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プロローグ


 うららかな春、高校二年生になった僕は青春真っ只中! 片思いのあの子とも同じクラスになれたし、このところツイてるな、なんて。僕の名前は竹原達也、いつかあの子が「たっちゃん」なんて呼んでくれるといいな。


 授業が終わればアルバイト。なにせうちは家庭環境が複雑なんです。母は僕が小さいころに亡くなって、顔も声も覚えていないんです。父さんは海外を飛び回ってほとんど家には帰ってこない。本人曰くエリートらしい。仕送りはほとんどないけど。

 まあ、それでも公共料金や税金関係はちゃんと払ってくれているし、いいかな。


 ちなみに僕の家はアパート経営している。昔風の何とか荘、みたいな作りで共同玄関の共同トイレ。二階建てで部屋は8部屋、そのほかに僕の住む部屋がある。昨年まではおばあちゃんが一緒に暮らしてたけど、病気で亡くなっちゃった。だから今は一人暮らし。

 よく、エロゲとかでありそうなシチュエーションだよね。これで同級生の子とか、きれいなお姉さんが住人だったらそんな感じかもしれないなぁ。


 問題は、誰も住人がいないことなんだけどね。


 当然家賃収入もなし、クソ親父はあてにならない、つまりバイトして稼がないと生きていけないって事だ。ざっけんな! なんで? なんでみんなが恋だの部活だのと青春を謳歌している中、昭和の苦学生みたいになってんの?


 ……いかんいかん、冷静にならなきゃね。憤ったところで何が変わるわけじゃなし。そう、多少の不満はあっても十分に生きていける、それでいいじゃない。


 いつも通りの帰り道、竹藪の脇を通っていく。数日前からここの竹がピカッと光っているのに気が付いてたけど、よその土地だし、君子危うきに近寄らず、なんて言葉もあるから知らない振り。ここを抜けて少し行けば我が家が見えてくる。着替えてアルバイトに行かなくちゃ。


『ちょっと、あんた! いい加減にしなさいよ?』


 うわ、何? 頭の中に声が直接響いてきた? キョロキョロと見回しても誰もいない。


『こんだけアピールしてんのによく無視とかできるわね! いい度胸してんじゃない!』


「え、えっと、僕?」


『そうよ、あんた以外に誰がいるってのよ! いいからちょっとこっちに来なさい!』


「こっちってどっちですかね?」


『殴るわよ? ここの風景でおかしいな、って思えるところは一つだけでしょ? あたしがこんなにぴかぴか光ってあげてんのに!』


 ああ、なるほど。竹が発光信号のように光っては消えていた。


「えっと、僕、完全に超常現象に巻き込まれてますよね。できれば関わりたくないかなって」


『詰まんないこと言ってないで早く来なさい! あんたはそういう血筋なんだから仕方ないでしょ?』


 えっ、うちってそんな変な家系なの? まあ、親父はイカレてる、と言えなくもないけど。仕方なしに恐る恐る点滅する竹に近づいていく。


「えっと、で、どうすればいいんですか?」


『切りなさいよ。竹が光ってたら切るでしょ、普通?』


「えっ? そんなかぐや姫みたいなこと言われても」


『あら、察しが良いじゃない。そうよ、あたしがかぐや姫。で、あんたは竹取の翁の子孫って訳。そっと切らなきゃだめよ?』


「なんか色々衝撃的なんですけど、それ以前に切るってどうやって?」


『あんた、バカね! のこぎりでも何でも刃物で切ればいいじゃない!』


「僕、学生なんでそういうのは常備してなくて。あ、そうだ、明日持ってきますから」


『はぁ? あたしを明日までこのままにしておくつもり? もう、仕方ないわね。危ないからちょっと離れて』


 言われた通りに二歩くらい下がるとちゅいーんっと音がして内側から竹が切れていく。パカッと割れた竹からはかぐや姫と名乗るカメが出てきた。


「……」


「なによ、その顔」


「いえ、もう帰っていいですかね?」


「いいわよ。あたしも連れて行きなさいよ」


「えっ?」


「えっ?」


 そのカメにはまつ毛が生えていて、なぜか表情豊か。しかも関節の動きがあり得ない。カメって普通、肘ついて顎を支えたりしないですよね? そして言い方はともかく、声はすっごく可愛かった。


