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ネクストワールド・ワンダラー  作者: 竹野 東西
第1章 竜の穴
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イチハの呪文

翌朝、パムの吠える声で目を覚ますと、シオリもイチハもすでに起きていた。


昨晩、完全に日が落ちた後の大穴の中は真っ暗で、しかもその底までは風も吹いてこないらしく、何の音も聞こえてこなかった。

シオリとイチハの寝息がわずかに聞こえ、その他には昼間は気にならなかったレンドローブの息を吸う時に発する音が聞こえるだけで、それ以外の音は全く何も聞こえてこない。

これに比べれば元いた街ではたとえ真夜中でも、何かしらの音が聞こえていたように思われる。

これほどの静寂をトキトは経験した事がなかった。


そんな静寂の中、年長者の責任感からしばらくは頑張って起きていたトキトだったが、静かすぎる環境の中、ついには眠気に耐えられなくなり、いつしか眠りについてしまっていた。

そしてトキトが起きた時には、辺りはすっかり明るくなっていたという訳だ。


立ち上がって見上げると、レンドローブが昨日寝たときと全く同じ姿で眠っている。

昨日流れていた血はもう流れていない。

かなり回復しているようにも思えるが、まだ起きる気配は感じられない。


「トキト。おはよー。よく寝てたね。顔洗って来れば。あっちに水が出てる場所があるよ」

「おはようイチハ。よく眠れたかい」

「バッチリ。トキトもよく寝てたよ。シオリと一緒にお腹を突っついたけど全然起きなかったもん」

その言葉から、イチハはシオリと一緒にトキトの身体で遊んでいた事がわかる。


トキトが、それを知って少しムッとすると同時に、機会があったら仕返しでもしてやろうか、等と不埒な事を考えていると、頭の中にシオリの冷たい視線がよぎり、ぶるぶると頭を振った。

