死の恐怖
「くそっ!!」
かなりの人数が重傷だな、前方の班は戦闘前提で組まれた熟練達の構成だが後方の班はまだ未熟な冒険者達だ。先行させていた者達とも連絡が取れないしかなり拙いかもな。アレックスはこのまま討伐を続けるのは被害を拡大させてしまうかもしれないと考えていたが、この森の異常な原因を探る必要があるとも考えていた。
「痛ぇぇぇっ」「くそっ足が」「………」
アスナや他の治癒術師が忙しく治療して回っている。彼らの疲労や被害を考えると今回の探索は此処までか、アレックスは帰還する事に決め急いで準備をする様に指示を飛ばす。
コボルドの集団的な動き、大型の魔物、何か嫌な予感がアレックスの心の中を渦巻いていた。
「すぐ治します!」
俺は残っていたアビリティPを使って回復魔法のレベルを上げる『エクストラヒーリング』で怪我が瞬く間に治癒された。
「オイ、そんなに凄い治癒魔法が使えるならこっちの重傷者を診てやってくれ!」
「はい!」
重傷者を俺が治癒して軽傷の者を他の治癒術師が治していく。重傷者は肉が抉れていて正直吐き気を催すが何とか我慢して治療を続ける、元の世界の医者はよくこんな物を見ながら手術が出来たな。
ようやく重傷者が途切れた頃俺は強烈な倦怠感と疲労感に襲われる、魔法を使い過ぎたようだ。
「アスナさん顔色が……魔法の使い過ぎです。」
俺はロクサーヌさんの肩を借りて近くの木に座り込んだ。
「後は私達がやりますからアスナさんは休んでいて下さい」
「うん、そうさせて貰うね。」
俺は暫く木に寄り掛かりながら体を休めた。
「アスナ、アスナ!」
「うん?……何、サヤ?」
どうやら俺は眠ってしまったようだ。
「大丈夫アスナ?顔色が悪いよ。」
「大丈夫だよ、それより如何したの?」
「もう出発するんだって、今日中に昨日のキャンプ地に戻るって。」
俺はサヤに起こしてもらい歩きだした。如何やら俺の体調はかなり悪そうに見える様だ先程俺が治療した冒険者の仲間の人が俺を背中に担ぐ、正直恥ずかしいが体がだる過ぎて動きたくない。後で御礼を言わないとな俺はまた眠ってしまった。
「う…ん……」
『起きた?アスナ。』
「ソフィ?何だか体が重たい。」
『魔法の使い過ぎだね、完全に治すには後一日は寝てないと。』
「此処は何処だ。」
『昨日のキャンプ地だよ、アスナを此処まで運んでくれた男の人には感謝しないとね。』
「そうだね。」
俺は体を動かしながら自分の体調を確認する、どうやら動く事は出来そうだなテントの外に出ると支部長がサヤと話しをしていた。
「起きたか、心配したぞ。」
「まだ寝てた方がいいんじゃない?」
「まだ疲労感は残ってますが動く位なら大丈夫です。」
「そうか、お前のお陰で死者を減らせたありがとな。」
「いえ当然の事ですから、それより今の状況は?」
支部長の説明では死者が数名、怪我は治ったがまだ満足に動けない者が数名居る為今日はキャンプで休み明日には森を出る予定だそうだ。
「それにしてもアスナ何時の間に其処までの回復魔法を覚えたの?前は『ハイヒーリング』までじゃなかった?」
サヤの疑問に俺は如何返すべきか迷った、素直に神様からチート能力授かったなんて言える訳ないし。
「え~っとこの一カ月の間に練習してたんだよ。」
「それにしては随分な早さだな『エクストラヒーリング』なんて使える奴はごく少数の熟練治癒術師だけだぞ。」
こ、これはマズイかな、俺は二人の怪訝な顔に冷や汗を流しながら適当な言い訳がないか思考を廻らす。
「ア・ス・ナさ~~ん!!!」
エレナさんが俺に飛び付いて来た!
