エピローグ
ともかく一騎当千プロジェクトは完了し、僕たちは部屋に戻りました。
「かぐやさん、たっちゃん、それにトラちゃん、晴さんも、ありがとうアル。これで俺は本物の一騎当千、愛する人に誓った約束を果たせたアルよ」
「そうなんですか、力になれてよかったです。ね? トラちゃん」
「ええ、美しい恋の為であればわたくしは」
「ま、何でもいいわよ、とにかく項羽、あんたは三号室で暮らしなさい。晴信、就職の世話、宜しくね?」
「そうだね、おじさんの会社人手不足だから」
そう言う話になると項さんは「えっ?」という顔をした。
「いや、俺は来世に、」
「ばっかねえ、アンタの来世はハムスターなのよ? ちょっと待って今調べてあげるから」
そう言ってかぐやさんはいつもの通り何もない空間に画面を広げ、検索を開始した。
「うーん、あんたの女だった虞美人は次の転生予定はネコね。つまりあんたはエサって事になるわね」
「…ちょっと、それは困るアルよ。約束を果たして来世も一緒にって!」
「来世はその女の腹の中、まあ、一緒と言えば一緒じゃない?」
「そんな! ひどいアルよ!」
「仕方ないじゃない。アンタはやってきた事がやってきた事だもの。ポイントなんかあるわけないわよ」
「何とかしてほしいアル! お願いアルよ!」
「そう? 仕方ないわねえ。ならあたしの仕事を手伝いなさいな。ともかくここで暮らして晴信と同じ会社で働くの。良いわね!」
こうして新たな労働者が誕生した。
翌日、僕はトラちゃんと一緒に学校に、項さんはかぐやさんに書類を用意してもらい晴さんと一緒に会社に面接。そのかぐやさんは見たいテレビがあるからとアパートで留守番をするらしい。
学校では相変わらず針のむしろ、男子生徒は僕を目線で殺さんばかりに憎々し気に睨みつけ、代わりに女子生徒は休み時間の度に俺の周りに集まっていろいろとトラちゃんの事を聞いてくる。女子に囲まれる学園生活、こういうのも悪くないよね。
そしてお昼休みはトラちゃんと屋上で。
「はい、あーん」
「「きゃあああ! 羨ましい!」」
「どう? 美味しい?」
「うん、美味しいです」
「「当たり前じゃない、不味いとか言ったら殺すわよ!」」
トラちゃんはぴったり俺に身を寄せてお弁当を食べさせてくれる。すっごく恥ずかしいけど、なんていうか、幸せですよね。ギャラリーの女子たちはこれはどう作るの、とか、この盛り付けがすごくイイ、とかトラちゃんをほめそやす。トラちゃんはそれに機嫌よく答え、俺に再びあーんとおかずを食べさせた。
このトラちゃんが来てからというもの僕の生活環境は大きく改善。晴さんも日払いで給料をもらえるし、家の掃除もみんなで。何もしないカメはいるけれど。ちなみにトラちゃんは勉強の方もできるらしく、どちらかと言えば程度の悪いこの高校ではトップの成績、一昨年までこの学校にはいわゆる暴走族の親玉みたいな生徒が在学していてものすごく評判が悪かったという。なので先生たちのトラちゃんにかける期待も大きかった。
「竹原、わかっているとは思うがお前の行動は上杉の将来に関わる。交際云々に関しては口を挟むつもりはない、だが、間違いは犯すなよ?」
「あ、はい、そんなつもりは」
「…こうした事を言うのはなんだが、特に、浮気はダメだ、絶対に!」
放課後、職員室に呼び出された。今年赴任してきたばかりの担任、長野先生は整った顔に恐ろしい表情を浮かべ僕をじとっとみた。
「そ、そんなことするわけないじゃないですか」
「ならばいい。お前は他の先生方からの評判も悪くない。成績は、まあ、家の事情もあるから多少の事は仕方あるまい。だが覚えておけ、絶対に浮気はするな。これは、教師としてではなく、女としての忠告だ」
長野先生は独身、スレンダーな体で整った顔立ち、男子生徒からの人気も高く、竹を割ったような性格で信頼も厚かった。
「あは、大丈夫です、僕はそんな、」
