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エピローグ


 学校では針の筵、そして家にはわがままなカメがいる。僕の生活で一番平穏なのはバイトの時間だ。そのバイト先のスーパーで品出しをしていると、総菜係の松岡さんが顔を赤らめて僕にできたてのコロッケを渡してくれる。


「ちょっと形が悪いからね、売り物にはならないんだよ。たっちゃんもおじさんと男だけの生活じゃいろいろ大変だろ? 今日はこのコロッケを持って帰んな」


「あ、ありがとうございます」


「晴信さんって言ったっけ? ちょっと頭は禿げちゃってるけど中々いい男じゃないのさ」


「はは、そうですか?」


「ま、コロッケでも食べて仲良くやりな。御礼なんかいいからね」


 明らかにそれを期待した顔で松岡さんはそう言うと仕事に戻っていった。僕はコロッケを事務所のロッカーにしまい、そのあとレジ打ちの応援に入ったりして家に帰った。



「やだ、コロッケじゃない! あたし、これ、好きなのよねえ」


 カメはそう言って早速ソースをびちゃびちゃとかけて、幸せそうにコロッケを頬張った。


「ちょっと、かぐやさん? それ、バイト先の松岡さんが晴さんにって」


「いいのよ、これも借金の一部なんだし。晴信にはそこらの雑草でも食わしときゃいいのよ、だって戦国で暮らしてたんだもの。雑草で足りなきゃ縄でも壁でも食うわよ。籠城とかそんな感じでしょ?」


「もう、かぐやちゃん? あの頃とは材質が違うの! 壁やら縄やら食べたらお腹壊しちゃうでしょ?」


「わがままねぇ。仕方ないわ、一個だけ分けてあげる。ちゃんと味わって食べるのよ?」


 重労働をこなしてきた晴さんは涙ぐみながらそのコロッケを味わっていた。


「そうそうたっちゃん、うちの社長がね、暇ならたっちゃんもバイトしないかって」


「え、でもスーパーのバイトが」


「うん、だから土日だけでもいいってさ。おじさんの会社ね、結構給料いいし、悪い話じゃないと思うよ? 仕事はきついけど」


 今のスーパのバイトは平日のみ。やろうと思えばできないこともない、か。


「そうね、お金はあった方がいいもの。やって見なさいよ、たっちゃん」


 扶養家族のカメが偉そうにそんなことを言う。たしかにお金はあった方がいいし、カメが外で働けるわけもない。こんなのでも一応ご先祖様なのだ、貧乏な生活をさせるのは心苦しいものがある。


「それにね、たっちゃんの学校の先輩たちもいるんだって。だからすぐになじめるよって社長が」


「そうなんですか?」


「ま、何でもやってみる事よ。卒業したらあんただって働くんでしょ? このアパートもあるんだし都会に出て、って訳にもいかないんだから」


「まあ、そうですけど。進学するにもお金ないし」


「それじゃ決まりだね。おじさん明日にでも社長に話してみるから」


「ええ、お願いしますね」


 平日はスーパー、そして休日は作業員。晴さんしか住んでないとはいえアパートの掃除も定期的にはやらなきゃいけない。はは、実に忙しいね、僕って。


 それはともかく翌日、冷たい視線を浴びながら学校に行くと異変が起きた。


「竹原君ってこのクラスかしら?」


 休み時間にガラッとドアが開き、そこから現れたのは目を見開くほどの美人。「ほえ?」っと間抜けな返事をするとその美人の女はまっしぐらに駆け寄ってきて、あろうことか僕にムギュっと抱き着いた。すべての時間が停止して、冷たい視線を投げかけていた女子たちは目を丸くし、やや同情的だった男子たちは完全に敵意を露わにした。