「トキト、変なこと考えたら承知しないからね」

突然かけられたシオリの声に、急いで顔を上げると、想像していた通りの冷たい目がトキトの顔を見つめていた。


「別に変なことは考えていないよ。シオリこそ俺が寝ている間に何してくれてるんだよ」

そういえば、二人とは違和感なく呼び捨てで呼びあっている。

トキトは自分がこんなやり取りができるなんて信じられなかった。


「何もしてないわよ。トキトがちゃんと寝ているのか調べてただけ」

「じゃあ、俺も…」

トキトがちょっとふざけて言おうとすると、シオリが今まで以上に厳しい目でそれを抑えつけた。


「何でもありません」

別に悪い事をしてはいない、とは思うのだが、トキトにはそれ以外の言葉が出てこなかった。

理不尽と思わない事も無いのだが、ふざけたのも事実なので仕方がない。


「トキトもシオリも仲よくしなよ。ここには三人しかいないんだからさ」

イチハの言葉でトキトは思考を戻した。

と同時にイチハはこの状態をどう考えているのだろうかという思いが浮かんでくる。

普通考えると一番年下のイチハが一番不安なはずなのだ。

帰りたいと泣き喚いてもおかしくない。


それなのに三人の中では一番明るいのがイチハだ。

トキトが見た限りでは不安を隠して明るくふるまっているようにも見えず、逆に純粋に楽しんでいるかのようにすら見える。

とはいっても本当のところは解らないのだが…。


脚にじゃれついてくるパムの頭を撫でながら、トキトは疑問に思った事を素直に聞いてみた。

「イチハは帰りたいと思わないの?」


「帰るよ。もう少し遊んだらね」

「えっ。帰るの? …どうやって?」

イチハの答えがあまりにあっさりしたものだったので、トキトは思わず聞き返していた。


「解らないけど、来たんだから帰れるでしょ」

なるほど、そういう考えか。

トキトは何となくわかったような気がした。


が、少し意地悪な事も聞いてみる事にする。

「でも、帰れなかったらどうするの?家族も心配してるだろうし」


「心配してくれてるかなー。だったらうれしいな。この穴から出られれば帰れるかなー」

トキトは、そのイチハの答え方に、少し引っ掛かるものを感じたが、そこを突っ込むとイチハの元気を奪うような気がした為、もうこれ以上は聞かない事にした。


「イチハちゃんは明るくて、いい娘だね。イチハちゃんのおかげで周りもみんな明るくなる」

それはトキトが心から思っていた事だった。

しかしイチハはトキトのその言葉に喰いついた。


「イ・チ・ハ。イチハちゃんって呼ばないでって言ってるでしょ。トキトは昨日助けてくれたから今回は許すけど、今度ちゃんづけで呼んだら口きかないからね」

イチハが呼び方にこだわっている事はトキトももう知っている。

しかし、「ちゃん」をつけた方が呼びやすいのでついついそう呼んでしまうのだ。

本当はシオリの事もシオリさんと呼んだ方がしっくりくるくらいなのだが、やはり拒否されたので注意して「さん」をつけないように頑張っているくらいだ。

だが、次からは気を付けよう、とトキトは思った。

実際にイチハに無視されたりしたら、かなりへこんでしまいそうだ。


「それに、私は特別なんかじゃないよ。普通。普通。うん、普通が一番」

自覚がないのか、それともあまり特別には思われたくないという事なのか、イチハは独り言のように呟いている。


「そうかな、でもイチハには助けられている気がするよ。その……、イチハのおかげでいい雰囲気になっていると思う」

実際、不思議とあまり悲観的にならずに済んでいるのは、この場にイチハがいてくれる事が大きいはずだ。

少なくともトキトにとっては、イチハが癒しになっている。


「そういわれるとうれしいな。でも、イチハもトキトやシオリやそれにパムにだって助けられているよ。だから、お互い様なんだよ。ねっ、パム」

パムが一声吠えて、それに応える。

そういえば、パムにもずいぶん助けられている。

レンドローブを刺したあの剣だってパムが見つけたものだった。

あの時あの剣がなければさすがにレンドローブに向かっていくことはできなかっただろう。

それに、レンドローブに挑もうという時のあの一吠え。


「そうだった。ありがとな、パム。……ところでイチハ、昨日いろいろと何か探していたみたいだったけど、俺達の剣やイチハのその杖の他にパムは何か見つけたりしなかったのかい?」


「うん、いろいろ見つけたよ。パムは見つけるのが得意みたいで、何か見つけた時は吠えて教えてくれるんだ。ここに落ちているもののほとんどは、どこか壊れていたりしていてそのままでは使え無さそうなモノばかりなんだけど、パムが見つけたものは使えそうなんだよね。どう使えばいいのかわかんないものもあるんだけど」


「何があったの?」

「こっちに来て」

トキトはイチハの後について行った。

イチハは横穴の入口近くまで移動して止まった。


そういえば横穴には巣のようなものがあった訳だし、という事はレンドローブは普段横穴で寝ている可能性が高いと思うのだが、それなのに今は降りた場所にそのまま寝ている。これは、そこまで行けないほど消耗していたという事なのだろうか。


「何やっているの?」

少し考え込んでしまったトキトは、後ろから声を掛けられ、慌ててそちらを振り向いた。

いつの間にかシオリがトキトのすぐ後ろに来ている。

「パムの戦利品を見せてもらおうと思って」

トキトがそう答えると、その言葉を聞いたパムが、こころなしか小さく胸を張ったようにも見えた。


「ほら、ここに集めておいたの」

イチハの指差す先を見ると、そこには様々なものが置かれていた。


綺麗な装飾のついた白、青、赤、緑の四色の鎧と、トキトやシオリのものとは違ういくつかの剣や槍、弓、ボウガンのようなものまである。

魔法使いが使うようなローブにマント、杖、水晶玉など、それにネックレスやティアラ、指輪や腕輪のような装飾品もたくさんある。

服か何かなのだろうか、布製のものもあるようだ。

イチハが言うように何に使うものか分からないようなものも見受けられる。

いずれも高価そうなものばかりだ。

何やら宝石の埋め込んである金貨のようなものまで並べられている。


「すごいな、こんなにあるのか」

トキトは思わず声を上げていた。


「これ全部、パムが見つけたの。パムが呼んでいるところに落ちていたものを持ってきて集めたのがこれなんだ。パムは使えそうなものを見つけるのがうまいの。パム、偉いでしょ」


