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5 初顔合わせ

 当日。編集Tさんとメールでやりとりし、Tさんの外見と服装を聞いてから、私の家の最寄り駅へ。それらしい人がいたので、念のため電話をかけると、電話を取る。あの人だ。

 Tさんも私に気づいたようだ。「どーもどーも」と言いながら何度も頭を下げてみせる。


「どうも、お世話になります、小山です」

「どうも、マイナビ出版のTです」

「あ、前回の打ち合わせの時も使ったんですが、ここら辺、打ち合わせに適したところがないので、近くのファミレスで良いですか?」

「ああ、良いですよ。では、ファミレスで」


 というわけで、近くのファミレスまで、徒歩3分。

 雑談をしながら階段を上がり、ウェイトレスさんに席に案内される。

 19時だったが、店内はガラガラだった。


「じゃあTさん、ドリンクバーで良いですか? あ、食事って……」

 私は食事を済ましてきていたが、Tさんには遠出を強いているのだ。なんとも申し訳ない。

「あー、そうですね、ドリンクバーだけだと店側にあれなんで、何か頼みましょうか?」

 結局、ポテトフライとドリンクバーを頼み、それぞれに飲み物を持ってくると、さっそく本題に入った。


「原稿、読ませてもらいました」

「ありがとうございます」

「実は、今回の話はかなりもめたんです。メールで言いましたとおり、『ファン文庫向きじゃない』『男性向け』『ライト文芸と言うより、ライトノベルっぽい』と言う意見で別れまして……でも、主人公の明智の社畜時代のことは共感できますし、高校生の柊とのやりとりを見て、昔を思い出すというか、そんな気持ちになって。面白かったです。なんて言いますか、ルパンとクラリスの関係を思い出しましたね」

「ルパンとクラリス……?」


 まったく意図していない見解だ。私は首を傾げる。


「明智が柊を見守る姿勢というか、大人が子供の成長を見守り、それでも結ばれることはなく、明智は最後は颯爽と去って行く、といったような感じがするんです」

「なるほど」


 そんなものなのか、と思い、頷く。


「実は、小山さんの前作、『あなたの未練、お聴きします』も読ませて頂いたんですが、本音を言っちゃうと、よく良さがわからなかったです」

「そ、そうですか」


 そこまでぶっちゃける? 私は衝撃を受けながらコーヒーカップを傾けた。


「初め読んでて、主人公の名前が遊馬じゃないですか? で、女の子と言うこともわからないで、途中までずっと男の子だと思って読んでて……」


 あ、そうか……! 確かに、その間違いは大いにありうる。遊馬って、『あすま』って読んで、どうしてもパトレイバーに出てくる男性を思い浮かべてしまうし、女性であるとちゃんと描写しなかったのは、今思えば本当に手痛いミスだった。

 Tさんは続けた。


「それでまず、イラストの件なんですが……」

「あ、キャラクターシート、持ってきましたよ」


 黒木先生に丸投げした、例のキャラクターシートを手渡す(とはいえ、固まったイメージは詳細すぎるほど自分で描いていたのだが)。


「ふむふむ、要潤ですか。なるほどねぇ……。女の子の方は……なるほど。そうですよね、何か柊って、制服ってイメージじゃないんです。この子みたいな、だぼっとした部屋着のイメージですね」


 あ、そうなんだ……私はびっくりだよ。私の意見はどうあれ、読んでくれたみんながイメージするところは同じなのね……。


「それで、まず、イラストレーターさんを早急に見つけなくてはいけないんですが……こういう本とかから見つけようと思っています」


 そう言って取り出したのは、数多くのイラストレーターさんのイラストを集めた大判の本。こんな本があるのか。知らなかった。


「こんなイメージの人とかどうでしょうか? 今回は、男性推しでいきたいんですよね」

「男性推しですか……」


 私の性格は文芸寄りの人間ではないから、男を見ているより、可愛い女の子のイラストの方を見てみたい。主人公より可愛いヒロインを。プリーズ。という考えだったので、少し難色を示した。


「パッケージのイメージとしては、猫を抱いた柊を後ろで明智が支えている、でも、手は触れない、といった風に考えています」

「なるほど」


 さっぱりイメージできない。支えているのに手は触れない? 超能力?


「とりあえず、これが急務です。イラストレーターさんの確保ですね。出来れば今週くらいまでに決めたいです」

「それは……急ですね……私も探してみます」

「おねがいします」


 Tさんはそういうと、自分用に入れたドリンクを飲み、


「それとですね、この作品、編集部ではラノベっぽいと言われたけど、この感じだと、ライト文芸だと思うですよね。確かに『ぇぇぇぇ!?』みたいな、ラノベっぽい言い回しはありますが」

「そうですよね。私もラノベを書いたつもりはありません。ライト文芸を書いたつもりです」

「この作品は賛否あるというか……(少しぶっ飛んだ性格の)『神』との対話とか、正直、賛否が分かれる作品になると思うんですよ」

「そうですね、それは覚悟しています。どれだけ受け入れられるか……多分、感想は真っ二つに分かれるでしょうね」


 だが、まったく注目されないよりは良いことを、私は知っている。

 賛否があっていい。むしろ、賛否が分かれない、それどころか批判すらされていない作品は、『売れていない』証拠だ。良い意見はありがたいが、苦言も非難も、売れていればこそ、なのだ。