「え、えっと、その」


「いやですわ、わたくしの事お忘れ?」


「へ?」


「わたくしですよ、わたくし。川中島であなたがかわいい、って言ってくれた。覚えてますわよね?」


 川中島、川中島、確かに思い当たるふしはあるが、あれは一子相伝の暗殺拳の使い手だったはず。こんなに柔らかくていい匂いの生き物では、って


「思い出されました? そう、わたくし、上杉虎千代ですわ」


「あーーーーっ!」


『なによぉ、大きな声出して。』


 もそもそと僕のカバンから顔をだしたかぐやさん。上杉さんを見るとつまらなそうな顔で呟いた。


『ま、そこそこ綺麗じゃない? あたしの足元にも及ばないけど。』


 上杉さんにはその言葉が聞こえたのかややぴくっと青筋を浮かべた顔で僕のカバンをバンバンと叩いた。そしてそのカバンを激しく振る。


『いやぁぁ! やめなさいよ! らめぇぇ! ふっちゃらめぇぇ!』


「少し、不快な声が聞こえた気がいたしまして。ねえ、達也さん。お昼は屋上で一緒に。わたくし、お弁当を作ってきましたのよ?」


「あ、はい」


 そんなやり取りをしている間、周囲ではひそひそと囁き声が聞こえた。そりゃそうですよね、こんな美人があろうことか僕なんかに抱き着いて。不思議に思わない方がおかしいですもんね。


「あら、わたくしとしたことが。みなさん、ご挨拶が遅れました。わたくしはこの度3年1組に転入してまいりました上杉虎千代と申します。こちらの達也さんとは、その」


 そこまで言って上杉さんは顔を赤らめて僕の手を握った。


「婚約者なのですわ。うふふ、恥ずかしい」


 そう言うとクラス中がどよめきと怒号に覆われる。「うそよ! こんなことってあるはずない!」とか、「俺は今日、奴を殺すことに決めた。なあに、神様だってそうするはずさ」などという恐ろしい言葉まで混じっていた。


「それでは皆様、ごきげんよう」


 最後にとどめとばかり俺の頬にキスをして上杉さんは去っていく。その瞬間、男子も女子も「ぐぉぉぉ!」っとうなり声を発した。「嘘よ! あんな素敵なお姉さまが!」

「俺は今日、ソブンガルデに行く!」などと喚きだす。ソブンガルデとはとあるゲームの天国のようなところ。どうやら彼は真のノルドだったらしい。


「竹原君」


 未だどよめきが収まらない中、声をかけてきたのは先日、不幸な事故によって絶縁となった広瀬真由美さん。


「あ、はい、なんですか?」


 ややどもりながらそう答えると、広瀬さんはにっこりと笑って口を開いた。


「この間はごめんなさい。わたし、ブスって言われて傷ついたけど、上杉先輩みたいな美人と比べられたのなら仕方ないかなって」


「あ、それは!」


「ううん、いいの。竹原君にあんな素敵な婚約者がいたなら仕方ないもの。あの人の前で自分がキレイだって言えるほどわたし、傲慢じゃないし」


 ええ子や、なんて心の広い子なんや! そう思ったのもつかの間、またしてもショッキングな言葉が僕を刺した。


「実はね、わたし、ちょっと竹原君の事、気になってたんだ。だからブスって言われて傷ついたの。興味のない人なら何言われても平気なのにね。でもすっきりしたわ、竹原君にはあんな素敵な婚約者がいたんだもの。竹原君の事、好きになる前でよかった。これからも友達でいましょうね」


 あぁぁぁぁ! おわったぁぁぁ! なにか、大切な何かが僕の中で砕け散った! ガタンと椅子に崩れ落ち、真っ白な灰となった僕はそのあとの授業、一切耳に入らなかった。


『ま、いいじゃない。トラちゃんは元は男だけど今は中々綺麗な女なんだし。あんなブスよりは百倍マシよ。』


 カメがそんな事を言っていた。その元男、と言うのが強烈に引っかかるのだ。その姿を知らなければ「そんな事関係ないさ」なんて言えたかもしれない。だけど。


 あれはねえ! 元、上杉謙信なんですよ! 胸に七つの傷とかありそうな感じの! いや、どちらかと言えば南斗系か。でもね、すっげーいい匂いなの! あの人からも同じ匂いがすんの! そもそもなんで婚約者? 恋愛フラグ成立してませんよね? だって出会ったときは男同士だもの!


