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ネクストワールド・ワンダラー  作者: 竹野 東西
第2章 エルファールの第三王女
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浴室にて

「ふぁー、いい風呂だな、生き返る」

トキトはダルネスの宿で風呂に浸かっていた。


キティエラの館から宿に戻ると、部屋ではシオリが待っていた。

そのシオリによると留守の間に宿にもキティエラの手の者の来襲があったらしいのだが、シオリにやられて這う這うの体で逃げ帰ったらしい。


恐らくシオリの実力を見ようと考えた何者かなのだろうが、彼らからシオリには何の説明もなかったようだったので、ちょうど気が付いたイチハともどもキティエラとのやり取りを伝え、どうするかは明日決める事にして今日はもう休もうという事になったのだ。


イチハにも何であんな森の中にいたのかなど聞きたい事はたくさんあったのだが、イチハが何も覚えていないと言った事もあり、後日思い出したときにでも話をしてもらうという事にして、その話については棚上げにすることとなった。


ダルネスとミティーニは、キティエラの使いの者からおおよその事情を聞いたらしく、宿代の金貨を返してきたのだが、トキト達にはまだ他にもまだ色々な種類の金貨が残っていたので、返さなくていいと言って無理やり受け取ってもらう事にした。


湯船から上がり顔を洗おうとしたトキトは、頬に手を当て、久しぶりにすべすべになった肌を撫でた。頬の傷はイチハの魔法で治してもらってある。

正確にはトキトの持っている自然治癒能力を上昇させる魔法をかけてもらい治したのだが、イチハの魔法はいつの間にかイチハ自身が驚くほど強力になっていて、少し深い傷だったトキトの傷もあっという間に治ってしまった。


トキトは顔や躰、それに頭までよく洗った後、もう一度湯船に浸かる事にした。

元々、トキトはそんなに風呂が好きな方ではなかったのだが、そんなトキトにとっても久しぶりの風呂は格別だった。

しかも、次はいつ入れるかわからないのだ。

リーナは明日にはどうするか決めると言っていたが、どう転んでも観光旅行のような旅になる訳がない。

次に風呂に入れるのはいつになるかわからないと思うと、余計にゆっくり浸かりたくなるというものだ。


ダルネスの宿に風呂は一つしかない。

したがって同時に風呂に入る訳にはいかないので女性陣は先に風呂を終えてしまうようにしてもらってある。

みんなゆっくり風呂につかり、イチハがみんな出たよとドア越しに教えてくれた後、トキトの番になったのだ。

だからそんなに慌てて風呂から出る必要もない。

ダルネスさんやミティーニさんはこの後入る様なので、遅くなってしまうのだろうが、彼等は最悪今日一日くらい入らなくても大したことではないはずだ。


充分湯船につかったと思い、そろそろ湯船から出ようかと考えていたそのタイミングで、トキトは脱衣場から何やら音が聞こえて来る事に気が付いた。

リーナ達は皆入浴済みだし、今トキトが入浴中である事もみんな知っている。

ダルネスさんとミティーニさんには風呂から出たら連絡することになっているし、風呂場の入口には入浴中の札も出してある。

だから誰も来るはずないのだが…。


なんとなく脱衣場に行くのが憚られ、なかなか湯船から出られないでいると…、

「ヤッホー、トキト。来ちゃったー」

脱衣所の扉を開け、元気よくイチハが入ってきた。


何がまずいのかはわからないが、とにかくまずい、と思い、トキトは入り口から目をそらした。

しかし、イチハはわざわざトキトの正面方向へと回り込んでくる。

「なにテレてんの。かわいー。いちは、服着てるよ」


恐る恐る目線を上げると、イチハは花の模様のついた飾り気のないピンクのワンピースを着て、偉そうに腰に手を当て立っていた。

つい先ほどまで、目覚めたての所にいろいろな話を聞かされた所為か、めずらしく大人しくしていたイチハだったのだが、すっかり元気が戻っている。

それ自体はうれしい事なのだが、ここは風呂場だ。


「なっ、なんだ。また入りたくなったのか? なら、出ていくからちょっと待ってろ」

慌てて横を向き、視線を逸らすが、イチハは気にせずそのまま湯船に入ってくる。

「おい、服のまま入っちゃダメだろ」


「平気、これ湯着っていうんだって。男の人と女の人が一緒にはいる時に着るものだって言ってたよ。ミティーニさんがせっかく出してくれたから着てきたの」

イチハが平然と言ってのける。

以前の元気が戻っているのはうれしいが、対応に困る。


「いくらそれ着てたって、普通一緒に入らないだろう。第一俺は素っ裸だぞ」

別にイチハに裸を見られたからと言ってどうという事もないのだが、トキトは反射的に前を隠し、湯船の隅まで逃げていた。


「いいじゃない。イチハまだパパとお風呂入ってるよ。だから大丈夫」

「いや、大丈夫じゃないだろ。俺はパパじゃないんだぞ」


「だって、パムは寝ちゃうし、シオリとリーナとルーは三人で深刻そうに話しているんだもん。わたしだけ除け者でつまんない。それに、明日からはもういつお風呂に入れるかわからないんでしょ。だったらもう一回位お風呂入ってもいいじゃない」

