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軍神の野望


 手勢数百を率い、名馬である騅に跨った項さんは城門を開くと取り囲む敵軍を破竹の勢いで突破する。モニターの討伐数もぐんぐん上がりあっという間に50人。この勢いならば、と僕たちは大いに期待した。


「見てよ、あれ」


「ええ、本当に。あれでは」


「えっ? なんです?」


「ほら、あの敵軍よ。みんな栄養不良でガリガリじゃない。それに武具だって、鎧なんか誰も着けてないわよ? あれじゃ項羽が一騎当千、それも頷ける話よね」


「ええ、わたくしのいた戦国の頃でも甲冑くらいはみなつけておりましたもの。それに武器だって槍とは名ばかり。包丁を棒の先に括り付けただけ」


「中学生の団体にプロレスラーが殴りこむようなものね。一騎当千、できて当たり前よ。体格も武装も大違いなんだもの。ねえ、トラちゃん?」


「ですがいくさ場とはなにが起こるかわからぬもの。わたくしも石をぶつけられて不覚を取ったことがございますのよ? あの項さんの勘働きがどこまで利くか。それにかかっておりますわね」


「あら、軍神とまで言われたトラちゃんでも? そうよね、油断は禁物」


 かぐやさんがそう口にしたとき一筋の矢が。それは項さんの兜を打ち抜き、項さんはそのまま馬から崩れ落ちた。


「あー、もう、何やってんのよあいつ!」


「あのくらい察せねば」


「そうよねぇ、あいつ、鈍いんじゃない?」


 散々な言われようである。ちなみにスコアは73。一騎当千まであと937である。しばらくして現れたハムスター姿の項さんは申し訳なさそうに頭を掻いた。


「ほんっとダメね、あんたは! あんな棒っきれみたいな連中相手に何やってんのよ!」


「ごめんアル。まさかあそこで矢が来るとは思わなかったアルよ」


「いささか勘働きが鈍いのではなくて?」


「そんな言い方しなくても。次はうまくやるアルよ!」


 ともかくも一旦撤収、そう言うことになって僕たちは部屋に戻った。美女の姿に戻ったトラちゃんがみんなにお茶を出してくれて、かぐやさんはお茶請けの煎餅をかじりながら端末の画面を忙しく指でなぞった。


「うん、こいつね。こいつが陰からあんたの頭を撃ちぬいたのよ。ま、偶然にしろ何にしろ中々の腕前じゃない?」


「そうアルね」


 スタンド使いの姿に戻った項さんとカメのままのかぐやさんはそんな風に検討を始めた。どうでもいいけど、チョー眠いんですけど。時計を見ると時間はすでに11時。僕、明日学校なのにな。


 そんなことを思いながらあくびを噛み殺していると、うふふと笑みを漏らしたトラちゃんが僕の頭を膝に乗せてくれた。あー、これ、夢にまで見た膝枕? 少しぶかぶかの僕のジャージを着たトラちゃんは優し気にこっちを見て、その頭をなでてくれた。

 しばしその柔らかさを堪能していると二回目のチャレンジが始まるらしく、かぐやさんがゲートを開いた。仕方なしに身を起こし、あくびをしながらそれについていく。


「ねえねえ、かぐやさん? これってさあ、僕いらなくない? かぐやさんと項さんでできるじゃん? ほら、明日も学校だし」


「何言ってんのよ? たっちゃんがいなきゃこういうことはできないの。何しろこいつらはたっちゃんの魂を媒介にこうして顕現けんげんしてんのよ?」


「その、理屈が全くわかんないんだけど」


「たっちゃんがいなければこいつも、晴信も、そしてトラちゃんもこの世には存在できないのよ。いうなればたっちゃんが召喚師で、こいつらは召喚された魔物みたいなもんなのよ」


