バッドエンド→ハッピーエンドに変える
「海だーーーーっ!」
真っ青な海を前に、少年はそう叫んだ。
少年の名前は徳井恭平。夏休みを利用して、両親と海水浴にやって来ていた。
「恭平ー!走ると危ないわよー」
「迷子になるなよー!」
後ろから叫んでくる両親に「大丈夫だって」と返事しながら、恭平は海に飛び込んだ。
バッシャーン!
「ぷはーっ、気持ちぃーっ!」
約一年ぶりの海。楽しい一日になるのだと、誰もが信じて疑わなかった。
……その思いは、すぐに覆されるが。
「がぶっ、げほげほ、ごぼっ」
恭平たち家族が来た、海水浴場。
そこから離れた海で、恭平は溺れていた。
彼は、何度も飛び込んで遊んでいた。すると、知らない高校生が挑発してきたのだ。俺の方が、もっと飛べると言って。
恭平は見栄をはって、崖から飛び込んでみせると言った。そして飛び込んで――
その結果がこれだ。潮の流れが早く、海水浴場からどんどん引き離されていく。飛び込んだ際に捻挫したのか、右足も動かない。
恭平、絶体絶命の大ピンチだった。
「かはっ、やべえって……」
恭平の意識が遠退いていく。
海面に反射した太陽が、とても綺麗だった。
「大……夫……か?」
どこかから聞こえてくるその声で、恭平は目を覚ました。
「んん?ここ、どこだ?」
周りには花が咲き誇っている。近くには小川も。とても気持ちよくて、もう動きたくない。
「……完璧に天国だろ、これ!」
謎の声は、光が指す方向から聞こえてくる。
「ねぇ…………夫、で……か?」
声のする方向に行かなくてはいけない。恭平の本能はそう警告するが、恭平はここから動きたくなかった。ここは、とても気持ちいい。
「ねぇ…………きて、お……い」
うるさい。恭平が耳をふさいだとき――
「ねぇってば!」
突然大声が響き渡り、恭平の腹部に鋭い痛みが走った。
「な、なんだよ……」
恭平が痛みのあまり目を開けると……
「良かったーっ!生き返りましたぁー!」
恭平に、少女が飛び付いてきた。
「うわあぁぁぁぁっ!?」
数歩後ずさる。
その少女は髪の毛が水色で、ビキニで、足にヒレがついてて……。恭平がどこからどう見ても、人魚だった。
「に、に、人魚ぉ!?」
「はい。人魚のメイと申します」
「そ、そっか……。俺は恭平。見りゃ分かるだろうけと、人間だ」突然現れた人魚に、恭平の頭は混乱していた。
「恭平さん、ですか」
メイがニコッと笑う。
その笑顔で少し平常心を取り戻した恭平は、自分が今置かれている状況に気づいた。
溺れたはずが、どこかの島で人魚と二人っきり。
「また夢か!そうなんだな!」
「いえ、夢ではありません。恭平さんが溺れていたので、私が助けたんです」
「そっか、ありがとう。で、ここどこ?」
何もない島である。人間が住んでる様子など、微塵もない。
「そ、それが……」
途端に、メイがもじもじし始める。恭平は、悪い予感を禁じ得なかった。
「し、知らない無人島です……」
「そんな!じゃ、じゃあ、俺の家には……」
「……戻れません」
メイが、しゅんとうつむく。恭平は、せっかく生きてたのに帰れないなんて!と死にそうな顔になっていた。
「な、なあ!メイが泳いで岸に戻ってくれないかな?それで、助けを呼んでくれれば……」
恭平が思い付いた案。それは、名案かと思われた。
が。
「む、無理です……」
「な、何で!?」
「私……もうすぐ、泡になってしまいますから……」
「泡!?」
どこかで聞いたような話だ。
「はい……。人間に正体がバレた人魚は、泡になってしまうんです……」
これで、最後の希望も打ち砕かれた。でも、恭平には気になる事があった。
「じゃあ……なんで、俺を助けたんだ?俺を助けなかったら、メイは泡にならずにすんだのにさ」
「黙って見殺しなんかに出来ませんよ……。それに、結局私のせいで恭平さんも助かりませんし……。バッドエンドですね。みんな、結局幸せになれない」
「そんなことはないよ!いつかきっと、この近くを船が通るさ!メイが助けてくれたおかげで、俺は助かるんだよ!バッドエンドじゃない、ハッピーエンドだ!」
「恭平さん……」
ありがとう、と呟いて、メイは消えていった。
残された泡も、無情にも割れた。
恭平は、静かに涙を流すしかなかった。
絶対に生きるんだと心に誓って――
「助けていただいてありがとうございます」
あれからしばらくして。
島の近くを、船が通りかかった。
「いやね、水色の髪の毛の幽霊がさ、ここまで案内してくれたんだよ」
「水色の髪の毛……?」
きっと、メイが助けてくれたんだ。そう思った恭平は、海に向かって呟いた。
「ありがとな、メイ……」