 ともかくも昼休み。カメを胸ポケットに詰めた僕は屋上への階段を上がる。後ろからは嫉妬にまみれた真のノルドたちがぞろぞろとついてきた。うちのクラスだけじゃなく、よそのクラスのノルド、さらには三年のノルドたちも僕に憎しみの視線を浴びせながら「死ね!」と魂の咆哮シャウトを叫んだ。


「達也さん!」


 屋上に充満した女子たちの中から上杉さんはそう言って駆け寄り、僕の腕にしがみつく。


「うふふ、お友達が一緒にお食事したいっていうので。迷惑ですか?」


「あ、いや、けどその、カメに飯食わさなきゃいけないんで」


『あたしはカメじゃないわよ。かぐやちゃん!』


「あら、そうなのですか? ではあちらで二人で食べましょうか。みなさん、申し訳ないですけれど、わたくしたちはあちらで」


「いいのよ、上杉さん。ここからは私たちが誰も通さないわ。ゆっくり食べて」


「ありがとうございます」


 ノルドを阻む三年の女子の壁。もはや親衛隊と言っていい彼女たちは野蛮なノルドを屋上から追放、その場を封鎖した。「真のノルドは退かない!」などと言っていたノルド男子たちは女子たちの鋭い舌鋒を浴びて、「殺さないでくれ~!」と言って去っていった。


 そしてかつて軍神と呼ばれた美女はウキウキしながら可愛らしい包みを広げ、その中に入った色鮮やかな具のサンドイッチを僕にくれた。


「さ、どうぞ、召し上がれ。うふふ、わたくし、ずっとこの日を夢見ていたのですよ? こうして、あなたに再びお目にかかる日を。450年の歳月を超えて」


「あら、美味しそうじゃない。あたしにも寄越しなさいよ」


 カメはのそのそとポケットから這い出てくると、人目に付かない物陰なのをいいことにいつもの大きさになって僕より先にサンドイッチを食べ始める。


「あ、それじゃ僕も頂きますね」


 一口食べるとそれはまさに女子の味。男が生涯かけてもたどり着けない女の手料理の味がした。スーパーのサンドイッチとも違う。自分で作ってもこうはならない。女の人だけが作れる味だ。母を知らない僕はおもわずその味に感動して涙ぐんだ。


「うんうん、美味しいじゃない。よかった、トラちゃんがメシマズじゃなくて」


「それは、鍛錬して参りましたから。いつかこの手で拵えたものを達也さんにって」


「すっごく、すっごくおいしいです、上杉さん」


 涙声でそう言うと上杉さんは心底嬉しそうな顔をしてくれた。


「それじゃトラちゃんはうちの料理番ね。たっちゃんのごはんはどうにも貧乏くさいのよ。スーパーの売れ残りとインスタントものだし」


「貧乏くさいんじゃなくて貧乏なんだよ! そもそもオメーはただ食っちゃ寝してるだけじゃねーか!」


「まあまあ、わかりましたわ、かぐやさん。わたくしがお料理はすべて。あなたはわたくしの望みを叶えてくれました。わたくしにとって、達也さんの食べるものを拵えるのもまた幸せですの」


「えっ?」


「なによ、たっちゃん? うれしくないの? トラちゃんがいれば料理だって洗濯だってしてくれるのよ?」


「あ、えっと。それってお手伝いさんかなにか?」


「やーねぇ。一緒に暮らすに決まってるじゃない。もう話はついてんのよ。トラちゃんの親からは敷金に加えて毎月家賃だって振り込まれるの。そう言うのはあたしがネットと電話でうまくやっておいたから」


「そうなのですわ。今日からは一つ屋根の下。不束者ですがよろしくお願いいたします」


「あ、はい」


 なんかすっごくドギマギする。なにせ相手は美女なのだ。そのうえ属性は「先輩」お姉さんキャラでもある。彼女に誘われれば将来ネジに改造されるとわかっていても僕は銀河鉄道に乗り込んでしまうだろう。それくらい魅力的。つややかな黒髪、やさし気な二重の目には長いまつげ。そして整った鼻とくっきりした唇。その唇がさっき僕の頬に、そう考えただけで、かぁぁ、っと顔が赤くなるのを感じた。


 その日、僕は女子と和解した代わりにすべての男子を敵にした。そしてその上杉先輩は元、天下最強の男である。


 放課後、クラスに上杉先輩が僕を迎えに来ると女子は黄色い歓声を上げ、男子はぽーっとした顔をした後僕に憎しみのシャウトを放つ。上杉先輩は僕の腕に抱き着いて胸を押し付けるようにして歩いた。ちなみに胸は小ぶりであった。


