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ネクストワールド・ワンダラー  作者: 竹野 東西
第2章 エルファールの第三王女
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分岐点

サルヌイを出た三人はひたすら歩き続け、日も暮れようとする頃、近くの村に宿をとった。急ぎは急ぎなのだが、ここはまだ危険を冒してまで移動する必要は無いと判断し、夜は宿をとることにしたのだ。


寝る時はトキトがソファーで寝るという事にして、三人で同じ部屋に泊まる事にする。

エルファールが近くなるにつれ危険が増してくるはずなので、一緒にいるべきだと判断したのだ。


レーシェルは久しぶりの風呂を喜び、リーナと一緒に長い時間入っていてなかなか出てこなかった。

レーシェルの喜ぶ姿を見れただけでも宿に泊まったかいがあったと言って良いだろう。


次の日、レーシェルが奴隷でなくなったのでここから先は馬車に改めて乗ることもできるのだが、村で国の役人を多く見かけた事も有り、あえて馬車を使わないようにして出発する事にする。

リーナとレーシェルが早朝から何やらやっていたため出発が少し遅くなったが、歩くのが慣れてきた所為か、それでも昼前にはコルノザラウへの分岐点に着きそうな勢いだった。


コルノザラウはリーナと親しくしていたファフスデール家の治める街で、リーナも何度か訪れているゆかりの場所だ。

前王が亡くなるまではリーナはこのファフスデール家の人達に、なにかと世話になる事が多かったようなのだ。


街道の脇に分岐点の案内板が見えてきた。

いよいよ分岐点が近いという事だ。

「もうすぐ街道の分岐点みたいだ。人の往来が増えて来るかもしれないから気を付けよう」

この辺りの街道は幹線の街道なので、ラウトノやトールの辺りとは異なり人の往来は意外にある。

コルノザラウからの街道が合流すればもっと人通りが増える事が予測できた。


「そうね。馬車の往来は多くなると思うわ。コルノザラウはエルファール有数の麦の産地なので、商人の往来は激しいの」

「リンはこの辺り詳しいんだっけ」

「ええ…、昔はよく行ったものだわ…」


リーナはディンブルの事を思い出していた。

ディンブルはリーナにとってはディンブルの兄で現ファフスデール家当主のディザルとともに良く三人で遊んだ幼馴染だ。


少し大きくなると、ディザルは家督を継ぐため特別な教育を受ける事となり遊べなくなったが、ディンブルはいつでもリーナの相手をしてくれた。

リーナにとってはどんなことでも相談できる、ある意味実の兄よりも頼れる兄のような存在だった。


そんなディンブルは、リーナをエルファール城から逃がす際に囮になり、無事かどうかも含めて今は何処にいるか分からない。

リーナは、ディンブルがせめて無事にコルノザラウの実家に戻っているようにと祈っていた。

コルノザラウに帰れればディザルが守ってくれるはずだからだ。


そろそろ分岐点が見えてこようかと言う所まで来た三人は街道の先に小さな民家を見つけた。

民家といっても古い民家で人の気配はあるのだが、あまり生活感の見られない家だ。

住人が病気か何かになって、碌に畑の手入れをしなくなったとでもいうような感じだろうか。


特に変わった家ではないのだが、少し気味が悪い感じがしたので、トキトは街道の民家とは反対側の端を歩くようにした。

リーナとレーシェルは特に何も感じていなかった様なのだが、自然とトキトに倣って歩いている。


特に何が起こる訳でもなくその家の前を通過する。

分岐点はもうすぐそこだ。

「いよいよエルファールに近づいてきたって感じだな…」

そう言いながら、トキトが何気なく後ろからついてくるリーナとレーシェルを振り返ると、さらに後ろから何やら黒い影が急激に近づいてくるのが目に入ってきた。

時折左右に揺れるような動きをしていてかなり不気味だ。


「リン、レーシェル、後ろへ」

トキトは二人を後ろにかばうとファロンデルムで買った片刃の剣を構えた。


黒い影はその身体つきからフードをかぶった男だと分かる。

ついさっき後ろを見た時はいなかったので、どこかその辺から街道に出てきたのではないかと思われる。

やはり先程通り過ぎた古民家辺りが怪しいか。


フードの男はトキトが剣を抜いたのを見て、自らも剣を抜いた。

柄の部分に紋章のついた両刃の立派な剣だ。

男はそのままトキトに向かって切り掛かってきた。

剣を合わせれば、そのまま体を入れかえて、リーナの隣にまで達してしまいそうな勢いだ。


この一撃は自分を抜き去る事が目的の剣だ。

そう判断したトキトは剣を横にして初撃を堪えると、すかさずそのまま剣を振り払い、男を後ろに跳ね飛ばした。

反動でフードが外れ、男の顔が顕わになる。

少し線は細いが想像していたよりもずっと精悍な男だ。

紫がかった赤い髪を後ろに束ねている。


男は当てが外れた事で驚いた様だったが、すぐに一度剣を戻し、その剣をトキトに向けて突き出してきた。

どうやら小細工は諦め、本気でトキトに対すると決めたようだ。


鋭い突きだがただ躱すだけなら難しくはない。

だが、そうするとリーナに取りつかれてしまう可能性が高くなる。

だとすれば、躱す選択肢はない。


トキトは逆に先手を取って男に向かって飛び込むと、剣の背で男の胴を薙いだ。

男が再び大きく後ろへ飛ばされる。

が、鎧の効果かダメージはそんなに大きくないようだった。

