里の住民
部屋から出て行く四人の長老を見送ると、入れ替わるように数人の男女が入ってきた。
入ってきたのは四十代くらいの夫婦と思われる男女とトキトと同年代と思われる男、それにシオリと同じくらいの年の娘の四人だった。
「ほう、本当に俺達と同じ容姿なのだな」
「あなた、まずは自己紹介をしないと。お客様も困っていらっしゃるじゃない」
がっしりとした体格の男が、スマートだがどことなく鋭い雰囲気を持つ女性にたしなめられている。
男の方は、おう、そうだった、などと言って応じている。
そしておもむろに手を差し伸べて来た。
「俺はエイゴ。今は兄貴からこの里を預かっている」
トキトはその手を取って握手した。
エイゴはシオリとも握手を交わしている。
次いで隣の女性がトキトの前へと進み出る。
「私はサナエ。この人が言った通り、私達の長はそこにいるソウゴの父であるユーゴだけど、彼は今はユルの領館にいるの。私達は里の留守番役。長老達だけじゃもう年を取り過ぎているからね。そうそう、そこにいるアイカは私達の娘よ」
そう言ってアイカに軽くウインクするが、アイカは反応しない。無表情だ。
しかし、言われてみれば確かによく似ている。
「おいおい、アイカだけ紹介して俺の事は無視かよ」
後ろの男が文句を言ってくる。
サナエはその男の方を振り返った。
「あら、紹介して欲しかったの? いいわ、紹介してあげる」
そう言うとサナエは、その男の事をおざなりに紹介した。
「そこにいるごつい身体の男が私たちの愚息、エイジ。見てくれは立派だけどソウゴみたいに顔は良くないし、まだまだその立派な身体も活かし切れていない未熟者よ」
「なっ」
「それと、その横にいるのはクミちゃん。若いけどそこの愚息とは違って優秀で、仲間内では一番の攻撃魔法の使い手よ」
エイジは初めサナエの言葉に反論したそうにしていたが、無駄だと思ったのか言うのを止め、逆にトキトに圧力をかけながら握手を求めてきた。
トキトが手を差し出すとその手を強めに握ってくる。
反射的にトキトも強めに握り返した。
エイジはシオリとも握手をすると、トキトの事を一瞥し、さっさと建物の外へと出て行ってしまった。
ちなみにシオリとは普通の握手をしていたようだ。
エイジが出て行くと、クミと呼ばれた艶のあるきれいなストレートの髪の娘が近づいてきて、丁寧に頭を下げた。
「クミと申します。よろしくお願い致します」
「あっ、ど、どうも。お、俺はトキト。こちらこそよろしく」
シオリも歳の割に大人っぽいが、クミもかなり大人っぽい。
違いはクミの方が随分と大人しそうに見える事だろうか。
「なにどもっちゃってるのよ。鼻の下も伸ばしちゃってさ。みっともない」
シオリはそんな風に言いながらトキトの事を押し出すようにして退けると、クミの前に手を差し出し握手を求めた。
「私はシオリ。よろしく」
「こちらこそよろしくお願いします」
二人はにこやかに握手を交わした。
「ところでクミさん。クミさんは魔法の使い手なんですよね。私にも教えてもらえませんか?」
シオリはサナエの紹介に有った攻撃魔法という言葉が気になった様だった。
それを聞き、できる事はやっておきたいと考えたのだ。
「私のできる事なら喜んで。けれど、里で一番の使い手とは言っても大した魔法は使えませんよ。せいぜい弓や剣の変わりになる程度の魔法しか使えませんので…。それでよろしければお教えします」
「それでいいわ。本格的なのはウルオスっていう所に行かなきゃできる様にならないんでしょ。それはユウリから聞いたから知っている。そっちの方はイチハに任せてあるし…。でも、私もできる事はできるだけ増やしておいた方がいいと思うの。これから何が起こるかわからないし、ここで生きていくためにはね」
確かにシオリの風の魔法で助けてもらった事は何度もある。
他にも魔法を覚えれば助かる事も増えるはずだ。
「俺も教えて欲しい」
トキトとしてもシオリに頼りっぱなしではいられない。
「構いませんよ」
明らかに年下だと思われるクミだが、凛とした貫禄がある。
「なに浮ついた目つきで見てるのよ。さっきちゃんと聞いてた? クミさんにだって許嫁がいるのよ。ねっ、クミさん」
トキトの肩を小突きながらそう言うシオリにクミが返事を返す。
「はい。私にもクウヤという許嫁がおりますので、将来は彼の元に嫁ぐことになるのだと思います。けれど、それはまだ先の話です。彼にはもっともっと成長していただかないといけませんので…」
別に特別変な事を言っている訳ではないのだが、クミの言葉からは何やら引っ掛かるものが感じられた。
何か不満でもあるのかもしれないが、それはトキトが口を挿むような話ではない。
シオリも話をどう続けていいのか迷っている。
そんな時、それまでずっと黙っていたソウゴが口を開いた。
「挨拶も終わった事だし、とりあえず一旦俺達の家に戻ろう。魔法もいいが、今日の所はもう休んだ方がいい。どうしても話があるなら家ですればいいしな」
言い終わるか終らないかのタイミングでアイカが部屋の扉を開けた。
ある意味絶妙のタイミングだ。
まだ何やらしゃべり足りなそうだったエイゴやサナエもこの場面は黙って二人を見送る事にしたようだった。