第六話「リルネイルの野戦」
「師団長」
レットは師団長室の扉を静かに開け、頭を抱えるギルトに尋ねた。
「どうすんだ?」
「それを今考えている」
「考えてる暇はねーぞ」
「わかってる」
ギルトは完全に取り乱し、何やらブツブツと呟いている。リンは先ほどのレットとの会話を未だに引きずっている。
「………」
そんな中、レットはただ一人、冷静に策を練っていた。
考えろ。
こっちは1万。向こうは1万3000。決して勝てない兵力差じゃない。だが、正面からぶつかったら壊滅は免れない。
最小限の被害で相手の兵を限界まで削る。どうすれば………。
「……なあ、ギルト?」
「…………なんだ」
「早馬出してくれ」
「第八師団か?」
「第六だ」
「……どうやって戦う」
「今から説明する。一か八かだ」
同時刻。ロマ帝国軍は砦の20km南、リルネイル平原に来ていた。
平原と言っても名ばかりで、あたりには岩がちらほら。木もまばらに生えていて、平らな箇所が見当たらないほどだ。
今回、帝国軍は歩兵中心だ。昨日の戦闘で騎兵師団が壊滅したため、補給ができなかったのだろう。
歩兵団の戦闘に立つ一人の男。彼はこの軍の司令官、アドだ。
「ここからは戦場だ。気を引き締めろ」
兵士たちに緊張が走る。アドは、この重圧がたまらなく好きだった。戦の前に、兵士たちは気を引き締める。戦場に向かう戦士の目になる。そして、その先頭に自分が立っている。
これぞ戦争。己の全てをかけて戦う場所。そんな状況が好きなのだった。戦闘狂と言われればそれまでだが。
不意に、風が変わった。
来た。彼の眉がピクリと動いた。
「第七師団かね?」
わかりきったことを聞くアド。彼の眼は、まるで子供のように純粋な輝きを帯びていた。
「ああ、そうだ」
バンダナの剣士が不敵に笑った。
眼前に現れた王国軍はざっと見積もって2000。こちらよりも圧倒的に少ない。
何のつもりだ………?
疑問を抱えながらも、会話を続ける。
「下るか戦うか、選べ」
「条件は?」
「む?」
「降伏の条件だよ」
こんな返答をされたのは初めてだった。今まで戦ってきた者たちは、この質問をすると必ず怒り狂い、開戦を宣言した。しかし、この男は違った。何故かは知らないが、降伏の条件を聞いてきたのだ。
まさか、とアドはふと思った。
「本気で下るつもりなのか……?」
「あんたが聞いてきたんだろう?」
「しかしっ……」
「まあ、条件を聞こう。それから決める」
何なんだこの男は………
ジグ軍の司令官は、これ以上ないほどに困惑していた。
それを払拭するように咳払いをすると、アドは口を開いた。
「条件1。ディラ城下の兵器および騎馬、武器を全て没収する」
「ふんふん、それで?」
「条件2。砦の統治権をロマ帝国に譲る」
「はいはい」
「条件3。歩兵、騎兵の半分をロマ帝国に譲る」
「断る」
「は?」
「条件は飲めない、と言ったんだ」
一体何がしたいんだお前は!!!
叫びたい気持ちを必死に抑える。それにしても、全くわけのわからない男だ。降伏の条件を尋ねて、まさか下るかと思いきや、突然の拒否………。身勝手すぎる。どうしてこんな奴がジグの指揮官なのか………。
「それは戦う、ということでいいのかな?」
「どのように取ってくれてもいい」
レットはそう答えると、スッと右手を挙げた。
きた。
開戦の合図。その手を振り下ろしたその時、リルネイルの戦いが始まる。
「………っ」
しばしの沈黙。たった数秒の時間が、アドには数分、数十分のように感じられた。
睨み合う二人。空気が緊迫する、時が止まっていく。
数秒後。その空気を打ち破るが如く、彼の右手が振り下ろされた。