第八話 愛おしい非日常
馬車を降りて少し歩くと、無事次の町に到着した。
宿に駆け込んで泥のように眠りこける。
四人が泊まった宿は古い民家を改造した民宿で、台所は食材を持ち込めば好きに使って良いことになっていた。
早朝、オリバーは近くの商店街に出かけ、大量のおまけを貰って来た。
なぜか彼らの分まで朝食を用意しようと思ったのだ。
台所に立つ彼の背中を、炎の精霊が笑顔で見つめている。
「さて、と」
青年は髪ゴムを外し、後ろ髪をまとめ直した。
綺麗に結べたことを確認してから両手を洗う。
オリバーの髪はいつもエラムが結ぶのだが、彼女はあまり上手じゃない。
それでも彼女のすることだから基本好きにさせている。
ただ料理する時だけは別だ。
まず使う食材をまな板の上に並べていく。
オクラを塩もみして産毛を取り一口大にする
鶏もも肉も一口大に切り分け、玉ねぎと赤パプリカをみじん切りに。
チョリソーをななめ切りにして、フライパンにオリーブオイルを広げて火にかける。
手早く輪切りの唐辛子と潰して刻んだニンニクを加える。
食欲をそそる香りの中に、玉ねぎを半分入れて炒める。ひたすら炒める。
続いてもも肉全部、赤パプリカ半分、の順にぶち込む。
水で軽く洗った米を混ぜて味付けをしてから蓋をした。
味付けはケチャップとタバスコ、塩胡椒にクミンを少々。
フライパンからふつふつ音がしている間にもう一品準備をする。
鍋に油をひき、チョリソーを炒め、残りの玉ねぎと赤パプリカ、ニンニクを加える。
水とトマト缶を足して煮つめ、オクラを足しさらに煮込む。
塩胡椒とタイムで味を整えている間に、ジャンバラヤが炊き上がった。
フライパンを火から離してしばし蒸らす。
不意に、二階から下りてくる足音が聞こえて来た。
「オリバーさん、おはようございます」
「おはようアニタちゃん」
「いい匂いで起きてきちゃいました」
「君らの分もあるよ」
「本当ですか? やったぁ」
小さく拍手をするアニタに、オリバーはフライパンの蓋を持ち上げた。
しゃもじでかき混ぜるたびに湯気が増していく。
「ジャンバラヤですね。目玉焼き焼きましょうか?」
「ああ、お願いしようかな」
そう経たない内に、卓上にはジャンバラヤとガンボが並べられる。
寝起きのシオンとその耳をひっつかんだヴィーも席に着いた。
なおエラムには角砂糖が与えられた。
『いただきます!』
どちらの料理も作り手の好みで辛めになっているが、ピーマンでは無く甘みの強いパプリカを使うなど、どうやら彼なりに気を使ってくれたらしい。
半熟の目玉焼きを崩して炊き込みご飯と一緒に口に運ぶ。
鶏皮のパリッと香ばしい食感に、ついつい口元がほころんだ。
料理を堪能する三人を、オリバーは興味深そうに見ていた。
食後、アニタとオリバーが横並びで食器を洗っている。
「すごい美味しかったです……」
「それは何よりだよ」
「昼食はわたしが頑張りますね!」
アニタの料理の腕前を思い出して青年は微笑んだ。
「楽しみにしておくよ」
返答の代わりに、少女も彼に微笑みを返した。
シオンが食卓に地図を広げ、次の行き先を探している。
どうやら今この場には彼とオリバーしかいないようだ。
「ねえ、ちょっといいかい?」
「オリバー? どうしたんだ?」
「大したことじゃないんだけど」
少し逡巡した後、オリバーはシオンと目を合わせた。
「君らについて行きたいんだけど、いいかな?」
「いいぞー!」
「軽過ぎない?」
呆れたような声音に少年は首を傾げた。
「特に断る理由ねぇし……」
「僕賞金首なんだけど……」
「それを言ったら俺だって違法者だぞ」
彼の旅の目的は昨日教えられていた。
違法行為をしている自覚があったのかと青年は目を細める。
「それなら、もう少し危機感を持った方がいいよ」
「おん?」
「僕が毒を盛る可能性もあったでしょ?」
それが今朝の食事のことを指していると気づき、シオンは口角を上げた。
「そんな目立つことしねぇだろ」
信頼というにはあまりに無根拠。しかしそれはオリバーという個人を的確に理解していた。
くっ、と笑いそうになったのを耐えて、オリバーは肩をすくめる。
「まあそれに俺は……有名どころの毒はほとんど効かねぇからな」
「ああ、抗体?」
「おん。必要だったから昔色々打たれた」
