お調子者
休憩を終え、少し歩くとまた森になっていた。
しかし、その森の斜面を登りながら、ユルを目指して少し行くと、すぐにまた草地が表れた。
どうやらこの辺りは森と草地が交互に表れるような地形になっているらしい。
そして、三つ目の森を抜けると、山麓側の視界が今まで以上に開けた場所に出た。
よく見るとはるか遠くに黒い塊が見える。
恐らくあれが敵の追跡部隊の一つだろう。
まだこちらには気づいていないようで彼等に動きは見られないが、仮にたとえ気が付いたとしてもこの距離を登って来るのは容易な事ではなさそうだ。
彼等との間には、草地と言ってもかなり勾配のきつい斜面が広がっているからだ。
まとまって動くと見つかりやすそうなので、一人ずつばらけて次の森を目指す事にする。
正面の森は今いる場所と同じくらいの高さの所ではこちらの森と同じような針葉樹の森だが、少し登った所からは背の低い木の茂る森になっている。
より自分達のフィールドに近づくよう、斜行しながら背の低い木の森を目指し登って行く事にする。
斜面は森の中よりも草地の方が登りやすいためだ。
しかし、先頭を行くソウゴが草地を渡り切ろうかという所で、さらに上方から一人の男が滑り降りるように駆けてきた。
「おーい! あにきー!」
慌ててソウゴが両手を頭の上でクロスさせダメだという事を表すが、男は全く気にしていない。
そのまま一気に駆け下りてくる。
その後ろに砂煙が立ち、動きはおそらく下にも筒抜けだ。
警戒してバラバラに渡って来た意味がなくなってしまう。
「馬鹿野郎!何してくれるんだ!」
ソウゴは器用に目の前で止まったその男の頭に拳骨を喰らわした。
男は大げさに頭を抱えながらもその顔に人懐こい笑みを絶やさない。
ソウゴと会った事がよほど嬉かったようだ。
しかし、後続はそれどころではない。
もうこそこそする必要もなくなった為、皆急いで登ってくる。
身を屈める必要もなくなったので、全力でだ。
とは言え急斜面を登るのはそれなりに時間がかかる。
トキトも急いでソウゴを目指して走っているのだが、なかなかそこまでたどり着けない。
トキトの前を行っていたシオリがソウゴと合流するのが確認できる。
シオリも山道を進むのがだいぶ早くなったようだ。
少しして、トキトがソウゴが待ってくれている場所まで辿りつくと、知らない男がシオリの手を握りしめていた。
上から駆け降りてきたあの男だ。
男は思ったよりも若く、短めの髪を何かで固めて崩れないようにしている。
いわゆる美形だと思うのだが若干青さも感じられる。
「へー、君が噂の閃界人か。いやー、想像以上に可愛いんでびっくりしちゃったよ。色々聞きたい事があるし、今度二人きりでお話ししない?いや、そんなこと抜きにしても俺の好みにぴった…り…」
ちょうど追いついたトキトが口を挿もうとしたのだが、その前にソウゴがその男の頭をグーで殴った。
「クウヤ、いい加減にしろ! ふざけている場合か!」
「なにすんだよ兄貴。俺はふざけてなんていないよ」
「お前のせいで、敵に見つかってしまったんだ。すぐにここを離れるぞ」
「敵って誰だよ」
「ヴァルパネスだ」
「はあ?なんでヴァルパネスが?」
「説明している暇はない。とにかく行くぞ」
クウヤは話している間もシオリの手を握ったままでいる。
シオリが手を解こうと身体をよじるが気にしていない。
トキトはシオリの手を握っているクウヤの手を上から掴んだ。
「君は礼儀を知らないのか。女性が嫌がる事はするもんじゃない」
クウヤがトキトの手を払ったその隙に、シオリは強引に手を引き抜いた。
「なにすんだよ。せっかく美人の手の感触を楽しんでいたのに、台無しじゃないか」
ソウゴがもう一発今度は強めの拳骨を落とす。
辺りに鈍い音が響き渡った。
文句を言おうとするクウヤをソウゴが遮る。
「この二人が閃界人のトキトとシオリだ。俺達はヴァルパネスに里を襲われ危ない所をこの二人に助けてもらった。言わば恩人だ。くだらない真似をするな。恥ずかしい」
クウヤは頭を擦っている。
ソウゴはシオリに頭を下げた。
「シオリ、すまなかった。こいつも悪気はないんだ」
「悪気なんてあるわけないよ。俺は綺麗な女の人が好きなだけだ」
「お前は黙っていろ!」
「トキト、こいつがクウヤ。見た通りの未熟者だが、すばしっこさはなかなかのものだ。それに足も速い」
「兄貴に褒められると照れるなー」
「お前は黙ってろって言っただろう」
トキトは二人のやり取りを聞いているうちに言いたい事も忘れてしまった。
「何をごちゃごちゃやってるの。下を見て。敵さんもどんどん上がって来るわよ」
トキトの後ろから追いついてきたサナエが、そう言って通り過ぎて行く。
トキトも下を見てみると、まだ遠くはあるものの確かに近づいて来る塊が見えている。
「何やってんだ。早く行くぞ。もう少し登って来られたら奴らの弓が届いてしまう」
エイゴの言葉にトキトがシオリを振り返ると、シオリは…口説かれていた。
「ねえねえ、いいじゃん。手を出してよ。俺が支えてあげるからさ…」
「結構です。自分でできますから」
「あー、シオリちゃんってその連れない感じもなかなかいいね」
「シオリちゃんって…、あんた年はいくつよ」
「やっぱり年とか気にしちゃう? 俺は16歳。だけど俺、美人なら年なんか気にしないから大丈夫だよ」
「誰が年よ。失礼じゃない」
まあ、誰もシオリが年だとは言っていないのだが、年下からああ言われれば怒るのもわからなくはない。
実際は一つしか違わないのだが…。
トキトが口を挿めないでいると、今度はトーゴが追いついてきてぼそっと言った。
「なんだ、クウヤか。お前、自分の許嫁の前で他の女を口説くなんていい度胸だな」
たちまちクウヤの態度がおかしくなる。
「えっ、なに? クミがいるの?」
慌ててキョロキョロと周りを見回し、最後にトーゴの後ろを覗き込む。
その視線の先にはクミがいた。
しかも既にすぐ近くまで登って来ている。
クウヤは慌ててシオリの側から飛び退いた。