「さ、行きましょ」


 ぴょんとカメはジャンプして僕の腕をよじ登ると胸ポケットに入り込んで顔を出した。


「まったく、あたしがせっかく感動的な出会いを演出してあげたのに。ま、そういうのが恥ずかしい年ごろなのね」


 僕は呆然としていたけれど、腕時計を見て声を上げた。


「あー! バイトに遅刻しちゃう!」


 もういい、カメの事はあとで考えよう。とにかく僕は走って家に帰り着き、急いで着替えてバイトに向かった。カメは脱ぎ捨てた学生服に入れたままだ。



「お疲れさまでした!」


「はいお疲れ様、たっちゃん、これ持って帰んな」


 僕は近くのスーパーでバイトしている。帰りにはこうして見切り品の余りをもらえたりもしてすごく助かるんだ。


「すみません、いつも」


「いいってことさ、今時苦学生なんて珍しいし、竹原のおばあちゃんにはアタシも世話になってたからね。ま、めげずに頑張るんだよ?」


「はい、ありがとうございます」


 今日はハムカツ。しかも五切れもだ。あはは、ここのハムのはじっこ、わざわざ揚げてくれたんだ。今日はこれと千切りキャベツ、それにごはんとみそ汁かな。



「お帰り、待ってたのよ」


 やはり夢や幻ではなかったようだ。しかもカメは三歳児くらいの大きさになっていた。


「ただいま、っていうかすごくたくさん聞きたいことがあるんですけど」


「そんなことはあとでいいのよ! あたしお腹減っちゃって。それにお風呂にも入りたいし」


「あ、えっと、とりあえずごはんにしましょうか」


 なんかよくわからないけどこのカメは僕の家に居つくみたいだ。不可思議とかそういう以前にカメがかぐや姫を名乗って竹から出てくる。その時点でいろいろと間違っている気がした。


「えっと、箸とか使えるんですか?」


「当たり前じゃないの。小さい姿だといろいろ不便だから大きくなったのよ」


 箸が使えるなら大抵の事はできるはずなのに、俺が脱ぎ散らかした学生服はそのまま、しかも手伝いすらしようとせずに、飯だと言うのにポテチを食いながらソファに寝転がってテレビを見ていた。


「やーねぇ、最近のテレビってつまんないのね」


 そういうカメを後目にあり合わせの材料でみそ汁を作る。ご飯はタイマーセットして炊いておいたのであとは盛り付ければ終了だ。


「なあに? この貧乏くさい食事は」


「嫌なら食べなくていいです」


「食べるわよ! お腹減ってるんだし。でもね、覚えておきなさい。あたしは姫なの。わかる?」


「そりゃかぐや姫っていうくらいですから」


「そうよ、だからごはんは美味しいものを用意しなさい。あと甘いものもね。レディーと暮らすんだから当然でしょ?」


 そう言いながらもカメはハムカツをむしゃむしゃと食べて、付け合わせのキャベツもごはんもみそ汁も完食。大丈夫、僕はこのくらいでキレたりしない。


 食器を片付け次はお風呂。うちのお風呂はアパートの住人共用で作られているから大きい。けど、その分掃除が大変だし、お湯を貯めるのにも時間がかかる。まあ、こうしたところはやり替えて全自動でそうまで手間がかかるわけじゃないんだけどね。


