第十三話・鎮魂祭のお手伝い
——どうしてこうなった?
最後の巨人、オリバー・ノアは基本的に感情の起伏が少ない。
正確には微細な快不快はあるものの、あからさまな喜怒哀楽を感じることは稀だ。
しかし今、彼は深いため息を吐き、こわばった表情で自らの鏡像を見つめている。
事の始まりはつい先ほど。
一行が山道を慎重に歩いていた時、登山道から逸れた方向から、助けを求める野太い声が聞こえてきた。
最初に動いたのはシオンとヴィーだった。
「オリバーとアニタはそこにいてくれ!」
「何かあったら叫ぶわ!」
「ああ、わかった」
「二人とも気をつけてくださいね」
彼らは木々の隙間をぬって足早に向かう。
その動きに迷いは無いが、極力足音を抑えながら近づいている。
怪我人のふりをした山賊の可能性もあるからだ。
警戒しながら茂みの隙間を覗くと、獣用の罠に片足を挟まれた男性が鉈を振り回していた。
どうやらひどく焦っているらしく、青ざめた頰には冷や汗が伝い、口からは悲鳴が漏れている。
その周囲を粗暴な男達が取り囲んでいた。
彼らの手には刃物があった。
男性も鉈で応戦しているようだが時間の問題だろう。
一歩囲いが縮まった瞬間、
「おいこっちだ! 彼がいたぞ!」
当然シオンはその人の知り合いではない。
しかしそのハッタリに気を取られた彼らの上空で、乾いた破裂音が響いた。
ヴィーが即席のパチンコで爆竹を飛ばしたのだ。
それを火器と取ったか他の仲間への合図と取ったか、舌打ち混じりに男達は去って行った。
残された男性はその場にへたり込み、ぽかんと口を開けている。
「君たちは……?」
「近くを通りかかった旅人です。ヴィー、仕掛け壊すの手伝ってくれ。急いで足を抜かないと」
罠は極めて雑な作りで周囲に罠を示す印は無い。
十中八九密猟者の違法な罠である。
そう経たない内に、爆竹の音に気がついてアニタとオリバーが走って来た。
銀髪の少女の手には、リュックから出した救急箱があった。
応急処置が施された後、男性は涙ながらに頭を下げた。
「本当にありがとう。足をやったところを襲われて……君らがいないとどうなっていたか」
「僕は何もしてないけどね」
「そう言うなって。結局罠の撤去はオリバーがやってくれただろ」
笑い合うシオン達の脇から、アニタが心配そうに声をかける。
「その、骨は大丈夫そうでしたが、感染症の心配もあります。すぐお医者さんに行った方がいいです。近くに診療所は……?」
「ああ、村に一つあるよ」
少女はほっと胸を撫で下ろす。
絹糸の村のように医療従事者が極端に少なかったり、そもそもいない地域は帝国内でもまだ少なくない。
林業を生業にしているという男性の案内で、一行は小さな村にたどり着いた。
村の大通りでは人々が屋台を組み立てている。
商店の壁には祭りの開催を知らせる張り紙があった。
突然現れたよそ者に驚きながらも、事情を知るとすぐに警戒は解かれた。
診療所で男性の家族からお礼を言われていると、話を聞きつけた村長と鉢合わせる。
おっとりした雰囲気の小柄な老人は優しく微笑んだ。
「ふぉふぉふぁんりふぇ(訳・この度はありがとうございます)」
「え?」
「いえいえ。祭りの準備でお忙しい時に、お邪魔して申し訳ない」
「えぇ??」
「ふぁんふぁんちゃーる(訳・それが困ったことになりまして)」
「困ったこと、ですか?」
「ちょ、待て待て待て!」
強引にシオンの肩を引き、ヴィーは小声で問い詰める。
「なっんで言ってることがわかるのよ!」
「いや、割と適当に会話してるぞ」
「そんな域じゃ無いわよ今の……」
おそらく元々方言のきつい人物なのだろう。
どのように交流すべきかシオン以外が悩んでいると、ちょうど男性の診療が終わった。
笑顔で出てきた彼に、好奇心から目を輝かせた少年が話しかけた。
「あの、祭りが困ったことになると言うのは?」
「ああ……今夜の鎮魂祭のことだね」
なんでも、この村には古くから続く鎮魂祭がある。
今日この日、先祖の霊が土地神に案内されて帰ってくる。
その案内役である夫婦の土地神に扮した村人二人を神輿に乗せ、霊の面をつけた子供達が周囲で列を連ねて、神輿が村を一周する。
内容は単純だが村にとっては大切な行事だ。
そして昔から夫婦の土地神役は、花婿姿の女性と花嫁姿の男性がやることになっている。
「今年の花嫁役は私なんだが、衣装は私に合わせて作られているんだ。なにぶんこの村で一番背が高いから、同じくらいの身長でないと衣装直しが間に合わないそうで」
「背が……」
「同じくらい……」
「高い人……」
その場にいた全員の視線がゆっくりと宙を滑り、とある一人に止まった。
「………………僕?」
そうして現在に至るわけである。
(いやだからどうしてこうなったんだ?)
