救援
本気になったトキトとシオリのコンビネーションは見事なものだった。
二人を囲んでいた五人ほどの敵兵を一瞬で蹴散らし、ソウゴ達と合流、その周りの兵士も数秒の内に斬り伏せて、あっという間に篝火の先へと通り抜けた。
そのままソウゴの案内で里から離れ、岩場を縫って森までたどり着いた所で一息入れる事にする。
「お前達すごいな。悪いがここまですごいとは思っていなかった。いや、俺がシオリに剣術を教えた時はこんなにすごくなかったはずだが…、短時間でこれだけ成長したっていうのか?」
シオリが何か言おうとして辞めたのをみてトキトが答える。
「竜の血を飲んだおかげらしい。…が、そんな事はどうでもいい。すまなかった」
ソウゴとアイカが目を見合わす。トキトは続けた。
「俺が覚悟をきめなかったから皆を危ない目に合わせてしまった。申し訳ない」
「いや、そんな事はない。奴らが本気で俺達を狙って来た事は間違いないが、本来お前たちには関係ない話だ。俺が里に招いたばかりにお前たちの事を巻き込んでしまった。謝らなければならないのは俺達の方だ」
ソウゴがそう言って頭を下げると、アイカがそれに続けて言う。
「それに今も二人がいなければもっと手こずっていただろうし、下手をすると捕まってしまっていたかもしれない。助かった。ありがとう」
見るとシオリも小さく頷いている。
慣れていないせいか、ありがとう、などと言われるとなんだかこそばゆい。
「他のみんなはうまく抜けられたかな?」
シオリが里の方向を振り返って見た。
しかし、ここからだと里の様子は窺えない。
「長老達は大丈夫だろう。お前たちほどではないかもしれないが、充分強いからな。だが、他はどうなったかはわからない。長老達と俺達の所でかなりの兵力を引き受けたから、他の場所は大分楽になっているとは思うのだが、奴らがどれだけの兵で攻めてきているのかわからないしな」
「助けに行かなくていいのか?」
「いや、敵の手に落ちたかどうかわからないのに引き返すのは得策ではないだろう。予定通りユルの親父たちの所へ向かった方がいい。悪いがお前たちも一緒に来てくれ。奴らに見つかれば恐らくお前たちも俺達と同じ扱いを受けるだろうし、この先どうするにしろまずは安全を確認してからの方がいい。親父なら何とかしてくれるはずだ」
アイカもその方がいいと首肯している。
「お爺ちゃん達、大丈夫かな」
長老達の事を思いだしたシオリが心配そうに呟くが、それに比して二人は意外に平然としている。
「大丈夫、里はあの人たちの強さ故認められてきたとも言えるくらいだからな。いくら数を集めようがあのレベルの兵士では長老達を捕まえようなど無理な話だ」
トキトにはとてもそんな風には見えなかったのだが、ソウゴが言うのならきっとそういう事なのだろう。
あまり気にしなくてもいいのかもしれない。
「そんなに凄い爺さんだったなんて知らなかったけど、有名な事なのか?」
「ああ、だからこそこんなに少ない人数の里でも各国から認められていたのさ」
アイカが自慢の胸を誇らしげに反らして言う。
トキトは思わずその胸に目を奪われそうになってしまったが、何かが頭に引っ掛かり、それで意識を引き戻した。
「いや、ちょっと待って。それなら敵もその事を知っていたはずだよね。その割には随分と荒っぽい攻撃を仕掛けて来たんじゃない?」
「言われてみれば確かにそうかもしれないけど、奴らはお前達があんなにやるとは思っていなかったはずだし、爺さん達の事だって甘く考えていたんじゃないか?」
ソウゴは相変わらずさほど気にしていない様子だが、トキトはどうも腑に落ちない。
突然、シオリが静かに叫んだ。
「ちょっと待って。皆静かに。何か、音が聞こえてくるわ」
その言葉に従い、皆が一斉に黙り込むと、遠くから微かに金属音が聞こえてくるのが聞き取れた。
といっても、里の方角ではない。
今トキト達がいる位置からだと、むしろ里からは離れた方角だ。
「もしかして、二重に囲んでいた?」
もしそうなら、先程の生き残りが後ろから襲って来れば挟み撃ちになる。
「合流したほうがよくないか?」
相手の戦力を分散させるためバラバラに逃げる事にしていたが、この状況だと分散しても逃げ切れない可能性がある。
ソウゴの言う事を信じるなら、それでも長老達は包囲網を突破する事くらいは出来るのかもしれないが、さすがに他を気にしている余裕まではないかもしれない。