 ピピっとお風呂に湯がたまったことを知らせる音がする。するとカメはソファからぽんと飛び降りて二足歩行で歩いて行った。


「何してんのよ、一緒に入るわよ?」


「えっ?」


「やだ、照れてるのね? 可愛いとこあるじゃない。大丈夫よ、あたしは気にしないから」


 こっちが気になんだよ! そのカメとはいえ女性だし。僕も敏感なお年頃? って感じだもん。


「ほら、照れてないで行くわよ!」


 カメに手をひっぱられ風呂に。さすがに恥ずかしくて前を隠した。


「はいこれ、ちゃんと石鹸つけて洗ってよ? あたし、敏感肌なんだから」


「えっと、僕が?」


「そうよ、バカね。あたしは見ての通り不自由な体なの。背中に手が届かないのよ」


 仕方なくカメを石鹸で洗い始めた。


「ほら、こっちの手も。やん、そんな風にしたらくすぐったいじゃない。やだ、しっぽは優しく、やん、変なとこさわっちゃ駄目よ?」


 目を閉じて声だけ聴けばすっごく興奮するシチュエーション。しかし、実際はカメを洗っているに過ぎない.。ここで興奮したら僕は大切な何かを失ってしまう。


「はい、終わりましたよ」


 カメをドボンと湯船に放り込み、僕は自分の頭と体を洗った。


「はぁぁ、気持ちよかったわね。やっぱりお風呂っていいわよねえ」


 カメはストローで冷たい炭酸飲料を飲みながらそう言った。


「その、それで、どういう事なんです?」


「ああ、その話ね、いいわ、教えてあげる。あんた、竹取物語、知ってる?」


「ええ、かぐや姫のお話ですよね。竹取の翁が輝く竹を切ると中から可愛い女の子がって。それで、大きくなったかぐや姫にたくさんの男の人が言い寄って、最後は月に帰る、みたいな。はは、ざっくりしか覚えてなくてすみません」


「大体そんな感じね。実はねあたしたち、この星の人じゃないのよ」


 ああね、なんとなくわかります。そのカメ、いや、かぐやさんはずるずると炭酸飲料を吸い、お代わりを要求してから話し始めた。


 なんでもかぐやさんたちのいた星は今よりもずっと発達した高度な文明を持っていて、不老不死は当たり前。そのほかにもいろんな技術を持っていたらしい。

 その星が原因不明の爆発を起こし、宇宙船で逃げ出すことができたのはわずか数名。そのうちの一人がかぐやさん、という訳だ。かぐやさんたちは、自分たちの星と似た環境の地球に目をつけたけど、すでにそこには文明を持った人が住んでいた。なので、月に拠点を構え、そこに住み着いたのだと言う。


「それで、何で地上に?」


「二千年くらい前だったかしら、地上に降りるのがブームになったのよ」


「ははっ、ブームですか」


「当初は結構無茶やらかすバカがいてね、海を面白半分に割って見たり。神の子を名乗って処刑されて復活してみんなを驚かせたり、木の下で悟りを開いたーなんて言ってみたり」


「あ、なんだか知ったらいけない事のような気がしますんで、もういいです」


「そう? けど、そう言うことしちゃ地上の人たちに影響が出るでしょ? で、仕方なく法が出来たわけよ。あたしたちは地上の人に影響を与えちゃダメ、その存在も知られちゃいけないって」


「ですよねえ。色々まずいですもん」


「そのころあたしは長期の睡眠に入っていて、そのブームに乗り損ねたのよ。それで、こっそり地上に降りたって訳。けど、ほら、あたしって美人じゃない? だから色々目立っちゃって。それにね、あんたの先祖に金だのなんだのと与えたってのが問題になっちゃって、逮捕されて月に連れ戻されたのよ」


「ああ、そういう事なんですね」


「こっちとしては隠ぺいしたつもりだったんだけど、物語にされちゃって。美しさって罪ね」


「あはは、そうですね」


「ま、そんなわけで罰としてこの姿に変えられたって訳よ」


「それでなんで今度は地上に?」


「いい加減この姿にも飽きたのよ。そしたら、いくつか仕事をこなせば元に戻してくれるって。で、あんたにはそれを手伝ってもらうわ」


「そうなんですか。って、なんで僕が?」


「安心しなさい。よっぽどのバカじゃなきゃ誰でもできる簡単な仕事よ。人の姿をしていればね。あたしがサポートにつくし、問題ないのよ。それに、あんたの先祖にしてやったことで罪に問われたんだから手伝って当たり前でしょ!」


「まあ、手伝い程度でいいなら」


「すぐ終わるわよ。さ、今日はもう寝ましょ。明日は学校休みなんでしょ? 早速仕事、始めるわよ」


 うーっと伸びをして、ベッドに入る。そこにはカメがあおむけで寝ていた。


「えっと、何?」


「やーねえ、添い寝してあげるのよ。どう、うれしいでしょ?」


「あー、どうでもいいですけど、そこらへんで卵とか産まないでくださいね」


「やだぁ、産ませるような事、したいの?」


「もういいです! お休み!」


 僕の人生はこうして波乱万丈に向かって大きく舵を切ることになりました。



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