第十話「一射入魂」
「突撃だ!突撃、突撃ぃ!」
レットに続いて、兵士たちは決死の覚悟で敵陣に飛び込んでいく。その勢いに押され、ロマ軍の一部はわずかながら後退していた。
「逃げるな!退くんじゃない!!」
ロマの司令官は必死に叫ぶが、敵の猛攻に怖気づき、彼らは完全に後手に回ってしまった。
「ちぃっ!」
アドは悔しさのあまりに舌打ちをすると、全軍に指令を出した。
「………撤退!」
「は?」
ロマ軍一同が聞き返す。だがそれも無理はない。こちらの損害はまだ700強。まだまだジグ軍もロマ軍も戦える。その上で司令官が撤退の指示を出したのだ。疑問をもたないはずがないだろう。
「……は…はっ!」
「撤退!撤退だ!」
しかし、彼らは大して混乱することもなく、静かに退いていった。
「退却した………?」
これはさすがのレットも読めなかったようで、ジグ軍共々拍子抜けしている。
「まあ、何にせよ……」
勝った。
我らは勝ったのだ。
その思いが兵士たちの心を満たしていく。やがて、誰かが叫んだ。
「勝ち鬨ぃ!」
「オオォォォォォ!!!!」
ジグ軍の叫びは空気を震わせ、そして空に吸い込まれていった。
「た、隊長。何故撤退を……」
尋ねたのはアドの副官。名をリアラという。
「あそこを突破されたら、士気も下がり、陣形を立て直すのも難しくなる。故に、退いた」
「ですが……」
「わかるか、リアラ。俺はお前たちを犬死ににさせたくないんだよ」
この言葉を聞いた兵士たちがざわめき始める。
「俺はお前たちを信じて戦う。だから、お前たちも俺を信じてほしい。………今のは逃げたのではない。"撤退"しただけだ。逃げることは、即ち敗北を表す。しかし、これは"撤退"だ。勝つために、一度身を退いただけだ。次は……勝つ!絶対に勝つ!だから、俺についてこい!」
次の瞬間、鬨が上がった。
この人の叫び一つで、兵の士気が格段に上がる。
そんなアドの器に感服するとともに、一生このお方についていこう、とリアラは決意を新たにするのだった。
「さあぁぁぁぁぁて、帰るか」
レットがうーんと伸びをした直後、不意に後ろから声が聞こえた。
「我はジグ軍第六師団長、ティア・ラ………ン…ってあれ?賊は?」
そこにいたのは、白コートに身を包んだ茶髪の女性。彼女が、第六師団長のティア・ランだ。
「もう勝ったよ。一足遅かったな」
レットはえへんと誇りながら答えると、彼女は
「はあぁぁぁ?何よ、こっちは心配して来てやったのにーーー!!!」
「杞憂だったってことよ」
「もう……あんたはいっつも余計な心配させて…………」
「悪いな」
「は、はぁ!?別に謝れとは言ってないし!!!」
慌てているティアをよそに、
「さあて、部屋に戻ってコーヒーでも飲もー」
と城へ向かうレット。
「あっ!ちょっと待て!まだ話は………っ」
彼女の呼び止めにも全く応じず、バンダナの男は城へと入っていった。
「悪いな、ああいう奴なんだ」
見れば、ギルトが彼女の隣に立っている。彼の苦笑混じりの謝罪に、ティアもまた苦笑で返した。
「うん、知ってるよ」
「まあ、なんだ。折角来たんだし、コーヒーでも飲んでくか?」
「……砂糖多めなら」
「オーケイ」