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ネクストワールド・ワンダラー  作者: 竹野 東西
第2章 エルファールの第三王女
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峠越えの街道

リーナとトキトが街道に戻ると、一行はニトラに向けて歩き出した。

相談の結果、できれば早く謎の人物に追いついた方がいいだろうという事になったのだ。


キティエラの予測が正しければ、追手はまだトールの街にさえ着いていないはずだ。

だとするとこの足跡の人物は追手ではないものと思われる。

街道から外れて歩いている事を考えると、この辺の地理には詳しそうだし、最新の足跡は一種類だけだったのでこの辺の魔物相手なら一人でも撃退する腕もあると推測される。

王族狩りに関心のある人物であることも考えられなくはないのだが、この辺境ではその可能性も低いものと思われた。

それならばその人物と会って色々な情報を得た方がいい、と結論づけたのだ。


すぐに歩き出したのだが、疲れていることもあってなかなか行程は捗らない。

イチハやリーナも疲れているはずなのだが、ただ黙々と歩を進めてくれている。


結局、夜になっても、その足跡の人には追いつけなかった。

それでも二度ほど軽く仮眠をとった以外は皆歩き続けた。

トキトなどはイチハを背負って山道を登ったので、足はふらふらになっていたのだが、そろそろ追手がトールの街に着く頃でもあるので、のんびりしている事はできないと、歩き続ける事を選んだのだ。


一度、レンドローブのいた穴で戦ったのと同じ大猿二匹に襲われたこともあったが、それはトキトとシオリで難なく撃退した。

二人ともこの辺りの魔獣相手なら油断さえしなければ問題なく対応ができるようになったと考えてもいいのだろう。


三日目の朝を迎え、久しぶりに現れた三本角のイノシシの肉を焼き朝食にした。

このイノシシの肉は意外とうまい。

ミティーニの渡してくれたディゴラの肉は無くなっていたのでちょうどいいタイミングだった。


皆疲れきっていたのだが、朝食は簡単に済ませてすぐに発つ事にした。

そして、街道を少し進むとすぐに崖に行き当たった。


崖の側面に人一人がやっと通れるくらいの棚のような道がしばらく続いている。

当然、手すりのようなものはない。

崖下の川には尖った岩がごろごろと転がり、落ちたら助からないことは確実で、馬でここを通り抜ける事は不可能だと言うのも納得できる話だった。


この先がどんな道になっているかはわからないが、ここまで来たら行くしかない。

トキトは皆に声をかけた。

「ここを抜ければ追手もすぐには追いつけないはず。疲れているとは思うけど、頑張って行こう」


リーナも注意を喚起する。

「ここは落ちないように慎重に進みましょう」


一行は一列になって慎重に進むようにした。

イチハも怖がりながらもトキトとシオリに挟まれつつそろそろと進み、一時間ほどかかって少し広い場所に着いた。

パムが怖がったら大変だと思ったのだが、パムは特に怖がることもなく一番後ろから普通に歩いてついてきた。


崖の道を無事に通り抜けた後、さらに少し進むと今度は山の尾根に出た。

先程通った崖とは違い両側が角度のある急坂になっていて、道は正面にそそり立つ壁のような山まで三百メートル位続いている。正面の高い山を越えれば山脈の向こう側に出る事になるようで、このルート最大の難関といえそうだ。


