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ウェルカムたこパ

 目を閉じて、風花は髪に風を感じていた。

 お風呂から上がって、ダニエルにドライヤーで髪を乾かしてもらっているのだ。ダニエルはほど良い温風の出るこの機械に興味津々で、じっくり観察するために乾かすのを買って出てくれている。


「魔術はないと言いつつ、この世界は恐ろしいほど技術が発達しているな」

「きっと魔術がないからだろうね」


 お風呂に入るまでは意識してしまって恥ずかしくて仕方がなかったのだけれど、上がる頃にはダニエルはいつもの魔術バカに戻っていた。それがわかったから、風花は照れるのをやめた。


「そういえば、朝に連絡してた二人だけど、どっちも興味を持ってくれたよ」


 今朝のやりとりを思い出して、風花はその報告をする。

 声をかけたひとりは「何それ? 宇宙飛行士の知り合いでもできた? 面白そうだから、何でもいいけど」と返してきた。

 もうひとりは「もしかして異形と異業種をかけてるの? よくわからないけど、風花ちゃんと久々にご飯したいから行く」と返してきた。

 顔の見えないやりとりで詳細を話してもと思いすべてを説明してはいないけれど、とりあえず二人とも合コンの誘いには応じてくれた。


「そうか、よかった。それなら、こちらも二人ほど友人を連れてくれば、その“合コン”とやらができるんだな」

「そうだよ。あとは会場だねえ……」


 会社の飲み会や、これまで何度か付き合いで参加した合コンで行ったことのある店を頭に思い浮かべて、風花は思案した。

 ダニエルを見ている限り、異世界の人といってもこちらの世界にカルチャーショックを受けているわけではなさそうだ。魔術というすごいものがある世界から来ているからか、驚きはしてもわりとすぐに柔軟に受け止める。それに、食の好みがあまりにもかけ離れているということもなさそうだ。

 でも、そうはいってもまだダニエルはこの部屋以外のこちらの世界を知らないのだ。いかにダニエルが紳士的で常識ある行動をとってくれたとしても、外へ行けばいくらでもイレギュラーな出来事は起こり得る。

 それに、合コンに相応しい店は大抵飲み屋街にある。酔っ払いという厄介な存在とのエンカウント率の高い場所に、異世界人×3を連れて行くのは、まだリスクが高い気がした。


「合コン、この部屋でやろうか? お酒と何かおつまみを用意して。私、料理は得意じゃないけど、おつまみは結構品数作れるよ。この部屋ならさ、みんな安心してくつろげるだろうし」

「いいのか? それなら、私もいろいろと用意しよう。たこ焼きも作ってみたいしな」

「いいね! やろうやろう! たこ焼きパーティーだ!」


 宅飲みの提案にダニエルが快く応じてくれて、風花はほっとした。テレビで流れる情報番組を熱心に見ている様子からして、街中に興味があるのはわかっている。それでもすねたり不満をもらしたりしないダニエルは、きちんと大人なのだなと感じる。


「美味しいもの、たくさん用意しようね。何か食べたいものとか作ってみたいものはある? 今から、レシピを調べてみよっか」

「そうだな。その“パソコン”という知識を蓄積している空間に接続する機械の使い方きも慣れたいところだしな」

「じゃあ、一緒に見ようね」


 ダニエルがパソコンに触りたいのがわかって、風花は微笑みながらノートパソコンを立ち上げた。


 ***


 合コンの話が持ち上がった一週間後。

 1LDKの風花の部屋のリビングに、テーブルを囲んでみっちりと人が集まっていた。

 風花とダニエル、それからそれぞれの友人たちだ。


「たくさん作ったから、いろいろ食べてね」


 風花はまず自分の友人二人にそう声をかける。


「じゃあ私、お酒を用意するの手伝うね」


 すかさず応えてくれたのは、大学時代からの友人・莉子りこだ。きれいで華やかで、合コンに慣れているだけあってこういう場の盛り立て方をよく心得ている。


「じゃあ、わたしは取り分けしたらいいかな。他に何か手伝うことはある?」


 もうひとりの友人・リツはあきらかに不慣れな様子で、どうしたらいいのかわからないという顔をしている。風花と一緒のときは普通なのだけれど、今は緊張しているのか挙動不審だ。