「えっと、僕、そんな呪文唱えてないよね」


「馬鹿ねえ。代わりにあたしがそれをしてるんじゃない」


 はは、もうどうでもいいや。


「でもさ、トラちゃんはちゃんと現世に生まれてるわけだし、項さんや晴さんたちとは違うんじゃない?」


「そうね。けどトラちゃんがトラちゃんでいられるのはたっちゃんがいるから。そうでなければ別人よ? 前世の魂をもったまま生まれ変わるなんて荒業、できるわけないじゃない」


「そうですよ、達也さん。ですからわたくしとあなたは魂で結ばれし仲。言うなれば愛の奴隷ですわ」


 そう恥ずかし気に身をくねらせるトラちゃん。できればゲートをくぐる前、女の姿でそれを言ってほしかった。今のトラちゃんは南斗の男、それはちょっと。

 僕が苦笑いを浮かべているとそのトラちゃんは女座りですわり、二倍以上太くなったその腕で僕を抱えると無理やりその膝に寝かせた。


「達也さんはここでゆっくりしていればいいのですわ。あとはわたくしたちで」


 先ほどまでとは違い、その膝はごつごつとした固いもの。だが逃れようにもトラちゃんの腕は僕をしっかり押さえつけて離さなかった。なんかね、もういいやって感じ。だってこっちのトラちゃんもいい匂いがするんだもの。人間あきらめと慣れが肝心ですよね。


 そうこうするうちに第二回戦。かぐやさんからこまごまと注意を受けた項さんは再び白銀の戦士となって薙刀を掲げ、城門を出発する。



「あー、もう、あんたってほんとクズね!」


「仕方ないアルよ、あそこに伏兵がいるなんて思わなかったアル」


「あんたねえ! 敵だってバカじゃないのよ? 少なくともあんたよりは利口なの! そりゃいろいろ手をうつわよ!」


「本当に勘働きが鈍いのですわ。あのくらい見ればわかるでしょうに」


 部屋に戻った項さんは正座しながら二人に文句を浴びせかけられて小さくなっていた。覇王と呼ばれた男は今、叱られた子供のように口をつぼめていた。とはいえ僕の頭は柔らかい女のトラちゃんの上にある。項さんには悪いけど何とも言えない至福の時間であった。


「はぁぁ、今回が160、項羽、次は最低でも300は行かないとあたしがぶっとばすわよ?」


「わかってるアルよ! 次こそ、次こそいけるアル!」


「まあ、前向きなのはよろしいですけど」



「……ちょっと、いい加減にしなさいよ? ポイントアルファは狙撃、ブラボーは伏兵、チャーリーは敵将、何回も言ってんじゃない! 一騎当千しようってのにチャーリーの武将に負けてどうすんのよ!」


 かぐやさんはヒステリックにそう叫んで端末の画面に映し出した地図を差し棒で忌々し気に叩いた。


「ちょっと手元が狂っただけアルよ!」


 対する覇王は完全にふくれっ面。できるもんなら自分でやって見ろ、そう言いたげな顔つきだった。そして、柔らかな膝からふと上を見ると、薄い胸の上に、こめかみに青筋を浮かべたトラちゃんの顔が。


「かぐやさん、これではらちがあきませんわ。ここはひとつ、わたくしが手本を示して差し上げますわ」


「そうねえ、項羽じゃいつまでたっても一騎当千なんかできそうにないもの。やってみてくれるかしら?」


「ええ、日の本の武人の威信にかけて」


 時間はすでに深夜二時を回っている。トラちゃんと言えばあの川中島で晴さんのいる本陣に切り込んだ男。一騎当千、できるかもしれないよね。だって、あそこにいた武田兵、普通じゃないもの。


 ともかくもゲートをくぐり、向こうで本体に乗り移った項さんは僕たちの所にやってきて鎧兜をトラちゃんに付け替える。


「いいですか、項さん? わたくしの手並み、しかと見ておくのですよ?」


「わかったアルよ」


 体格としてはほぼ同じ、さらに覆面をつけ、兜をかぶったトラちゃんは項さんと見分けがつかない白銀の武人となって、画面の向こうに現れる。僕はあくびを堪えながらイライラしているカメと項さんに茶を淹れた。



