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ネクストワールド・ワンダラー  作者: 竹野 東西
第1章 竜の穴
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竜の帰還

トキトはシオリ達とは別の岩陰に隠れると、そこで改めて上空を見上げた。

黒い影は近づいて来るにつれ、その姿が次第にあらわになってくる。


さらに近づくと、日の光が大きく広げた翼の陰に隠れて遮られるようになってきた。

と同時に、その姿がはっきり見えるようになる。

「竜…か?」


トキトの目に入ってきたのは、アニメやゲームで見た事のある竜の姿と酷似している何ものかのようだった。

そしてそれがわかった瞬間、トキトの頭は混乱した。


竜などと言うものは想像上の生物ではないのか。

そんなものが実際にいるわけがない。

ここは夢の中なのだろうか?

…にしては、ずいぶんとリアルに感じるのだが…。


やや蛇行しながら近づいてくるそれは、もう完全に竜にしか見えなくなっている。

そして近づくにつれ、細かなところまで見える様になってくる。

とにかく大きい。

日の光が透けているのか赤く見える大きな翼を広げ、全身がいかにも硬そうな鱗で覆われている。

その巨体が減速体制に入ったのか、太く長い尾の先を少し上げ、鉤爪を大きく開いて降りてくる。

大きな頭には角が後ろに向かって流れるように二本立っていて、大きな口には鋭い牙が見え隠れしている。


少し気になって横を見てみると、シオリとイチハは二人とも言葉を失っているようだった。

シオリは震えるイチハをきつく抱きしめながら、視線を上に向けている。

この場に至っても表情に大きな変化は見られないが、手にはかなり力が入っているように見える。


竜はもう大穴のすぐ上まで降りてきている。

翼を広げると、今いる大穴が塞がれてしまうのではないかと思う程の大きさだ。


よく見ると体のあちこちに、なぜか剣や槍が刺さっていて、脚や胴体にも幾つも傷を負っている事がわかる。

脚先からは血が滴り落ちていて、顔にも血の固まった痕がある。

何処かで一戦交えてきた後、という事なのかもしれない。


とはいえ致命傷ではなさそうだ。

と言うよりも、コイツの方がどこかで何かを襲ってきたと考えた方が自然だろう。

これだけの怪我をしている事から見て、恐らくは一度に多くの敵と戦ってきたのだろうが、そんな事をする奴だとなると、凶暴な奴に違いない。


たとえ手負いであるにしても、とても一人で戦えるような相手ではなさそうだ。

トキトは竜どころか鼠を退治した経験さえないのだから。


しかし、トキトは自分が思ったよりも冷静でいる事が出来ている事に気が付いた。

本来なら、こんな状況で冷静でいられるわけがないのだ。

仮にここにもう一人誰か強そうな人がいれば、その人に任せ、自分から動こうとは考えなかったに違いない。

たとえ他の人がどうなったとしても岩陰に隠れてあの竜に見逃してもらうわずかな確率にかけるくらいが関の山だっただろう。


しかしながら、今ここには自分の他には女の子が二人いるだけだ。

気が強そうに見えるシオリだって、実際は普通の女子高校生でしかない。

彼女に任せて自分だけ逃げ回るという訳にはいかないだろう。


それに、なによりも目の前で女の子二人が襲われる所など見たくない。

それならば、自分が先に犠牲になった方がまだましだ。


どうせ自分には何かを成し遂げたいという目標が有った訳でもなく、それどころか、自分には生きている意味があるのかなどと考えていたくらいなのだ。

ここで命を失ったとしても、それは恐らくこの世界にとっては些細な事でしかないに違いない。


トキトは静かに覚悟を決めた。


目の前では、強烈な風が小さな岩を吹き飛ばし、竜が爆音を伴って着陸態勢に入っている。

しかし、着陸に失敗したのか、突然大きくぐらつき、その胴体から尾にかけてを地面に激しく打ちつけて倒れ、さらに大きな音と爆風を巻き起こした。

トキトも、シオリとイチハも岩に必死にしがみつき、この嵐をやり過ごしていく。


舞い上がった砂埃が落ち着いてくると、横たわる竜の姿が次第に露わになってくる。