「目が覚めましたのね、私とっても心配致しましたのよ。」
「コラ!アスナはまだ体調が万全じゃないんだから離れなさいよ!」
助かった、俺はエレナさんに心の中で感謝した。
夜は数人の冒険者が交代で見張りをしている、俺は自分達のテントでサヤとエレナさんとロクサーヌさんの四人で眠っている。俺は疲れてるのに寝付けなくて色々と考えていた、今回サヤと支部長にかなり怪しまれてたよな。サヤには本当の事話してもいいよな、信じてくれるかわ兎も角として。
「(ソフィ起きてる?)」
『如何したのアスナ』
「(サヤに神様の事とか自分の事を話したいんだけど問題ないかな?)」
『う~ん大丈夫だと思うでもむやみやたらに言わない方がいいよ、グリモワールにも宗教はあるからね』
「(わかった。)」
俺は如何サヤに話を切りだそうか悩みながら何時の間にか眠っていた。
俺は元の世界で仕事をしている、毎日朝早くから仕事に出かけて夜遅くに帰る。家に帰ってもニュースを見てご飯を食べて風呂に入って寝るだけ、ハッキリ言って退屈な人生だ。
もしかして今までの事は全部夢だったのかな?死んで神様に褒美を貰うなんてご都合主義な夢だよな。でもあの世界に居続けたら俺は充実した人生を送れたのかな………。
「アスナ、アスナ起きて!」
「うぇ、あれ、サヤ?夢だったんじゃ……」
「寝ぼけてないで起きて、魔物が攻めてきたの!」
「!?」
俺は飛び起きてテントから飛び出す、外では魔物がキャンプに押し寄せ混戦になっていた。
テントから出てきた俺にトロールが棍棒の様な物を振り下ろすが後から出てきたサヤがトロールの足を切断する、態勢を崩した事で俺を狙っていた棍棒が外れ地面に振り下ろされた。
「アスナ剣を出して、もう魔物にキャンプまで入り込まれてるの!」
サヤが俺に叫びながら片足を失ったトロールに止めを刺す。俺は顔を叩いて目を覚まし剣を取り出した。
「サヤ、支部長達は?」
「少し離れた所で魔物の群れを足止めしてる。あたし達はキャンプに入り込んだ魔物を掃討して皆が逃げられる様に援護だって。」
俺とサヤ、他の動ける冒険者達は魔物を掃討していく、混戦になってるうえに夜だから敵の数が把握し難い。俺が数体の魔物を倒して移動しようとした時足元の出っ張りに躓く、足元を確認すると躓いたのは女性の足だ。咄嗟に女性に駆け寄るがその顔は半分失われていて俺は思わずその場で吐いていた。
胃の中の物を全部吐きだした後俺は再度女性を見る、死ぬってこういう事なのか……。
死にたくない、こんな風に死にたくない俺は元の世界でも感じた事のない死の恐怖に震える。
『アスナ後ろ!!!』
「!?」
俺は咄嗟に横に飛びのく、先程まで俺が居た場所にはトロールの棍棒がめり込んでいた。震える足を叩いて何とか立つ。
「俺はまだ何にもやってないんだこんな所で殺されてたまるか!」
自分に補助魔法を掛けて俺はトロールに斬りかかる、棍棒を斜めに振り下ろしてくるがお構いなしに踏み込み棍棒を持つ手とその奥の胴体をぶった切った。
「はぁ…はぁ……」
『アスナ、サヤ達が危ない急がないと、付いて来て!』
俺は無我夢中でソフィの後を追った。
「サヤ!!」
サヤに襲い掛かろうとしていた大蜘蛛を斬り伏せてサヤの傍に行く。
「良かったアスナも無事だったんだね。」
「何とかね、エレナさんは無事かな?」
「あのオバサンなら簡単にやられないと思うけど。」
「(ソフィお願いエレナさんは今何処にいる?)」
『安心してアスナ、今すぐ案内するから。』
「サヤ、ソフィが居場所が解るって言うから付いて来て!」
「う、うん。」
俺達はソフィを追って走る、周りを確認するとキャンプに入りこんだ魔物は殆ど掃討されている様だ、ロクサーヌさんや他の冒険者達がキャンプの中心に集まりだしていた。
『アスナ気を付けて、この先で強力な魔物と戦ってるよ!』
俺は剣を思い切り握りしめてソフィの示す先に飛び込んだ。
其処に居たのは支部長やエレナさんと熟練の冒険者達、そして身の丈6mは有ろうかという巨大な体と俺の剣を倍にした様な大きさの幅広の大剣を片手で持ち頭には羊のような角が生えた魔物が立っていた。
「エレナさん、支部長!」
「アスナさん!何で此処に」「何でお前らが此処に来てんだ!」
「キャンプの方が一旦落ち着いたので心配で来たんです。」
「だったら後はこの化け物を何とかする!?」
支部長の言葉を遮るように魔物の咆哮が響き渡る。
「来るぞ全員警戒しろ!」
全員が魔物の僅かな動きも逃さない様に身構える、俺は相手のステータスを確認する。
ベルモス
種族 魔族
称号 中級魔族
Lv 50
体力 ???
精神 ???
力 120
魔力 90
敏捷 78
器用 60
魅力 0
技能 ▼
レベル50か、支部長と同じだけどステータスが全体的に高いな。
俺が鑑定眼の結果を確認している間にベルモスが一瞬で間合いを詰めて盾役の人に襲い掛かる!