 かつて軍神、天下最強と呼ばれた上杉謙信。上杉虎千代として女に生まれ変わった今も魂はそのままだ。彼、いや、彼女は久々に味わう戦場の空気、敵意、殺意、一身に向けられた猛々しい気配。それらを受けて魂の喜びを感じていた。戦場、ここでなら自分は何の束縛も受けずに自由でいられる。そんな解放感に浸る。


 さらに今の彼女には野心があった。自分の姿、戦場での雄姿をモニター越しにあの少年が、竹原達也が見ていてくれる。男であればだれであれ武に、強さに対する憧れを感じるもの。しかも比較対象は覇王と呼ばれし項羽。その面前で己の強さを見せつける。そうすればきっと。


 そう、彼女には欲があった。女として生まれた自分、その姿形にあの少年は好意を抱いてくれている。でもそれは己を形作る一部でしかないのだ。かつて川中島で、この男の姿の自分をかわいいと言ってくれた。あの喜びを今一度。今度は武を示し、その武によってあの少年の好意を勝ち得るのだ。人が愛し合う、そのうえで性別の不一致などは些細な事。女の姿の自分同様に、この姿の自分も愛してもらいたい。

 

 今、軍神は初めて義ではなく、己の野心の為に戦う、そう決めたのだ。


「戦い方なら、まだ覚えてますの!」


 そう言って馬を走らせ武器を振るった。敵兵、と言うにはいささか物足りない男たちの体がまとめて両断された。


「そう、これですわ!」


 手に感じる快い感触、敵意、恨み、恐怖、怒り。それらの感情がわが身に一身に! ああ、なんという快感だろうか!



「流石トラちゃんね。軍神の名は伊達じゃないわ。ほら、みなさい? 狙撃をやすやすと躱し、伏兵には手勢を当てたわ。そして敵将を一撃で仕留めたわよ!」


「すごいアルね!」


「あんたと違って味方をうまく動かしてんのよ。わかる?」


「うんうん、それにしても見事な業前アルね」


「そうねえ、見切りっていうのかしら、相手がどこを攻撃するかトラちゃんにはわかるのよ。すごいのはそれが目の前の相手だけじゃなくて敵軍のすべてってところね。ほら、あそこ、ポイントデルタあそこにも伏兵よ。よく見ておくのよ?」


「うん、わかったアル」


 いやはや本当にすごい。項さんだって明らかに普通じゃない。天性の武人の才に恵まれてるのだ。なのにトラちゃんはそれに輪をかけてすごい。個人的な武勇であれば項さんと甲乙つけがたいところであるがトラちゃんは味方の使い方がうまいのだ。決して一人にならず、必ず誰かをそばに置く。少ない味方を押し上げながら自分が血路を開くのだ。当然討伐数のゲージもうなぎ上り。すでに600を超えていた。


 うん、それはいいんだ、それは。問題は、そのトラちゃんのテンションの高さである。最初こそ「死になさい!」とか、「こんなものですの?」などと言っていたがテンションが上がるにつれてその目は血走り、口から出てくる言葉も変わっていた。


