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中華の習わし


 トラちゃんが加わりなんとなく人心地ついた僕の家。気の利くトラちゃんは僕とかぐやさんに食後のコーヒーを出してくれた。


「やっぱりコーヒーは良いものねぇ。インスタントでも美味しいのもあるけど、やっぱりドリップよね」


 かぐやさんはコーヒーにはこだわりがあるらしく、満足そうにそれを啜った。その時、聞きなれない電子音が響き、何事か、と慌てる僕たちをよそにかぐやさんは例の異次元から端末を取り出した。


「なあに? こんな遅くに。えっ? 今から? やーよ。もうお風呂だって入っちゃたんだし。えっ? どうしても? 特別手当もつくの? もう、仕方ないわね。今回だけなんだからね」


 その端末を異次元に戻し、かぐやさんがコーヒーを一口すすると空間に穴が開いてそこからたくましい男が現れた。赤いTシャツにぴっちりとした派手な柄のズボン。そしてその下には長いブーツを履いていた。

 空間に開いた穴が閉じるとその男は妙な立ち方でポーズをとり、腕組みしながらその指先を自分の額に当てた。


「我们的名是项羽。骑马者要该千武人,是霸王」


 その男の言葉に皆、んっ? と顔を見合わせる。


「かぐやさん? なんとなく中国語っぽいですけれど、わたくし、そちらの嗜みはございませんの」


「そうよねぇ。まったく、調整もせずに送り込むなんて失礼しちゃうわ。まってて、今調整するから」


 かぐやさんはそう言うと異次元からかつて晴さんを悶絶させたピコピコハンマーを取り出して、おもむろにその男を殴りつけた。半笑いだったその男は「アイヤ!」と叫んで悶絶する。だが痛みに耐性があるのかすぐに立ち上がり、またもや謎のポーズを決めた。


「俺は項羽。一騎当千の武人であり覇王と呼ばれし男……アルよ」


 ああ、やっぱり。あのピコピコハンマーにどんな機能がついているのかは知らないが、いずれにしろ日本語でしゃべりだした項羽さんは語尾に「アル」がついていた。彼はシャツがぴちぴちになるほどのたくましい男であるが前世のトラちゃんとは違い、その顔立ちは南方系。眉が濃く、目もぱっちりとした二重。わかりやすく言えば波紋とかスタンドとか使いそうな感じ。南斗のトラちゃんとは作者が、いや、雰囲気が違うのだ。


「で、その覇王だかなんだかが何の用なのよ。あ、トラちゃん、一応こんなんでもお客だからコーヒーを出してあげて」


「はい。それにこの格好では流石に。着替えもしてまいりますわ」


 しばらくして現れたトラちゃんは清楚なブラウスとスカートを身に着けていた。


「それで、項羽だっけ? あ、あたしはかぐやちゃん。こっちはたっちゃんでそっちがトラちゃんね。で、何の悩みがあんのよ」


 ずっとポーズを決めていた項羽さんはふぅ、と息をつくと胡坐をかいて座り、出されたコーヒーに口をつけた。


「その、俺って覇王だし、一騎当千って言われてるアルけど」


「そうね、そんな感じじゃない?」


「すごいですわね。一騎当千、一人で千の敵を屠るだなんて。項羽さん、とおっしゃいましたか?」


「俺の事はホンとでも」


「では項さん、とお呼びいたしますわね」


「呼び名なんてどうでもいいのよ。項羽、悩みがあるならサッサと言いなさいよ。ところで晴信は?」


「晴さんは僕のバイト先の松岡さんとデートですよ。今夜は帰らないかもって」


「やだ、あいつも中々やるわね。松岡っていつもコロッケくれるおばちゃんじゃない!」


「うふふ、いくつであっても恋することは素敵なことですわ」


「しかも泊りだなんて。やらしいわねぇ」


「わたくしは達也さんとこうして一つ屋根の下。これ以上の望みはございませんわ」


「あら、トラちゃんも言うわねぇ。けどたっちゃんの保護者としては不純異性交遊は認めないわよ。一緒に寝るのはあたし。ねー、たっちゃん?」


「ずるいですわ! そのような事。わたくしがそばで!」


「あの、良いアルか?」


 話が全く別の方向にずれたので項さんは申し訳なさそうに口をはさんだ。


「ああ、で、何よ」


「その、一騎当千、そのことアル。実は俺、千も討ち取ってないアルよ」


 項さんは恥ずかし気に頭をかきながらそう告白した。


「それが? 誰も実際に千人討ち取ったなんて思っちゃいないわよ。中国ってほら、そういうのすぐ盛るし。何かあれば百万の軍、強い武将は万の兵に値する。そんなわけないじゃない。ま、あちらのお国柄って奴かしらね。なんでも大げさなのよ」


「まあ、そうなのですか? たしかに、こちらではいくら強くとも百人力。それでも大げさなのでしょうけれど、こうして比べれば慎ましやかに聞こえますわね」


「いいじゃないですか、実際こんなに強そうなんだし。一騎当千、そう称えたくなる気持ちもわかりますよ」


「そうですわね。けど、達也さん? それであればわたくしも一騎当千、出来そうではなくて?」


 どうやらトラちゃんはいけないところを刺激されたらしく、きれいな顔立ちに好戦的な笑みを浮かべていた。そりゃ軍神とまで言われたあんたならできるでしょうよ。


「ちょっと見てよ、こいつ、最低な奴じゃない」


 かぐやさんはいつの間にか端末の画面を開き、そこに項さんのプロフィールを映していた。


 項羽、名は籍であざなが羽。始皇帝の興した秦、その末期に楚と言うところで将軍の孫として生まれた。幼い頃は字も碌に覚えず、剣もダメ。だが成長すると怪力を持つ九尺の大男、さらに才気抜群と来たもんだ。