どうしたも何も断れなかったのである。オリバーには村の都合など正直どうでもいい。
ただ同行者三人の懇願を、なぜか断ることができなかった。
「三対一はずるいよ。エラムもなんであっちについたのさ」
「なにごともけいけン。にあってるヨ!」
「そうかい?」
視線を上げると鏡に写る自分が目に入った。
美形が際立つように肌の色に合った化粧が施されている。
不自然に皮膚が固まっているような気がして、思わずため息をこぼした。
「もう疲れた……」
不意に背後でカーテンが開いた。
「化粧終わったか? 次は衣装の着付けだぞ」
「はいはいわかった……って、何だいその格好」
「おん? ああ、祭りの手伝いをすることにしたんだ。タダで泊まらせてもらう代わりにな」
少年はにっと口角を上げた。
腹の出た動きやすそうな黒い服装は、踊り子のようにも見える。
「神輿の周りで花弁を撒く係だってよ」
「ふぅん」
「神輿の上のオリバーを観察し放題だな!」
「え、やだ」
複雑な表情のオリバーを促して、花嫁衣装の着付けに移る。
この地方の民族的意匠が施されたそれは、長い裾が細かい刺繍や宝石で飾られており、黄と緑が基調となっている。
衣装と同じ生地のヴェールで頭を覆って、青年は渋々神輿の上に座った。
花婿役の村人の女性は緊張した様子だ。隣をちらちら見ては頬を朱に染めている。
唐突に相手役に抜擢された美丈夫は穏やかに微笑んだ。
ふと、屋台で買った飲み物を手にしてヴィーが駆け寄ってきた。
女性に軽く会釈してから青年に耳打ちをする。
「オリバー、なんかあったらすぐに呼ぶのよ。私達なるべく近くにいるから」
そう言って彼のことをじっと見上げる。
オリバーはそんな視線を受け止めて小さく頷いた。
「……うん」
無自覚の内に芽生えた確かな信頼は、どこか胸がくすぐったかった。
その傍らで、シオンはテントに向かって声をはり上げていた。
「アニター? 着替えられたかー?」
「う、うん、できたよ」
おずおずと中から出てきた彼女は、少年と色違いの白い衣服に、薄紅色の花の髪飾りをつけていた。
布の隙間から足が覗くのが恥ずかしいのか手で抑えている。
目の周りの布は太陽光に弱いと説明して見逃されたが、それ以外はやけにイキイキした女性達に押し切られてしまったのだ。
「……キギッシェン」
きょとんと小首を傾げる彼女に、シオンは耳まで赤くして言った。
「その、めちゃくちゃ可愛い……」
「あ、ありがとう……えへへ。えっと、シオンもお花撒く係だよね?」
「そうだぞ」
「よかったぁ。一緒に頑張ろうね」
普段と違って固定が緩いためか、アニタの胸が柔く弾む。
朗らかな笑みからそっと目線を外し、思春期の少年は頷いた。
そうこうしている間にも、鎮魂祭の幕は開く。
神輿を担ぎ練り歩く。
その様子には不思議と静けさがあった。
先祖の霊を模した子供達に花弁を撒くのは、あともう少し長く現世にいてくれと乞うためだという。
屋台で盛り上がる村人も、神輿が通り過ぎる時はそちらを向いて無言で佇む。
村長から聞いた話によると、それが簡易的な祈り方なのだとか。
「一口に鎮魂祭と言っても、色々あるのね」
ひとりごちながらヴィーは屋台で串焼きを買う。
彼女は他三名と違い裏方の仕事を手伝っていた。
具体的には屋台の組み立てだ。
まさか祭り本番にここまで暇になるとは思わなかった。
行列を横目に串焼きを一口頬張る。
甘めの濃い味付けで肉と野菜がまとまっている。
火はしっかり通っているが食材の食感が損なわれることは無く、軽く食べ終えてしまった。
追加も考えたが神輿は進んでいく。
