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ネクストワールド・ワンダラー  作者: 竹野 東西
第2章 エルファールの第三王女
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白天狼の子

その直後、上空に巨大な空気の渦が流れて行く感覚があり、すぐ後からばらばらと足音が聞こえてきた。

どうやら倒れた木を迂回した何頭かが丘の頂まで到達したらしい。

足音の感じからすると群れの本体はまだのようだが、すぐに大群が押し寄せてくるものと思われる。


だが、この岩の陰ならやり過ごす事が出来そうだ。

そう思ったトキトが岩の陰に背を預けつつ、一息ついて何となく顔を上げたその時、トキトは少し先に小さな白い犬がいる事に気が付いた。

それは人の頭ほどの大きさの小さな犬だった。

その犬はどこか神々しさすら感じられる透き通るように真っ白な毛並みを有している。

が、それより目を引くのはその尾で、体と同じくらいの長さのボリュームのある長い尾をゆったりと左右に揺らしている姿はとても愛らしく、思わず見惚れてしまうほどだった。

その姿からすると犬と言うよりも狐に近いのかもしれない。


その白い子犬はただならぬ気配に気が付いたのか、歩くのを止めきょろきょろと周りを見回し始めた。

子犬がいるのはトキトが隠れた岩とその隣の岩のちょうど中間付近だ。

左右を岩に挟まれているため斜め上からは見えないが、真上からなら丸見えの位置でもある。

丘の向こう側から登ってくるベルーにはすぐに見つかってしまうであろう位置だ。

見つかればあの小さな体ではひとたまりもあるまい。


気が付くとトキトはその犬を思いっきり呼んでいた。

「シロ! 来い!」

懐かしいパムを思い出したからかもしれない、冷静に考えればここに犬などいる訳もないのだが、トキトは目の前にいる小さな白い獣をシロと呼んでいた。


「来い! 早く!」

子犬はトキトが呼んでいる事に気付いたようだったが、さすがに警戒しているのかなかなか近づいてこないようだった。

その間にも足音は近づいて来ている。

子犬が岩の間を見上げ、すぐにその体を地に伏した。

直後、空気の塊が子犬のすぐ上を掠っていく。


「ちっ!」

トキトは一つ舌打ちすると無意識に岩陰から飛び出していた。

三歩ほど進み、子犬の方に手を伸ばす。

子犬は先ほどの空気弾に驚いたのか、伸びてくるトキトの手に怯えているのか、全く動かずにいる。


岩の間からふと見上げると、一頭のベルーが突進してくるのが目に入った。

直後、空気弾がトキトと子犬を襲う。

といっても一頭分の小さな威力のものだ。

トキトはそれを軽く剣で散らすと素早く子犬を抱え込んだ。

子犬は大人しく抱かれてくれている。

どうやら味方と認識してくれたようだ。


子犬を抱えるのに成功したトキトはすぐに引き返そうと思ったのだが、さっきのベルーがもう目の前まで迫っていて、避けられそうもなくなっている。

剣で両断するのはたやすいが、血の匂いに残りの群れが集まってくるとまずい。

何十頭も集まれば合成弾で岩さえもぶち抜いてしまう事だってあり得る。

そうなった場合、自分だけならまだいいが、近くにいるリーナとディンブルにも迷惑がかかる。


咄嗟にそう考えたトキトは、勢いよく飛び掛かってきたベルーの体の下へと潜り込み、下から剣の柄をベルーの腹へと叩き込んだ。

体を弾かれたベルーは大きく跳ね上がり、下り坂の勢いにものってそのまま大きく下方へと跳ね飛ばされていく。

トキトは、この間を利用して、急いで元の岩場に戻った。


飛ばされたベルーは坂道を止まる事ができずに下って行き、横から来た群れの中へと消えていった。

岩場に戻ったトキトは子犬を両手で抱き上げた。

子犬は愛らしい瞳でトキトの事を見つめながら、トキトの鼻の頭を舐めてくる。


「可愛い…」

思わずそう呟いてしまう程可愛らしい。

パムもなかなか愛らしいが、癒し系なのはこの子犬の方だろう。

しばし見つめ合っていたが、地鳴りのような轟音にふと我に返ると、トキトのいる岩のすぐ脇をベルーの群れが通り過ぎていくところだった。

こうなったらもう運を天に任せるしかない。

