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ネクストワールド・ワンダラー  作者: 竹野 東西
第2章 エルファールの第三王女
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大国の騎士

「お待ちください。お二方」

いつの間に現れたのか、青い髪の男が二人のすぐ横で二人の剣を押さえていた。


肩から腕にかけてコバルトブルーの革の張られた布製のシャツに同じ色の革で作られたズボンとブーツ。

背中のマントを肩の七つの星の飾りの付いた留め具で留めている。

短く刈り込まれたライトブルーの髪は清潔感があり、その整った顔立ちを際立たせている。


実は、トキトは寸前、何者かが近づく気配を感じていた。

しかし、剣を向ける間もなく押さえられてしまったのだ。

今相手にしているトグルよりもさらに上の実力の持ち主に思える。


「ここは赤の領内です。黒と緑で争っても何もいい事はありませんよ」

言われた二人が同時に青の剣士を睨み、すぐにトグルが言い返す。


「うるさい。貴様こそ青のくせに余計な口を出すな」

赤とか青とか色で言い合い始めた二人についていけず、トキトは黙るしかなかった。


「そうですね。ですから私も静かにしているのです。あなた方もここでは大人しくしていた方がいいのではありませんか」

取り敢えずは大丈夫だと判断したトキトが剣を降ろすと、他の二人も剣を降ろした。


「うるせえ、誰だてめえは?」

「私はベイオングのグライツ。後学のため諸国を旅してまわっています」


「なんだそれは。要はベイオングのスパイっていう事だろ。スパイが魔獣狩りに口を出すんじゃねえ」

トグルは鋭い目つきでグライツの事を睨んでいるのだが、グライツは全く気にしていない。


「スパイではありません。手形を持っているわけでもありませんので大きな街には入れませんが将来の為に諸国の民の生活を見て回らせていただいているだけです」

「それをスパイっていうんだろう」


グライツは食って掛かるトグルを無視して言った。

「私は、訪れた場所ではそこのルールに従うようにしています。無用なトラブルを起こさないためです。トラブルを起こせば祖国に迷惑がかかります。場合によっては全面戦争につながる可能性すらあるのです。あなた達はエルファールという大国を相手に戦いをしかける覚悟がおありなのですか?」

そんな風に聞きながらも、グライツは手に持っていたトキトの風刃の剣よりも一回り大きな両刃の剣を背中の鞘へと戻した。


「グライツ殿、私はエルファールでこの辺りを任されているファフスデール家の次男、ディンブルです」

そこへウィルマと打ち合いを止めたディンブルが近づいてくる。


「我々は風の民と共に新王の戴冠式のため、王都エルファールへと向かっていた所です」

即座にトグルが反応する。

「だから、その白いのを渡しゃあ俺らはすぐ退くって言ってんだろうが」


その言葉で、グライツはリーナの腕に抱かれたシロに気付き、驚きの声をあげた。

「おお、白天狼の子ではないですか。すごい、子どもとはいえ白天狼を抱いているなんて。白天狼は人になつかないと聞いていましたが、なつく事もあるのですね」


「その白天狼の親は俺が追っているファロファロに巣を持つ白天狼だ。そいつがいりゃあすぐに親を捕まえられる。それですべて丸く収まるじゃねえか」

トグルからは、どうしても白天狼を捕まえたいという執念が伝わってくる。

が、ここで引くわけにはいかない。


リーナがシロを腕で隠すように抱きながら切り返す。

「ふざけないで! この子は私達の仲間です。殺されるとわかっていて渡せる訳がないじゃないですか」


グライツはシロからリーナへと視線を移すと二、三回瞬きをし、小さな声でつぶやいた。

「なるほど、そういう事か…」


「何か言いましたか?」

聞き返したディンブルの言葉をグライツは聞こえないふりをして誤魔化した。

そして、改めてトグルへと向かい、話しだした。


「緑のお二人は直ぐにお帰り下さい。白天狼の事は、今回は諦めるしかないでしょう。残念ですがここはエルファールです。その白天狼がファロファロに住んでいるというならそこで仕留めればいい事です。それに、ファロファロに住んでいるからと言って他人になついている子どもを奪っていいと言う理屈はありません」


トグルが再び剣の柄に手を添える。

「めんどくせえ」

そして、殺気を放ちつつ周囲を見回してくる。


しかし、グライツは落ち着いていた。

「トグルさんの気持ちもわかります。何日もかけて追ってきたのでしょうから。けれど、国境を大きく超えてしまっては今回は機会を逸したと考えざるを得ないのではないでしょうか。でも、もしどうしてもここで殺り合うと言うのなら、私も赤と黒の側に入らせてもらいます。私は強いですよ。賢明な判断を期待します」

