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ネクストワールド・ワンダラー  作者: 竹野 東西
第2章 エルファールの第三王女
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参上

「見て、来たわ。あんなにたくさんいる」

シオリが後方を指差し、叫んでいる。

二の門を抜けて三の門へと駆け上がってくるたくさんの兵士達の先頭を走るのはナガルだ。


前方を振り返ると、きれいに植木を狩り込み、幾千の花々で飾られた庭園の向こう側の少し広くなった場所でディンブルが三人の衛士に囲まれ戦っているのが見える。

どうやら、ディンブルは逃げた奴らが城内に入る前に追いついたようなのだが、奴らとしては逆にそこでディンブルを排除しようという事にでもなったのだろう。

ディンブルの方に加勢に行きたい気持ちもあるが、そうするとあの大群をリーナの所まで連れて行ってしまう事になる。


「どうする?」

シオリがトキトに聞いて来る。判断は任せると言っているのだ。


トキトは即決した。

「リーナの事はディンブルを信じてまかせよう。俺達はここであの大群を引き止める」


トキトとシオリでディンブルの加勢に行けばあそこにいる敵は排除できるかもしれないが、その先に進み隠れるだけの時間はない。

その前にナガル達に囲まれてしまうのが落ちだろう。

しかし、トキトとシオリがここで粘れば、ディンブルとリーナはどこか隠れる場所を探す余裕ができるはずだ。

あくまでもディンブルがあの場を切り抜けられればという条件も付くのだが…。


ナガルを先頭にした兵士達はもうすぐそこまで迫っている。

「さすがに、あんなにたくさんは無理じゃない。…はは、死んじゃうかもね」

シオリの弱気な言葉が聞こえて来る。

トキトはその声にハッとし、我に返った。


自分は仮に死ぬことになっても構わないとずっと思ってやってきたが、そこにはシオリは含まれないはずだった。

それどころかシオリが死ぬのを見たくなかったからこそ自分が死ぬことを覚悟し、あの大きな竜、レンドローブに向かっていったのではなかったのか。

そう、それで何とかレンドローブを従えることに成功し…、ん?


「なあ、レンは今何処にいるんだ?」

小さい声で問いかけたトキトのこの言葉を聞いたシオリの顔がみるみる明るくなってくる。

「そうだ、レンもこっちに向かってるはず。トキト、呼んで。そうすれば全速力で来てくれるはず」


トキトはすぐに天に向かって叫んだ。

「レンドローブ! 来てくれ!」

先頭の兵士は今まさにトキトに斬りかかろうとする所まで来ていたのだが、トキトの発したレンドローブという言葉に思わず天を仰ぎ見た。

トキトが思っている以上にレンドローブという竜はここでは恐れられた存在だったという事だ。


しかし、少し待っても竜は現れなかった。

「脅かしやがって。赤の大竜の名前を出すとは不届き者め」

ナガルはそう言い放つと、トキトに向かって斬りかかってくる。

それを合図に他の兵たちも一斉に二人に斬りかかる。


レンドローブが力を解放してくれたおかげでトキトもシオリも短い間に技量が格段に上がっていたのだが、いかんせん多勢に無勢だ。

最初はうまく相手の剣を弾き、躱してはいたのだが次第に押されてくるようになる。


そして、遂にシオリは腕に兵士の剣を受け、持っていた剣を落としてしまう。

すぐにトキトがシオリの前へと進み出て、シオリの盾となって剣を弾くが、激しい攻撃を受けきれず、とうとう左腕にナガルの剣をくらう事となる。


血が噴き出す感触があるが、興奮しているのと次々と繰り出される攻撃を受ける事に集中しているのとでトキトは痛みを忘れている。

ただひたすら目の前の剣を捌く事しか今は頭にない。

しかし所詮殺意の無い剣では敵の数は少しも減ってこない。


「トキト、ごめん。もう無理」

シオリは目の前で集中攻撃を浴びているトキトの背にそう言うと、斬れ過ぎて相手を殺してしまいかねない為、人間相手には今まで使わないできた、腰の陽炎の剣にとうとう手を掛けた。


トキトの腰にも風刃の剣が挿してある。

これを使えば敵を確実に減らす事ができるし、ここで死なずに済むかもしれない。

だが、そうなると今までの苦労は水の泡だ。

リーナの事も諦めなければならなくなるだろう。

それはすなわち、リーナが処刑されるという事だ。


リーナの事を思えば、シオリを止めなければならない。

シオリに「やめろ!」と怒鳴るべきなのだろう。

けれど、トキトはそうすることはできなかった。

シオリにリーナのために死んでくれ、とはとても言えなかったのだ。


シオリが剣を抜いた気配がする。

この間にもトキトはあちこちに剣を受け、その傷は深くはないものの、至る所から血が噴き出しているのがわかる。

リーナの事も気になるが、トキトももう限界だった。

そろそろシオリを守る事すらきつくなってきている。


その時だった。


ドガガガガッ


突然ものすごい音をたてて、トキト達からほど近い城の壁が崩れ落ちた。


ガラガラと音をたてて落ちてくる石の欠片を避ける為、必然的に戦闘が一時中断される。

元は壁の一部であったであろう石の塊が足元にいくつも転がってくる。


  グウォォォォォーーー


そして、はるか上空から巨大な雄叫びが聞こえてきた。


トキトが転がってくる石くれからシオリを後ろに庇いながら見上げると、何か猛スピードで近づいてくるものが見える。

はじめは小さな点くらいにしか見えなかったその影は、見る見る大きくなり、あっという間に城の上空まで来ると、美しい赤褐色の躰を誇るようにその場でゆっくり大きく旋回し始めた。