「そうか、パム、偉いな」

トキトがパムの頭を撫でてやると、パムは派手に尻尾を振りながらトキトに撫でられるままになっている。


「あれっ、布みたいなものもあるようだけど、それ破けたりしてないの?」

トキトが誰にともなく発したこの言葉に、シオリが応じて言ってくる。

「かなり古いものだと思うのだけど、不思議な事に、全く破けていないみたいよ。でも、ありがたいわ。顔を洗うのにタオル一つなかったから」

という事は、それはきっとシオリにとっては大事な事なのだろう。

随分と興味を示しているように見える。


確かに使えそうな物は工夫して上手に使うのが良さそうだ。

トキトはその隣に置かれている服のように見える布きれを手に取ってみた。

布は強靭な繊維で編まれているようでパッと見繊維に傷みがあるようには思えない。


「もしかしたら金属か何かが編みこんであるのかな、かなり丈夫そうな布だな。その割に意外と肌触りもいいし、サイズが合えば着替えに使えるかもしれないね。ん、着替え……か」

そういえば、ここには着替える場所など見当たらない。


「何か良からぬ事を想像しているんじゃないでしょうね」

シオリがジト目でにらんでいる。


「良からぬ事ってなんだよ。ただ着替えなんて考えてなかったからどうしようかって考えていただけじゃないか」

別に変なことを考えていた訳ではなかったのだが、トキトはむきになってしまっていた。


そんなトキトの事など気にしていないイチハがマイペースで話を続ける。

「着替えより本当はお風呂入りたいんだけどなー。でも、我慢するしかないよね。……、うん、イチハは大丈夫」


「そうね、それについてはしばらくは我慢するしかないかも。そうだ、レンドローブが起きたら頼んでみない? トキト、レンドローブにお風呂作ってもらってよ。……、あっ、のぞきができないようなやつね」

まるで、いい事を思いついたとでも言うように、シオリは言ってくるのだが、トキトには竜がそんな大工みたいな仕事を頼まれてくれるとはとても思えなかった。

しかし、そんな事を言うとまた面倒くさい事になりそうなので言わないでおく事にする。


「とりあえず、レンドローブが起きるまで何とかしのごうよ。レンドローブの言うことが本当なら空腹にはならないですむはずだしね」

「そういえば……。さっき見たらレンドローブの血はもう止まったみたいだけど、流れていた血が固まったみたいで、触ってみたらぱらぱら剥がれるの。血が飲めたくらいなんだから取っておけばいざという時食べられるかも」

今のトキトの話を聞いて思い出したのだとシオリは付け足した。


「非常食か。うん、他に食べ物になりそうなものもないし、レンドローブも真っ黒になった血の痕をつけているよりは、つけていない方がいいだろうから、取っておこうか」

どうせ他にやることもないのだから、やれる事はやっておいた方がいい。


「レンちゃんもきれいな方がかっこいいもんね」

イチハはそう言い残し、パムと一緒にレンドローブの躰を登り始めた。

こんな大きな竜をちゃんづけで呼ぶなんて、さすがはイチハだといえそうだ。

確かに、レンドローブと呼ぶのは言いずらいので略したほうが便利そうではあるのだが…。


イチハは山登りでもするかのように尻尾から背中、そして首へとするすると登って行った。

赤い竜は、依然として全く動かずにいる。

呼吸をするたびに大きくお腹が動くがそれだけだ。


「イチハ、そんなに上の方まで取らなくてもいいよ。危ないから降りてきなよ」

別に血の痕を全て取る必要はないはずだ。

今までだって傷を負った時くらいはあるのだろうが、その時には身体を綺麗にしてくれる者なんていなかったはずなのだ。

取り残しがあっても、そのうちに自然と取れるのだろうという事は簡単に想像できる。


と、突然、イチハがレンドローブの背中に二列に続いている大きな突起の一つに左手でつかまりながら、右手に持った杖を体の前にかざしてみせた。

「昨日から考えてたんだけど、ちょっとやってみたかったんだよね。だって、ほら、これって魔法使いの杖みたいじゃない。あの時トキトの剣がレンちゃんを傷つけたんだから、逆にこの杖を使えばレンちゃんを治せるかもしれないと思わない? この杖で早く治れー、早く治れーって念じれば、ひょっとしたら早く治っちゃうかも」

イチハは、いいこと考えたでしょ、みたいな誇らしげな顔で、下にいる二人を見下ろしている。


シオリがそれに答えて言った。

「やってみても面白いかもね。こんな竜なんていう生き物を見てしまったら、魔法があってもちっともおかしくないように思えてくるもの」

確かに、シオリの言うとおり、ここでは何が起こってもおかしくないといえるだろう。

魔法なんていまいち信じられない所はあるけれど、たいがい話の上では竜と魔法はセットだし、現にどう見ても魔法使いの杖みたいなものまであるのだから、やってみる価値はあるのかもしれない。