 でも、それも無理もない。目の前にキラキラした男性がいるのだから。


「君たち、そんなことしてくれなくていいよ。むしろ俺たちにさせて」


 そう言ってパチッとウインクしたのは、金茶色の髪に緑色の瞳が素敵な男性だ。この空間のキラキラ成分の主な発生源は、間違いなくこの人だろう。


「こら。さっさとひとりで食べ始めるな」

「……だって、なかなか始まらないから」


 ゆるくウェーブのかかった焦げ茶の髪を伸ばしっぱなしにしている男性が、ダニエルに叱られていた。テーブルに並んだ料理にこそっと手を伸ばしていたのだ。長い前髪に隠れて顔は少ししか見えないけれど、ちらっと覗く顔立ちは何だか可愛らしい。


「そろそろ自己紹介して、飲み始めようか。ダニエルも、こっちに来て」


 キッチンでまだいろいろ作ってくれているダニエルに、風花は手招きした。ダニエルは頷いて、鶏の骨つき肉もも肉のグリルと色とりどりのサラダを持ってテーブルにやってきた。

 テーブルには、ダニエルが今持ってきた料理のほかにも、たこ焼き、ローストビーフ、プチ春巻き、風花が作ったカプレーゼ、カナッペ、アボカドの生ハム巻きが並んでいる。

 今日まで二人でいろいろと相談して試食したかいあって、とても豪華だ。


「では、私から自己紹介をしよう。ダニエル・アッヘンヴァルだ。時空間魔術について研究している」


 ダニエルが自己紹介すると、莉子と律は驚きに目を見開いた。


「俺はロマーヌス・フォルトナーだよ。ロマとかロマンって呼んでね」


 そう名乗ったキラキラの彼は、杖を取り出してひと振りして、女性陣の手の中にそれぞれ薔薇を一輪、出現させた。


「……ティモ。ティモ・リューメリン。とりあえず、いろんなもんに興味がある」


 前髪で顔が見えない彼は、女性たちのほうを一切見ずに言った。それから少し考えて、杖を振ってきれいな包み紙のキャンディを降らせた。


「……異世界の魔術師って、マジだったんだ」


 男性陣の自己紹介を受け、莉子は思わずといったふうに呟いた。

 昨日のうちに、莉子と律とは今日の合コンの打ち合わせもかねてお茶をしている。そのときに合コンの相手が魔術師で、しかも異世界から来たことは話してある。そのときは二人とも大笑いするだけだったのだけれど、魔術を目の当たりにすると信じざるを得なかったようだ。


「嘘じゃないと思う。この人たちの話してる言葉はきちんと日本語として聞こえてくるのに、口の動きが日本語じゃないの」


 男性たちの口元をじっと見ていた律が、しばらく考えた様子で言った。見とれていたわけではなく、観察していたらしい。


「や、やっぱり、びっくりしちゃうよね。でも、気を取り直して私たちも自己紹介しよう! 私は三井風花。仕事は会社員っていって、雇われて働いてます」


 場の空気を取りなそうと、風花は元気良く名乗りをあげる。ダニエルに説明するときも困ったのだけれど、会社員についての適切な説明がまだ思いついていない。


「私は前橋莉子。職業はビューティーアドバイザー……美容部員といって、きれいになりたい人のお手伝いをする仕事をしてます」


 風花の自己紹介を聞いて腹をくくったのか、莉子も笑顔で言った。そうして愛想良く笑うと、莉子もロマーヌスに負けないほどのキラキラを放つ。


「上松律です。夜間に塾講師をしながら、昼間は個人的に言語学の研究をしたりしてます」

「……マツリツ」


 律が自己紹介すると、それまで黙々と食べていたティモが、そう呟いてじっと律を見つめていた。


「全員の紹介が終わったな。では改めて、我々の出会いを祝して乾杯」

「カンパーイ」


 ダニエルの音頭で各々持ったグラスを掲げ、乾杯する。

 それからしばらくは料理やお酒を楽しみながら、当たり障りのないことを話した。話す内容はといえば、「さっきのってどうやるの?」とか「ほかにどんなことができるの?」ということで、ダニエルたちは気前良く魔術を見せてくれた。

