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ネクストワールド・ワンダラー  作者: 竹野 東西
第2章 エルファールの第三王女
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元領主の爺人

ディンブルのディザルとの交渉が決裂する少し前、ディンブルの部屋では、トキトがリーナとの会話が滞ったタイミングで座っていたソファーから立ち上がっていた。

広すぎる部屋が落ち着かず、じっと座っていられなかったのだ。


いきなり立ち上がったトキトを怪訝に思ったリーナが声をかける。

「どこへ行くのですか?」

「いや、今のうちにトイレにでも行っておこうかと思って」

本当は、今はまだトイレに行かなければならない状態でも無かったのだが、トキトは咄嗟にそう言っていた。


「えっ、部屋から出るのですか?」

「ディンブルの感じからすると別にトイレに行くくらいは大丈夫だろう?」

トキトはそのまま入口に向かって歩き出そうとしたのだが、急にリーナに手を掴まれ、身体を前のめりにした状態で止まった。


「私だけ置いて行かないでください」

真剣な表情でリーナは訴えている。

考えてみると、いくらリーナにとって旧知の場所だとはいえ、まだ完全に味方だとは言いきれない城の中で一人きりにするのもどうかと思える。


「じゃあ、近くまで一緒に行く?」

リーナが頷くのを見て、それほどトイレに行きたいわけでもないし散歩がてらふらふらするなら一人よりも二人の方がいいだろう、とトキトは思い直した。


「だいたいトキトさんはトイレの場所とか知っているんですか?」

リーナの質問に、トキトが苦笑いをしながらゆっくり首を左右に振ると、リーナは大きく息を吐きだした。

「やっぱり。それなら私が行かないとだめじゃないですか。まったく、どうするつもりだったんですか。……。さあ、行きますよ」

何故か急にテンションが上がったリーナの事を少し不思議に思いながら、トキトもリーナの後を追いかけ部屋を出た。


廊下に出ると、リーナは来た方向とは逆の方向に向かって歩き出した。

トキトはその横に並びかけるようにして追いつくと大きく息を吐いた。

「はぁー」


するとリーナが首を傾け、前に回り込むようにしてトキトの顔を窺ってきた。

トキトとしては急にリーナに前をふさがれてしまった為、立ち止まらざるを得ない。

そしてリーナから目線を逸らし、小さな声で言う。

「なんか息がつまりそうなんだ。みんなよくこんな所に住めるな」


ディンブルはもちろん、リーナなどはもっと大きな部屋に住んでいたのだろうが、トキトからすればここは落ち着かない事この上ない場所だといえる。

トキトが、目の前のリーナから目を逸らした流れで何となく周囲に視線を彷徨わせていると、二人のいる場所から二つ程向こうの柱の陰から、不意に人影が現れた。

その人影はこちらの様子を確認すると、まっすぐこちらに近づいてくる。


「はっはっは。風の民には城の生活は向きませんかな?」

見ると白髪に白いひげを蓄えた小柄な爺さんだ。

人当たりのよさそうな穏やかな人に見える。


しかし、その老人を一目見たリーナは素早くトキトの後ろへと隠れるように回り込んだ。

トキトはすぐに知り合いなのだと理解し、リーナを隠そうとしたが遅かったようだ。

老人はトキトのすぐ近くにまで近寄り、トキトの耳元で付いてくるようにと囁くと、元居た柱の先の扉の中へと消えていった。


ここで騒いだら大事になる事は間違いない。

それよりは時間を稼いでディンブルが戻るのを待った方がいい。

そう考えたトキトはここは老人についていく事を決め、老人の入っていった扉を開けて、部屋に入った。


その部屋は、ディンブルの部屋と比べるとかなり狭い部屋だった。

部屋の隅にはテーブルや椅子などがいくつも重ねられ、置かれている。

どうやら普段は使わない備品等を仕舞っておく部屋のようで、とはいえ、きちんと整理はされていた。

その部屋の中心近くに小さなテーブルが一つと、その周りにイスが三つ置かれている。

老人は二人にそこへ座るよう促した。


「こんな部屋へお通しすることをお許しください。姫様」

開口一番老人はそう言って深々と頭を下げた。

やはりリーナの事はバレていたようだ。


やむを得ずトキトが一歩横に動くと、リーナはおずおずと前へ進み出た。

「お久しぶりです。ディスバルデ…様」

「姫様。昔と同じようにバル爺と呼んで下さらんかな」

リーナは下を向いて黙っている。

トキトはいまいち展開が掴めず戸惑っていた。

リーナもどうやら同じらしい。


再度座るように進められた二人はようやく椅子に腰かけた。

「そう緊張せんでもええですじゃ。ワシはもうとっくに引退した身じゃからな、政治的な話に口を出すつもりなどありゃあせん。もっとも、ディンブルの奴がいつまでもふらふらしておるせいで留守番くらいはせんとならん事もあるようじゃがな」


