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ネクストワールド・ワンダラー  作者: 竹野 東西
第2章 エルファールの第三王女
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城主ディザル

その頃ディンブルは兄である現当主ディザルの居室を訪れていた。


ファフスデール家は代々コルノザラウ周辺を預かる名家だ。

昨年、先代であるディンブルとディザルの父が急に病死した為、嫡男であるディザルが若くして当主となり、国王からコルノザラウ周辺を任されていた。


ディザルも以前はディンブル同様リーナとも親しく接し、学問や武道、魔法等を教えたり一緒に学んだりしていたが、ここ二、三年は城の奥に籠る事が多くなり、弟のディンブルでさえたまにしか会えないような状況となっていた。

そのため二人が顔を合わせるのは先王が亡くなって以来、つまりリーナが逃亡生活を始めて以降、初めての事だった。


「久しぶりだなディンブル。今までどこにいたんだ」

執務机で作業をしていたディザルは、ディンブルが入ってくるとその手を止めて立ち上がった。


「はい、国内をあちこち見て回ってきました。兄さんも元気そうで何よりです」

ディンブルはそう言いながら、ディザルの方へと近づいていく。

「見分を深めるのはいい事だが、連絡くらいは入れてもらいたいものだな」

ディザルも机を回り込むように進み出ると、ディンブルと握手を交わした。


「すみません。勝手をしてしまって。でも、ファフスデール家の事は兄さんがいれば大丈夫だと思っていましたから」

ディザルは何か言いたげに少し目を細めたが、すぐに元に戻した。


「まあいい。ちょうど良かった。俺は明日エルファールへ発つ。お前が留守を守ってくれれば爺さんにも余計な負担を掛けずに済むからな」

爺さんとは先々代の当主で、当主を退いて既に久しいのだが、若くして当主となったディザルを亡き父に代わり事あるごとに指導し助けてきた良き理解者でもある。

ディンブルも事あるごとに良くしてもらっていた。


「いや、ちがうんだ。ここへは兄さんにお願いがあってきただけで、すぐに出て行くつもりなんだ」

ディザルの顔が急に厳しくなる。


「おいおい、ベルリアス様の戴冠式で俺がここを開けなければいけないから、その時期に合わせて帰って来てくれたんじゃあないのか」

領内の諸事については爺さんの方が詳しいが、高齢なので表に立つのは若い者の方がいい。その点ディンブルは打って付けの存在といえた。


「我儘を言ってばかりで申し訳ありませんが、私もすぐにここを発たないとならないんです」

ディンブルは目を伏せると頭を下げた。

ディザルはその様子を注意深く観察している。

「おまえ、まさか……」


しばらく沈黙の時間が続く。

少ししてディンブルはゆっくりと顔を上げディザルを見た。

ディザルもしばらくディンブルの真意を探ろうとするかのように彼を見つめていたが、後ろに立っている女性の存在に気が付くと、視線をその女性の方へと移した。


「いや、失礼。客人にお見苦しい所をお見せしてしまった。で、そちらの方はどなたかな」

ディザルは打って変わった柔らかな笑顔で、レーシェルの事を見つめている。

「そ、そう、ここにいるレーシェルの事で兄さんにお願いがあってきたのです」

二人の視線が自分に集まるのを確認し、レーシェルは一歩前へと進み出た。

「レーシェルと申します。お目にかかれて光栄です」

レーシェルは以前ご主人様に付き添って貴族の家を訪れた時の事を思い出し、その時のご主人様がした挨拶を真似て言った。


「ファフスデール家当主のディザルです」

ディザルは一拍置いてからレーシェルの前へと進み出ると、手を差し出した。

レーシェルはディンブルが頷くのを見てから恐る恐る手を差し出し、ようやく握手を交わした。


ディンブルが自らを落ち着かせるべく胸の辺りを一つ叩いてから話し始める。

「このレーシェルは実は少し前まで奴隷だったのですが、ある男が買い上げて解放したのです」

それを取っ掛かりにしてこれまでの経緯を簡単に話していく。


ディザルはディンブルが話をしている間ずっと黙って聞いていたが、一通り話を終えたと思った所で口を開いた。

「なるほど、それで彼女にここで教育を受けさせようという事か」

言いながらレーシェルを見つめ、それを受けレーシェルは小さく頭を下げた。

ディザルは引き続きレーシェルの全身を上から下まで何かを確かめる様に眺めている。


「うん。確かにきちんとした教育を受ければ立派なレディーになりそうだ。ディンブルはこの方のようなタイプの女性が好みなのか?」

考えてもいなかった問いかけに、ディンブルは慌てて否定した。


「ちがうちがう。レーシェルは単なる友人だ」

友人と言われたレーシェルが、慌てて否定しようとするのを身振りで制し、ディンブルは続けた。


「彼女は彼女を開放した男の力になれるよう勉強して何かを身に付けたいと思ってここへ来ただけなんだ。俺の事は関係ない。変な事を言わないでくれ」


「別に変な事を言ったつもりはないのだが…」

ディザルはそういうとムキになっているディンブルからレーシェルへと視線を戻した。


「嫌な気持ちにさせてしまったかな。申し訳ない。弟ももういい年だからいい縁があればとずっと思っていたものでね。早とちりしてしまった」

「滅相もありません。私など、身分が違いすぎます。ディンブル様にはもっとふさわしい素敵な方がいらっしゃると思います」


「いやいや、あなたも素敵な女性ですよ。わかりました、ここで教育を受けられるよう手配しておきましょう。私はこの後すぐに出なければならないので祖父に頼んでおきます」

ディザルはそう言って、その話を打ち切ろうとしたのだが、レーシェルはそこへ強引に割り込んだ。


「ディザル様、できましたら剣術や魔法を学ばせてもらえないでしょうか?」

そんな風に身を乗り出すようにして言ってくる。

ディザルは少し考えてから、何か納得したように頷いた。


「それは、あなたを助けたという風の民の役に立ちたいという意味ですか? でも、君は風の民ではないのでしょう? 剣術なんかよりももっとあなたに相応しいものを身に付けた方がいいのでは?」