間違いない、レンドローブだ。


もう、剣を振るっている者は誰もいなかった。

兵士たちは皆庭園の縁まで下がって場所を開け、両膝をついて上空を見上げている。

中には明らかに震えているのがわかる者もいる。

ふと、気になってリーナの姿を探すと、リーナとディンブルも兵士達とは少し離れた場所で同じように立ちつくしていた。

結局、まともに立っているのはトキトとシオリだけという有様だ。


見あげると、レンドローブは着陸態勢に入っていた。

猛烈な風が辺り一帯に吹き渡る。

よく見るとレンドローブの背中に人影があるのがわかる。

最初はイチハかと思ったのだが、イチハにしては少し大きい。

必死にしがみついているその姿は…リーナの侍女のルーのようだ。


『すまん。少し待たせたようだな』

地面に降り立つなりレンドローブは詫びてきた。


「遅い遅い! 死ぬかと思ったじゃないの!」

シオリがレンドローブに向かって怒鳴るのを見た衛士たちが驚いている。

殺されるぞ、などという声がざわめきの中から聞こえてくる。


レンドローブがトキトとシオリに対してだけ聴こえるようにした念話で言ってくる。

『何を言っている、間に合ったであろう。大体お前が先に行きたいと必死に頼むから先に飛ばしてやったんだ。それで死んだとしても我は知らん』


周りが一斉に息をのんだ。

シオリとレンドローブはこれでも普通に会話をしているだけなのだが、レンドローブの念話が届かない人たちにはシオリが今まさに喰われそうになっているように見えたのだ。


トキトは言葉に出さず、頭の中でレンドローブに話しかけた。

『レン、ありがとう。早速だが、ここは俺に恭順する姿勢を見せてくれ。それで取引…』


『わかっておる。心配するな。遅れてしまった分、うまくやってやる』

トキトの意図を察したのかレンドローブはそう言うと頭をトキトのすぐ近くの地面につけた。

その頭をトキトがわざとらしく撫でてやる。

そして、首の後ろにしがみついているルーに手を貸しそっと降ろしてやると、ルーは震える声でありがとうございます、と言った。

猛スピードの空の旅は決して楽しいものではなかったらしい。


『言い訳になるが、その娘を連れてきた事も遅れてしまった理由の一つだ。飛ばされないよう加減していたからな』

かなりのスピードで近づいてきたように思うが、それでもレンドローブからしてみれば加減したという事なのだろう。


「私には加減してくれなかったくせに…」

シオリが何やらぶつぶつ言っているが、レンドローブはそれは無視した。

そして、トキトに言われたとおり頭を下げた恭順の姿勢で待機する。

周囲にはレンドローブがトキトに服従の姿勢を取ったように見えているはずだ。


トキトはなるべく遠くの人にまで聞こえるよう大きな声で言った。

「俺の名はトキト。ここにいる赤の大竜レンドローブを従える契約をした者だ」

レンドローブは首を上げ、トキトの言葉に答えるように大きく一声吠えた後、再びトキトの横に頭をつけた。


衛士たちがざわついているのがわかる。

これまで人間が竜を従えたなどという事は一度もなかったのだ。

信じられないのも無理はない。

「元王女リーナの件で新王と交渉がしたい」

トキトの言葉に、再び衛士達がざわつきだし、次第にそのざわめきが大きくなる。


 ガウ


しかし、レンドローブが一声上げるとざわめきは一斉に収まった。

ナガルが立ち上がり一歩前へと進み出る。

ここにいる中では一番位が高いのかもしれない。

「ベルリアス王は神との儀式のため城を離れていて今はいない」

「それはわかっている。帰るまでここで待たせてくれ」


ナガルは目を見開き、レンドローブの方をちらと見てすぐに目線を外すと再びトキトに向かって言った。

「王を危険な目に合わせる訳にはいかない」

臣下として、たとえ脅されようと王を竜に差し出すような真似ができよう筈もない。

その点、ナガルは優れた臣下だった。


その時、突然ナガルの後ろの衛士達が左右に散り、膝をついて頭を深く垂れた。

すると、その向こうから四人の近衛兵に守られた派手な装飾があしらわれた深紅の鎧を身にまとった一人の男が現れた。

その男は背が高くがっしりとした体格で、胸と肩にたくさんの勲章をつけている。

どことなくリーナに似た面影の男だ。


「ナガルよ、構わん」

「ベルリアス王」

ベルリアスは驚くナガルの肩を軽く叩き、ご苦労、と一声かけると、そのままレンドローブを横に従えたトキトの方へと歩き出した。

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