 家には引っ越し業者が訪れていて、一階の二号室に荷物を運び込む。僕はバイトがあるので少しばかり手伝ったあと、スーパーに向かった。


「あれ、どうしたんですか、松岡さん、今日はめかしこんで」


「ふふ、たっちゃん。あたしだってまだまだいけるだろ?」


「ええ、お綺麗ですよ」


 いつも化粧っ気のない松岡さん。なぜか今日は浮ついた感じでおしゃれをしていた。まあ、おばちゃんではあるけれども元々小綺麗な人ではあるが。


 上機嫌の松岡さんは総菜づくり。僕は品出しとレジ打ち。レジを打っていると上杉さんがカメをバッグに入れて買い物にやってくる。


「トラちゃん、あたしお魚がいいな。サバの味噌煮とか」


「あら、いいですわね」


 そんな話をしながらスーパーのカゴに野菜やパン、調味料などを入れていく。何しろ我が家にはあらゆるものが不足しているのだ。そして私服姿の上杉さんも眩しいくらいに美しかった。他のお客も店員たちもぽーっとしながら彼女を見ていた。


「えっと、6800円になります」


 その上杉さんの買い物を精算する。実に恐ろしい金額だ。スーパーで6800円? その買い物の中にはカメがせがんだと思われる高めのインスタントコーヒーやお菓子なんかも含まれていた。上杉さんはにこやかに微笑みながら支払いを済ませるとカメとなんだかんだ話をしながら帰っていった。大丈夫なの? そんなお金あるの?


 さて、ともあれバイトは終わり、いつものように売れ残りの野菜をいくらかもらう。お疲れさまでした、と店をでるとそこに晴さんがいた。


「あれ、どうしたんですか?」


「うふふ、おじさんもね、ここで生きるなら楽しみぐらい持ってないと。今日は泊りになるかもしれないから」


「えっ?」


 何のことかわからずに首をかしげていると「お待たせ」とめかしこんだ松岡さんが現れた。


「疾きこと風の如く、侵略すること火の如しってね。それじゃ、かぐやちゃんにはよろしく言っておいて」


 晴さんはそう言い残し松岡さんの手をとってタクシーに乗り込んだ。はぁ、さすが名将。やるときはやるもんですね。


 家に帰った僕は上杉さんの手料理をカメと三人で食べた。


「あー、なんか幸せですね。こういうの」


「そうよねぇ、やっぱりおいしいものって良いわよねえ」


「うふふ、お口にあったのならなによりですわ」


 実はこの上杉さん。実家がかなりのお金持ちのお嬢様。だからここの家賃の他に仕送りもかなりの額があるらしい。さすがに四人の生活を賄えるほどではないが、今日の買い物分くらいなら問題ない、そう言っていた。


「その、上杉さんは元、上杉謙信なんですよね? すごいじゃないですか、こんな美人でお金持ちの家に生まれるなんて」


「そりゃそうよ、だってトラちゃんはポイント持ってたもの」


「うふふ、そうですわね。わたくしはかぐやさんの助けもあっていろいろと恵まれた生まれに。すべては達也さんの為ですわ」


「あの、そのポイントって何です? それにその、いきなり婚約者って」


「いろいろあるのよ」


 カメが言うところによればポイントとはいわゆるカルマ。前世において善行や偉業を成せばその分ポイントが加算され、次の生まれに影響するらしい。上杉さんは前世において義将、そして軍神と呼ばれた身。そして生涯独身を貫いた。そうした事に加えて晴さんのポイントまでもが加算されている。だからこそ美人でお金持ちの家に生まれることができたらしい。


「いや、その前世の評判はわかるんですけど、独身ってのは」


「だってトラちゃんは大名だったのよ? その気になれば男だろうが女だろうがとっかえひっかえできる立場だったの。晴信みたいにね。けど、それをしなかった。そこらの童貞とは違うのよ。ま、上杉謙信となる前のポイントは低かったみたいだけど」


「そうなんですか?」


「そうよ、トラちゃんは大名って言っても元々庶子。決して恵まれた立場じゃなかったの。それに性的にも中身は女。何もかも恵まれた生まれの晴信とは違うのよ。その中で自分の力で名を成した。当然ポイントだって高いわよ」