トキトは子犬を胸に抱きしめるようにして、ベルーの波が去るのをひたすら待った。


小一時間ほど待っただろうか、次第に足音はまばらになっていき、やがて足音はしなくなった。

トキトは岩陰から顔を出し、周りを見回してみた。

周辺の草などは踏みつぶされ、樹も何本も倒されていて岩だけが点々と残っている。

そんな風景が丘の上からはるか先の麓の方まで帯になって続いていた。


その先の小さな湖の周りで群れは静まったらしく、暴走を止めたベルーが水を飲んだり草を食んだりしているのが見える。


「トキトさん、大丈夫ですか?」

トキトが岩陰から出たのを見て、リーナが駆け寄ってくる。

その後ろにディンブルもいる。

「二人とも無事だったようだね」

トキトも二人の方に近づいて行った。

「あんなに大きいベルーの群れなんて見たことありません。生きた心地がしませんでした」

リーナはある程度近くまで来ると、丘の下の大群を眺めながら、そこからはゆっくり歩いて近づいて来た。


ディンブルもリーナを早足で追いかけながら、リーナの目線を追うように群れの様子を窺っている。

「また戻って来るんじゃないだろうな」

「とりあえずは大丈夫なんじゃないかな」

実際はそんな保証など何もないのだが、トキトは希望を込めてそう言った。


「またあれを迂回しなくて…は……、って、トキトさん、それ……」

リーナがトキトの方を振り返り、発した言葉は最後まで続かなかった。

リーナはトキトの胸に純白の丸いものがくっついている事に気が付いたのだ。


「ああ、この犬、ベルーの群れに踏みつぶされそうだったから助けたんだ」

「まあ、かわいい。私にも抱かせてください」

トキトが抱き上げると豊かな尾が下に垂れさがる。


「わー、しっぽがもふもふなんですね。かわいい」

リーナは子犬を受け取ると頭を撫でながら子供をあやすようにやさしく抱き上げた。

子犬は大人しくされるがままになっている。


「これ、なんていう動物なんですかね」

リーナの発した疑問の答えはすぐに分かった。

「それ、どうしたんですか? 白天狼の子供じゃないですか」

後ろから来たディンブルが驚嘆の声をあげたからだ。


「はく…てんろう?」

「何言っているんですか、ディンブル。白天狼と言えば体長が十メートルもあると言われる凶暴な狼じゃあないですか。こんなに小さくておとなしいのが白天狼のわけが有りません」


「リーナ様。白天狼だって子どもは小さいのです。私も書物でしか知らないのですが、これは書物で見た白天狼の子にそっくりです。書物にある事を信じるなら、子供でも相当の力を持っているとのこと。危ないですからお放し下さい」


「いやです」

リーナは即答した。


「大丈夫、この子からは悪意は感じません」

「しかし、かなり狂暴で暴れ出したら手が付けられないと聞きますし、大人しい今のうちにそっと離した方がよろしいのではないかと…」

「大丈夫です。この子は暴れたりしません」

「リーナ様……」


「ところで、こいつ子どもなんだろ。それじゃあ近くに親がいるんじゃないの」

何気なく言ったトキトのその一言に、ディンブルが一際大きく反応する。

「そ、そうです。近くに親がいるはずです。成体の白天狼と出会えば私たちは唯では済みません。ベルーの群れどころの騒ぎではないです。一瞬で殺されてしまいます。リーナ様!」

ディンブルは、白天狼の子をすぐに離すようにとリーナに強く迫っている。


「大丈夫だろう」

トキトはリーナの腕に抱かれたまま大人しくしている「シロ」の頭を撫でながら言った。

「近くに親がいるなら俺が助ける前に助けていたはず。あんな大群に襲われていても来なかったんだから、近くに親はいないと思う。それに、もし親とはぐれたのなら引き合わせてあげないと、こいつ一人だとまた危ない奴に襲われたりするんじゃないか?」


「そうだわ。親が来るまで守ってあげないと…」

リーナは完全に「シロ」の事を気に入ってしまったようだった。

離すつもりはないらしい。

「おいおい、親が来たら返すんだからな」

トキトが苦笑しつつ釘を刺すのだが、それも碌に聞いていない。


「はいはい。わかっています」

おざなりの返事しか返って来ない様だった。

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