「ならばいい。学生は学業が本分、まあお前はバイトもせねばならぬ立場、色々あるだろうが困ったことがあれば私に言え、相談くらいには乗ってやる」
「あ、ありがとうございます」
家のカメを引き取ってもらえませんか? と口に出そうになるがそれをぐっとこらえ、職員室を後にする。そこにはトラちゃんが待っていてくれた。
「どうなさいましたの?」
「あはは、ほら、トラちゃんと間違いは起こすなって。学生だからね」
「まあ、大きなお世話ですわね。さ、帰りましょう」
そんな感じで日々は過ぎ、項さんも晴さんの会社で働くことが決まったようだ。僕も土曜日はそこに一緒にバイトに行くことに。
「あんたが晴さんの甥御さん?」
体の大きな女社長がそう言って面接してくれる。隣には若い男の人が少し疲れた顔で座っていた。そしてお茶を持って来たのはどこかで見た顔の女の子。
「初美、アンタの後輩だよ?」
「あーっ! 知ってるのです! 転校してきた上杉さんの彼氏なのです!」
「そうなのかい? 達也くん、君もやるじゃない。ほら、総ちゃん、アンタがあいさつしなくてどうすんのさ。達也君、この総ちゃんはね、ウチの婿で、跡継ぎなんだ」
「あ、えっと、矢島、じゃなくて、胡桃沢総次郎、慣れないうちは大変だろうけど頑張って」
「はい、ウチの叔父と変な中国人まで雇ってもらってますんで、精いっぱい頑張ります!」
「んじゃうちの辰也たちと一緒に現場の片づけにでも回ってもらおうかね。わかんないことは辰に聞けばいいから。晴さんも項さんもうちじゃよく働いてくれてるよ」
「あ、はい、頑張ります!」
茶髪の坊主頭の人とトラックに乗って現場に向かう、えっと、どっかで見たことあるような気が。
「ま、そう難しいことする訳でもねえ、楽にしとけ」
「はい、初めてなんで緊張します」
「んだな、おめえんとこの晴さんは大したもんだ、日雇いのおっさん、そう思ってたらあっという間に俺らはあれこれ指示される立場になっちまったかんな。出来がいい人ってのはどこにでもいるもんだ。項さんも頭は俺らと似たようなもんだがなんせ力があっかんな。骨惜しみしねえし、うちじゃみんな助かってるって」
「あは、そうですか、よかった」
晴さんは色々適応能力高そうだけど、項さんはちょっと心配だったもんね。
今日は土曜日なので現場は休み、だがその間に社員の人が交代で出勤して廃材の搬出や片付けなどをしておくのだという。軍手をはめて現場にひとまとめに置かれた廃材を袋に詰めてそれをトラックに積んでいく。大きな現場であればガラコンと呼ばれる産廃業者の置いて行くコンテナに放り込めばいいのだが小さな現場ではそうもいかない。袋に詰めてそれをトラックに。辰さんと二人でやればあっという間に終わってしまう。それが終わると次の現場、いくつか回ってトラックの荷台がいっぱいになったところ
で辰さんが缶コーヒーをおごってくれた。
「あ、ありがとうございます」
「おめえが良く働いてくれたから今日はおしめえだ。会社に帰って弁当でも食うか」
「あ、はい」
会社に帰って仕出しの弁当を頂いた。日々労働に勤しんでいる僕にはあっけないほど簡単な仕事、これでお金貰っていいのかなっと思うほど。大きな女社長がはい、と渡してくれた封筒には八千円も入っていた。
「え、こんなに?」
「そうだよ、アンタの働きがいいって辰も言ってたからね。あ、晴さんたちは現場の下見にウチの総ちゃんと出かけてるから。もうすぐ帰ると思うけど。そっちが思ったより早く片付いたからね。その辺でうだうだしてるといいよ」
「あ、ありがとうございます」
とは言えじっとしているというのは落ち着かない。なので辰さんに聞いて鎌を借り、会社の敷地の草取りをすることにした。八千円も貰って午前中で仕事が終わり、そんなウマイ話があるわけないのだ。ここでちゃんと金額に見合った働きをしておかねば次から呼ばれない。せっかくのバイト先、出来ればこの先も雇ってもらいたいもんね。
