目覚め
誰しも越えられない壁というものが存在する。
それはきっと目に見えるものだけではなく、感覚的にわかるものも多いはずだ。
越えられない壁に出会った時、挑むことも逃げることも悩むことも出来るだろう。
きっと、この壁を超えてみせる。
俺はそう決めて必死に足掻いた。
壁を前にして、選択肢が必ずあると信じていたんだ。
現実は少し厳しくて……いや、きっと少しじゃない。
世界は俺に優しくない。
『殺してしかまうか』
背後の男は使い込まれた直剣を俺に向けている。
だが、俺にはその言葉がどんな意味を持つのか分からない。
「ゲギゴゴッ」
命乞いをしようにもまともな言葉を喋ることは出来ない。
なぜなら俺は人ではないものへと生まれ変わっていたからだ。
『おら、死んどけ』
スローモーションのように流れる世界に死を予感する。振り下ろされる剣を見ながら、俺は少し前のことを思い出していた……
目が覚めた時、俺は洞穴のような空洞に横たわっていた。
明かりも出口もないばしょなのに、何故か壁を見ることが出来る。
見渡す限り出入口はなく、高さは4m弱、幅は5mほどだ。
──まさか、生き埋めに?!
そう思って声を出す。
「ゴゴッゲッゴゴ!!?」
口から出たのは聞きなれない言葉。
言葉と呼ぶにはあまりにも雑な、叫び声にも似た音だ。
ぎゃぁぎゃぁごぶごぶと喚きながら状況を整理しようと務めるが上手く整理がつかない。
壁を叩いた手は緑色をしていて、引っ掻いた爪は鋭く尖って伸びている。
身に纏うモノは一切なく、細い手足とは対照的に腹はぽっこりと膨らんでいる。
こんな所で死んでたまるか!
生きたいという純粋な気持ちで叫び、壁を叩く。
外はどっちだ?
そう考えているとぼんやりと脳内に直感が浮かぶ。
あの壁の先に何かがあると。
試しに壁を蹴ってみると亀裂が走った。
いける。
そう信じて壁を叩く。何度も、何度も。
「あぎゅ?」
崩れた壁の奥には同じような空間が広がっている。
自分がいた場所よりも洞窟のように細長く、どこかへと繋がっているらしいが……
瓦礫を除けて穴をくぐるとすぐに金属製の檻が行く手を阻むように埋め込まれていた。
──まるで牢屋じゃないか
檻には鍵がかかっており、それ以上先へ進むことは出来ない。
ガチャガチャと音はするが鍵が開くことは無さそうだ。
どうしたものかと悩んでいると通路の奥が騒がしくなり、ぼんやりと明るくなってきた。誰かが松明を持って近付いているらしい。
檻の前に立ったのは3人の男。
ゲームに出てくる山賊のような出で立ちで中でも革の鎧を着ている男は剣を手に握っている。
『どこから来たんすかね?』
『1匹か』
『あの奥に空洞が』
などと言葉を発したがその内容を理解することは出来なかった。
まるで外国の人が話すような聞いたことのない言語だ。
「ぎゅあ?」
──おれ、ヤバくない?
武器を持った男達は警戒しつつも鍵を開けようとしている。
目の前には武器を持たない俺。
言葉も通じず、ゲームで言えばザコ敵に相当する容姿をしている。
──うん、逃げよう。
俺は背を向けて走り出した。潜った穴を再び通り抜ける。
『逃げたぞ!』
『追え!急げ!』
背後で騒がしく声がする。
とりあえず逃げ出しはしたもののすぐに現実が突きつけられる。
元いた場所に逃げ道など無いのだと。
突き当りの壁に縋り付くように倒れ込みながら必死に考える。
どうすれば助かる?
どこからなら逃げられる?
パニックに陥った状態で壁を爪で掻きながら、壁が壊れないかと期待するが壁に穴が開くことはない。
背後に灯りがやって来て穴を崩しながら越えてくる。
『ここは…何だ?』
男の声に振り向くと剣持った男を先頭に3人が入ってきた所だ。
「ぎゃ、ぎゃぎぐぎ?」
─助けてくれたりはしないか?
そう尋ねてみるが言葉が通じる訳でもない。
死にたくない。が、手段がない。
そして、剣が振り下ろされる。
生き残る方法なんて無かったのだと。
出来ることなど無かったのだと。
意識を失う直前も、痛みを感じなかったのは幸いだったろう。
この生になんの意味があったのだろうか。
結局最後まで分からなかった……
ぼんやりとした意識の中にチリーンと鐘の音が鳴る。
[チュートリアルを終了します]
直後に声が聞こえた。
[報酬を検索……該当あり]
[称号【不戦】【交渉する者】を獲得]
[スキル【パニック】【物理で殴る】【対話】【悪足掻き】を獲得]
[報酬獲得に伴いボーナスが贈られます]
[覚醒後にメニューにて報酬を確認して下さい]
[それでは、第二の生に幸多からんことを]
──もっと細かく説明しろよ
まるでクソゲーではないかと思いながらも意識が遠のく。
次はもっと上手くやってやると決意をしながら俺は意識を手放した。