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天下無双


 ともあれ、一騎当千のチャレンジは続いた。項さんも頑張ってはいるのだが、外が明るくなってきた5時を過ぎてもスコアは600前後。どうしてもうまくいかない。


「もう、またなの?」


「どうも、項さんは物覚えがよろしくないようですわね」


「戦う方に気を取られて忘れるアルよ」


 もはやイライラは通り越し、惰性である。僕は半分寝ながらも部屋に戻った女姿のトラちゃんの膝の上で股座に顔をうずめ、両手で腰を抱えると言う大胆な行為に出ていた。

 もちろんゲートをくぐったときは顔を反対側に向けている。だってあっちのトラちゃんのそこにはいらないものがついてるからね。


「うふふ、達也さんたら、甘えて。かわいいですわね」


「もう、たっちゃん? トラちゃんだって疲れてんのよ? ほら、あたしがしてあげるからこっちに来なさい」


 そう言ってかぐやさんは僕の手を引っ張り、自分の座るところに寝かせると僕の頭を抱え込み、こてんとひっくり返った。え、ナニコレ。頭にカメがしがみ付いただけだよね。

 まあ、お腹の平らな甲羅の部分だし、高さもちょうどいいけどさ。硬いけど。


「いやん、そんなとこに息吹きかけちゃダメよ」


 そんなことを言いながらパタパタと短いしっぽを振った。それを見たトラちゃんがややキレ顔でカメを引きはがし、元のように僕を膝の上に載せた。


「ちょっとぉ何すんのよ」


「かぐやさん? わたくしは疲れておりませんし、達也さんはわたくしの婚約者。将来の夫を癒して差し上げるのも妻の役目ですの」


「あら、そう。けどまだ妻じゃないじゃない。あたしはたっちゃんの先祖でもあるのよ? そうねえ、お姉ちゃんみたいなものかしら。籍を入れるまではそういうのもあたしの務めなのよ。ねえ? たっちゃん」


「いいえ、すでに達也さんとわたくしは恋人同士。姉だかなんだか知りませんけれどあなたの出番ではありませんわ」


 それ以前に大事な事がある。僕はこれまでこのカメに癒された事など一度もないと言う事実が。


 カメとトラちゃんがなんだかんだと言い争う中、一人のおっさんがさわやかな顔で朝帰り。


「あら、みんな起きてたの? ダメだよちゃんと寝ておかなきゃ。あら、新しい人?」


 ニタつきながらそう言うのは、当然晴さん。実に爽快な顔をしていた。


「ま、挨拶なんかはまた後で、って事で。おじさんも仕事があるからひと眠りするね」


 そう言って立ち去ろうとした晴さんを「ちょっと待ちなさいよ」とかぐやさんが引き留めた。


「えっ、でも、おじさん、七時前には家を出ないと」


「仕事なんかどうでもいいのよ! あんたもこっちを手伝いなさいな。たっちゃんとトラちゃんも今日は学校はお休み!」


「でも、」


「いいのよ! 親族に不幸があったの! そう言うことにして忌引き! 前に見た映画じゃ釣り好きのサラリーマンがそう言って会社休んでたもの。いいわ、もうちょっとしたらあたしが電話してあげるから」


