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ネクストワールド・ワンダラー  作者: 竹野 東西
第2章 エルファールの第三王女
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キティエラの事情

キティエラはどことなく気品の感じられるゆったりとした口調で話し始めた。

「ご存じかどうかわかりませんがこのトールは私のおばあ様がエルファールの王家と完全に縁を切ることによって許された特別な街です。王に選ばれなかったおばあ様が特別に許されここに居を構えるには大変な苦労があったと聞いています。その際にはエルファールの軍隊とも戦った事もあるという話でした。しかし、おばあ様は追手にも味方にも一人の犠牲も出さず、その事を認められ、兄上でいらっしゃった先々代の王の特別のお許しを得てここに住むことを許されたのです」


「それでは私の場合も一人の犠牲も出さずに兄上に会うというのがこの先も生きていく事ができる条件なのでしょうか?」

リーナはテーブル手をつき身を乗り出した。

リーナが知りたかったのは正にその事だ。わざわざそのためにこの街までやって来たと言っても良い。


「いいえ、そういう訳ではありません。しかし、現王であるお兄様にお会いし、現王様から二心のないことを認められなければならないのは間違いありません。ただお会いしてもその時少しでも将来に禍根を残すように思われたなら、即刻首をはねられてしまうでしょう。ですが、まずお兄様に会わなければ話にすらなりません。今、国内では、慣例により王位継承権を失った王族狩りが横行しています。それは、未だ死亡が確認されていないヴァルガ様とリーナ様の死亡が確認されるまで続く事でしょう」


キティエラはテーブルの上のグラスを取り、一口だけ口に含んだ。

「ですから、それをやり遂げるにはよほどの覚悟と強い力が必要なのです」


リーナが大きく頷いている。

キティエラはそんなリーナを正面から見つめ、続けた。


「今回の王位継承に関して第三王女のリーナ様が、先王が亡くなって三か月たった今でも姿を隠しているのは聞いていました。リーナ様に王位を狙う野心はないらしいといううわさも聞いていましたから、おばあ様の時と同じ道を辿ろうとする可能性はあるだろうとも思っていました。そしてその場合、リーナ様はおそらくこの街を目指すのではないかと思い、そこにいるこの街唯一の騎士エルバサンと相談して、リーナ様の覚悟と力を見させてもらおうと考えました。

覚悟と力がなければお兄様に面会することすらかなわないでしょう。覚悟も力もあったとしても苦しい道のりが待っているはずなのです。

特に力がなくては、王の居る都にさえ行き着く事はできないでしょう。その時にはひどい殺され方をする事になるかもしれません。そのような目に遭わされるくらいなら、このトールで丁重に弔って差し上げた方が良いかとも考えていた所だったのです」

つまりキティエラはここでリーナを亡き者にする事も考えていたという事になる。


「そんな意味もあり、私はリーナ様から直接お話を伺う事にしたのです。リーナ様を無理やり攫ってこさせたのは、身辺警護の実力を見る為、ところがあっさりとリーナ様は捕まってしまい、これでは到底都までたどり着けないだろうとがっかりしていた所、一緒にいらした三人の風の民が畑を襲っているディゴラを退治しに街の外に出ているという話を聞いたのです」

キティエラは今度はトキトの方へと向き直った。


「風の民が味方だというのなら可能性はない事も有りません。そう思ってリーナ様の話を聞いていたら、三人は実は閃界人だというではありませんか。ならば皆さんにここに来ていただいてこれから苦労をされるであろうことなどをお話しし、それでもリーナ様の身を守るつもりがあるのかどうか聞いてみたいと思ったのです」


「いやそれなら襲ってこなくってもいいんじゃない?」

トキトはすぐに言い返した。

その話しが本当なら、トキトが騎士と戦う事は無かったはずなのだ。


キティエラが頭を下げてくる。

「申し訳ありません、エルバサンがどうしても閃界人殿と戦いたいと申し出たのです。どのくらい強いかを見てみたいと。閃界人には滅多に出会えるものではないので、こんな機会は二度ないだろうとも言いました。

幸いその時点ではリーナ様を攫った理由は街の人にも知らせていませんでしたので、そうする事は可能でした。街は大騒ぎになってしまいましたが、おかげであなた方が戻ってきた事もすぐに分かりました。ですから、その後は少なくともどなたかが屋敷にやって来ることは間違いないだろうと思っておりました。