崖の中腹に突き出た道も怖かったが、尾根の道は道の両側がともに下っているので、自分がまるで空中にいるようかのように感じられて恐ろしい。

先程は片側に頼るべき壁があったので、壁沿いに歩けば少しは怖さを免れる事が出来たのだが、ここは自分の足だけで進まなければならない為、その怖さは桁違いだ。


「怖いなー」

イチハがなかなか最初の一歩を踏み出せないでいる。

たが、それでもいつまでもここに留まっている訳にもいかない。

ここは足元にほとんど平らな部分がない場所の為、尾根を両足でまたぐようにして進んで行くしかない。


意を決して、ルー、リーナ、トキト、イチハ、シオリ、パムの順で一列になりゆっくりと歩き出す。

両側に何もないという状況は想像以上に恐ろしい。

しかもここまで来るまでの間にかなり無理をしているので、全身がふらふらしている。

男のトキトですらそうなので、いくら元気だとはいえまだ子供のイチハなどはかなり限界に近いはずだ。


それでも何とか全体の三分の二ほど進んだ時だった。

先頭を行くルーが前方に何かの影を見たように感じ、後ろを振り返った。

「トキトさん、この先に何かいるかもしれません」


尾根の先に何かがいる事など、トキトは想定していなかった。

そこに魔獣がいた場合には、ルーでは対応できないかもしれない。

かといってこの場所で順番を入れ替えるような真似など、とても出来そうもない。


「もう少し近づいて様子を見てみましょう」

トキトはそう言うより仕方がなかった。


尾根の上をそろそろと進み、先の広場がはっきりと見える位置まで近づいた所で、トキトは一同に止まる様に指示を出し、慎重に先の様子を窺った。

だが、特に変わったところは見られない。


見間違いだったのかもしれないと、少し安堵して再び歩き出す。

その時だった。


ゴォーーーー


っという、今まで吹いていた風とは比べ物にならない突風が尾根の一方から吹き上げてきた。


身を低くして堪えるトキトの前後でイチハとリーナの体が浮きあがる。

二人はその状態のまま、あっという間に人の歩く二、三歩分の距離を、軽く飛ばされてしまっていた。

平地なら何という事もない距離ではあるのだが、ここではそこに地面はない。

トキトは腰を下ろした体勢でリーナに向かって思いっきり手を伸ばした。


リーナの方もトキトとルーの二人に向かって精いっぱい手を伸ばしている。

身を屈めていた分だけトキトの手がリーナの伸ばしてきた手に届き、二人はきつく手を握りあった。


しかし、リーナのもう一方の手はルーの伸ばしてきた手の位置までは届かず、ルーの手をわずかに掠って空を切った。

それでも何とかリーナの手を掴もうと、さらに身体を伸ばしたルーが、逆に空へと放り出される。


「ルー!」

リーナが叫んだ時には、ルーはかなり下まで飛んでしまっていた。


それでも、ルーは何とか足から着地することに成功した。

しかし、そこは立っているのも難しいくらいの傾斜の上だ。

飛ばされてきた勢いのまま滑り落ちていく。


一方、リーナが飛ばされたのとほぼ時を同じくして、イチハも風に飛ばされていた。

だが、イチハはトキトとシオリと手をつないでいた為、一瞬宙に浮いたものの、二人にすぐに引き戻された。


すぐ目の前に着地したイチハをトキトとシオリで引き上げようとしたのだが、溜まった疲れのせいもあるのか、今度はシオリがバランスを崩し、イチハに引っ張られる形で斜面に放り出された。

そのままイチハを軸として振り子のような動きでシオリの身体がトキトの正面に来る。

しかも、シオリは風の勢いに負けて、イチハとつないでいた手も離してしまっている。


トキトはトキトの正面に来たシオリと、一瞬、バッチリ目が合った。

シオリの目が助けを求めているのがわかるが、トキトの手はリーナとイチハの手を掴んでいる為、どうする事もできない。


少し手を伸ばせば届く位置にシオリの手が伸びているというのに、トキトはその手を掴む事ができず、やがてシオリは斜面を転がるように落ちていく。


「シオリー!」

「ルー!」

両脇でイチハとリーナが叫んでいるが、トキトは両腕に一斉にかかってきた二人分の重量を堪える事に精いっぱいで、二人の名前さえ呼ぶ事ができない。


何とか持ち堪え、イチハとリーナを尾根の上に戻した時には、シオリとルーは既にかなり下まで落ちていて、シオリは転がるように、ルーは足から滑り落ちるように斜面を下って行くところだった。


その先には大きく尖った岩も見える。

このままでは二人は岩に激突してしまう。

もう間に合わない。


そう思った次の瞬間、横から黒い影が二人に駆け寄り、シオリとルーを次々と拾い上げると、そのまま砂塵を巻きあげつつ、斜面との摩擦をうまく使いながら滑り降りて、その先の岩に足をかけ、何事もなかったかのように立ち上がった。