イチハはイチハにしては珍しく少し寂しそうな顔をした。

訳が分からないまま眠らされ、起きたら周りでは訳の解らない話をしているのでは居場所がない、というのもわからない話ではない。


「だったら俺は出るよ。見つかったら何言われるかわかんないし…」

「だめ、トキトまで私を一人ぼっちにするつもり!」

イチハは怒っているのか泣いているのかよくわからないような顔になっている。

そんな顔をされては、トキトとしてはもうお手上げだ。


「……。わかった。少し話でもしようか」

イチハも服は着ているし問題はないだろう、とトキトは無理やり思う事にした。


イチハがそっとトキトの隣に滑り込んでくる。

二人並んで後ろの壁に寄り掛かる。


「イチハ、ディゴラの時の事、ごめんな」

イチハを一人にして怖い思いをさせてしまった事について、トキトは責任を感じていた。

あの時イチハに一人で三頭目を追わせるべきではなかったのだ。


「ううん。大丈夫。何かあったってトキトとシオリが助けてくれるって思ってたもん」

イチハはイチハにしては落ち着いた言い方で言い返してくる。


「痛い思いはしなかったか?」

外見から傷がないことは分かってはいたが、実際にイチハに何が起こったのかはわからないので、実はトキトは心配していた。


「ううん。大丈夫。ディゴラに水魔法をかけた時、急に力が出なくなって意識を失ったの。気が付いたらベッドの上だった」

「じゃあ、やっぱり森の中にいたことは覚えてないんだ」

「うん。でも、トキトとシオリが助けてくれたのは何となく感じていたよ。そんな気がしていたもの」

イチハは思い出すように天井を見上げて言った。


「それにね、トキト達に助けられる前もね、別に嫌な感じはしなかったの。誰かが優しく話しかけてくる感じはしたけど…」

トキトも天井を見つめながら問い返した。

「へー、じゃあ夢でも見ていたのかな。でも、それ、だれに話しかけられたのかはわからないの?」


「分からないけど、なんか緑色のイメージ…かな」

「緑色のイメージ?」

「うん。緑色の光の中から誰かが話しかけてくる感じ。何を言っていたかは覚えてないけど、たぶん悪いことじゃなかったと思うの。……。だって、怖くなかったから」


「…そうか」

トキトはイチハの言っている事の意味は分からなかったが、それを深くは聞かなかった。

追及してもイチハを困らせるだけだと思ったからだ。


「さっき水魔法を使ったって言ったよね。だとするとディゴラを倒したのはイチハなの?」

倒れていた三頭目のディゴラのやられ方は特殊だった。

強力な銃の一発で仕留められたように殺られていたのだ。

もしそれがイチハのやったことならイチハの魔法は短時間で急激に成長したことになる。


「魔法で、水の弾を撃ったのは私だけど、倒したのは私じゃないと思う」

イチハは怪訝な顔をするトキトの顔をちらと見て、続けた。

「私の魔法だとディゴラの分厚い装甲を破るのは多分まだ無理だと思う。あの時は、私の撃った水の弾に何か強力な力が加わった感じがしたの。それで、えっ、なにっ、って思っているうちに気を失っちゃったっていう感じ…」


だとすると、やはりあの場には他に誰かがいたと考えるのが自然かもしれない。

あんな場所に、一体誰がいたのだろう。

トキトが考え込んでしまっていると、イチハがトキトの顔を覗きこむようにして言ってくる。

「ねえ、熱くなってきちゃった。外で話さない?」


「そうだな、だいぶのぼせてきた」

それに同意したトキトが湯船から立ち上がろうとした時、トキトは頭がぼぉーっとして、ふらついてしまった。

慌ててこらえようとするのだが、足に力が入らない。

それでも一人で倒れてしまえばまだよかったのだが、とっさに隣にいたイチハの腕を掴んでしまい、そのまま二人で湯船の中へと倒れこんでしまう。


「きゃー!」


お湯の中に倒れたイチハの身体を、トキトはのぼせてまともに動かない体にムチ打ち、抱き上げた。

もたもたしていたら危なくイチハを殺してしまうところだ。

イチハも必死でトキトの腕を掴んでいる。

何とかイチハを湯船から引き上げ、トキトがようやく息を整えようかと言うところで、風呂場の扉が、ばんっ、と開いた。


「どうか…した…の………か……な」

シオリだ。リーナとルーも後ろにいる。


トキトはお湯に落ちたイチハの上半身を抱き上げた状態でいた為、見ようによっては抱き合っているようにも見えなくはない状態だ。

トキトは頭が真っ白になり、何も考えることができなくなった。


そんな二人のすぐ横に、鬼の形相のシオリがつかつかと歩み寄り、イチハをトキトから強引に引きはがすと、一歩下がって振りかぶり、トキトの頬を思いっきりひっぱたいた。

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