すぐに立ち上がり、また剣を構えてくる。

かなりタフな男のようだ。


どこか命に関わらない場所を痛めつけなければキリがないかもしれない。

トキトはそう思い、剣の刃を前に構えて次の攻撃に備えていると、後ろからリーナの発した声が届いてくる。

「ディンブル! ディンブルなのね」


トキトの真後ろの位置にいたため男の顔が見えないでいたリーナが、ようやく男の顔を確認し、それでそれがディンブルだとわかったのだ。


「リーナ様。やはりリーナ様でしたか。すぐにこの男を倒してしまいますのでもう少しそこでお待ちください」

おいおい俺が悪役かよ、とトキトが思っているその間に、ディンブルは既にトキトに切り掛かってきている。


「待って!ディンブル。違うの!」

リーナが叫ぶが、ディンブルは止まらない。

剣と剣がまともにぶつかり、青白い火の粉が飛ぶ。


リーナの言葉はトキトにも聞こえている。

なので、この男がリーナの仲間の騎士らしいという事はもうトキトにもわかっている。

だが、剣を降ろすことはできない。

そんな事をすればたちまち首を切られてしまう。

トキトはそのままの流れでディンブルと剣を三回ほど合わせた。

リーナが何か言っているのはわかるが、剣の合わさる音で良く聞き取れない。


このままでは埒が明かない。

幸運なことに今はまだ周辺に人は見当たらないが、もたもたしているとすぐに人が集まってきてしまいそうだ。

そうなると厄介なことになる。


トキトは覚悟を決め、本気の攻撃に出る事にした。

ディンブルはトールの騎士エルバサンよりは少し落ちるかもしれないがそれでもなかなかの使い手だ。

トキトが本気で打って出ても死ぬ様な事はないだろう。


トキトからただならぬ気配を感じたのか、ディンブルも今まで以上に真剣にトキトに対峙しているのがわかる。

トキトが下から上に、ディンブルが上から下に剣を繰り出そうとした、その時、

「待って!」

二人の間にリーナが飛び出していた。


その少し後ろでレーシェルが手を伸ばしているのが見える。

どうやらリーナは引き止めるレーシェルを振り切って飛び出して来たようだ。


トキトはとっさに剣を投げた。

投げられた剣はリーナをギリギリですり抜け街道の脇の植え込みに刺さり、トキトも反動で逆側に倒れた。


一方ディンブルも慌てて剣を止めようと試みていた。

ディンブルは全身の筋肉を総動員させ、何とか剣をリーナの胸を貫く寸前でかろうじて止める事に成功させた。

ディンブルの剣の先には髪を黒く染めたリーナ。必死の形相だ。


「待ってって言ってるじゃない。早とちりしないで」

剣を突きつけられたままの状態で、リーナがディンブルを睨んでいる。


ディンブルはしばらく目を丸くしながらリーナの事を見ていたが、やがて自分のしている事に気付き、剣を引いて片膝をつき、頭を垂れた。


「申し訳ありません、リーナ様。我が剣の主に剣を向けてしまうとは我ながら何たる失態。どんな処罰でも甘んじてお受けいたします」

「そんな事はどうでもいいわ。それより早く剣を収めて」

言い終わるなりリーナはトキトの事を目で追った。

レーシェルがトキトの投げた剣を拾い、トキトに渡している。

そこへリーナは駆け寄った。


「大丈夫ですか? トキトさん」

トキトはリーナの体を傷付けていなかったか気になっていた。

なので、すぐに確認する。

「ああ、俺は大丈夫だ。それよりお前の方は大丈夫か?」


だが、リーナの事を気遣って言ったつもりのトキトのその言葉に、後ろからクレームが付けられる。

「貴様、リーナ様をお前と呼ぶとは無礼な!」

今にも二回戦をはじめそうな剣幕でディンブルが詰め寄ってくる。


しかし、その勢いはリーナの次の一言で、一瞬で消え去った。

「ディンブル、止めて。いいの、この人は私の旦那様なの」

あまりの衝撃に、ディンブルは口をパクパクさせながら固まってしまっている。


トキトも通常ならここは夫婦の振りで応じる所なのだが、ディンブルにそれを押し通すのは無理だという事はさすがにわかっていた。

「リーナ、ディンブルはルーと一緒にリーナを助けてくれたっていう人だろ、その説明じゃ混乱するだけだと思うけど…。それとレーシェルにもいろいろと説明しなくちゃならなくなっちゃったようだね」


トキトがそう話した時、街道のファロンデルムの方角から馬に乗った旅人が近づいてきてトキト達のいる場所とは反対寄りの道の端を駆け抜けて行った。

馬に乗っていたのは、見た感じは普通の旅人で、急いでいるのかトキト達の方は全く見ないで通り過ぎた。

今の旅人はこちらを気にしている様子も見られなかったし、旅人が近くを通った時にはすでに何も話していなかったので、とりあえずは大丈夫だとは思うのだが、この場所に長時間留まっていると、いつリーナの事がばれてしまってもおかしくない。


トキトは慌てて周囲を見回し、話をするのに適当な場所を探してみたのだが、近くにそれに適した場所などなかなか見あたらない。

そんなトキトの様子を見て、ディンブルも、ようやく自分達が目立つ存在である事に気付いたようだった。


「ここでこうしているのは良くないな。とりあえずこっちへ来てくれ」

ディンブルはそんな風に皆を誘うと、例の古民家の敷地の中へと入って行こうとする。


「ここにいるのはまずい。彼について行こう」

トキトは、リーナとレーシェルの背中を押す様にして、ディンブルの後について行った。

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