「えっと、ちなみにどのくらい?」


「そうねえ、晴信が500としたらトラちゃんは1000はあるかな」


 武田信玄と上杉謙信、龍虎と言われた両雄はそのポイントにおいて倍ほどの差があった。


「わたくしはあの川中島以来、達也さんとの来世だけを楽しみに生きてまいりましたの。いくさは楽しみではありましたけれどほかの事はどうでもよくて」


「そうなんですか、ははっ。それで、婚約の方は? 僕はそういう話今日、初めて知ったし、親同士の取り決めにしても、うちの親父は行方が」


「あら、そんなの決まってるじゃない。あたしが親代わりに決めてあげたのよ」


「はぁ? なんでそう言う事勝手に決めるかなぁ?」


「――その、達也さん。わたくしはお嫌でしたか?」


「あ、いや、そんなことは全然なくて、いや、本当に! ただ、なんで僕なんかって!」


 上杉さんにじわっと涙ぐまれてしまった僕はあわててそう言いつくろった。


「トラちゃんの願いをかなえるにはそうするしかなかったのよ。強い縁の結びつき。それがなければこうして同じ時代に生まれられないのよ。あたしは同い年、そう調整したつもりだったけどひとつ年上。難しいのよねえ、こういうのって」


「それでもこうしておそばに。達也さん、わたくしはあなたをずっとお慕いしておりました」


「いや、それが判らなくて。あの時ほんの少ししか会ってないじゃないですか」


「恋ってのはそういうものよ。理由なんかどうでもいいの。好きか嫌いか、ただそれだけ。いいわよねー。あたしも昔は恋したもの」


 オメーはその恋した相手、殺しかけてるけどな。なんだかよくわからない宝探しさせて。


「わたくしには理由がちゃんとありましてよ? 男の姿であっても可愛いと言ってくれた。そんな人は初めてでしたもの。この姿に生まれてからはたくさんの方がきれい、かわいいと言ってくださいましたが、あの時の達也さんの言葉ほど胸を打つものはありませんでした。ですからわたくしはあなたのおそばに」


「ははっ、そうなんですか。まあ、いいですけど」


「よかったわね、トラちゃん」


「はい、かぐやさん。あなたのお力添えのおかげですわ」


 そう言って上杉さんはうれし涙をうかべた。そのあといろんな話をしながら食事を続けた。上杉虎千代、前世の記憶を残したまま生まれ変わった彼女にも、当然これまでの人生があり、幼い頃から剣道、そして空手と武道を身に着けたと言う。両方ともに有段者。軍神はやはり軍神であった。


「武術は好きでしたから。それに女の身ともあれば自分を守るすべのひとつもないと。わたくしは達也さんにだけ。それ以外の男の人を打ち倒す力は必要ですもの。それとお料理やお裁縫。女のたしなみもしっかりと学んできましたのよ?」


「うんうんそうよねえ。そういうのも必要よ」


 女のたしなみが完全に欠落したかぐやさんがコーヒーを啜りながらそんな感想を漏らした。オメーは少し、上杉さんの爪の垢でも煎じて飲め!


 その上杉さんは僕に自分の事を「トラちゃん」と呼ぶように言った。年上なので「トラさん」と言おうとするとそれはおっさん臭いから嫌だと言う。まあそうだよね。バナナのたたき売りとかしてそうな呼び方だもの。


 トラちゃんが食事の後片付けを。不在の晴さんに代わって僕がお風呂を沸かす。晴さんは名将なだけあって綺麗好き。お風呂掃除も細かいところまでしてあって感心する。

 そのお風呂に久々に一人で浸かる。カメは女同士、トラちゃんと一緒にあとで入るのだそうだ。


「ねえねえ、聞いて、たっちゃん!」


「だめー! そういうことは言わないで!」


「あのね、トラちゃんって全然胸がないのよ! あはは、こればっかりは仕方ないわよねえ」


「もう! 達也さんに言わなくても!」


 たしかに、可愛らしいネコのプリントがされたパジャマ姿のトラちゃんは明らかにその部分の膨らみが欠けていた。


「でもたっちゃん、安心して。ちゃんと生えてなかったわよ」


「もう、もう、そんな事!」


「ちょ、ちょっと! 何すんのよ! やめなさいよ!」


 あはは、と笑うカメを捕まえたトラちゃんはそのまま窓を開けて思い切り外にぶん投げた。



第一章はここまでです。次からは第二章。また新たな英雄が召喚される予定です。

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