敵戦士
兵士達がトキトからクミへと視線を移す、その一瞬をトキトは見逃すつもりはなかった。
黙っていればクミが窮地に陥ってしまうのだ、黙って行かせてやる必要は全くない。
トキトは左手にいた二人の兵士に斬りかかり、二振りで二人の兵士をあっという間に斬り伏せた。
そしてそのまま士官の男へ向かって走り出す。
一気にケリをつけようと考えたためだ。
ところが直前で先程の兵士の一人がベレツと呼ばれた士官を守るようにトキトの前に滑り込んできた。
トキトの剣は少し逸らされたもののその兵士の肩を抉った。
この攻撃で兵士は剣を落とした為、さすがにこれ以上戦う事は無理そうだ。
トキトが目の前の兵士を押しのけようと手を伸ばしたその時、突然、兵士の胸から鋭く尖った針のような剣が突き出てきた。
ベレツが自らの持つレイピアで部下ごとトキトを狙ったのだ。
トキトは一瞬の判断でその剣を胸の鎧で受けた。
避ける事は可能だったが、腕か肩に傷を負う事は避けられない。
胸で受けるのは、相手の剣がトキトの持つ剣と同等クラスなら致命傷になりかねないのだが、それなら最初からこの剣を欲しがる事はないはずだと判断した。
剣が鎧に当たる鈍い音が響き渡る。
少し飛ばされる事になるが、これは予め覚悟していた事なので、ダメージはほとんどないと言って良い。
それよりも部下を躊躇なく貫いたその行為が許せない。
トキトはすぐにベレツに斬りかかった。
ところが、意外にもその剣はベレツに受け流された。
しかし、そうは言ってもベレツにももう余裕はない。
口元からして今までになく真剣だ。
士官だけあってさすがに強い上になかなかあざとい。
もっと経験が少ないうちに出会っていたら危なかったかもしれない。
けれどいろいろな事を経験し成長してきたトキトの今の実力はベレツのそれよりも確実に上だ。
トキトの剣がベレツの右肩と左腕をたて続けに抉る。
これによってベレツは剣を握るのもやっとな状態となった。
もう放っておいても襲って来る事は出来そうもないが、同じ轍を踏む訳にはいかないし、後ろのクミの事も心配だ。
まだ敵は二人ほど残っていたはずだし、援軍が来る可能性だって否定できない。
「悪いが、成仏してくれ」
トキトはベレツに止めを刺すべく斬りかかった。
ベレツはギリギリでその剣を避けたが、足元の小さな岩に躓き、仰向けに倒れ、頭を地面に強く打ち気絶してしまった。
気に入らない男だとはいえこの状態で止めを刺す事に一瞬躊躇するが、すぐ後ろで金属音がして現実に引き戻される。
すぐそこでクミがまだ戦っているのだ。
迷っている場合ではない。
しかし、意を決したトキトの剣が無防備なベレツの胸を貫く直前、トキトとベレツの僅かな空間を一本の剣が横切った。
反射的に一歩下がって警戒する。
見るとクミの所で戦っていた兵士の一人が戻って来る所だった。
兵士は剣を持っていない。
今目の前を横切っていった剣がその兵士のモノなのだろう。
その手ぶらの兵士がトキトに向かって大きな声で言う。
「待ってくれ!」
兵士は両手を上にあげている。
それを見たクミと対峙していたもう一人の兵士も剣を捨て、両手を上げた。
トキトはベレツに剣を向けたままクミに隣に来るよう促した。
「大丈夫か?」
クミが隣に来たのを確認し、トキトは目の前の兵士から目を離さずに聞いた。
クミは「大丈夫」と短く答えたものの、肩で大きく息をしているのが伝わってくる。
兵士は兜を脱いで跪き、その場で深く頭を下げた。
「我が主殿の命をお助け下さい。お願いします。……。勝手な事を言っているのはわかっていますが、代わりに私の命を差し上げますので、どうか…ご容赦を」
男の顔には何本もの刀傷が見られる。何度も死線を潜り抜けてきた証だ。
足元を見ると見覚えのある金属製の足輪が嵌められている。
レーシェルの着けさせられていたものと同様のものだ。
つまりこの男は奴隷なのだ。