「ですよね。それでこれ、私が読ませてもらって、男の私から見ると面白いし、このくらいはオーケーじゃない? と思ったんですけど、いかんせん男性の目線からしか見れないんですよね。女性の目線でこれを見たとき、どういう風に判断されるのか、それがわからない」

「たしかに。私も男性ですしね」

「そうです。それでですね、誰か、女性の読者さんにこれを読んで、意見をもらうことって出来ないでしょうか?」

「え? ファン文庫の作家さん、で、ですか?」

「いえ、素人の方でオッケーです。誰か、知り合いいません? 女性の方」

「ちょっと心当たりがないですけど、当たってみます」

「おねがいします。さて、まずはイラストレーターですね。それと小山さんにはまず、女性読者の方を当たってもらって、読んでもらって下さい。その感想を、今度同行するSさんに見てもらって、意見をもらいます。Sさんも女性編集ですから、色々意見をくれるでしょう」

「女性の意見、ですか」

「あとは明智がこの物語の重要な人物なので、明智を応援したくならなくちゃいけないですね。この物語は、明智を応援したくなるかにかかってると言っても過言ではない」

「応援したくなるか、と。なるほど……はい。それにしても、まずはイラストですか、重要ですよね……」メモを取りつつ、相槌を打ってみせる。

「そうなんですよー」

「Tさん。正直に言っちゃうと、私は、本というのはタイトルと、イラスト、それにあらすじで手に取ってもらうかどうかが決まってしまうものだと思っています。手に取ってもらえなければ、読んでもらえさえしない……だから、パッケージはこだわりたいですね

「そうです、まずは手に取ってもらわないとね」

「内容で勝負するなら、飯ものか、あやかしもの、ご当地ものくらいしか、今のライト文芸では押し出せるものはないですしね……」

「ですかね。しかも、ファン文庫は特に、本屋で売れることが多いです。ネット注文も出来るのに、本を買う人は本屋に足を運ぶんですよね。不思議なことに。電子書籍もありますが、と言うか、電子書籍の方が安いこともあるのに、本屋で買うんです。遠くても、本屋に足を運ぶんです」

「そうなんですか……それは、作家にとってはありがたいことですね」

「本当に、不思議です……あ、それと。これが続刊になった場合ですね、二巻の構想を考えておいて欲しいのですが……」


 これは、以前も言われたことだ。一般的に、作品は一作で終わることを前提として話はされない。出版社は『商売』であるから、売れたときの選択肢を、必ず残そうとする。

 続刊に続きそうなラストで一冊が締められている書籍はかなり多いが、それはこの要因が大きい。編集は、常に「売れた先」のことを考えている。

 初めから負け戦を想定しているわけではないのだ。


「ああ、それについては、今回のラストから、次作では~な展開を考えています」


 それを承知していたから、大枠の構想はざっくりと説明できた。

 もっとも、私は『続刊に引っ張る』『続きは続刊で!』という終わり方を好まない。

 一冊で完結させた上で、もし続刊が出るようなら、それに対応する話を作る。

 それが私の譲れないスタンスだった。


「なるほど、それは面白そうですね……ところで、小山さん」

「はい?」

「Twitterのつぶやきを見てると、精神的に大丈夫なのかな、と心配になるときがあるんですが、そこら辺は大丈夫でしょうか?」


 なんてこった。しっかりチェックされてたか。

 私は冷や汗を掻きつつ、乾いた笑いを上げて見せた。


「Twitterではネガティブですが、ネタのことも多いですし……。その心配をされているのであれば、大丈夫です」

「いや、ここだけの話、出版業界にはよくあるんですよ。書籍化の話を進めてる途中で、著者の方の都合で話が白紙になってしまうってこと」

「いや、大丈夫ですって。今、元気ですし。心が折れたときはあるんですが、それは以前、ファン文庫以外からの出版の話があったときだけで……その時は、本当に酷くて……」

「そうなんですか?」

「はい……結局、受賞の件は蹴ったんですが、その時やられたみたいなことが起きない限り、絶対に大丈夫です。そうそう起こらない話だと思いますし……」


 前作『出版前夜祭』でも一言触れたが、ファン文庫から「あなたの未練、お聴きします」書籍化の話が来るまで、私は筆を折っていた。

 折らざるを得なかったのだ。あの、悪夢のような『書籍化の作業』を体験したときには……。出版業界に、書籍化という夢に、挫折と幻滅をしてしまった話。

 もう話しても時効だと思うが、その時のことは少し長くなるし、このエッセイが終わるまでには触れる。引っ張るようで申し訳ないが、ここでは先を語らせて欲しい。


「なるほど」

 ……少し心配そうに私の顔を見て、Tさんは頷いた。

 

 そうして、いくつかの課題を残しつつ、初顔合わせは終了となった。

 この後は、フリーの編集者Sさんを交えた打ち合わせも、早急に行いたいとのこと。

 何より、この打ち合わせの時点ですでに3月下旬に差し掛かっていた。

 3月末若しくは4月頭に初稿をアップする期間は、わずか10日。

 しかも、その改稿の方向性を決める打ち合わせまで、動くに動けない。


 以前の課題にあった「90P削り」と平行しつつ、知り合いの女性に原稿を読んでもらって感想をもらう。それと平行しつつ、イラストレーターさんを発掘する。


 本当にタイトなスケジュール。と言うか、普通に仕事をしていたら絶対無理ゲー。


 さて、まずは読んでもらえる人を探さなくちゃな……それとイラスト……本作りの素人が、どうやって探せば良いんだ……?


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