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ネクストワールド・ワンダラー  作者: 竹野 東西
第2章 エルファールの第三王女
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モフモフ

「すまん。奥の手を使おうと思ったんだが、力不足だったらしい。うまくいかなかった」

二人の元に戻ったトキトはすぐに二人に謝った。

しかし、リーナもディンブルも、トキトの話など碌に聞いていない様だった。

ベルーの群れのいる荒野の方を向き、何やら遠くを見つめている。


「どうかしたの?」

トキトがリーナのすぐ後ろまで進んで声をかけると、リーナはようやくトキトが戻ってきたことに気付いたようで、慌てて説明し始めた。


「さっきからシロが向こうの森を気にし始めて、そっちの方角を見てみたらベルーの動きが……。ほらっ」

リーナの指差す先を見ると、そこには真っ二つに分断されたベルーの群れの塊があった。

すでに最初の頃よりはだいぶ小さくなっているものの、それでもまだかなりの数が残っていた群れが、ある一点を境に左右に開いて二つに分かれ、その間にはまるでそこに道が現れたかのように荒れた地面が見えている。


興奮したシロがリーナの腕から抜け出そうとするが、リーナはそれを必死に引き止めた。

「だめ、まだ危ないわ」


しかし、シロは長い尾を振り回し、遂にはリーナの腕から抜け出してしまった。

そのままたったいま現れた「道」に向かって走り出す。

リーナも後を追いかけようとしたのだが、シロは意外に速く走れるようで、残念ながら追いつく事は出来そうもない。

あっという間に少し先の荒れ地に踏み込み、シロは「道」を通って正面の森の方へと駆けていってしまった。


「あーあ、行っちゃった…。お母さん、見つけたのかな…」

リーナが少し寂しそうに呟いている。


「きっとそうですよ。白天狼は人には懐かないと言われている魔獣なのですから、今まで一緒にいられただけでも奇蹟みたいなものです」

なんだかんだ言ってもディンブルもシロを可愛がっていたので寂しそうだ。


シロはあっという間に小さくなり、その姿がかすかに動く点の様にしか見えないくらい遠くにまで行ってしまった。

「んっ?」

トキトはその先に何かが見える事に気が付いた。


シロの走って行くその先に、大きな白い塊が見えている。

遠くてはっきりとは見えないが、恐らくあれが母親だろう。

やがて二つは一つになった。


「良かったね、シロ」

リーナだけではなくトキトもディンブルもほっと胸をなでおろした。


「さあ、シロのお母さんが道を開いてくれたみたいだ。俺達も行こう」

「本当だ、今ならシロのおかげで向こうの森まで真っ直ぐに進めそうだ。…ところで、トキトの奥の手はうまくいかなかったのか?」

「ああ、悪かった。って、さっき謝ったんだけど…」


トキトとディンブルは軽口を叩きながら火の始末などここを発つ準備に入った。

ベルーが戻って来ると面倒なので早く発とうと二人で手分けをして手際よく進めていく。


そんな時だった。

不意にリーナが声を上げた。

「見て、何か近づいてくる!」


「えっ、何?」

「どうかした?」

トキトとディンブルは一旦手を止めて、リーナを挟む形で両側に立った。

見ると、例の白い塊が、ものすごいスピードでこちらに向かって近づいて来ているのがわかる。

白い塊はあっという間に三人の目の前まで来て、そこで優雅に停止した。


それはやはり、母白天狼の様だった。

近くで見ると、その姿は巨大で思わず見上げてしまう程の大きさがある。

基本的に、シロをそのまま大きくしたような姿ではあるのだが、大きく切れ上がった口元からは鋭い歯が見え隠れしていて、その存在感も合わせて恐ろしい事この上ない。

殺気を放っている訳ではないのだが、それでも思わず飛び退いてしまいそうになる。


「すごい速さだな」

ディンブルが目を丸くしている。

確かにこの母白天狼は信じられない位の速さで近づいてきた。


