第三話「闇夜の襲撃」
ロマの軍勢6000が砦の付近に到着した時には、すでに日は沈み、月も雲に隠れていた。ここまで来るのに2時間。ギルトの予想よりもわずかに遅い。それもそのはず、ロマ軍は体力温存のため、少しゆっくり走っていたのだ。夜襲を仕掛けるつもりなのだろう。
軍の司令官らしき男は、
「止まれ」
と兵たちを手で制し、向こうをじっと凝視した。
見張りはいないか………?
「お前たち、まだ動けるか?」
司令官は静かな声で尋ねた。
「全然大丈夫です。夜襲で一気にケリをつけましょう」
「ここで攻めなきゃ何のための体力温存ですか」
兵士たちは口々に答えた。司令官の男はそれを聞くと、フッと静かに笑った。
「わかった……夜襲を仕掛ける。足音を立てずに、ついてこい」
「アイサー」
かくして、ロマの騎兵団は攻撃を開始した。
パカッパカッ、という馬の足音だけが響く。あと5分も走れば城門だ。馬上で揺られながら、司令官の男は勝利を確信しつつあった。
……勝てる。兵力では負けているが、機動力はこちらの方が圧倒的に上だ。
夜襲はこないと高をくくって、見張りもつけずに寝入っておるわ。そのまましばらく眠っていろ。すぐに永遠の眠りにつかせてやる。ジグ王国の犬どもめ。貴様らが夜襲に気づいた時、それは、我が軍が貴様らの喉笛に噛み付いた時だ。……
この戦闘でロマ騎兵隊が壊滅するなどとは、司令官含む帝国軍一同、思ってもいなかっただろう。
一方、こちらはジグ王国陣営。レットは3000の軍勢を連れて、城壁の影に隠れている。その近くには師団長のギルト。どうやら、指揮官はレットで、彼は見学するだけのようだ。
「そろそろかな……?」
城壁から半身を出し、敵軍を眺めるレット。しかしその目は、普段のだらしない目ではなく、戦場に向かう兵士の目だった。目と眉は釣り上がり、その眼光は鋭く光っている。
普段は覇気の"は"の字も感じないが、いざ戦争になると豹変し、一流の剣士のような威厳を感じさせる。
副師団長である前に、ジグ王国の兵士である前に、彼は一人の剣士である。
そんなレットを師団長は尊敬してもいたし、ちょっとした嫉妬心も抱いていた。
「武器持っとけよ。いつでも出れるようにしておけ」
レットは勝ち誇った笑みを浮かべながら、皆に指示を飛ばした。
城門まであと数分。ロマ騎兵隊は少しずつ砦に近づいてきていた。このまま気づかずにいてくれればこちらの勝ちだ。……
ロマ軍はレットたちが城壁の影に隠れていることも知らず、進軍を続けている。
不意に、月が雲からわずかに顔を出した。ほのかに明るい月光が地面を薄暗く照らす。
「む……?」
司令官の男は、自分の数メートル先に糸のような物が張られているのに気づいた。それは、地面から50cmほどのところで、騎兵団を待ち構えるようにピンと張ってある。
それを見て、司令官はハッとした。
しまった!これは……罠だ!
「全員飛べっ!罠だ!!!」
彼は手綱を巧みに動かし、馬をわずかながら跳躍させた。自分は罠にはかからなかったが、司令官のすぐ後ろの列はもれなく引っかかった。
「うわっ!何だこれ!」
糸はすぐに切れたが、騎馬が足を取られてしまい、馬上にいた兵士共々前に倒れこんだ。
その後ろの列が、倒れた前の列の兵たちにつまづき、転んだ。その後ろも同じように転んだ。
ドミノ倒しのように騎兵が転んでいく。ロマ兵のいく人かは、馬に蹴られた衝撃で死んでしまった。また、司令官の指示を聞いてとっさにジャンプした者もわずかにいたが、前の列の騎馬や兵士の上に着地して踏み潰した挙句、そのまま転んで倒れこむ有様だった。
ほんのわずかな時間。その間に、6000の半分、つまり3000が転んだ。残った兵も罠を怖がり、迂闊に動けなくなってしまった。
「撤退!撤退だ!!」
司令官の男はそう叫んだが、軍団は微動だにしない。いや、動けない、の方が正確だろう。
後ろに罠があるはずない。自分たちの来た道なのだから。しかし、ロマ軍は完全に怖気付いてしまい、一歩も動くことができなかった。
このままでは、全滅。
しかし、司令官としてのプライドがそれを許さなかった。
「撤退だ!!!!死にたくないなら逃げろ!!!動けなくなった馬は捨て置け!!!とにかく逃げるんだ!!!!!」
大地を震わすほどの大声に、生き残りの兵の半分は我に返り、慌てて逃げ出した。
ふう、と息を吐いて砦の方を見た男は、驚愕した。
城門から数千の影がこちらに向かってきている。
こちらの騎兵隊は……混乱していて機動力が落ちている。
しかし、向こうは万全!体力を全く使っていない!
「全て向こうの手の平の上……か………」
司令官の男は悔しそうに歯を軋ませた。
「状況は絶望的…このままでは全滅………ならば」
彼はキッと城の方を見た。数千の兵はこちらとの距離を確実に縮めてきている。
……ここまで全て、奴らの脚本通りだったならば………
「脚本にはないことをしてやろう」
そう言った男の目は、闘志でギラギラと輝いている。それは、まさに"戦士の目"。
一人の戦士は、3000の軍勢の前に立ちはだかった。
「………ちょいまち」
馬に乗ったレットは、ただならぬ気配を感じて、兵士たちを制した。
「あんたの部下、馬に蹴られて死んじまうなんて可哀想だなぁ。恋路の邪魔でもしたのか?」
「お前たちだ……」
「あ?」
「邪魔をしたのは、お前たちだろう!!!」
ビリビリ、と空気が震えた。レットは男の気迫に押されながらも、剣を抜いて馬から降りた。
「降りな。叩き潰してやるよ」
罠で足かけただけで半分も死ぬでしょうか……………。まあ、どうでもいいです。僕はゲームでもやってますよ