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ネクストワールド・ワンダラー  作者: 竹野 東西
第2章 エルファールの第三王女
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幻獣

ベルーの群れのいる丘に行くのは簡単だった。


あの櫓のあった場所から丘までは、下草が倒され道のようになっていたからだ。

その道の上を歩いて行くと、自然と丘の麓に着く事が出来た。

その位置からだと前方にベルーの群れが見える。

ここからは、群れのいる場所を越え、更にその丘も越えて行かなければならない事になる。


幸い今群れは落ち着いているように見える。

木に凭れる様にして休んでいる個体も少なくないし、少なくとも興奮している個体は見当たらない。


「このまま突入するぞ。もし見つかったらなるべく丘の向こう側に出るように逃げよう」

一応そう約束し、群れの方へと近づいていく。


群れの最後尾にあたる場所の近くまで来ても、彼らに変化は見られなかった。

その辺りは幸いにして群れが疎らになっていた為、刺激を与えない様、慎重に群れの間を通り抜けて行く事にする。

ベルーは丁度食事を終えた所だったようで、依然として動き出す気配がない。

このまま何も起こらずうまく抜ける事ができるのではないかと思い始めていた時、群れとは反対側の丘の上の方から一頭の獣が現れた。


はぐれたベルーが群れを見つけて戻ってきた、という訳ではない。

ベルーよりも、もっと大きな体躯をしている。

その獣がこちらに気付いて振り返った。

なんと、頭が二つある巨大な牛だ。

トキトは初めて見た双頭の獣にしばし呆然としてしまっていた。

そんな生き物が存在するなど想像していなかったからだ。


トキトの後ろを歩いていたリーナとディンブルが、トキトより少し遅れて双頭の牛に気付き、そしてそれを見るなり慌て出した。

「まずい!」

後方でディンブルが叫んでいる。

リーナはトキトに駆け寄ると、トキトの左手をしっかりと握って言った。

「ダイムです。幻覚に注意してください」

リーナのその言葉が終わるか終らないかのタイミングで、周りの景色が一変する。


鬱蒼と茂る木々は姿を消し、周りは赤茶けた大地の上に岩の塔が林立する風景に変わっている。

その中の何本は何処から出て来ているのか水が滝のように流れ落ち、上空には巨大な鷹のような猛禽類が旋回し、地上の様子を窺っている。

隠れる場所がないので襲われれば逃げ場はなさそうだ。


トキトはふと腕に暖かな感触がある事に気が付いた。

手元を見ると、左手が毛むくじゃらの太い腕に絡め取られている。

慌てて横を見ると全身が長い毛でおおわれている二本足で立つ猿のような化け物がいる。

その化け物の手に左腕が掴まれているのだ。


自然、剣を握る手に力が入る。

毛むくじゃらの猿が、野太い雄叫びを上げている。

これはどう見ても今まさに襲い掛かる寸前だ。


しかし、トキトはどうしてもそうとは思えなかった。

こんな状況の中でも不思議と離さなかった左手から何やら温かい鼓動が伝わってくる。

トキトはそれで直前にリーナに手を掴まれたことを思い出した。

幻覚に注意しろと言っていた事も…。


という事は、この毛むくじゃらの猿がリーナだという事なのかもしれない。

実際、猿は今にもこちらを襲いそうな表情をしているが、本当に襲ってくる事はない。

それどころか手をしっかりと握ったまま、離す気配も全くない。

つまり、それは攻撃をする気がないという事だ。


リーナはきっとこうなる事を見越して手を掴んできたのだろう。

咄嗟に剣を振るわなくて本当に良かったと、トキトは密かに冷や汗をかいた。


そうなると次にディンブルの事が気になってくる。

振りかえると、すぐ後ろの塔の前に上半身が竜で下半身が人間という、竜人とでもいうような異形の者が立っていた。

位置関係からしてこれがディンブルに違いない。

ディンブルも状況を理解しているのだろう、竜人も表情の割に敵意を感じない。


リーナと比べて格好良い容姿に謂れのない怒りを感じつつ、取り敢えず同士討ちは回避できそうだとほっと胸をなでおろしかけたその時、あちこちから轟音が聞こえて来て、岩の塔のいくつかが砕け散った。