なのでトキトもこの話に乗ってみることにした。

「じゃあ、イチハ。やってみてくれないか」

「わかった。やってみるね」


イチハは慎重に竜を掴んでいた左手を放すと、バランスを取りながら傷のある鱗の所まで登り、両手で杖を持って、頭の上にかざした。

「治れー。早く治れー。この傷、早く治れー。えいっ」

目を閉じてイチハにしては厳かな声で呪文を唱え、かざした杖を振ったのだが、傷口にも杖にも変化は見られない。


「どお。治った?」

「うーん。ダメみたい。やっぱだめなのかなー。これ、魔法使いの杖みたいだから、てっきり魔法が使えるんだと思ってたんだけどなー」

がっかりしたようにうなだれているイチハを見て、どうやって励まそうかと考えているトキトの足元で、突然パムが吠え始めた。


「ワン。……。ワン。ワン」

何か言っているようにも思えるが、トキトには全く解らない。


「どうしたの、パム。今、そっちに行くから待ってて」

パムがあまり鳴くのでイチハが戻って来ようとすると、

「ワン!ワン!ワン! ワオーン! ワオーーン!」

今まで聞いたことのない鳴き声でパムが吠え始め、トキトもシオリと思わず目を見あわせた。


イチハが慌てて上から大声で呼びかける。

「パム、どうしたの。何か言いたい事があるの?」

そう言われてみれば何かを必死に伝えようとしているようにも見えなくはない。


「ひょっとして、もっと続けろって言っているの?」

その言葉を聞いたパムは、一声大きく、

「ワン!」

と吠え、そしてそれきり大人しくなった。


「……わかった。続けてみる」

イチハは頷くと、すぐに先ほどの位置まで戻っていった。

シオリはパムを抱き上げ、パムを落ち着かせるべく頭を撫でてやっている。


イチハはその場にしゃがみこみ、杖を傷口の方に向けると、その傷口に向かって小さい声でぶつぶつと何か言い始めた。

先ほどよりも長い間集中しているように見える。

あまりに真剣にやっているので、トキトもシオリも話しかける訳にもいかず、ただ見ているより仕方がなかった。

パムもシオリに抱かれたまま静かにイチハを見上げている。


それから三分ほど経った頃、イチハの杖に妙な振動が伝わってきた。

イチハは、最初は自分が震えているだけなのだろうと思ったのだが、注意してみるとどうやらそうではないようで、杖自体が振動しているのがわかってくる。

その事を確信し、集中のため瞑っていた瞼をゆっくり開けていくと、杖の上についている水晶玉がかすかに薄い紫色の光を放っていた。

小さな光だが神々しくてきれいな光だ。

しかしイチハがその光に驚いて立ち上がると、光はふっと消えて無くなった。


「今……、光った……。この杖光った。光ったよ!……。トキト! シオリ!」

興奮したイチハが叫び立てる。

実はトキト達の居る場所からだと光はよく見えなかったのだが、二人とも不思議とイチハの言うことが信じられた。


「すごい。……。それで、傷口がふさがったの?」

シオリは軽くトキトと目を見合わせた後、イチハの方を見上げながらそう聞いた。


「傷はふさがってない……。けど……。なんか効いている気がする。だって、杖が光ったんだもん」

杖が光っただけで魔法が使えたという事になるわけではないのだろうが、杖に電池が仕込んであった訳でもないのに光ったという事は、何らかの作用があったと考えてもいい、とも考えられる。

ならば、続ける意味はあるのかもしれない。


「イチハはそれ続けていて。さっきのパムの様子からしてもそうした方がいいと思う。パムの不思議な力を信じよう。レンドローブの血の痕を集めるのはシオリと二人でやっておくから」


それにはシオリも異存がないようだった。

「少しでも早く治ってもらった方が早く帰れるかもしれないしね…。イチハ、頼むわね」


そしてイチハをそのままにして、トキトはシオリと二人でレンドローブの躰に黒い蛇のように貼りついている血の痕を、鱗から丁寧にはがし始めた。

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