リーナはそんな母白天狼の肩の上にシロがいる事に気が付いた。

「もしかして…、お礼……に…来たの……?」

すると、シロは肩から腕を伝って目の前の岩の上へと跳び下りてきて、そこで自慢の尾を大きく振りまわした。


一体何がしたいのだろう。

三人が不思議に思ってみていると、母親が伏せの姿勢をとった。

訳が分からず三人で顔を見合わせていると、シロが今度はリーナの元まで駆け降りてきて、服の裾を引っ張っていこうとする。


「えっ、待って。シロ、何処へ行くつもりなの?」

あっという間にシロは母白天狼の足元までリーナの事を連れて行ってしまった。


連れて行かれるリーナを黙って目で追っていたトキトは、ふと視線を感じて顔を上げた。

するとそこには、優しい目でトキトの事を見つめている母白天狼の姿があった。

改めて見ると、神々しいまでの立派な白天狼だ。存在感が物凄い。

しかしその白天狼の瞳には敵対する意思は見られない。

穏やかでまるで従属するかのような色さえ見える。


そのまましばし見つめ合っていると、次第にこの白天狼の意図する事が伝わってくるようになってくる。

「…まさか、乗れって言っているの?」

ふと見ると、リーナを引きずったシロはそのまま母白天狼の背に登ろうとしている。

シロがあそこまで必死になっている所は初めて見る。

リーナが困ったという顔で、トキトの事を見つめている。


「シロ、やめてくれ。リーナ様も困っているじゃあないか」

ディンブルがたまらずリーナの元へと駆け寄っていく。

トキトはシロから母白天狼へと視線を戻した。


言葉がわかるのかどうかはわからないが、とりあえず言ってみる。

「…乗せてくれるって言いたいのか?」

すると、母白天狼は小さく頷いたように見えた。


「俺達はエルファールの都まで行きたいんだ。連れて行ってくれるか?」

これにははっきりと頷くのが分かった。


どうやらこの白天狼はこちらの言っている事が理解できているらしい。

もしかしたらレンドローブのように頭の中で考えた事が伝わっているのかもしれないが…。

いずれにしてもこちらの意志は伝わっていると考えてもよさそうだ。


トキトは母白天狼の鼻先くらいまで近づくと、顎の下あたりをそっと撫でてみた。

白く美しい豊かな毛の感触が気持ちいい。

母白天狼は大人しく撫でられている。

「おまえ、名前はなんていうんだ?」

トキトが尋ねると母白天狼は緩やかに首を横に振った。

無いと言っているものと解釈できる。


「名前がないと呼びづらいな。俺が付けてもいいか?」

すると、母白天狼は今度ははっきりと首を縦に振った。

いいと言っていると考えて良さそうだ。


「じゃあ……、モフモフ…なんてどうかな? さっき撫でた時おまえのモフモフした感触がとっても気持ちよかったんだ」

気に入ってくれたのかどうか、はっきりとはわからないが、母白天狼はトキトに自分の顔を寄せ、優しくこすりつけるようなしぐさを見せている。

トキトはこれを、了解と言っているものと受け取る事にした。


「じゃあきまり。今日からお前はモフモフだ」

ディンブルとリーナはおとなしく経緯を見守っている。

「モフモフ。俺達、可能なら明日中にはエルファールに着きたいんだ。いや、明日までと言うのは別にしても、出来るだけ早く、王とエルファールの近くに行きたいと思っているんだ。頼む、出来る所まででいいから、連れて行ってくれないか」


モフモフはまたはっきりと頷き、鼻先で背中に乗るようにと促した。

トキトがリーナとディンブルに頷きかけると、二人はシロに導かれる様にモフモフの背中を登りはじめる。

トキトは一度戻って荷物を取ってきてから、一つをディンブルに投げ上げ、自分もモフモフの腕から背中の上へと登っていった。


モフモフに乗っての移動は思っていたよりもずっと快適なものだった。

モフモフの頭の上に顔を出すような格好でトキトが掴まり、その下の首の部分にシロを抱いたリーナとディンブルがトキトを挟むように並んで位置取ったのだが、モフモフの背中は何処もモフモフして気持ちが良かった。