『弱き者の匂いがする! そこにいたかぁ! 弱者め!』


 ビブラートの利いた低い声でそうのたまい、敵兵を頭から粉砕する。


『ぶるあぁぁぁ!』


 恐ろし気な声と共にさらに犠牲者が。


「ねえあの人、大丈夫アルか?」


「あは、あはは、大丈夫よきっと。戦場じゃよくあることじゃない。ねえ、たっちゃん?」


「ですよねー」


 その後もトラちゃんの殺戮は続き、僕たちは誰も口を開かない。討伐数はぐんぐん上がり、900越え、なのにトラちゃんのHPを示すバーは一ミリも削れていない。


「……ねえ、これをやるアルか?」


「……ちょっと予想以上よねぇ。これ」


「……ですよねー」


「トラちゃん! トラちゃん! もういいわよ! 十分に参考になったから、帰ってらっしゃい!」


 画面に向かってかぐやさんがそう呼びかけるもトラちゃんは殺戮の手を緩めない。そして討伐数のカウントはついに1000! まさしく一騎当千をやり遂げたのだ。


『貴様の心臓で、ごちそうを、って、あら、かぐやさん? もうよろしくて?』


「うん、全然よろしいわよ。早く戻っていらっしゃい」


『すこし、働き足りぬところですが、まあ、よろしいですわ。』


 画面の向こうのトラちゃんがブンっと薙刀を一振りすると敵将がひぃぃっと腰を抜かした。そしてトラちゃんは悠々と馬をすすめ城に帰ってくる。


「達也さん! わたくしの働き、ご覧いただけましたか?」


「あ、うん、すごい、すごかったよね! みんな?」


 トラちゃんは返り血で真っ赤になった鎧姿で僕に抱き着き頬ずりする。かぐやさんと項さんはひたすらうんうん、と頷いていた。


「わたくし、達也さんの為だけに働きましたの! ご褒美を授けていただけますか?」


「あは、そ、そうなんだ?」


「その、いささか喉が渇きまして、お茶を頂ければと」


「あ、うん、そうだよね。そりゃああれだけの活躍だもん、喉も乾くよね。まってて、すぐ用意するから」


「そうよねえ。と、なると途中に給水所があった方がいいかもしれないわね」


「そうアルね。一騎当千ともなるとマラソンも一緒アルよ」


 二人はそんな打ち合わせをはじめ、僕はお茶を用意する。当のトラちゃんは女座りで座ると目を閉じて口を突き出し頬を真っ赤に染めた。


「えっと、お茶、用意したけど」


 そう言ったにも関わらずトラちゃんは微動すらしない。え、どうしよう、と固まっているとトラちゃんがぼそっと呟いた。


「これはご褒美、ですから、その、口移しで」


 えっ? えっ? 何言ってんのこの人。


 あっけにとられて呆然としているとトラちゃんは薙刀を拾って項さんたちに向けた。


「その、ほら、たっちゃん、武功には褒美が必要アルよ? それができないと俺みたいになるアルね」


「そ、そうよね。これはご褒美だもの。ほら、たっちゃん、何やってんのよ。女を待たせるものじゃないわよ?」


 いや、そう言われても。目の前にいるの、完全に男だし。


 戸惑っているとトラちゃんはバン、と薙刀を床にたたきつける。ひぃっとなった僕たちは顔を見合わせ小声で話し合う。


「ほら、するアル! このままじゃ俺たちが危ないアルよ!」


「そーよ! やっちゃいなさいよ! ほら、ぶちゅっと!」


「おめーら他人事だと思って軽く言ってんじゃねえよ! 初めてなの! ファーストキスなの!」


 そんなことを話しているとトラちゃんがもじもじしながら告白した。


「その、達也さん? わたくしも初めてですのよ?」


 そーじゃねえよ! そういう問題じゃねえだろ! 女の姿ならそりゃ喜んでしますとも! なのになぜ?


「いいから早く! 今時の高校生ならキス位するわよ!」


 そう言って項さんに俺を羽交い絞めにさせ、カメが口に茶を注ぎ込む。そして真っ赤な顔のトラちゃんが僕に迫った。やめろ! やめてくれ! ファーストキスが南斗の男なんてあんまりだ!


「あら、たっちゃん? もしかして初めてのキスはあたしがよかった?」


 そうじゃねえよ! 両生類も勘弁なんだよ! このクサレガメ!


 そんなことを思っているうちにトラちゃん(男)の顔が間近に迫り、その唇が触れる。そしてじゅるるっと僕の口から茶を吸い込んだ。アッー!


 この日、僕は何か大切なものを失った。


 ともかくも、といったん部屋に戻り女の姿になったトラちゃん。この姿でキスしてくれれば人生最高の思い出だったのに。


「うふふ、達也さん。求めてくださればいつでも。やはりこういうのは殿方からでないと」


 くぅぅぅ! 残念な事に僕には彼女に自分からキスをする勇気を持ち合わせていなかった。


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