「……どんな生育環境なんだいそれ」
流石の彼でも少し引いている。
黒髪の少年はそれを見て落ち着いた様子で笑った。
「内緒だぞ。まだ、な」
「あれ、二人で何かお話?」
紙袋を両手に提げた少女が小首を傾げる。
「ただいま。買い物終わったよ。お昼ご飯の準備するね!」
「キギッシェン! 言ってくれたら手伝ったのに」
「これぐらいなら平気だよ」
台所に消えるアニタを見送ってから、オリバーが口を開いた。
「告白はしないの?」
その意味を正確に汲み取ったシオンは盛大に吹き出す。
「え、は? 俺? なん、えっ?」
「君とてもわかりやすいよ」
「ま、まじか」
アニタからシオンへの好意もまたわかりやすいのだが。
それは面白そうだから黙っておくことにした。
「で、しないの? 告白」
「ぅぅぅ……」
「ねぇ、ねぇってば」
顔を赤くして呻いていた彼は、しばらくして冷静な声で告げる。
「それはダメだ」
断言する口調に、オリバーは少なからず驚いた。
「……アニタは保護される前も後も、周りには自分より年上の人しかいなかった。俺があの子が知ってる唯一の同年代で、数少ない親しい人間なんだ」
慈愛のこもった表情でシオンは続ける。
「そんな状態で俺が告白するのは、なんかずるいじゃん」
青年は少年の言わんとすることがわかった。
——彼女の恋愛の選択肢が少ないこの状況で、それに付け込みたく無い。
自分を存分に利用して生きてきたオリバーには共感し難い感情だ。
しかし、彼にもそうと口に出さない程度の良心はある。
その良心がシオンに気を使っている証拠だということを、本人は全くわかっていない。
「人の心理って難しいね」
「なー、面倒だよな。だからこそ面白いんだけどさ」
対面で座って、男性二人は精霊について議論し始めた。
最も当のエラムは欠伸を噛み殺している。
精霊は高次元の生命がこの次元に具現化した姿と言われている。
オリバーのように波長の合う生物と契約すると、様々な超常現象を起こすことが可能となる。
しかし、その波長の合う生物、特に人間が年々数を減らしている。
原因は不明だが、それに伴い人前に姿を表す精霊も少なくなった。
そのせいで研究しようにもまず観察すらままならないという状況だ。
ふと、青年の脳裏に初恋の少女との会話が浮かび上がった。
エラムに頼み、彼女の名前の花を、炎で形作ってもらった時のこと。
『ねぇ、それわたしにもできる?』
『どうだろう。これは僕の力じゃ無いから、君に教えられないんだ』
『オリバーのちからじゃない……?』
『うん。僕はね、お願いをしてるだけなんだよ——精霊達に。どうかほんの少しだけ、君らの力を僕に貸してくださいって』
『せーれーにおねがいしたら、かなえてくれるの?』
『タダじゃ無いけどね』
女の子はあまり理解できていなかったが、曖昧な笑顔でごまかしたことを思い出した。
「……人間って不思議だよね」
「おん?」
「ただ炎を出現させるだけなのに、精霊の力を借りてやると『精霊の恩恵』と尊んで、悪魔の力を借りてやると『魔術』と蔑む。どちらの炎であっも、暖が取れることに変わりないのに」
オリバーは思い出したように付け加える。
「まあ、一部の人々は後者をこそ尊ぶかもしれないけど」
「おーん、そりゃあなぁ……同じ剣でも勇者が握れば聖剣で、強盗が握れば凶器だしな。その時々の文脈が重要なんだろ。多分」
議論を続けている彼らを横目に、ヴィーはコーヒーを啜った。
自室にいても暇なため下りてきたのである。
「なんか盛り上がってるわね」
安価なそれはお世辞にも美味ではないがヴィーは気にしない。
気圧のせいでしゃんとしない頭を覚ましたいだけなのだ。
(……人と、人に近いが違うものの差異とは、なんなのだろう)
「あ、ヴィーさん!」
「ん? どうしたのアニタ」
彼女は嬉しそうに笑って、そっと耳打ちしてきた。
「今日はヴィーさんの好きな鶏肉で、唐揚げですよ」
いたって真剣な声音でそう告げられる。
思わず一瞬固まって、直後に笑い声を上げた。きょとんとしている少女の頭を優しく撫でる。
「いやぁね」
ヴィーはその端正な顔に慈愛の満ちた表情を浮かべた。
「何でかしら。すごい嬉しかったのよ」
異常なことばかりの日々が、段々と日常となっていることが。




