事だろう。
(保護?……いや、それにしては)
周囲にはにちゃにちゃと粘つくような、肌に残る気色悪さが漂っている。
それを振り払うように、少女は走り出した。
——違和感はすぐに伝播した。
「……長くない?」
「……おん」
いつまで経っても石畳の終わりが見えないのだ。
否、むしろ彼らが進めば進むほど先の景色が遠くなっていく。
四人が極めて認め難い答えに至るまで、そう時間はかからなかった。
「この森全体がおかしくなってる?」
そうシオンが呟いた途端、地面が大きく上下に揺れた。
地震を疑うもすぐにそうでないことはわかった。
振動の正体は道の両脇の木々だった。
細い幹に亀裂が入り唸り声と共に数頭の犬が現れる。
それは可愛らしい布とボタンをふんだんに使った、パッチワークの犬達であった。
色とりどりのパーツの寄せ集めは、その全てが奇妙にずれており、不気味さを醸し出している。
「……そう簡単には出してくれねぇか」
少年は一歩踏み出し、ナイフの柄に手をかける。
無機質な遠吠えが森に響き渡った。
仮称・パッチワーク犬はそれ単体は非常に脆く、切りつけると綿が飛び出した。
個々の統率も取れていない。
必然的に刃物と腕力がある側に一方的に破壊されていく。
しかし、
「くそっ、数が多い!」
シオンはなんとか舌打ちを抑える。
数の利がじわじわと少年少女の体力を削っていた。
極力無駄な動きを避け、オリバーは相手を一撃で沈めていく。
何頭目か数えるのを止めた頃、辺りを見渡していたアニタが声をあげた。
「あっち! 今青い布が揺れた! 長さ的にスカート!」
「まじ!?」
少女は華奢な指で茂みを指差す。
『あら、見つかちゃった』
その先からくすくすと笑い声がした。
現れたのは一人の女性だった。
おっとりとした雰囲気ではあるものの、その体は半透明で、それなのに足跡が残っていた。
『一気に四人も……嬉しいわぁ。ねぇ? アイトワラス』
「あんばー、ま、ちった! うお?」
彼女の背後で枝の檻に入れられた悪魔が首を傾げる。
檻とは言っても、太さのばらばらな枝で構築された、籠のような物だ。
悪魔はすぐに女への興味を失ったらしく、檻の間から外へと手を伸ばす。
その指先はどこに届くことも無く空を切った。
それをどこか軽蔑した表情で見ながら女は話を続けた。
『見慣れない子達だけど、旅の方かしら』
「そうだぞ、そこの悪魔のマスターか?」
『ええ、初めまして』
「悪いけどその契約、奪いに来た」
ぴくっと彼女の笑みが引きつった。
シオンは悪魔のいる檻のさらに向こう、地面に無造作に転がされている人影を見やった。
十人ほどの老若男女。
それらには共通して生気が無かった。
「もう死んでる命が生に固執しても、歪んでしまうだけだぞ」
『うるさい!』
叫んだ口から下顎が崩れ落ちる。
腐敗とも融解ともつかない原理で表皮がじわじわと剥がれていく。
すでに半分以上崩れかけた口で、なお女は喚いた。
『渡さない! 渡さないわ! あれは、あれは私の悪魔、私の物! 誰にも渡すものですか!』
「おーん」
気の抜けた声音はあまりにもこの場にそぐわない。
至極冷静な顔をしで、少年は口を開く。
「多分それは、あんたや俺が決めることじゃないぞ」
惑うこと無く、少年は悪魔の首から伸びる鎖を切った。
断末魔をあげる暇も無く、遺骸は風化して塵となった。
それに応じて檻も消えていく。
「んにぅぅぃ?」
悪魔は木の根につんのめってシオンにもたれかかった。
「危ねって、お、重ぉ?!」
見た目に反した想定外の重圧に、彼はそのまま彼女と共に地面へと倒れ込んだ。
「きゃぁう、んっふふ〜」
「楽しそうで何より……」
横の方を見ると、倒れていた人々の頬には赤みが戻っている。
少年は思わずほっと肩を撫で下ろした。
銀髪の少女が嬉しそうに顔を綻ばせる。
「よし! この人達はしばらくすれば起きそうだよ」
「それは良かった。じゃあ放置でいいな」
「えぇ?」
「俺らが人攫いと勘違いされたら困るぞ? まあ、一応道の脇までは運んだし、虫除けと蛇除けしてあるから大丈夫だろ」
「い、いいのかなぁ」
釈然としない様子のアニタを促し、シオンは森の道を進んだ。
「あっ」
その途中に一度だけ、少年は折れた木々に振り返り、静かにその頭を下げた。
——翌日の朝。
「ん、ぅ、ふわぁあ……」
寝ぼけ眼で、アニタは寝台から立つ。どうやらヴィーは先に部屋を出たらしい。
目をこすりながら隣の寝台へと声をかける。
「えと、アイトワラスさん? おはようございま…………す? え?」
シオンとオリバーが各自好きなようにくつろいでいると、部屋の扉が騒々しく叩かれた。
何者かと開くと、そこに立っていたのはよく見知った少女であった。
「アニタ? どうしたんだ……そんな格好で」
シオンは彼女の寝巻き姿から目をそらすも、強引に腕を掴まれる。
「え、わ、ちょ。どうしたんだよ」
アニタは焦っているのか珍しく無言で、彼女に押されて少年は女子部屋に入る。
するとそこにいたのは、
「ぷー、ぷー……」
「……はぁ?」
——穏やかに寝息をたてる一人の幼女だった。




