シオリ合流
細い路地を右に左に曲がりつつ、しばらく走った所でトキトは建物と建物の間に小さな空間を見つけた。
そこはかなり奥まった場所で、そこへ行く為には一人づつでなければ通れない所を通らなければならず、建物の陰に隠れ、表の通りからは見えない様になっていた。
その辺りには、裏口と思われる小さな扉が三段ほどの階段の上にある以外は、周りの建物にも窓すらなく、しばし隠れるのにはうってつけの場所といえた。
少し落ち着いたところでトキトが言った。
「シオリ、まずはお礼を言わせてもらうよ、ありがとう。本当に助かった。シオリが来なければ危なかった」
「そお?だったらこの事は忘れないでね。…なんて、まだ助けられた方が多いから偉そうなことは言えないか…」
「いやいや、命の恩人だよ。本当に。」
「やめてよ。あんな事、お互い様でしょ。それより今後は油断しない事ね。ここでは気を抜いてしまったら、いつ死んでもおかしくないんだから」
「わかった。……。ところで、良く間に合ったな。馬車を使ったにしても早いし、よほど回復が早かったっていう事か。さすが、頑丈なんだな」
シオリは骨折の治療のためソウゴの所に残ったため、トキトの計算では今日ここに来るのは間に合わないと諦めていたはずだった。
にもかかわらず今ここにいるという事は、回復が早かったとしか考えられない。
「何言ってんの、このか弱いレディーに向かって…。なんて、まあ、か弱くもないけど…、なんとか歩けるようになったのは十日くらい前の事かしらね」
軽いボケをかまして来るという事は、そのくらいの余裕はシオリにもあるらしい。
妙に明るく振る舞おうとしているような気もしないでもないが…。
「じゃあ、十日前まではソウゴの家にいたのか?」
トキトが聞くと、シオリは何故か渋い表情を見せた。
シオリにしては珍しい表情だ。
「違うのか? ……。ああ、何とか歩けるようになったくらいじゃあの険しい山奥を動くのは無理か。ひょっとして怪我が治る前にソウゴかトーゴにどこかへ運んでもらったとか?」
「いいえ、昨日まであそこにいたわ。ソウゴなんかに運んでもらったわけじゃない」
ソウゴなんかって、シオリはソウゴにそんな言い方をしてたっけ、とトキトが思い返しているうちに、シオリが続けて言った。
「昨日、レンが来たの。トキトの声がしたんだって」
「レンドローブに乗ってきたのか?」
レンドローブにトキトの声が届いていたのだとしたら、それはモフモフに会う直前だろう。
あの時トキトは、レンに助けてもらおうと思い念を飛ばしたのだ。
何の反応も返っては来なかったのだが…。
「いいえ、乗ってきたんじゃないわ。飛ばされたの。そう、思い出した。レンの奴、絶対に痛くないって言っていたのに、落ちる時、樹に当たってすごーく痛い目にあったんだった。今度会ったら、文句を言ってやる」
シオリは小声でさらに何やらぶつぶつと文句を言っている。
「ちょっと待て、飛ばされたってどういうことだ?」
「レンの穴から外の出る時飛ばされたでしょ、あれの超強力版。レンが痛くないって言うから乗ったのに、着地の時、痛かった。まあ、私がちょっと失敗しちゃったせいでもあるんだけどね。でも、この街のすぐ近くの森まであっという間に着いたわ」
そういえば、確かにあのときは何の衝撃もなく穴から出る事が出来た。
けれどそれはレンが跳ね上げる力をうまく調節して穴の上が放物線の頂点に来るようにしたからで平地ではそうはいかないはずだ。
「あそこからここまでひとっ飛びできるのかよ。…っておい、それじゃあ痛かったじゃすまないだろ」
おい、と言われたのが気に食わなかったのか、一瞬険しい目でトキトを睨みつけたシオリだったが、とりあえず流したようで理由を話し始めた。
「ちょうど、ユウリから空気の塊を放つ魔法を習った直後だったからそれを使ったの。なぜかレンがそのことを知っていて使えって…。秘密の特訓をしていたはずなのに、あいつ、実はストーカーなんじゃない?」
「シオリも魔法が使えるようになったのか。すごいな」
「松葉杖だと他にする事もなかったからイチハの修行に付き合ってただけ、だから空気の塊を飛ばす事くらいしかできないわ。でも、この魔法はすぐに覚えられたの、相性が良かったんじゃないかってユウリが言ってた」
すると、ここまでずっと話を聞いていたリーナが何か納得したように頷いた。
「なるほど、そういう事だったのですね。さっき、トキトさんが危なかった時、あの衛士が吹っ飛んだのは…」
「そう、魔法を使ったから。でも、もう少し手加減しても良かったかも、気絶させちゃったみたい」
シオリがリーナを見て肩をすくめる。
「で、そっちはどうなの? さっきの人は誰?」
一息ついたところで今度はシオリがディンブルの事を聞いてくる。
トキトはそれに答えて言った。
「まあ、いろいろあったんだけど、長くなりそうだし、ここまで来た経緯についてはリーナの件が片付いたら話すよ。とにかく、何とかここまでたどり着いたっていう所かな。それと、さっきの人はディンブル。リーナの幼馴染でファロンデルム家っていう貴族の次男だってさ。リーナの事好き、…っていうか心酔しているっていう感じかな。掟に背いてまでリーナを守ろうとしてるんだから…」
トキトの説明で思い出したのか、リーナがディンブルの身を案じている。
「ディンブル、大丈夫かしら…」
「たぶん、大丈夫よ。路地に入る時後ろを見たら、その人も大通りの向こう側の路地に逃げ込む所だったもの。戦ってた相手は転んでたみたいだったから下手をしなけりゃ逃げ切れたんじゃないかと思うわ」
あんな状況でもシオリは冷静に周りを見ていたらしい。
リーナはまだ心配そうにしている。
「心配なのはわかるけど、ここからが本番だ。あの巨大な城に潜入しなくちゃいけないのだからね。悪いけど集中しなくちゃ。事が済めばディンブルにだって会えるさ」
トキトに続いてシオリもリーナを元気づける。
「そうね。ここまで来たんだもの、失敗したら関わった人はどうなるかわからないわ。だから、絶対成功させないと…。それがディンブルっていう人を助ける事にもなると思う」
「……そうですね。ごめんなさい。……。もう大丈夫です、行きましょう」
その言葉をきっかけに、三人は家々の間の狭い路地を、城のある方向に向かって、再び移動し始めた。