ディスバルデはそう言うと、テーブルの上に置かれた急須のようなもので二人にお茶を振る舞った。

どうやら二人が来るのを知っていて、予め準備してあったらしい。

トキトは警戒のレベルを上げた。


そんな様子を知ってか知らずか老人はゆったりとした動作でリーナの正面に腰かける。

「姫様は黒い髪もなかなかお似合いになるようですな。それなら風の民と言っても疑われなかったでしょう」

リーナは何と答えればいいかわからずトキトと顔を見合せた。


「いやいや、別に変な意味ではありませんのじゃ。姫様のこのようなお姿を拝見できて長生きして良かったと思っただけですじゃ」

ディスバルデは相変わらずリーナの事をまじまじと見つめている。

といっても嫌な感じはなく、まるで久しぶりに孫に会った時のような、目に入れても痛くないとでもいうような感じだ。

どうやらこの老人には敵意はなさそうだ。トキトはそう判断した。

しかしここに呼ばれた理由は分からない。

まさか世間話がしたかった訳でもないだろう。


「それで、我々をどうするつもりですか?」

トキトは本題に入るようにと促してみた。


「まあ、慌てなさるな。……、とはいっても時間もなさそうじゃな、本当は姫様ともっと話をしたかったんじゃが仕方がない。確かに、そろそろ本題に入った方がよさそうじゃ」

どこか遠くを見るように少し天井を見上げたディスバルデは、すぐに姿勢を正すと重々しい口調でしゃべり始めた。


「良く聞いてほしい。ファフスデール家はエルファール王家第三王女リーナを国軍へと引き渡すと決めた」

リーナの顔が強張りその体が固まるのがわかった。

トキトはリーナの前に立ちディスバルデを睨んだ。

そんなトキトを右手で軽く制してディスバルデは続けた。


「現当主ディザルはそう決めたようじゃ。彼を恨まないでやってほしい。彼とて幼馴染の姫を大事に思う気持ちはあるはずじゃ。けれど、ファフスデール家やその所領に暮らす領民の事を考えると姫に対して表だって協調する訳にはいかないのじゃ」


「表だって?」

トキトの指摘にディザルの口の端がわずかに上がる。

「ほう、風の民は頭がいいと聞くがそれは本当のようじゃな。余計なことまで言わないで済むので助かる」

ディスバルデは大げさに周りを見回すと、唐突に壁に向かって話しかけた。


「あー、年を取ると独り言が多くなってかなわん。そうそう、久しぶりに遠見の術を使ったんじゃが、ご当主様は弟君が姫様を匿っていないか疑って、部屋まで見に来るらしい。まあ、弟君は友達だと言い張っているようじゃから、見に来た時に帰ってしまっておればわざわざ追いかけてまでは調べまい。じゃが、もし本当に姫様がここにおればご当主様は決定に従うしかないじゃろうな」

それは、要は見つかれば国軍に引き渡すという事。つまりは処刑されるという事だ。

トールでのキティエラの反応といい、ここでのこの反応と言いい、例え助けたくても表だって協力することはできないほど掟の力は強いという事なのだろう。


「なになに? ご当主様は弟君から託されたレーシェルとかいう娘の事を爺に頼んでから弟君の部屋に行くつもりか。なら爺も爺の部屋に戻らないとならんな。……。よっこらしょっと」

ディスバルデはゆっくりと立ち上がり、部屋から出るべく歩き出したが、すぐに何か思い出したのか意図的に大きな声で言った。


「そうそう、いくら爺の歩みが遅いとはいえ、ご当主様が弟君の部屋まで来るのにそう時間はかからないじゃろう。じゃがその間に弟君のお友達が急用でお帰りになる所に偶然出食わすような事がありましたらお伝えください。レーシェル殿の事は爺が確かにお預かりしましたのでご安心ください、と」


そしてそのままディスバルデは扉の外へと消えた。

リーナは立ち上り、ディスバルデの消えた扉に向かって深々と頭を下げた。


「行くぞ、せっかく爺さんが教えてくれたんだ。無駄にする事はできない」

頭を下げているリーナの手を取り、トキトは今閉まったばかりの扉の前へと進んだ。

そして、注意深くゆっくりと扉を開いていく。


すると、ディスバルデのものと思われる足音が聞こえてきた。

恐らく足音のする方向へは行かない方がいい。

ディスバルデはそのためにわざわざ足音が聞こえるようにしてくれているのだ。

そう考えてトキトは足音のする方向とは逆の方向へと歩き始め、そのまま城内に詳しいリーナの案内に従い近場の出口へと向かった。


その後、誰とも出会う事もなく、あと少しで出口から外に出られる所にまで来た時、少し先の廊下の角から何者かが近づいてくる足音が聞こえてきた。

トキトは咄嗟に隠れようかとも考えたのだが、長い廊下で隠れる場所など見当たらない。

やむを得ず散歩中に道に迷った体にしようと決め、堂々と出口に向かって歩いて行く事に決めた。


角が近づくにつれ緊張が高まってくる。

何者かが近づいてくるのは分かるが、出口はその先に有ると言う。

ならば、もう行くしかない。


角を曲がるとすぐ近くに人かがいることが分かった。

しかし、二人とも顔を見せないように俯いて歩いているので相手の顔は良くは分からない。が、少し行くとそれが男である事がわかった。

トキトがその男とは目を合わさないよう注意しながら、何気ない体で男の脇をすり抜けようとすると、その男にいきなり肩を掴まれた。


「どうしてこんなところにいるんだ。探したんだぞ」

そこにいたのはディンブルだった。厳しい表情で立っている。


ホッと胸をなでおろす二人にディンブルが今までの経緯を話そうとするが、良く考えるとここで余計な話しをしている暇はない。

トキトはディンブルがまだ何か言いたげにしているのを遮って、そのままリーナの手を引き出口へと向かう。


「爺さんの好意を無にするわけにはいかないからな」

「爺さん?」

すれ違いざまにトキトの放った言葉をディンブルが思わず聞き返す。


一瞬、その状態で固まってしまっていたディンブルは、遠くに足音が聞こえてきたのに気付き、急いで二人の後を追いかけた。

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