「ぐぁっ!!!」
ベルモスの拳が盾にめり込み吹き飛ばす、さらに右手の大剣で全員を薙ぎ払う一撃を繰り出そうとした。
「させませんわ!」
エレナさんの魔法『ライトニング』が右腕に直撃するが効いている感じはない!構わず振り切られた横薙ぎの一撃を複数の盾で強引に止める。俺は横薙ぎを受け止めに行った人達に『プロテクション』の魔法を掛けて援護するがそんな物お構いなしの一撃が盾をあっさりと変形させた。
「とんでもない力だな」
「如何するのアスナ?あんなのとまともに斬り合っても倒せないよ」
俺は必死に思考を廻らせるが何も思い付かない、とてもアレを倒す方法なんて……。
「倒す必要はない、手傷を負わせて追い返せばいいんだ。」
「追い返すって言っても何処を狙うんだよ」「魔法も効いてない」
「足を狙え、傷を負わせられれば追いかけられない筈だ。」
支部長の指示で斧を持った男がベルモスの足元に接近する、遠距離から援護出来る人達がベルモスの注意を逸らす為に魔法や矢を放つ!
「ガァアアアアアアア!!!」
効果は無さそうだが煩わしそうにベルモスが吠える、俺は接近戦を仕掛ける人達に『ブースト』の魔法を掛けて敏捷性を上げて俺もサヤもベルモスの足に攻撃を仕掛ける。
「くぅっ!」
体が固い、一撃打ち込む毎に腕が痺れる。
「アスナ避けて!」
「!?」
群がる蠅を払う様にベルモスが暴れ出し凶悪な蹴りが飛んでくる!俺は地面を転がる勢いで飛び退き難とか躱した。
それから十数分攻撃を躱しては再度接近して足を斬りつけ、魔法や矢で援護する攻防が続いた。
均衡を破ったのはベルモスでも冒険者でもなく茂みから突如出てきたオーク達だ。オークが数匹襲って来た所で熟練の冒険者には屁でもないが今はベルモスとの戦闘で手一杯だ、俺達は突如崩れた均衡を覆せず追い込まれた。
アレックスは焦っていた、このままでは後方に居る連中も全員死ぬ。理想は奴を追い返す事だったが今ではそれも無理か、なら複数の冒険者で足止めをしてその間に逃げられれば……。
希望的観測に自分を叱責する、冒険者は国の兵士じゃない誰が自分の命を捨ててあの化け物の足止めが出来る。俺一人でも無理だ、精々持って数分だろうそれでは意味がない、如何すればいい。
「がっはっ!?」
「アスナ!」「アスナさん!」
俺は避け切れずベルモスの大剣を剣で受け止めるが威力を殺すことは出来ずそのまま吹き飛ばされ近くの木に激突した。
「ごほっげふっ」
口から生臭い血を吐きだす、背中を強打したせいか息ができない、痛くて苦しい。俺は全身に走る痛みで気が狂いそうだった。
『アスナこの辺で諦める?大丈夫アスナは良く頑張ったよ』
ソフィの声が頭に響く、良く頑張ったよ、そうだよな俺は頑張ったよなこんな痛みを受けるまで戦ったんだから、死んでまたやり直せば……。
やり直す?
やり直すって何だ?俺はまた諦めて死ぬのか?この世界に来る時決めただろうが絶対以前のような人生にはしないって此処で諦めたら以前と同じだ、最後まで足掻けよ俺!!
「(ソフィ、俺は諦めるつもりはないよ此処で死ぬにしても最後の最後まで足掻く!)」
『了解アスナでは案内人兼相棒として一言、足じゃなくて目が狙い目だよ。』
目か、普通の魔物なら兎も角6mもある巨体の目を狙うのはかなり難しそうだな、つぅっ!先ずは傷を塞がないと死んでしまうな。自分に『エクストラヒーリング』を掛ける。
「アスナ生きてるよね!」「何を縁起でもない事を!」
二人が俺に駆け寄ってくる、こんな時でも俺の心配をしてくれるなんて一瞬でも諦めてごめんもう絶対に諦めたりしないから。
「二人とも聞いて」
俺は二人に目を狙う事とその援護を頼んだ、二人とも疑いもせず協力してくれる絶対に成功させてやる。
「私が魔法で援護します、アスナさんとサヤさんはその間に魔物に接近して下さい。」
俺とサヤはベルモスに向かって駆ける、オーク達が邪魔をするが関係ない、走る勢いを殺さずに剣で薙ぎ払う。俺達に気付いたベルモスが大剣を振り上げるがエレナさんの火魔法が顔面目掛け発動して動きを止めた。その間も一直線にベルモスに駆け寄り俺は剣を握りしめる。
「グッガァァッァァァァァァァァァァァ」
顔面の炎を咆哮で吹き飛ばし俺を鋭く睨みつける。
「あんたの相手はアスナだけじゃないんだからね!」
サヤの渾身の一撃がベルモスの足に傷を付けた、俺はその隙にベルモスの巨体を足場にして飛び上げる。
空中に飛び上がった俺に今までやらなかった攻撃、口内から炎が洩れる!
「何するつもりか知らねえが援護してやるよ。」
「とんでもねえ嬢ちゃん達だぜ。」
支部長がベルモスの腹に剣を突きたて斧を持った男が背後から斧を振り下ろす。ベルモスが一瞬怯んだ隙に俺は全力で自重を乗せた大剣をベルモスの右目に突き刺し後頭部まで貫通させた。