 その項羽は乱世に紛れ立身し、実質的に秦を滅ぼした。そしてそのあとの天下をかけて劉邦と戦いに敗北、垓下と言うところに押し込められる。四方から聞こえる故郷の歌を耳にして自らの負けを悟ったと言う。「四面楚歌」今でも使われる言葉だ。

 そのあとわずかな手勢と共に打って出て「一騎当千」の活躍を見せたあと討ち取られる。虞美人との恋愛エピソードもあり、敗れ去りはしたが男にとってはある意味、理想の生きざまとも言えよう。


 ……とはいえやはり何事にも裏はある。項羽の生涯はだまし討ちに始まり、二十万を超える秦の捕虜を生き埋めにし、自らが担ぎ上げた楚王を殺して人望を失っていく。

 生まれ故郷の楚の人々でさえも彼を討つべく城を囲んで楚歌を謡う。彼の名乗った覇王、その覇と言う字には強さと同時に残酷さと脆さをも感じられる。


「ま、考えなしだったって事ね。自分の評判も顧みず、邪魔な連中を物理的に排除していくとこいつみたいになるのよ。わがままで残酷で、そのくせめっぽう強い。評判の悪い英雄ってとこかしらね」


 そんな辛辣なかぐやさんの批評を誉め言葉とでも思ったのか、項さんは恥ずかし気に俯いた。


「それで、何の文句があるのよ。あんたは天下をとれなかったけど十分に戦ったじゃない?」


「いや、そのアルね、できればちゃんと千人討ち取って一騎当千と称えられたいアルよ」


「そうなの? 贅沢ねえ」


「数字を盛るのは中華の習わし。けど俺は本物でいたいアルよ! 俺、ゲームでは武力100アルよ? それが実はたいしたことないんじゃね? って思われるのは耐えられないアル!」


「あら、わたくしも武力100ですわよ?」


「ま、いいわ。特別手当も出るっていうし付き合ってあげる。要はあんたにその、垓下の戦いとやらで千人討ち取らせりゃ良い訳ね?」


「そうアル! 力を貸してほしいアル!」


 そうと決まればとばかりに早速かぐやさんは行動を開始する。


「トラちゃん! あっちじゃ長丁場になるかもしれないから準備はしっかりね! コーヒーとかおやつとか!」


「はい、おまかせくださいまし」


 それピクニックの準備! そう突っ込みたかったがすでに時間は深夜である。僕はあくびを噛み殺しながら言われるがまま、かぐやさんが開いたゲートをくぐった。

 ゲートの向こうは中国風のお城の広間。外を囲む敵軍から南国風の歌が聞こえ、窓から見下ろすと数百の軍勢の中にひと際目立つ白銀の甲冑をつけた項さんがいた。


「あれが俺アル」


 そしてこっちの項さんはハムスターの姿になっていた。もうね、この展開も慣れました。そう思ってふっと笑うと後ろからパンと衣服の破れる音がして、「きゃあ!」とトラちゃんの悲鳴が上がる。


「見ないでくださいまし!」


 そう言われたがすでに遅し、反射的に振り向いた僕の目に映ったのは服が破れ、裸でうずくまる南斗の男。


「えっ?」


「あ、そうだったわね。たっちゃん、アッチに戻って何か服を持ってきなさいよ。そうねえ、ジャージみたいに伸び縮みするのが良いわ。ほら、急いで! トラちゃんをいつまでもあのままにしておけないでしょ!」


 あ、うん。といささか腑に落ちないまま僕はゲートをくぐり、自分のタンスからできるだけサイズの大きいジャージと伸縮性のある下着を取って戻った。


「うーっ、こんな恥ずかしい姿を達也さんに! かぐやさん! それならそうと先に言ってくださいまし!」


「ごっめん、忘れてたのよぉ。わざとじゃないわよ?」


 美女として生まれ変わったはずのトラちゃんは時空を超えたこの場ではかつての上杉謙信、その姿をしていた。なのに声と口調はトラちゃんのまま。なんだこれ。


「あのね、たっちゃん。ゲートを超えると人は魂の姿になるの。トラちゃんは前世の上杉謙信、そのままに転生したから魂の形はそのままなのよ」


「ってことは項さんは?」


「ああ、そいつは次に生まれるときはそのネズミの姿って訳。晴信はカエルね。仕方ないわよ、こいつらはポイント無いんだし」


「えっとよくわからないんだけど」


「いいのよ、細かい事は! さ、始めるわよ!」

 

 かぐやさんはそう言ってハムスターの項さんに向かって米粒ほどの小さなキラキラ光るものを指で弾いた。項さんはそのまま走り去り、白銀の甲冑を纏った項羽に近づきその首元まで這い上がると溶けるように消えた。


「どう? 項羽、聞こえる?」


「聞こえるアルよ! バッチリアル!」


 かぐやさんがスクリーンを開くとそこには項羽、いや、項さんの後ろ姿。さっきのキラキラ光るものはカメラと通信機の役目をしているらしい。その画面には項さんの姿の他に、そういうゲームでもあるかのようなレイアウトで討伐数や項さんの体力を示すバーが表示されていた。


「これなら見やすいでしょ? トラちゃん、お茶ちょうだい」


 項さんが手に持った長刀を差し上げ、門がゆっくりと開いていく。一騎当千、その伝説がまさに今、始まろうとしていた。


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