「もう、社会人としてそう言うのはまずいんだよね」


「いいから! うまくいったらあんたにもポイント分けてあげるわよ」


「えっ? ほんと? それ、助かる。おじさんもね、来世がカエルってのはちょっとやだなぁって思ってたとこなのよ!」


 こうして項さんの一騎当千を果たすため、新たに名将がブレーンに加わった。


「ふーん、なるほどねえ。西楚の覇王も実際に一騎当千となれば難しいか」


「そうアルよ。けど、俺は数字を盛った英雄なんか嫌アル」


「それであたしたちが手を貸してるんだけど、こいつ、全然ダメなのよ」


「そりゃそうだよ、かぐやちゃん。一騎当千なんて普通出来ないからね?」


「あら、トラちゃんは成し遂げたわよ? ねえ」


「ええ、敵兵は装備も体格も大きく劣りますもの。あのくらい、腕に覚えがあればいかようにでも」


「って、あんた誰?」


「嫌ですわ、生涯のライバルをお忘れになるなんて。ねえ、達也さん?」


「ってことは、謙信殿? えっ? なんでここに?」


「うふふ、わたくしはあの時出合った達也さんを追って、こうして女の姿で生まれ変わりましたの。今は上杉虎千代、達也さんの婚約者ですわ」


「あ、そうなんだ。おじさんはよくわからないけど良い事なんじゃないかな?」


 トラちゃんが眠気覚ましのコーヒーをみんなに配り、かぐやさんが晴さんにこれまでの概要を地図にして示した。


「うーん、これは万全の布陣だね。敵将にはよほど頭のいい人がいるんじゃないかな? ま、おじさんならあと、こことここに伏兵を置くけどね」


 晴さんは名将である。敵の目論見を理論的に語り、それをかぐやさんと項さんは感心して聞いていた。トラちゃんはそう言うことに興味がないようで、膝に寝かせた僕を抱え込み、大胆にもみんなの前で頬にキスしたりしていた。


「ほらそこ! イチャイチャしてないでまじめにやんなさいよ! で、トラちゃん的にはどうなの? 今の晴信の話」


「わたくし? わたくしはどうとも。伏兵は気配でわかりますし、狙撃もそう。わからないのがおかしいのですわ」


「ああね、謙信殿はそんな感じだもの。勘働きっていうの? それにかかっちゃ軍略もへちまもないものね」


「けどあんた、石ぶつけられて不覚をって言ってたじゃない」


「あれは特別ですわよ! 見たこともないフォームで、そうですわね現代野球? わたくしもああしたのを見るのは初めてで。しかもスライダー気味でしたのよ? いくら勘働きに優れようともああしたものはかわせませんわ」


「えっ? そうなの? 野球ねえ、へんなのが歴史に紛れ込んでたのかしら」


「まあ、武勇に長けた人でありましたけれど。わたくし、おもわずうれしくなって持っていた槍を授けて差し上げましたもの」


「ちょっと待って、それっていつの事?」


「確か、手取川でした」


 それを聞いたかぐやさんは真剣な表情になって端末を取り出した。トラちゃんはここに石を当てられたのだと僕の手を小さなふくらみに当て、なでさせる。もうね、鼻血出そうなんですけど!


「あ、頼光? あんた、何ぼさっとしてんのよ! 戦国時代にへんなのが入り込んでるじゃない! えっ? それは解決してる? 歴史には名を残してない? ならいいけど。ちゃんとやりなさいよね! 綱のやつにも言っとくのよ! それと例の件も、いいわね!」


 かぐやさんは綱さんの同僚であろう頼光さんと言う人にひとしきり文句を言って端末を閉じた。


「ま、いいわ。とにかく今はこっちね。晴信、あんたが頼りなんだからしっかりやんなさいよ?」


「ポイント分けてもらえるなら頑張る!」


 そうこうするうちに時間は朝の六時を回っていた。焦っても仕方ない、そう言うことになってトラちゃんと僕で朝ごはんの支度をする。ごはんとお味噌汁。それに目玉焼きを人数分トラちゃんが作って、僕がそれをテーブルに並べる。鉢にもったお漬物を真ん中においてみんなでそれを食べた。


 ここで新たな問題が発生。そもそもこの家で僕は亡くなったお祖母ちゃんと二人で暮らしていた。なのでテーブルだって小さいのだ。今まではカメ、それに晴さんだけだったから良いものの、そこにトラちゃんとでかい項さんが加わるとすっごく狭い。仕方ないわね、と言いながらカメが僕の膝の上に座り、そこで飯を食っていた。それを面白くなさそうな顔でトラちゃんが見つめていた。


「ほら、こぼさないでよ! かぐやさん」


「仕方ないじゃない! このお箸、使いづらいのよ!」


「達也さん、お代わりの方は?」


「あ、うん、おねがいします」


 晴さんはお尻に爆弾を抱えているので正座。項さんもそう言うところは礼儀正しいのか正座して食事をしていた。


「さって、ごはんも食べたし、一発で決めるわよ!」


 かぐやさんは僕たちの学校と晴さんの職場に欠席を伝える電話をすると勢いよく立ち上がった。だが、残念なことに一発で決められたのは項さん。例の最初の狙撃手にあっけなくやられてしまった。



 それから数度、項さんはチャレンジしたがスランプに陥ってしまったようでなかなかいいスコアを叩きだせない。それまで黙って見ていたカエルの姿の晴さんがおもむろに口を開いた。