ベルーの群れが暴走したのだ。


とはいえ、ただ崩れた岩の欠片がばらばらと落ちていくだけで、ベルーの姿は見えてこない。

少しの間その場でじっと見ていると、大きめの岩がごろごろと転がるようにしてあちこちに散り始め、そのうちのいくつかがトキトの近くにも転がってきた。


それと同時に、その大きな岩と同じ方向から、拳ほどの大きさの岩がトキトに向かって飛んでくる。

トキトが最初に来た一発目の岩をうまく躱すと、ホッとする間もなく続けて何発もの岩の弾が襲ってきた。

もしかしたらこれはベルーが放つという空気弾というヤツなのかもしれない。


だが、相変わらずベルー本体と思われるような存在は視界に入ってこない。

これでは反撃など出来ようもない。

かといって、ずっと受け身でいてもそう長くは持ちそうもない。


トキトが考えを巡らせていると、不意に左手を握る猿の力が強くなった。

見ると、少し先に双頭の牛が姿を現している。

といっても、半透明で、はっきりと見えている訳ではない。

しかし、リーナはあれをダイムと呼び、幻覚に注意するようにと言っていた。

つまりはあいつがこの現象の原因だと考えていいのだろう。

だとすると、この状態から脱する為にはあいつを排除する事だ。


トキトはそう判断し、そこへ向かって走り出そうとしたのだが、その時には既にダイムらしき姿は消えて無くなり、どこにも見当たらなくなっている。

それどころか先程ダイムが見えた辺りには動くものの気配すら感じない。

他に気を取られている間に逃げたという事も考えられなくはないが、なんとなくそうではないような気がする。

根拠はないがまだ近くにいるとしか思えない。


トキトは猿の手を引いたまま、先程ダイムの姿のあったその場所まで駆け寄った。

リーナも同じ事を考えていたのだろう、手を握ったままの猿も違和感なくすぐ後ろをついてくる。


何もない唯の砂地を走っているはずなのだが、トキトは急に何かに足が引っ掛かり転びそうになった。

危なく倒れそうになるところを猿に支えられて持ち直し、そのまま一気にダイムがいたと記憶している場所まで近づいていくと、トキトは何もない空間を剣で薙いだ。


その際、トキトは確かに手ごたえを感じた。

何もない空間に剣を走らせただけなのに、手ごたえを感じるというのは妙な気分だが、これはいい傾向だ。


斬りつけた空間には、一本の赤い筋が走っている。

少しして、その線は見る見る太くなり、その後、大きな音をたてて何かが地面に転がり落ちた。


と同時に森が戻ってくる。

トキトが足元の地面を見ると、そこには牛の首が落ちている。

先程の一撃で双頭の牛の首を片方落とすことに成功したのだ。


片首を失ったダイムは怒り狂い体重を乗せた前足をトキトの上から振り下ろすべく後ろ足で立ち上がっている。

しかし、その胴はがら空きだ。


トキトは、リーナの身体をトキトの後ろを追いかけて来ていたディンブルの方へと少々乱暴に放るようにして預けると、自身はそのままダイムの体の下へと入り込んだ。

右手の剣を前方へと突き出し、全身の体重をかける様にして勢いよくぶつかっていく。

普通の剣ならダイムの力で押し返されてしまうのかもしれない。

しかしトキトが手にしている剣は、赤の大竜レンドローブの所から持ってきたディゴラをも一撃で下す風刃の剣だ。

突き上げた剣はダイムの胴をあっさりと貫き、ダイムの体を仰向けにひっくり返した。

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