もう一人の兵士に目を移すと、やはり足に枷が嵌められているが、その形は微妙に違うようだった。
トキトがその枷を注意深く見ていると、不敬と思ったのかこの兵士も兜を脱いだ。
すると、兜から褐色の長い髪が零れ落ちた。こっちの兵士は女性だったのだ。
驚いてその女性兵士の事を見つめていると男は勘違いしたようだった。
「この女戦士、ニツィアの主はベレツ様ではありません。ですからこの者の命はお許しください。その代り私の処刑はどのような方法で行っても構いません。ですから、どうか…」
「いや、その必要はないよ。もう戦意は失せた」
実際、トキトの戦意は失せていた。
とはいえクミを攫おうとした者達であることには変わりがないので、警戒は解かないでおく。
「お前たちは奴隷なのか?」
「はい。我らはヴァルパネスの奴隷戦士。我がベレツ隊はその中でも腕利きのものを集めた部隊なのですが、風の民を相手にするのは無謀だったようです」
男はそう言ってまた頭を下げた。
「なぜそんな奴の言う事を聞いている。大体こいつが死ねば自由になるのではないか? なぜ助けようとする」
「いえ、主を失っても別の主に仕えさせられるだけ。今の主より扱いがよくなる事はまずありません。それに主は自分勝手な男ではありますが私には良くしてくれました。その恩に報いない訳には参りません」
正直、トキトにはこの男が奴隷を良く扱う処など想像できなかったが、本人がそう言うのならそういう事もあるのかもしれない。
「お前、名前は?」
「申し訳ありません。名乗るのが遅れました。私はベレツ隊の奴隷部隊の副長、ベルバルと申します」
「なら、ベルバル、それとニツィアと言ったか。お前達はとりあえずそいつを連れてとっとと立ち去ってくれ。俺達は仲間と合流するが、お前たちはどうせもうろくに戦えないだろうし、なるべくなら国にまで退却してもらいたい。もし、俺達を追って来るのなら次は容赦しない。追ってくるなら覚悟してもらいたい」
甘いとは思うのだが、どうもこの男の事は憎めない。
ニツィアが美人だという事も関係していないとは言いきれない。
などと考えているとベルバルが真剣な面持ちで聞いてくる。
「私の処分は?」
「ニツィア一人でそいつを運ばせるつもりか。それにお前の命など欲しくはない」
トキトは二人、いや三人を早く行くよう促した。
さすがに剣は返さなかったので丸腰だが、彼らなら何とかするだろう。
二人は最後にこちらを向いて頭を下げてから岩場を下って行った。
さて、次はシオリ達と合流しなくては。
そう思い戻ろうとしたのだが、クミが予想以上に消耗していて走れない。
まさかこの状況でこの状態のクミを置いていくわけにはいかないので、トキトもゆっくり戻らざるを得なかった。
遠くに見えていた光の方へと近づいていくと、押しているのは風の民の方だと分かった。
それを見て少し安心するが、まだ戦いは続いている。
シオリの雄姿も確認できた。
その時、後方で閃光弾が三発打ち上がった。
それを見た兵士達が一斉に引き始める。
その隙を縫うようにして、トキトはクミと共にエイゴ達のグループと合流した。
「遅い! クミちゃんといちゃいちゃしてたんじゃないでしょうね」
「シオリ、第一声がそれかよ。これでも苦労したんだぜ、もうちょっと労わってくれたっていいんじゃないか?」
などと反論しながらも、トキトはシオリが無事でよかったとホッと胸をなでおろした。
「クミ、大丈夫か?」
「クミちゃん、大丈夫?」
エイゴとサナエ、それにエイジも駆け寄ってくる。
「大丈夫です。けど…、危ない所でした」
クミはそう言って、しかしサナエの腕の中に倒れ込んだ。
すぐにエイゴが抱き上げ背中に担ぎ上げる。
「とにかくどこか安全な場所まで逃げよう。一人だけ引き離されたクミも無事に取り戻せた事だし、他の連中もへまをしない限りは大丈夫だろう。ここに居てもいい事はない」
六人になった一行は、エイゴの指示で岩場を越えると、森の中へと入って行った。