そこで、もしトキト様かシオリ様がリーナ様を探しに館に来た場合には、実力確認の意味も含めてエルバサンが手合わせするよう、手はずを整えていたのです」


「いや、実力を見るだけなら事前に言ってくれればよかったと思うんですけど…」

普通に手合わせを願い出てくれれば、トキトもそれなりに対応できたはずなのだ。

今回の戦いでトキトの寿命はずいぶんと縮んだのではないだろうか。


すると、これまで黙っていたエルバサンが口を開いた。

「それでは意味がない。閃界人の実力がいかほどのものであるのかを知るためにはな…。とはいえ、いきなり襲いかかったことは申し訳ないと思っている。すまなかった」

そしてエルバサンは頭を下げた。


「わかった。もういいよ。…、でも、そうすると俺負けちゃったんだし、力がないっていう事になっちゃうのかな」

戦いの中、自分ではいけると思った場面も無い事は無かったが、結局は完敗してしまったのだ。

鎧の力がなければ今頃は真っ二つになっていてもおかしくはない。


「いや、本来なら負けていたのは私の方だ。トキト殿には人を殺すことに迷いがあった。その隙をついたから勝てただけで、そうでなければ今頃私は中庭で眠っていただろう」

普段あまり表情を表に出さないエルバサンがわずかに顔を曇らせた。


「今後はこのようなことは自粛してくださいね。エルバサンはこの街唯一の騎士なのですから、死なれては困ります」

キティエラの言葉にエルバサンは黙って頭を下げた。

キティエラは一瞬、呆れたようなほっとしたような微妙な表情を見せたが、顔を引き締めなおすとトキトの方を向いて言った。


「トキトさん、エルバサンを死なせないでくれてありがとうございます。でも、今回は私たちには殺意というものまではありませんでしたが、他の追手たちは容赦しないはずです。そんな中リーナ様を守りつつ、相手の命も奪わないというのは非常に大変なことだと思います。それでもリーナ様をお守りいただけますか?」


キティエラの問いにトキトは即答した。

「はい、そのつもりです」

シオリやイチハも異存はないだろう。

というか、ここで否定したりしたらあの二人に後で何をされるかわからない。


「ありがとうございます」

リーナがトキトの隣に来てその手を握ると、ルーもリーナに倣ってトキトの手を握った。

しばらく二人と手を握り合ったところで、トキトはずっと気になっていたことを聞いてみた。


「ところで、ディゴラを仕掛けたのもキティエラさんですか?」

何の為かはわからないが、何らかの理由があって、キティエラがわざとディゴラを放ったのではないかとトキトは予想したのだが、キティエラはそれについては否定した。


「ディゴラの事は私たちの策略ではありません。実際最近になって畑が荒らされるようになったのです。私達もなぜこんな場所にディゴラが出るのか不思議に思っていたくらいです。討伐にエルバサンを出せなかったのはリーナ様とエルファール軍の動向を探らせていたから。ラウトノの近くまでリーナ様が来ているという情報を入手したので、国軍より先にリーナ様に会うために街の外で情報収集してもらっていました。ディゴラについてはフォーラウがラウトノから戻ってから対応させるつもりでした」

ディゴラの襲来は何かしら人為的な作為が見え隠れしていると思うのだが、キティエラの言葉に嘘は感じられない。

となると別の勢力の仕業という可能性も出てくる。


「わかりました。疑ってすみませんでした」

「いえ、ディゴラの来たタイミングでリーナ様をさらったのですから、疑われても仕方がありません」

キティエラは一度目線をテーブルの上のグラスに移した後、しかしすぐに顔をあげて言った。


「すみません。もう一つあなた方に謝らなくてはいけない事があるのです」

トキトはリーナとルーと交互に顔を見合わせた。


「実は、エルファール軍に伝令を出しました。第三王女が街にいると…」

たちまちリーナとルーに緊張が走る。


「そんな」

ルーがリーナの肩を抱きキティエラを睨んだ。


「すみません。連絡をしないで後で分かればこの街は取り壊されてしまいます。ですから、連絡しないわけにはいかないのです。けれど、情報がラウトノに伝わりすぐに国軍が動き、馬で夜通し行軍したとしても四日はかかります。その間にあなた方には別の場所に移っていただきたいのです。辺境のラフィに向かうか、峠を越えて港町ニトラを目指すか、それともあえてラウトノを目指すか、その選択はあなた方が決めてください。そうすれば我々はあなた方が何処へ向かったのか知りません。ですから国軍に行先を問われても答えられない、というわけです」

行き先を知れば言わない訳にはいかないという事なのだろう。

だから言わずに出て行ってほしいと言っているのだ。


「私の使わせた使者がラウトノに着くのがおそらく明後日の朝。追討隊がその後すぐ出立し、夜通し駆けてきたとしてもそこから二日はかかるでしょう。ですから、最低四日間は大丈夫だと思いますが、できれば明後日までにはどうするかを決めて出立する方がいいと思います。必要なものがあれば申し出てください。可能なものならば提供させていただきます。」


リーナはじっと考えていたようだが、やがてすっと立ち上がり、キティエラに頭を下げた。

「ありがとうございます。後は私の意志でどうするか決めることにします」

そう言うとリーナは正面からキティエラの目を見つめ、その後二人はしばらく無言で見つめ合った。


「申し訳ありませんが、私たちにできるのはそのくらいの事しかありません。後はただただこの辺境の地から祈っています」

最後に三人は代わる代わるキティエラと握手を交わし、領主の館を後にした。

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