だとするとトーゴやクミちゃん達の状況が心配になってくる。
ソウゴも同じことを考えた様だった。
「トキト、この状況だと、正直、俺とアイカだけしかいなければ俺達は俺達で独自に逃げる、というか隠れるくらいしか選択肢がなかったと思う。助けに行けば向こうの思う壺になるだけだからな。だが、お前達が加わってくれるのなら加勢に行っても大丈夫な気がする。いや、行けば仲間を助けられるように思える。どうだろう、一緒に来てもらえないだろうか?」
そんな事などソウゴに言われるまでもない。
行かなければ後で間違いなく後悔する。
「行くに決まっているだろ。ほっとけるわけがない」
トキトはすぐに音のする方向へと走り出した。
もう迷っている場合ではない。
そもそもトキトがはっきりしなかったばっかりに状況が悪化したと言えない事もないのだ。
とにかくここを切り抜ける事が最優先だ。
他の事は終わってから考えよう、トキトはそう思う事にして音のする方向へと神経を集中させた。
前方の金属音が近づいて来ているのがわかるのだが、しかしもう周りは大分暗くなっていて、その所為で音の出所はわからない。
残念ながらこれでは戦況が見えてこない。
「シオリ、光、出せるか?」
昔トールの森でイチハを探した時の事を思い出したトキトは、シオリに光の魔法を頼んでみた。
「まかせて」
シオリは即答すると、剣を腰に戻し、両手でボールを持つような格好をして、それを勢いよく前方へと押し出した。
すると、最初はシオリの両の掌の間で小さく灯り始めた光が、次第に大きくなりながら移動し、トキトを追い越していくと同時に、前方を照らしだした。
そこには周囲を五人程の兵士に囲まれたトーゴの姿があった。
トーゴは囲まれてはいるものの窮地と言う訳ではない。
トキトはその輪の中には入らず、一番外側にいた兵士をすれ違いざま斬りつけるとそのままその輪の横を通り抜けた。
止めを刺さなかったのは情けではない、先を急いでいるからだ。
ここはソウゴとアイカが加われば問題ないと判断したのだ。
トーゴの輪を通り過ぎると、暗闇が徐々に戻って来て、すぐに目の前しか見えなくなった。光の効力が消えたのだ。
トキトは走りながら後ろに向かって声を掛けた。
「シオリ、ついて来てるか?」
シオリがついて来ているだろう事は足音でわかっていたのだが、少し遅れ気味になっていた様だったので、あえて声を掛けたのだ。
「当たり前でしょ」
シオリが意地になって追いついてくる。
「じゃあ…」
「いちいち言わなくてもわかってる」
シオリがトキトが口にする前に再び前方に光を飛ばす。
先程の光より少し大きな光が前方の大きな岩を浮かび上がらせた。
その少し手前に敵味方入り乱れた塊が見える。
塊は二つ。
一つの塊の中心には壮年の男女が、もう一つには若い男がそれぞれ大軍を相手に戦っている。
エイゴとサナエ、若い男はエイジだろう。
しかし三人は大軍相手に決して押されているわけではない。
逆にある一方向に向かって進んで行こうという意図が感じられる。
逃げるなら里の外へと向かうはずだが、そういう訳でもないように見える。
だとすると……、誰かを助けようとしている?
よく見るとだいぶ先にいくつかの篝火が集まっているのが見える。
長老達を別にすれば姿が見えないのは…、クミだ。
ここはトーゴの所ほど余裕ではないかもしれないが、何とか頑張ってもらうしかない。
トキトはそう思い戦場を迂回するべくルートを探った。
その横を、シオリが構わず追い越していく。
「トキトはまっすぐ行って。私はこれを飛ばしたらあの三人と合流するわ」
シオリはそう言うと、何やら小声で唱えながら、両腕を前へと突き出した。
すると、その前方に風が発生し、それが渦となってエイゴ達の居る塊の方へと飛んでいく。
トキトはその渦のすぐ後ろに付いて行った。
風の道の直線上の兵達が一斉に逃げ出そうとするが、間に合わない。
風は次々と兵達を高く飛ばしていく。
この魔法は敵を飛ばすだけで命を奪う所まではいきそうもない。
だから一度飛ばされた兵士も、すぐにまた戦いの輪に戻って来る事だろう。
しかし、今はそれでよかった。
「頼んだわよ!」
シオリは一時的にできた風の道を行くトキトの背中にそう声を掛けると、自らはエイゴ達と合流するべく兵士たちの塊の中に入って行った。