 見せてくれるものは、小さな火を出したりちょっとした風を起こしたりというものだったけれど、莉子たちにとってはどれも物珍しく、驚きの連続だったようだ。


「場も盛り上がったところで、そろそろ本題に入りたいのだが。今日集まってもらったのには、ある目的があったのだが……」

「ルームシェアしたい。おれたちもダニエルみたいに、こっちの世界の女の子とドア一枚隔てた空間で同じ空気を吸いたい!」


 ダニエルが今日の合コンの主旨について話し始めようとしたところで、ティモがビシッと手を挙げた。

 そのまっすぐすぎる言葉に風花たち女性陣は一瞬面食らったけれど、あまりにそれが面白くて笑ってしまった。


「……すごい。そういうふうに素直なのって、いいと思う」


 焼きあがったたこ焼きをティモの皿に盛ってやりながら、風花は言った。食べっぷりの良さから、ティモがたこ焼きを気に入ったのがわかった。「もっと食べてね」と声をかけたけれど、ティモはずっと律を見ていた。


「あなたたちが何でここに来てるかは、わかった。でも、ルームシェアってどうやるの? ダニエルさんと風花は、どんな感じで今の生活が始まったの?」

「最初は壁越しに交流してたんだけど、あるときダニエルが耐えられなくなって壁をぶっ壊して自分の部屋とこの部屋をつないじゃったんだってさ」


 莉子の質問に対して、ダニエルではなくロマーヌスが答える。内容は大体合っているのだけれど、言い方次第では何だかとんでもないことに聞こえるなと、風花は少し顔を赤くした。


「たぶん、言葉で説明するより見てもらったほうが早いと思う。来て来て」


 恥ずかしさをごまかすためもあって、風花は手招きして一同を奥の寝室に案内した。

 そこに入ればすぐに目に入る、重厚な材質のドア。ひと目でそれは、この部屋に初めからあったわけではないとわかる。


「一応、ドアっていう隔たりはあるんだね」

「うん。部屋が隣り合ってるわけじゃなくて、ダニエルの魔術でこの部屋とつなげてるんだって」

「ふぅん」


 莉子は何を思っているのか、しげしげとドアを見ていた。


「すごい……ファンタジーの世界みたい」


 このシチュエーションなのか、重厚なドアに対してなのかわからないけれど、律は感激している。


「好意的に受け止めてもらえたようで、よかった。それで、風花の友人であるあなた方にお願いしたいのだが、この者たちと交流を持ってもらえないだろうか。我々から見るとこの世界は、実に興味深い発展を遂げている。だから、あなた方との交流は魔術師である我々には、非常に参考になると思うんだ。無理にとは言わないし、ものは試しということでほんの数日でも構わないので」


 ダニエルは、莉子と律に対してそう熱心に言った。

 最初の動機は異世界との交信と言っていただけあって、その目は真剣だ。先ほどまで浮かれていたふうだったロマーヌスとティモも、真面目な顔で頷いている。


「ようは、異文化交流ってやつね。面白そうだから、私はいいよ」

「わたしも、外国人のホームステイみたいなものって思えば楽しそうだし、研究にも通じでいそうだから、いいかな」


 ダニエルのお願いに対して、莉子も律も快く了承してくれた。


「よかった! じゃあ、誰の部屋に誰が行くかだね」

「おれ、マツリツがいい!」

「えっ」


 風花が組み合わせの話をしようとすると、またティモが元気良く手を挙げた。その目はじっと、律を見つめている。勝手にあだ名をつけているし、どうやらかなり気に入っているらしい。


「じゃあ、わたしの部屋にはティモさんが来るってことで。どういう理由なのかわからないけれど、男の人にそんなふうに選んでもらうのは初めてだから、嬉しいな」


 ティモの熱烈な主張に、律は照れたようにはにかんだ。


「よかったー! 俺は最初からリコちゃんがいいなって思ってたから、ティモと希望が被らなくてほっとしたよ」

「本当かな。でも、そう言ってもらえて嬉しいな。よろしくね、ロマ」


 ロマーヌスと莉子は、そう言って微笑み合って周囲にキラキラをまき散らす。


「……すんなり決まったね」

「そうだな。だが、よかった」


 もめたらどうしようかと構えていた風花とダニエルは、あっさりと決着がついたことに安堵して顔を見合わせた。


「じゃあ、飲み会を再開しよっかー まだまだご馳走はあるし、お酒も飲み足りないしね」

「そうだ。飲むとしよう」


 

 こうして、風花とダニエルの出会いから始まった異世界間交流は、莉子と律、ロマーヌスとティモを巻き込んで広がり始めたのだった。

これからまったりゆるゆると、

ダニエル×風花、ロマーヌス×莉子、ティモ×律 それぞれの交流記を更新していきます。

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