シオリとルーを拾い上げたのは、がっしりとした体格の黒い髪の男で、二人を両脇に抱えると、まるで断崖に暮らすカモシカのように、急な斜面を難なく歩いて登ってくる。

トキト達が尾根につかまるようにしてしゃがみこんでいるその間に、その男はトキト達が向かっていた尾根の終点の、少しだけ開けた場所まで来て、そこに二人を降ろした。


トキトはリーナとイチハが落ちないよう注意しながらゆっくりと進み、風に煽られながらも何とか尾根を渡りきると、すぐにシオリへと駆け寄った。

「シオリ!」

すぐ後ろからイチハもついてくる。パムもイチハに続いて駆け寄ってくる。


シオリの躰は鎧で守られていた為か、一目でわかるような傷は見あたらなかった。

が、かなりの距離を転がりながら滑落した所為で、あちこち打撲しているようで、ぐったりしている。

「動かさない方がいい。二人とも骨折しているかもしれない」

少し後ろに立っていた男が、シオリの肩をゆすろうとしたトキトを制止した。


トキトはシオリの肩を掴んでいた手力を抜き、少し冷静になってシオリとルーがしっかりと息をしていることを確認すると、男に向かって頭を下げた。

「ありがとうございます」


男は、少し驚いた表情を一瞬見せたように見えたが、すぐに表情を戻して言った。

「いや、私は慣れているからあのくらいはなんという事もない」

男は平然とそう言ってくるのだが、男の腕や足も擦り傷だらけであちこちから血がにじんでいる。

服も擦れてぼろぼろだ。


「あなたがいなければ二人とも死んでいたかもしれません。本当にありがとうございます」

トキトに続いてリーナも男に礼を言うと、男は初めて少し顔をほころばせた。

「俺はソウゴ、ここから少し山に入ったところに住んでいる風の民だ。住んでいるって言っても仮住まいなんだけどな」


ソウゴと名乗ったその男は、大きめのシャツのようなものを身に着けていて、その上から胴まわりだけの鎧を付けていた。

下は少しダボッとしたズボンを履き、そのズボンの裾を脛まである足袋のような靴の中に入れて縛っている。

年はトキトと同じくらいだろうか、やや短めの髪を後ろに流すように固めていて、少しいかつい感じもするものの、目鼻立ちの整っているなかなかいい男だ。


この時トキトは、何とも言えない不思議な感覚を感じたのだが、その後、すぐに感じ無くなった為気にしなかった。


「俺はトキト、こっちはリ…ン、それにイチハ。助けてもらったのはシオリ、と、…コノミ。それから犬のパム。俺達は皆でニトラの街まで行こうとしていた所だったんだ」

トキトは一人一人、ここにいる全員の事を紹介していった。

少し迷ったのだが、トキトは予定通りリーナはリンとルーはコノミと紹介するようにした。

事前のシュミレーションでは、誰かに会った時は風の民だと言おうと決めていたが、さすがに本当の風の民相手にそれは言えなかった。


ソウゴは少し訝しむような目つきでトキトの顔を見、何かを言いかけて止めた。

そして、穏やかな表情に戻ると、ある提案をしてきた。

「このまま怪我をした二人を連れてニトラまで行くのは難しいはずだ。ここから少し山の方に入る事にはなるが、まずは私の家で傷の手当をした方がいいと思うのだが、どうかな」


「ありがとうございます。そうさせてもらえると助かります」

反射的にそう言ってから、慌ててリーナの方を見るがリーナも頷いている。

骨折の疑いのある者を二人も抱えた状態になってしまった今、この状態で峠を越える事はトキトには無理だとしか思えなかった。


「じゃあ、ちょっと待っていてくれ、すぐに弟を連れてくる。すこし先で弟と合流する予定だったんだ。弟がいれば二人を連れて行くのもずっと楽になる」

ソウゴはそう言うと、一人、山道を登っていってしまった。

それはこれからトキト達が進もうとしていた方向だった。


ソウゴの姿が見えなくなると、トキトはそこにいる全員に向けて謝った。

「すまん。俺の所為だ。焦って行程を急ぎ過ぎた。誤って済む問題じゃないが、申し訳ない」


リーナがすぐにフォローする。

「いいえ、トキトさんのせいではありません。事故ですから…。…でも、二人とも無事でよかった……」

リーナの目は横たわっているシオリとルーに向けられている。


「ああ、あのまま下まで落ちていたら危なかった。一生後悔し続けるところだった。ソウゴには感謝しなくちゃな」

「もちろんソウゴさんには感謝しています。だけど、私はトキトさんにも感謝しています。私の手を掴んで助けてくれたのはトキトさんなのですから」


実際、リーナは心からトキトに感謝していた。

空中に体が浮いてしまった時はもうだめだと思ったのだ。

圧倒的な不安と絶望の中から現実へと引き戻してくれたのはトキトだった。

ルーとシオリの心配の方が先に立ってしまったが、それがなければたぶんトキトに抱きついていた事だろう。


リーナは少し涙の溜まった目でトキトを見つめるとその手を堅く握った。

その光景をぼやけた意識の中シオリが見つめていた。

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