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4 初顔合わせをする前に


 3月中旬メールオファーの6月刊。

 これは尋常じゃないスケジュールのタイトさで、本来ならば間違いなく断っていた。


 だが、ここで私に運が味方する。実は、それまでやいた仕事は、父の逝去などの色々な不幸が重なったことから体調を崩し、3月には退職手続きを取っていたのだ。(彼の存命中に前作のあとがきにおいて謝辞を送れたことだけは、親不孝を続けてきた私にとって、ささやかな救いだ)。

 

 塞翁が馬、とはこういうことなのだろう。

 そんなわけで、時間的に余裕がある。この時期のオファーは願ったり叶ったりだった。



 さて、編集Tさんのメールには、その他のことも赤裸々に書かれていた。

 『吾輩が猫ですか!?』の企画を通す際、ファン文庫になじまないこと、女性向けではないこと、ラノベっぽいこと(ファン文庫はライト文芸・主に女性層がターゲットのレーベルです)、その反対にテンポが良いこと、以前出した「あなたの未練、お聴きします」の数字も悪いものではなかったのでやってみたらどうだ、と意見が分かれたと言うことだった。


 よくよく読み込んでみると、編集Tさんがごり押しで押し込んでくれたんだな、と理解できる。無謀なスケジュールになったのもそのせいか。

 だが、逆に言うと、そこまで推してくれたのが嬉しい。これを断る手はないだろう。


 『6月刊』の条件の詳細を言うと、次のようになる。

 今は3月中旬だが、一応『たたき台』となる原稿の締め切りが3月末から4月頭。5月末までには入稿しなければいけないので、原稿の完成は4月末まで。


 つまり、編集の手が入れられ、改稿する期間は一ヶ月間。

 そんな予想に、背筋に氷塊が滑り落ちた。


 何故って、前回は仕事をしながらではあったものの、その何倍もの作業時間や、編集を入れて頂ける余裕があったから。一ヶ月の改稿期間というのは、やはりタイトである。


 しかし今回は、前回の8割書き下ろしのやりとりとはまったく勝手が違う。

 完成原稿を手直しした上での刊行。つまり、なろう小説の書籍化の大半がそうであるように、8割の書き下ろしという所まではきつくないスケジュール。だと思いたかった。前みたいに書き下ろし8割だったら、絶対に、間に合わない。


 書き下ろしではなく、原作に改稿を加えていくのは、初めての仕事だ。

 震えつつも、初めての体験に、楽しみな気持ちにはなっていた。


 そして、オファーを引き受けると、マイナビ出版の編集Tさんから、即座に電話があった。


「もしもし、マイナビ出版のTです」

「あ、初めまして。小山です」

「今回は引き受けて下さり、ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ」

「さっそく、会って打ち合わせをしたいのですがよろしいですか?」

「はい、ちょうど仕事を辞めたところなので、逆にそちら様にご都合のよろしい日は……」

「そうですね……次の月曜日あたりは大丈夫ですか?」

「わかりました。次の月曜日ですね」

「お願いします。それと、当日は現時点で改稿したものを持ってきて下さい」

「え、改稿したものですか?」

「あれ? 前のメールで、文字数を削ってるって聞きましたけど?」

「(ああ、スターツのコンテストに出すために削ってたとは言えないな 汗)あ、ああ、そうですね。それを用意すれば良いと」

「はい。現在の頂いている行間が開いたものだと、ページ数がちょっとあるんですね。それを削って頂きたいと」

「ああ、なろう用の台詞前の行間とかあると、増えちゃいますよね。了解しました」

「はい。それと、今回の編集なんですが……前回小山さんとやったSさんは都合が合わないということで、私と、フリーの編集者のSさん(前回のSさんとは違う方)……女性の方ですが……に、お願いしたいと思っています」

「わかりました」

「はい。あとですね、イラストレーターさんの件なんですが。正直、6月刊行だとイラストの方は4月には上がっていないとまずいんです。なので、まずはイラストレーターさんを探すのに専念しなければ行けませんね」

「4月まで……完成に一ヶ月かかるとしても……」

「そうなんです。通常、イラストレーターさんは2~3ヶ月前に声をかけることが普通なんですが、今回は急に決まったことなので……もちろん、小山さんから候補を挙げて頂ければ、選ぶことも出来ます」

「なるほど。とにかくまずは、イラストレーターさんの確保、ですね」

「そうです。そのため、次の打ち合わせまでに、キャラクターの外見の設定について、キャラクターシートを作って持ってきて欲しいと思います」


 キャラクターシート。

 キャラの外観を文字で起こしたものだ。イラストレーターさんはそれを参考にキャラクターの絵を描くのだが、私はとにかくキャラクターの外観にこだわりを持たないタイプの作家で、その描写を苦手にしている……どころか、描写すらしていないのが常だ。

 前回は、それで、中途半端なキャラクター設定を作ってしまい、イラストレーターのふすいさんには多大な迷惑をかけた。そういえばふすいさん、本当に沢山の作品のカバーイラストから、キミスイの住野夜さんのイラストまで手がけるほどの大物になっちゃったな。本当に、私の作品を担当してくれたというのが、今でも信じがたい。


「了解しました。それでは、次の月曜日に」

「では、そちらの最寄り駅まで伺います。よろしくお願いします」


 ――さあ困った。

 「吾輩が猫ですか?」の主要キャラクターは、主人公のアラサーの社畜サラリーマン・明智と、ヒロインの女子高生・柊。明智が憑依することになる柊の飼い猫の「ししゃも」の3人(?)がメイン。


 ところが、どうなんだ、これ?

