第七話「釣り野伏」
「かかれぇっ!!!」
レットの合図と同時に、ロマ帝国軍は雪崩のように斬りかかった。
しかし次の瞬間、全員が目を見張った。
レットの軍は戦闘が始まるや否や、背中を向けて駆け出した。
「え………」
アドが驚くのも無理はない。向こうは、自分から戦を始めておいて、直後に逃げ出したのだから。
「おっ……追え!逃がすな!」
ロマ司令官は唖然としながらも指示を出して追撃する。ここまで馬鹿にされておいて、追撃を仕掛けないはずがない。仕掛けないとしたら、それはただの臆病者である。
「距離、縮まりません!逆に開いてます!」
「わかってる!」
ジグ軍はここの地形をよく知っているのだろう。岩や木をひょいひょいと躱しながら逃げる。しかしながら、ロマ軍は障害物に動きを止められながらの追撃だ。追いつかないのは当然。
アドは、あることに気がついていた。
………これは罠だ。
太古の昔、サツマという国があった。その国の兵隊たちは世界でも一、二を争うほどの屈強さを持ち、その司令官も屈指の実力者だった。その強さは本物で、たった7000の兵で20万の軍勢を撃破したことがあるという。その時に用いた戦法が、「釣り野伏」というものだ。
囮となる部隊が敵を引きつけ、伏兵で以て敵を包囲し、殲滅する。この囮が"釣り"であり、伏兵が"野伏"だ。名称の由来である。この作戦を決行するには、洗練された部隊と、高い統率力及びチームワークが必要だ。
これを成功させられるものが現代にいるとは思えない。しかし、あの男ならあるいはできるだろう。長年の勘だ。
ゆっくりと進軍していると、急に風が変わった。おそらく、いや、ほぼ確実に……。
少し前に進めば、今ごろ伏兵に滅多打ちにされて壊滅していただろう。これに早く気づけたのは幸運だったか………。
「全軍止まれ」
アドが手で制すと、ジグ帝国軍は静かに止まった。
「弓部隊構え。ジグの軍ではなく、左右の岩陰を狙え。弓放つと同時に、足軽隊も同じ箇所に切り込め」
ロマの軍は理由を聞くことも疑うこともなく令に従った。司令官への信頼が見てとれる。
「奢ったな、レットとやら……。ロマ軍は伏兵に気づかない、それを作戦の前提としたことが貴様の敗因だ………」
アドは深く息をつき、そして叫んだ。
「撃ぇ!!!」
同時、数千の矢が空を舞った。
「気づかれたか……」
レットは後ろを振り返り、状況を確認した。
「全軍、引き返せ。仕掛けるぞ」
ジグ軍2000はその場で踵を返し、敵軍へと向かった。
「ったく……気づかれなきゃこのまま終わっていたが…な。楽させてはくれねえかよ……」
「どうだ!?」
アドが大声で尋ねると、兵士のうち一人が叫んだ。
「いました!岩陰に合計150ほど!」
狙い通り。ロマの司令官は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「畳み掛けろ!正面のアホウどもも一緒にな!」
1万3000のうち、8000が敵の方へ向かった。最早敵に勝つ術はない。ただ大軍の前に蹂躙させられるのみ。
その考えは、次の一瞬で翻った。
……なんだ?
「足音…………」
アドは怪訝そうな顔をした。
「敵の本軍だと思われます。諦めたのかどうかはわかりませんが、こちらに突撃してきました故」
「いや……そうではない…何か……何かが………」
そして、司令官は大変なことに気がついた。
「まさか………!」
しかし、時はすでに遅し。
ロマ本陣の右翼に、ジグの伏兵5000が襲いかかった。
「うわあぁぁぁぁ!!!敵襲!敵襲だ!」
ロマ帝国の兵士たちは突然の事態に驚き、まともに反撃できない。
「隊長……」
「どうやら、釣り針は一つではなかったようだ………」
最早勝ち目なし。
戦況が逆転したにも関わらず、彼の声は冷静だった。
「退却!全員撤退だ!長槍隊は殿をつとめよ!」
本陣の5000は難なく離脱できたが、敵陣に斬り込んでいった8000の兵は苦戦を強いられた。
伏兵5000と本陣2000、二つの部隊に挟撃され、一時は壊滅するかと思われたが、長槍部隊が命を捨てて突撃し、道を開けた。しかし損害は決して少なくなく、離脱した時には兵は半数を切っていた。
かくしてジグ軍はリルネイルにて敵軍を撃破し、その数を7500に減らした。
しかしこの7500人が、この後ジグを苦しめることになる。
この釣り野伏というのは、薩摩の国の島津が使っていた戦術です。この作戦によって数多の大名の首を取り、豊臣秀吉が行なった朝鮮出兵の際には、島津義弘が7000の兵で20万の朝鮮兵を撃破しました。
僕の苗字は島津ではないですが、ぼくは島津家が好きなので、ここからとらせてもらいました。
ふあぁ……眠い………