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ネクストワールド・ワンダラー  作者: 竹野 東西
第2章 エルファールの第三王女
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レーシェル

トキトが部屋に入ると、リーナとレーシェルは既にテーブルに向かい合って座っていた。

二人を左右に見る位置に一つ椅子が置いてある。

化粧鏡の前にあった椅子を持ってきたもののようだ。

リーナがその椅子の方に向け、どうぞ、と手を広げたのでトキトはそこに腰かけた。


「さあ、これからどうしましょうか?」

リーナがそう口火を切った。

口調から怒っているわけではないように思うものの、今回の行動は後先を考えた行為ではなかったので、これからしようとするような事など、トキトには何も思いついていない。


「予定通りでいいんじゃないかな」

ようやく言ったトキトの言葉に、リーナは一つ思いっきり息を吐き、少しあきれた表情で小さく「やっぱり」と呟いた。


「やはりトキトさんは何もわかっていなかったのですね。初めてこの娘に会った時、もう少し詳しく奴隷制度についてお話しするべきでした。私の落ち度です」

リーナは小さく頭を下げた。

「いや、リンは何も悪くないよ。悪いのは俺だけだ」

トキトはレーシェルにはリーナの事は知られない方がいいと思いリンと呼ぶようにした。


「いいえ、トキトさんは何もわかっていません。旅の計画は変更せざるを得なくなりました。まず、ここから馬車は使えなくなりました。私達の乗ってきた馬車は奴隷は載せられない馬車ですので。ここからは歩いて行くしかないでしょう」


トキトが何か言おうとするのを手で制してリーナは続けた。

「加えて、レーシェルの持ち主変更の手続きをするために官舎のある所までなるべく早く行かなければなりません。幸いこの先のサルヌイの村には官吏がいるはずです。そこで手続きをすればいいのですが…、その…、トキトさんにレーシェルの持ち主になってもらうしかありません」


公的な手続きをリーナがするわけにはいかない。リンと言う偽名を使ったとしても風の民となっていることを考えると、リーナの事がばれた時はトーゴたちに迷惑をかける事になってしまうからだ。そうなるとトキトの名前を使うしかない。もともとトキトが言い出した事なのでなおさらだ。


「奴隷なんて持ちたくはないけど、手続きをしなければきっとレーシェルはあの商人のものとして登録したままになってしまうっていう事だろう。それは避けたい」

「その通りです。証明書はこちらの手にあるから急ぐ必要はないのですけど、早めに変更の手続きをしておくに越したことはありません。あのタヌキはこっちが何も言わなければ証明書を渡さずに済まそうと思っていたみたいでしたけど、そうはいきません」

あの時やたらとリーナが商人を睨んでいたのはそれが分かっていたからだったのだ。


「俺は何も解っていなかったんだな。ありがとう、助かったよ、リン」

リーナはトキトにそう言われて、握りしめていた拳の力をようやく緩めた。

トキトに感謝された為か、少し嬉しそうにしている様にも見える。

ふとリーナの反対側を見るとレーシェルはずっと俯いたままで黙っている。

そう言えばレーシェルはずっと黙ったままだ。


「レーシェル、どうしたの。どこか痛めた?」

トキトが声をかけるが、レーシェルは何やら戸惑っているようで、何も言わない。


「ああ、ごめんなさい。レーシェル。ここがご主人様の個人的な場所だと思って遠慮していたのね。普通にしゃべって構わないわ。何か言っておきたい事とかある?」

リーナの言葉にレーシェルはようやく表情を少し緩めた。


「あの…、申し訳ありません。よく分からないのですが、私は……、その……、これからどうすればいいのでしょうか? あの…、私が売られたのは分かります。分かっているつもりです。ですが…、私のような者は、その…、お役にたてる事など無いかもしれません。もちろん、できる限りの事は精一杯させていただこうとは思っております。けれど、あんな大金に相当するほどの働きなど一生かかってもできないかもしれません。……。それでも、言っていただければ何でもやるつもりです。夜のお供だって……覚悟はできています」

レーシェルは先ほどのやり取りを聞いて自分は厄介者だと思っているのだろう。

それなのに大金を出して買い受けた意味を量りかねているようだった。


「あ、ごめん、レーシェル。そういう意味じゃないんだ。俺達は今旅を急いでいるんだけど、ちょっと予定を変えなくちゃいけなくなったんでどうしようかって話し合っていたんだ。これはレーシェルの所為なんかじゃないから、レーシェルは気にしなくていい。それと、これからレーシェルにどうしてもやって欲しいという事は特にない。そういうつもりでここに来てもらったわけじゃないからね。でも、もし構わないならとりあえずリン…妻の身の回りの手伝いをしてもらえたらありがたい。どうかな」

トキトはなるべく優しく言ったつもりだったのだが、レーシェルはまだよく理解できていないようだった。

怪訝そうな顔をしている。


「レーシェル、そんなに固く考えないでいいわ。トキトさんはかわいいあなたの事をただ助けたかっただけ」

リーナはトキトの事を少しだけ面白いものを見る様な目で見た後、すぐに続けた。

「でも、勘違いしないで。別に夜あなたをどうこうしようとは思っていませんから。ねっトキトさん」

「もっ、もちろん、そんなこと全く考えていないよ。当たり前だろう」

トキトはすぐに大きく頷いた。

リーナとは偽装夫婦なだけだし、そもそもレーシェルをそんな目で見た事など無かったのだが、妙にドギマギするのはなぜだろう。


「一応言っておきますけど、エルファールでは十五歳未満の奴隷に手を出すと捕まりますのでご注意を。それに分かっているとは思うけどうちは十五歳以上でもそういうのは駄目ですからね。レーシェル、トキトさんが変なことをしたらすぐ私に言ってね。懲らしめるから」

「しないしない。そんな心配はしなくていい」


慌てて否定するトキトを見てリーナは噴き出し、トキトは苦笑いする。

レーシェルもつられて笑ってしまっていた。

トキトは控えめなものとはとはいえ、レーシェルの笑顔を初めて見た。


「レーシェルは笑った方がかわいいよ」

「そ、そんなこと…、ありません…」

トキトにそう言われレーシェルはすぐにまた下を向いてしまった。


それを見たリーナが少し意地悪な目で言ってくる。

「レーシェル、トキトさんがいやらしい目で見てきた時は私に言ってね。きつく叱っておくから」

リーナはそう言って、楽しそうにまた笑った。

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