第十一話「コーヒーは熱々のうちに」
「いやぁー!久しぶりだな、師団長し………つ…………?」
レットはドアを開けた瞬間に凍りついた。原因は、部屋の中にいた男である。
「うーむ、美味い。やはりコーヒーはブラックに限る」
「……何しに来たんすか………」
レットはいかにも面倒臭そうだ。今現在、師団長室に(勝手に)あがりこんでコーヒーを飲んでいるのは、第八師団長のカリヴァ。対ジグ戦において六、七、八師団で構成された第二方面軍、その司令官を務めている。齢は46。ギルトやティアなどの上官であり、ジグ王国でも最高クラスの権力者だ。
威厳に溢れた賢い人物かと思いきや、その実はかなりの自由人で、いつも奇怪な行動をしては部下たちを困らせている。突然失踪したり、銃撃戦の真っ最中にいきなり地面に布団を敷いて寝始めたり、突然"考える人"の真似をしたり………と、かなり重度の自由奔放さである(というより、ただの馬鹿かもしれない。いや、馬鹿だ。確実に馬鹿だ)。
「ここのコーヒーはいつ飲んでも上手いねえ、今度作り方を教えてくれ」
「あ、全然いいですよ。…じゃねえ!」
レットの激しいノリツッコミ。そしてそれは罵詈雑言の嵐に変わった。
「何でここにいるんだ!おかしいだろ!暇してるからってここに来るのはやめろ!仕事はないのか!どんだけ暇なんだよあんたは!」
「おお、!相も変わらず生意気だねぇ」
「相変わらず調子狂うな………」
はは、とカリヴァはしゃがれた声で笑うと、静かな声で言った。
「では、ギルト君とティア君をここに呼んでくれ」
「はっ?」
「会議だよ、会議」
「珍しいな、あんたが会議なんて」
「明日は雨かもしれんな」
中年の男性は再び笑った。
「これより、軍略会議を行う」
師団長室の、普段ギルトが座っている椅子にカリヴァ、向かい合って設置されている二つのソファの一つにギルト&レット、向かいにティアが座った。
レットは足を組み、くだけた口調で言った。
「まあ、堅苦しい話の前にコーヒーなんてどうだい」
彼は慣れた手つきで素早くコーヒーを淹れると、自分含む四人の前に静かにカップを置いた。
「まあ、話はわかってるよ」
ドサッという音を立ててソファに座ったレットは、口調を変えずに尋ねた。
「カタリナの砦を攻めろってんだろ?」
「うむ、その通りだ」
カタリナ砦。今いるディラ砦より北におよそ9kmの地点に位置していて、現在ロマ軍の最前線にある城だ。ロマとジグのほぼ中間あたりに位置しているため、ここを落とせば戦闘がかなり楽に進むのだが、ロマ軍の必死の抵抗もあって未だ落とせていない。
「最近ここに攻めてくる兵たちは全てカタリナのものだ。そのうちの6500人ほどの歩兵と、騎兵が3000が生き残り。合計9500。常駐兵が10000。二つ合わせておよそ2万。まだ2万、向こうの砦に残っている。こっちは1万8000程度。正直、勝てる気がしないね」
「大丈夫、気が向いたら援軍を出してあげるから」
「気が向いたら、ねぇ……」
「まあ、とりあえず作戦を聞いてくれ」
「いや、その前に」
レットは全員を制した。
「コーヒーを飲もう。冷めたら不味くなる」
「さて、作戦を言おう」
コーヒーを飲み終えたカリヴァは、一際真剣な声で話を切り出した。
「まあ簡単に言えば、レット君が色々やって城を攻め落とす。以上だ」
「異常だ」
「はっは、君には説明なんていらなかったね。じゃあ、よろしく頼むよ」
「うん、説明いらないよね?説明が説明の体をなしてないよね?」
「ジグ王国のために……一肌抜いでくれ、レット」
「いや、あんたも一肌脱げよ!」