諦めてフードを被り直し、彼女は目立つ灰髪の花嫁を追った。
村を一周すると、神輿は地面に下され、子供達は仮面を宙に投げ捨てる。
余った花弁が夫婦役の頭上にばら撒かれ、必要な儀式が全て終了した。
あとは屋台と夜の送り火を残すのみ。
ひとまず少年少女の役目はここまでである。
化粧落としを終えたオリバーにヴィーが飲み物を差し出した。
「お疲れ様。どうだった?」
「もう二度とやりたくないかな」
「あはは」
不意に、屋台の方から子供の鳴き声が聞こえてきた。
菓子を買ってくれとごねているらしい。
しびれを切らした母親が厳しい表情を浮かべた。
「いい子にしないと、北島のこわぁい狂った人喰いにさらわれちゃって、二度と母ちゃんのところに戻ってこれないよ!」
「やだあああぁぁぁ! ぶぁぁ……」
遠巻きに眺めていたオリバーは呟いた。
「よく聞く脅し文句だね」
「懐かしいわ。言われたこと無いけど」
「まあヴィーちゃんだしね」
「ちょっと、それどういう意味?」
二人は一定の間隔を保ったまま歩き、村に一つしかない宿屋に向かった。
先に部屋に着いていたシオンは荷物整理をしていたようだ。
「お、二人ともおつかれ!」
「全くだよ」
「あれ、アニタはどうしたの?」
「下の調理場借りて夕飯作ってくれてるぞ」
三名は喋りつつも各自の寝台を整える。ふとオリバーが二人に問いかけた。
「ねえ、僕サバルトーラ教の鎮魂祭って見たこと無いんだけど、どんなの?」
シオンとヴィーは目を見合わせる。
「……サバルトーラ教では基本的に鎮魂祭はやらないわ」
「そうなの?」
「サバルトーラ教の中でも主な宗派は三つあるの。そのどれも鎮魂祭はやらない。ただそれ以外の小さな宗派……特に土着の民間信仰と融合したのなんかだとやるみたい」
世界宗教であるサバルトーラ教の主たる宗派はアン派、ドラ派、ロワ派の三派である。
「うちの実家はドラ派。三つの中だと一番小規模ね」
「逆に一番でかいのがアン派だな。アン派の最高司祭は今のサバルトーラ教における最高権力者だ」
「へー。あ、なんか司祭の上に司教っていなかった?」
「ああ、それか……」
「うーん……」
二人は思わず揃って苦笑を漏らした。
先代皇帝の定めた法により、帝国国民は宗教も個人の自由で選択できるようになった。
しかし七年前、とある事件が起こった。
「アン派の一部が、とんでもねぇ失態を犯したんだ」
かつて「大峡谷」と呼ばれていたレーウェン領特別保護地区には、複数の狩猟民族がいた。
彼らは独自の宗教観を持ち、外界と適度に接触しながら暮らしていた。
その「大峡谷」を流れる川、彼らの水源に毒を流してから、聖戦と称して攻め入った集団があった。
それがアン派の一部の過激派である。
わずかに呆れの覗く口調でシオンは続ける。
「その結果、大峡谷の三民族は一人を残して滅亡した。まあそれで、当時のアン派最高司祭がその集団と繋がりがあったとわかって、責任を取るためにその司祭と当時の司教がやめることになったんだ」
「それで司教がいなくなったんだね」
「今の最高司祭は人格者だって聞くわね。こんなことの後に選ばれた人だから心労も多いでしょうに」
「ところでシオンは何派なの?」
「俺? 無宗教だぞ」
三人がすっかり話し込んでいたところに、パタパタとスリッパを鳴らしながらアニタが現れる。
「みなさん、夕飯の準備できましたよー」
「ぃよっしゃ!」
「あらいい匂い」
「今日は何かな」
「卵をたくさん譲っていただいたので、オムライスにしました」
食欲のそそる香りに誘われて、四人は宿の階段を降りて行った。