「そうかもしれないのですが、私には他に思い付く事がないんです。私は助けていただいた御恩に報いる為、教えていただけるものは何でも学ぼうと決めました。あの方のお役にたてるようになる為ならどんな苦しい修行でも耐え抜く覚悟はあります」


この国にも女性で剣術を学んでいる者がいないわけではない。

しかし、それはあくまでも少数派だ。

それに比べると魔法を学ぶ女性の方がまだ多いのだが、それもほとんどはごくごく初歩の魔法を使うのが精いっぱいで、本格的な魔法が使える者はほとんどいない。

本格的な魔法を学ぶにはウルオスまで行かなければならないからだ。

いずれにしても、この国で女性が剣術や魔法を学ぶのは、珍しい事だと言える。


「まあ、レーシェルさんの覚悟は分かったのでそう祖父さんに伝えておくよ。ただ、どれだけご希望に添えるかどうかは分からないけど…。その辺は納得して欲しい」

ディザルの優しい物言いに急に我に返ったレーシェルは、失礼な言い方をしてしまったのではないかと急に恥ずかしくなった。


「ありがとうございます。すみません、いろいろと贅沢を言いすぎました。教えていただけるならどんな事でも構いません。後は自分でそれを活かすよう考えます」

小さくなったレーシェルをディザルはほほえましく見ていたが、急に何か思い出したのか部屋を出て行こうと入口に向かって歩き出す。

「ディンブル、お前の用事はこれだけか? それなら…」


「いや、他にもう一つ頼みが…」

既に部屋の入口の方へと歩きかけていたディザルは足を止め、ディンブルの方を振り返った。

「……。何だ」

ディンブルはいつの間にか口に溜まっていた唾液を飲み込むと、思い切って切り出した。


「リーナ様の事なのですが…」

ディザルの表情が今までになく厳しくなる。

思わず怯んでしまいそうになるが、ここで言わなければ言う機会を失ってしまう。

ディンブルは自らを奮い立たせて言葉を続けた。


「リーナ様とベルリアス様が直接お会いし話をする事さえできれば、リーナ様に謀反の可能性など皆無だとわかり、必ずやお許しを頂けるのではないかと思うのです」

話し始めると今までの逡巡が嘘のように言葉が出てくるようになる。


「兄上も良くご存じのとおりリーナ様はお心のお優しいお方です。ベルリアス様とて何の罪もなく今後もずっと害をなすことなどない、いいえそれどころか将来必ずやベルリアス様のお役にたつに違いない逸材を失いたくはないはずです。今のこの状況は周りの者が過去の悪い風習を盲信しているからこその事なのです。きっと、ベルリアス様も直接リーナ様とお話になればそれに気付くはずです。ベルリアス様にはこの悪い風習を変えるだけの知恵も度量も、そしてそれを実行するだけの力もお持ちなのですから」


ディザルはゆっくりディンブルに近づくとディンブルの顔を正面からぐっと見つめた。

「…で、俺に何をしろと言うつもりだ」

ディンブルはこの時になってようやく気が付いた。

ディザルにはその気がないという事を…。


「お前、他にも友達を連れてきたと言っていたな。まさか、このレーシェルとやらの事にかこつけて姫を城に入れた訳ではあるまいな」

「兄上!」

「どうなんだ?」

こうなるともう本当の事は言えないが、下手に嘘を付く事も出来ない。


「……。いえ、連れてきたのは旅の途中で世話になった風の民の友人夫妻です」

身体の奥から絞り出すようにして答えたディンブルに対してディザルの方は少しほっとした表情を見せたものの、それも束の間、再び厳しい表情へと変化する。

「お前が世話になったというのなら俺からも礼を言わねばならんな」

つまりは確認するという事だ。


「これからこの娘を祖父殿に頼んでからお前の部屋に行く。夫妻には部屋から出ないよう言っておくように」

ディザルはそう言うと、レーシェルを連れて出て行こうとする。

レーシェルはおどおどしながらディンブルの方を窺ったが、ディザルはレーシェルの事は優しく扱っているので振り切るような真似もできない。

結局、そのままついて行かざるを得なくなり一緒に部屋から出て行った。


「失敗だ…。どうしよう……」

レーシェルの事は任せても大丈夫だろう。

その点については兄の事を信用できる。

しかし、リーナ様の事は駄目だ。

ディザルは良くも悪くもファフスデール家の当主なのだ。

ディンブルはそれを思い知らされた気がしていた。


「いや、まだ手はあるはずだ」

ディンブルはすぐに頭を切り替え、自分の部屋に向かって走り出した。

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