何しろウチのカメは稼ぎはないが使い方は半端ない。お菓子だ飲み物だと毎日うるさいのだ。今の所トラちゃんからの家賃収入が六万円、晴さんと項さんは日払いの半分を没収。来月からは食費その他で十万円を家に入れてもらう事になっている。そのほかに僕のアルバイト、スーパーで五万円、学費や公共料金、それに税金などは行方不明の親父が払ってくれている。とはいえ稼ぎは多ければ多いほどいいに決まってる。ここで毎週一回、月に四回八千円もらえれば大きく生活環境が改善する。頑張らなきゃ。
草取りを終え、今度はトラックの洗車、それが終わったところで晴さんたちが帰って来た。
「おめえがこれ、全部やったのか?」
そう声をかけてきたのはカエルみたいな顔の男の人。
「あ、すみません、不味かったですか?」
「あはは、不味い訳ねえべ? おめえみどころあんな。流石晴さんの甥っ子だ。まってろ、もうすぐおわっかんな」
「あ、はい」
晴さんたちは見て来た現場の打ち合わせ。名将だった頃は城づくりとかやってたのかここでは頼りにされているらしい。
「もう、たっちゃん、おじさんすっごく褒められちゃって。社長も若社長もみんなたっちゃんは良くできた子だって」
「そうアルよ。みんなべた褒めだったアル」
「だって八千円も貰ってるんですよ? そのくらいしなきゃバチが当たりますもん」
「そうね、そう、スーパーの松岡さんもいつも言ってる。たっちゃんはすごく評判がいいって」
そんな話をしながら三人で歩いて帰る。ウチのアパートからここまではそこそこ近いもんね。家の事はトラちゃんが。一人で何もかもしてた頃とは大違いだ。
「あ、お帰りたっちゃん! 見てみて!」
「なんですか?」
アパートに帰ると僕の部屋、というか居間にはじゅうたんが敷かれていた。
「なにこれ」
「いい色だと思わない? 安ものなんだけどね。レディの住む家にはこのくらい必要よ」
「…ちなみにいくらだったんですか?」
「三万よ、三万。本当は最低でも二十万くらいのモノは欲しいところなんだけど。ほら、あたしってお姫様だし。今度はこの安物のソファーを買い替えなきゃね。ね? トラちゃん?」
「あ、え、ええ、そう、ですわね」
「バイト行ってきたんでしょ。はい給料は?」
「ふっざけんな! この駄ガメ! 僕たちがねえ、仕事してきた大切なお金なんだよ! それをじゅうたんとか! ありえねえだろ!」
「なによぉ、いいじゃない、そのくらい! 労働ユニットは二人もいるのよ?」
「ろ、労働ユニットって! おじさん、悲しい!」
「そうアル! 横暴アルヨ!」
「うっさいわねクズども! 文句があるなら今すぐカエルとハムスターにしてやってもいいのよ?」
「あああ、もう、嫌!」
「泣きたいアル!」
「このクサレガメ! 言っていい事と悪いことがあんだろ!」
「やだ、やめてよ! たっちゃん!」
「うるせえ! その甲羅、ゼブラ模様に塗装してやんよ!」
「嫌ぁァ! そんなの! やめてぇぇ! あたしの美しさを汚さないでぇ!」
その日の夕飯はハムカツ。それに刻んだキャベツ。あとは味噌汁。
「やーねぇ、こんな昭和の食卓みたいなの」
「おめえが無駄遣いするからだろ!」
「無駄遣いじゃないわよ、必要経費、レディが暮らすのよ? いつまでもすり切れた畳の部屋って訳には行かないじゃない」
ともかくカメからお金を取り上げ、家計管理はトラちゃんに。
「ええ、おまかせくださいまし、妻としては当然ですわ」
「もう、あたしが全部やってあげるのに」
「その結果がハムカツなんだよ! 本当なら、本当なら! とんかつを!」
「大丈夫、大丈夫だから、たっちゃん、おじさんたちがちゃんと稼いでくるから。ね? 項さん」
「任せるアル! いつか満漢全席を!」
「あら、いいわね。あんたたちの稼ぎが悪いからハムカツなんだから、反省しなさいよ?」
マジで殴りたい! だが、暴力に及べばこちらが怪我をする。
ともかくこうして謎の中国人、項さんが三号室の住人となった。
第二部が終了です。第三部はまた気が向いた時にでも。