グライツはそこまで言うと、トグルの返事を待つ為、一歩引き下がった。


ウィルマがトグルのすぐ後ろまで近づいて、小さな声で言ってくる。

「兄貴、ここは引こう。白天狼狩りはやり直した方がいい」

どうやら不利を認めたようだ。


「外で兄貴って呼ぶなって言ってるだろうが」

そんな風に言いつつも、トグルは周囲の様子を窺っている。

敵に高レベルの剣士が一人加われば、ほぼ拮抗していた戦力も一気に崩れ、不利になる事は明らかだ。

勝機はほとんどないだろう。


「くそっ、わかった。退いてやるよ」

トグルは決断したらその行動は早い人間のようで、剣に掛けていた手を離し、すぐに踵を返して歩き出した。


「ウィルマ、帰るぞ」

トグルは歩きながらウィルマにそう一声掛けて行く。


「楽しかったー。またどっかで会えりゃーいいね」

ウィルマは一度トキトの方を振り向いて、笑顔で軽く手を振りながらそう言うと、直ぐにトグルを追いかけた。

「余計なこと言ってるんじゃねえ」

「うるせえ、馬鹿兄貴。大体兄貴がとろとろやってるから…」

「いろいろとあったんだよ」

なにやら言い合いしながら去って行く二人を見送って、トキトはようやく一息ついた。


「ふー。何だったんだ、あの二人は…。そうだ、グライツさん。ありがとうございました。助かりました」

「いえいえ、別に私は何もしていませんよ」

グライツが爽やかな笑顔で応じてくる。


トキトは青い髪の人間を見たのも初めてだった。

エメラルドグリーンの髪もきれいだったが、ライトブルーの髪もなかなかに美しい。

トキトがあまり見つめるからか、グライツは居心地が悪そうにしている。


「何か私の顔についていますか?」

「いや、初めて青い髪の人を見たもので…」

「あれ、風の民は諸国を渡り歩くものだと思っていたのですが、青い髪は見た事がありませんか?」


「あっ、ああ、私はこの辺りから出た事がなかったので…」

風の民は移動する民として名が知れている為、グライツは首を傾げている。

それでも、そういう事もあるのかと思う事にしたようだ。


「風の民なら、これからベイオングに来ることもおありでしょう。もし、ベイオングの都のイングまでいらっしゃる事がありましたら、その時は私をお訪ねください。街をご案内して差し上げます」


そこへディンブルが近づいて来た。

「まずは助けていただいたお礼を言いたいと思います。ありがとう」

ディンブルはまずは深々と頭を下げた。

そして、こんな事を続けて言う。

「しかし、ベイオングの星持ちがどうしてこんなところにいるのですか?」


「星持ち?」

聞き慣れない言葉にトキトが疑問の声を発すると、ディンブルはそれについて簡単に説明した。

「ベイオングでは騎士として強い者順にランキングされているらしいのだが、その上位十人には星が与えられると言う話なんだ」


「へー、じゃあ、星七つって凄いんだね」

トキトが思わず漏らした感想を、グランツが手を振って否定する。

「いやいや、星は少ない方がいいんだ。私は七番目。まだまだ修行をしなければいけない。それもあって諸国を巡っているんだ」


「本当にスパイではないのですね」

ディンブルが念を押している。まだ少し疑っている様だ。


「はい、そんな意図は全くありません。だいたいベイオングとエルファールの間にはユルをはじめとして幾つかの都市があるじゃないですか。そうだ、風の里だってある。そこを通り越してエルファールを偵察しても無意味じゃないですか」

ディンブルはグランツの目を真剣に見つめている。

「わかりました。信じます。失礼な事を言って申し訳ありませんでした」

結局、ディンブルはグライツの言葉を素直に受け取る事にしたようだった。


グライツは軽い会釈を返している。

そして、その後トキトに向かって言ってくる。

「ですが、私もあまりエルファールの深くまで入るのは得策ではないようです。次はポートワーズの近くを抜けてトロ湖の方へ行ってみようかと思います」

「…そうですか、ではここでお別れですね」


「はい。また会いましょう」

グランツは三人に一礼すると森の奥へと向かって歩き出した。

そして樹の間に消える寸前、リーナを振り返り「頑張ってください」と一言言うと今度こそ森の奥へと消えていった。

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