 「小説家になろう」には、人物の外見描写はほとんどしていない。

 おろそかにしていた、と言うべきだろう。自分のキャラの外見がまったく思い浮かばない作者というのはどうなのだろうか?


 悩んだあげく、知り合いの作家さんに相談することにした。前回は、仲の良い友達には話して良いことになっていたし、この程度なら大丈夫だろうと判断した。


 もっとも普通、情報は作家さん同士でも打ち明けてはいけないものなのだが、作家になると、たいていの人は情報公開の重要さを自ら体験し、相談を持ちかけられてもまず口外することはなくなる。

 私だってそうだ。他の作家さんに打ち明けられたら、外野から何を言われても、知らぬ存ぜずを通す。SNSなどのフライング告知などもしないように、神経をとがらす。

 まして、私の知り合いの作家さんは、ファン文庫の作家さんのみならず、深く付き合っている作家さんばかりだ。口外される危険性は、0.01%もないだろう。


 そんなわけで、WEB版の我が猫を追ってくれていた作家さんに声をかけた。

 相談したのは「名前のない怪物」でなろうコンメディア賞を受賞し、今年デビューを果たした、黒木京也先生だ。


「黒木先生ー」

「はい、なんでしょう?」

「イラスト用に我が猫の、明智の容姿と服装、柊の容姿と服装のキャラクターシート作らないといけないんですけど、この二人って、どういうイメージですか?」


 いきなり直球である。丸投げである。


「キャラクターシート、ですか……? とりあえず、私は他の小説を読むとき、そのキャラクターの絵がない、または描写が少なめなときは、勝手に脳内でアニメや漫画、ゲームのキャラビジュアルで変換していますが、それで良ければ……」

「ゲームのキャラビジュアルでオーケーです! どんなキャラですか?」

「明智の方はこれってものはないんですけど、とりあえず髪がくしゃくしゃで、老けすぎずかといって若々しくない。しっかり身だしなみを整えれば結構かっこいい大人、でした。基本はスーツ」

「ふむふむ! 柊は?」

「柊は望月杏奈のヴィジュアルでした。彼女を黒髪にしたような感じ。基本は制服でしょうが、部屋着も望月杏奈の私服で変換されてました。……何故か 笑」

「望月杏奈……? 誰です?」

「ググって下さい。ミリシタ(アイドルマスターというゲームのシリーズのひとつ)のキャラです」

「(ググる)うわ、かわいい」

「でしょう? 性格は全然違うんですが」

「そうなのか、こんな外見のイメージが……さすが黒さん! 明智はこんな感じでしょうか?(タレントの高橋一生の画像を送りながら)」

「ああー! だいたい近い」

「おお!」

「実は俳優さんで一人イメージがいたんです……なんと言ったかな……そうだ、要潤だ」

「要潤?(ググりながら)」

「割と三枚目役が多いらしいです。イケメンなのに」

「おおおー、かっこいい。これで行きます。ありがとうございました!」


 こうして、明智と柊の容姿は決定された。まるっきり丸投げである。


 キャラクターシートに設定と性格、好みや外見等の詳細を描き込んだ後、要潤の顔写真画像と望月杏奈の浴衣姿とゆるゆるの部屋着の画像ファイルをダウンロードし、キャラクターシートに貼り付けた。


 そして、次の問題。

 ページ数を削ることである。

 

 電話後に届いたメールには、こうあった。


「頂いた原稿を紙に落とし込んでみました。ファン文庫の様式で、1ページに単行本の見開き二枚ページ分印刷されてるんですが、185ページあります。これを何とか、140ページにまで削って頂けないでしょうか?」


 45ページ、と言うことは、単行本のページ数にしてざっと90枚。

 凄まじいカット量である。しかも、今回は他の賞のために文字数ギリギリを狙っていたから、スリム化したところからのさらにカットというとになる。各種マイナーチェンジを行いながら、大胆に削っていくことが要求されるだろう。


 翌日からはこうして、何とか試行錯誤を繰り返した結果、140ページとまでにはいかないが、156ページまで、何とかスリム化に成功する。それでも、単行本ページ数にして60ページのカットだ。



 これで準備は整った。

 初顔合わせまで、一週間を切っていた。


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