竜は尻尾をこちら側にして翼をたたみ、頭は胴体の向こう側に落としている。

近くに人がいる事には気づいていないらしい。


トキトはこの奇妙な穴から抜け出すためには、いや生き残るためには目の前の竜を倒さなければならない事を理解した。

コイツの目を盗んでこの穴の外へ出る事は不可能だ。


とはいえ、初めて目の当たりにする巨大生物との戦い方なんて、トキトにわかるはずもない。

だが、わずかにでも可能性のある方法を探さなければ、…死ぬだけだ。


トキトは昂りかけた心をもう一度落ち着かせ、目の前の巨大生物の姿を良く見てみた。

すると、竜の胴体から尾にかけて、槍や剣が何本か突き刺さっている事がわかってくる。

その姿は一見すると痛々しくも見えなくはないのだが、よく見ると、その傷のほとんどからは血も全く流れておらず、深い傷とは思えない。

唯一脚に刺さった剣からは、若干血が垂れてはいるものの、その傷でさえ致命傷には程遠い。


すでにこんな傷だらけになっている体に、小さな傷を一つ二つ加えたところで、この竜にとっては何のダメージにもならないだろう。

かえって竜の逆鱗に触れ強烈な反撃を喰らうのが関の山だ。

逆に一撃でもこいつの攻撃を喰らえばこっちの命はなくなってしまうに違いない。

だとすると、ただ単に手の届く範囲で胴や足に攻撃を試みてもあまり意味がない事になる。

無駄に死にに行くようなものだ。


それならばどこを狙えばいいかと考えると、それは頭だとしか考えられない。

見た感じ、この竜の傷のほとんどは下半身に集中している。

人間がこのような巨大な生物と戦おうとした場合、普通に考えれば飛び道具でも使用しない限りは、脚や尻尾にしかその攻撃は届かない。

傷が下半身に集中しているのはその為だ。


しかし、逆に上半身はほとんど無傷なので、ここを攻撃する事さえできれば、うまくすれば致命傷を負わせる事が出来るかもしれない。

通常ならば絶対に無理な事なのだが、幸いにも竜はまだこちらに気が付いていない。

致命傷ではないとはいえあちこちに傷を負っている事もあってか、すっかり地面に躰を横たえている。

つまり、油断しているという事だ。

気付かれる前に尾から背中にかけて、一気にかけ上れば上半身を狙うことも可能なはずだ。


狙うなら目か首だろうか。目を潰せば戦意を喪失させることができるかもしれないし、首を落とすことができれば、さすがに生きてはいないだろう。

あくまでも首に剣を突き刺す事が出来る事が前提となるが、この場でそれ以上の手は思いつかない。


トキトは手にしていた剣を意識してギュッときつく握りしめた。

さっきの風で、この剣を手放さずに済んだのは不幸中の幸いだった。

剣がなければさすがにどうしようもなかった。

いや、剣などあっても同じようなものかもしれないが…。


せっかく覚悟を決めたつもりだったのに、いざ立ち向かおうとすると体が動かない。

早く行かなければチャンスを失う、それは解っているのだが体が言うことをきいてくれないのだ。

体の震えが大きくなってきて、もう少し様子を見ようかと言う消極的な考えすら湧き上がってくる。


動け。動いてくれ。

そう自分自身に必死に言い聞かせてみるのだが、それでも体は言うことを聞いてくれない。

竜の姿を見るだけで、竜の全身から滲み出る良くわからない強い力に圧倒され、恐怖に心を支配されてしまっている。

絶対的な強者の風格がトキトの決意を吹き飛ばしているのだ。


「わん」


その時、つまりは竜の着陸に伴う一連の嵐が完全に消え、静寂が訪れようとするタイミングで、パムがトキトの方を向き、小さく吠えた。

岩の陰でシオリとイチハが驚いているのが見える。


イチハが慌ててリードを引き寄せ、パムを岩の陰に隠すが、もう遅い。

竜はパムの鳴き声に気付いたようで、強烈な気を放ってくる。

竜の周りの空気が震えるのがわかる


なぜパムが吠えたのかは解らない。

しかし、こうなってしまった以上、このままじっとしていたらみんな見つかってしまう事は間違いない。

そう思った次の瞬間、トキトは半ば無意識のうちに飛び出していた。

そして、飛び出した瞬間にはもう迷いがなくなっていた。


行くしかない。

今度こそ本当に覚悟を決める。


竜が地に伏していた頭をゆっくりとあげてくる。