その上走る速度も驚くほど速かった。

森の中でも器用に樹や枝を避けながら、あまり速度は落とさない。

背中に乗せた人に配慮して無理はしていないようなのだが、それでも馬車などとは比べ物にならない速さで森の中を駆け抜けていく。

さすがに樹の密集した場所などでは歩くような速さになる事もあったりしたが、食事を摂るために止まってもらった時以外は走り続け、翌日の夕方にはエルファールの城壁が見える丘の上に着いていた。

そして、そこで三人を降ろしてくれる。

モフモフは、たった一日で広葉樹の森を駆け抜けてしまった、という事になる。


「ありがとう、モフモフ。本当に助かった」

トキトが言うと、喜んでいるのかモフモフはトキトに頭をこすり付けてきた。

トキトはその勢いに押されて倒れそうになりながら続けた。


「お前たちの家の事だけど…、ファロファロに戻るのはやめた方がいい。魔物猟師(ハンター)が狙っているんだ。だからどこか別の場所に移るべきだと思うんだ」

軽くじゃれていたモフモフが頭を上げた所へ、シロを抱いたリーナが加勢する。


「あの場所から離れる時、あなたの背中の上でいくつも結界が張られているのを見ました」

トグルは低級の魔獣を操り結界も駆使してモフモフを追っていたのだろう、リーナにはその跡が見えたのだ。

こんな巨大な魔獣の事を狩ろうなどという発想が、良く浮かぶものだと思うが、実際に襲ってきた人がいるのだから、そういう人もいるのだと思うしかない。

しかし、居るとわかっていて、わざわざそんな人の居る場所へ帰る事もないはずだ。


「あんなに執念深く追われながらでは安心してシロを育てられないはずです。どうか、エルファール国内に新しい家を作ってください。それができないならせめてファロファロ以外の場所に…」

リーナが言い終わる前にモフモフがリーナの顔を舐めあげた。

充分優しく舐めたつもりなのだろうが、それでもリーナは二、三歩よろめいている。


「わかったって言ってるみたいだよ」

トキトは笑いをかみ殺しながらリーナに言った。

「ありがとう」

リーナは袖で顔を拭きながらそう言うと、シロとしばし見つめ合い、それからシロをモフモフの背中へと軽く放った。

シロはモフモフの背中に跳び乗った後も、名残惜しそうにリーナの事を見つめている。

ずっと一緒にいたのでふたりの間に何らかの絆が生まれたのかもしれない。


一方、モフモフもトキトに何か言いたげな目を向け、トキトがそれに気が付くと、視線をエルファール城の南側に広がる森の上空へと移してみせた。

つられてトキトもその方向を見てみるが、山頂に白い雪を頂く天を衝くほどにそびえる山々がその森の向こうに見えているが、それだけだ。

あの山々を超えた向こう側のどこかにソウゴ達の家があるのかもしれないが、それが長い山脈のどの辺りにあたるのか見当もつかない。


ふと、温かな風を感じたような気がして、トキトはその風の方向を注視してみた。

高い山々の連なる山脈が延々と続いている景色の中でも、一段と高い山が二峰連なっているその辺りだ。

しかし、そこに特に変わったものがあるわけではない。

微かにレンの気配を感じた気がして、もしかしたら、とも思ったのだが、別にレンが近づいているという訳でもないようだ。


しかしモフモフはまるで、確かに伝えました、とでもいうようにトキトの事を見て一回だけ大きく縦に首を振ると、今来た森の方向へと向き直った。

そしてもう一度三人を振り返り、小さくお辞儀をするような仕草をすると、ゆっくりと森に向かって歩き出した。


「さようなら。元気でねー」

リーナの声にモフモフの上でシロが小さな尻尾を目一杯大きく振って応えている。

モフモフは森の入口に差し掛かる所までゆっくりと進んだ後、そこから一気に加速して、あっという間に見えなくなってしまった。


「さあ、ここからが本当の正念場です。リーナ様」

ディンブルの言うとおり、ここからが本当の勝負だ。

モフモフのおかげで、間に合わないと思っていた戴冠式前日に間に合ったのだ。

白天狼母子との別れを惜しんでいる暇はない。

トキトもリーナも気合を入れ直した。


「行きましょう」

三人は丘の下に見えているファロンデルムの方角とは違う方向に伸びている街道に向かってゆっくりと丘を降りていった。

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