「うーん、これは難しいねえ」


「それを何とかすんのよ! あんたが!」


「頼むアルよ! 俺には時間がないアル!」


「そうだねえ、ちょっとやり方を変えてみようか。馬上で戦うのやめてさ、徒歩で。そっちの方が楽じゃないかな?」


「今までのデーターがもったいないじゃない! それにトラちゃんは馬上で一騎当千やったわよ?」


「あはは、そのトラちゃんは特殊だし。おじさんが見るにね、馬上じゃ項さんの力、半分も出せてないのよ」


「けど、騅と離れるのは嫌アルよ」


「それならさ、城をでて、どこかでその馬預けたらいいじゃない? だってあんたと一緒じゃその馬だって助からないでしょ?」


「そうアルね」


 そんな話にまったく興味がないトラちゃんは相変わらず僕の頭を膝に乗せ、今度は耳かきを始めた。そう言うのはできれば女の姿で、そう言いたかったが言えない。だって、南斗の男であるトラちゃん、すっごい迫力なんだもの。


 ともかく一旦部屋に戻り、作戦会議。城の攻囲を突き破り、項さんの知り合いがいると言う烏江と言うところまで出て、そこの役人に馬を預け、徒歩で戦うらしい。僕たちはその烏江を見下ろせる高台に移動して、項さんを待った。


「もう、今回で確実に決めるわ。はいこれ」


 そう言ってかぐやさんは僕たちにライフル銃を手渡した。


「えっ? これ、何?」


「狙撃、伏兵、敵将、そんなのをここから撃っちゃうのよ! そうすればあのクズだって千人くらい斬れるでしょ?」


「っていうか、それ、人殺しですよね?」


「殺しはしないわよ! それはね、麻酔銃みたいなものなの。あたしたちが誰か殺しちゃ歴史が狂うかもしれないし。そのスコープなら3キロ先の敵も簡単に撃てるから。反動もないから狂いも生じないわ。もうね、あたしもいい加減飽きたのよ!」


 僕と南斗バージョンのトラちゃん、それにカエル姿の晴さん。そしてカメのままのかぐやさんは銃を手にスナイパーとなった。そうこうするうちに手勢を引き連れた項さんが現れ、なんやかんやと役人と話した後、馬を預けた。さあ、ここからが一騎当千! 僕たちも頑張らねば!


 部下たちも馬から降ろし、全員歩兵となった項さんたち。それを追って敵軍が現れる。項さんの指揮の下、一斉にそれを迎え撃った。項さんは晴さんが言ったように馬を降りたらすごかった。全身を使い前に後ろに円を描くように動き、香港ドラマの主人公のようにくるくると回りながら時折カンフーっぽいポーズを決めて敵兵を屠っていく。まさしく天下無双、一騎当千の男の姿。


「やだ、あいつ、やるじゃない! あたしたちも負けてられないわよ!」


 かぐやさんがそんなことを言うので僕たちもスナイパーとしての業務に励んだ。


「うふふ、当たりましたわ!」


「もう、おじさんは全然だよ」


「あんた、ほんと使えないわねえ」


「ひどい、そんな言い方って!」


 晴さんはカエルの姿。それで銃を扱うことに無理があるようで中々スナイプできない。同じようなカメの姿のかぐやさんは上手に銃を使い、ジャキンと新たな弾を込めてまた一人狙撃する。トラちゃんはこうした事も上手にこなせるらしく、一人撃っては僕に抱き着いた。もうね、男姿のトラちゃんに抱き着かれようが頬にキスされようがなんとも思わない。だって、拒否できない以上慣れるしかないじゃない?


 そして僕、僕はこうした事が向いているのか派手な飾りのついた兜をかぶった敵将をすでに十人は狙撃した。敵将が倒れると、その指揮下にある兵が動揺し、そこに項さんが切り込んでいく。スコアもぐんぐん伸びていき、すでに800を越えた。


「すっごいじゃない、たっちゃん! さすがあたしの一族ね」


「ええ、本当に! 達也さんの武勇、惚れ惚れ致しますわ!」


 あはは、武勇ってこういうのじゃないよね。だって安全なところからチート武器使ってるだけだもの。


「トラちゃん! あたしたちも負けてられないわね!」


「ええ、達也さんに良いところをお見せしませんと!」


「あっ! トラちゃん、撃っちゃだめよ! それ、項羽じゃない!」


「あら、危ないところでしたわ。ついつい目立つ格好しているもので」



 その日、昼少し前、ついに項さんは一騎当千を達成した。「うぉぉぉ!」っと雄たけびを上げ、天に向かって咆哮を上げた。


『アナタガ、スキダカラァ!!!』


「それ違うっ!」


 こうして僕の突っ込みの声と共に、長かった一騎当千プロジェクトは完了した。


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