その姿が目に入るとトキトは剣を抜いた。

すると、何故だか急に剣が重みを増した気がして、トキトは思わず足元へと視線を落とした。

直後、竜が発した凄まじい空気の振動がトキトの周りを通り過ぎていく。

それをまともに喰らっていたら、体が硬直して動けなくなっていたかもしれないが、視線を落としていたのが幸いしたのか、大丈夫そうだ。


トキトはすぐに横たわる竜の尾を目指して駆けだした。

後ろでシオリかイチハかは解らないが何か言っているのが聞こえるが、何を言われようともう行くしかない。

止まったら最後だという事は本能が理解している。


トキトは竜の尾の上へと飛び乗ると、尾の上を背中に向かって駆け上がっていった。

近くで見ると本当に大きな体だ。

尾の上も充分に走る事が出来る。


あちこちに刺さっている剣や槍の間を走り抜けていく。

間近で見ると、この躰によく剣が刺さったものだと感心する。

皮膚はいかにも硬そうな鱗で覆われていて、ちょっとやそっとの力では小さな傷すらつきそうもない。


こんな硬そうな鱗では首までたどり着いたとしても剣を弾かれ、傷一つつける事すらできないかもしれない。

湧き上がってくるそんな不安を無理やり心の奥に沈め、トキトは竜の背中に二列に並んだ突起の間を勢いよく上って行く。


竜が完全に頭を上げて振り返り、雄叫びと共に再びものすごい気迫を放ってくる。

が、トキトはそれをギリギリのところで視線を逸らしてやり過ごした。

周囲の空気が震えているのがわかる。

視線を逸らしていても思わず竦んでしまいそうだ。


だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。

立ち止まれば全て終わってしまう、何も成さないまま人生が終わってしまうのだ。

そんなのは嫌だ。


ならば、動け。


首の近くまではなんとか駆け上がったトキトだったが、頭を上げた竜の背の角度はぐっときつくなり、そこから先へは進めなくなった。

それどころか、このまま首を振られたら振り落とされてしまう可能性だってありそうだ。


ならばと、振り落とされる前にせめてどこでもいいから一太刀浴びせるべく、破れかぶれで剣を振りかぶったトキトだったが、その時、急に足元が大きく揺れて、まともに立っていられない状態になってしまった。

すっかり頭をもたげた竜が首の後ろに取りついたトキトを何とか振り落とそうと、首を大きく動かした為だ。


トキトは振り落とされないよう、足元に剣を突き刺し、身体を支えようと考えた。

大きく振りかぶっていた剣を、足元へと思いっきり振り降ろす。

と、トキトは、自分の持っている剣の先が、自分の身体の真下にある一か所だけ色が薄くなっている鱗に向かって、誘われるように吸い寄せられていくのを感じた。

トキトが狙ったわけではない、不思議なことに剣が自然に動いたのだ。

少なくともトキトはそう感じた。


そしていよいよ身体が放り出されてしまうのではないかという直前、剣がその鱗に突き刺さった。


グウウォォォォォォォォー


今までで最高の咆哮が周辺の空気を激しく震わせる。

この竜が怒っている事がビンビン伝わってくる。

ここで手を離したら、食われるか引き裂かれるか潰されるか、いずれにしても命はないだろう。


竜と目を合わさないようにする意図もあり、剣の刺さった先の鱗に視線を持って行きながら、トキトが剣に全体重をかけていく。

すると、剣はその場所に意外にあっさり埋まっていった。


竜の鱗はものすごく硬いものだと覚悟していたトキトは意外に簡単に剣が刺さったことに驚いた。

既に躰のあちこちに刺さっていた剣は、見た感じこんなにあっさり刺さっているようには見えなかったのに、なぜだかは解らないがこの剣は簡単に躰の中へと埋まって行く。


しかしトキトには、その事を疑問に感じている余裕は無かった。

このチャンスを逃したら間違いなく次はない。

余計なことは考えないことにして、深く刺さった剣を思いっきり横に薙ぐべく全身の力を剣に込めていく。


そしてまさに剣を薙ごうとしたその時、トキトの脳に野太い声が響き渡り、トキトはそこでその動きを止めた。

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