イチハの主張
リーナ達が合流したのはそれから二時間ほどたった頃だった。
南門の門番は、先に行った風の民の連れの者です、と言ったらそれ以上は何も聞かれず通してくれたという事だった。
それだけで済んだという事は、どうやら、門番は交代したという事らしい。
宿もこの街には一件しかなく、その頃には久しぶりの客がダルネスの宿に泊まりに来たという事は街中に知れ渡っていたので、この場所もすぐに見つかったという事だった。
「トキト、シオリ、あの電気を出すサイをやっつけに行くんだって? イチハも行くからね」
会ったとたんのイチハの第一声に、トキトは既にその事がこの街の人達にも知れ渡っていると知り驚いた。
こうなると、もう後に引く事は出来そうもない。
シオリがトキトの顔を窺っているのがわかる。
「どうする?」
イチハを連れていくつもりなのか、と聞いているのだ。
トキトは少し考えてからイチハに言った。
「うーん。イチハにも経験を積んでもらうようにしないと上達はしないと思うけど、経験って言ってもあいつとやるとなるとこっちも他まで気にしている余裕はないだろうし、イチハがピンチになっても助ける事が出来ないかもしれない。…だから、今回はお留守番しててくれないかな」
すぐにイチハが反論する。
「やだ、お留守番ならさっきやったじゃない。なんで私ばっかりお留守番なの。さてはトキトはシオリと二人きりになりたいんでしょ」
「違う、違うよ。俺もいっぱいいっぱいだからイチハを守ってあげられないかもしれないっていう事だって」
しどろもどろになってしまったトキトは、恐る恐るシオリの目を伺ってみたが、思ったよりもシオリは怖い目をしていない。
が、何やら面白いものを見ている目をしている。
「イチハ、トキトが二人っきりになりたいのはミティーニさんみたいよ。だけどもうダルネスさんの奥さんなんだけどね」
「えっ、そうなの?」
シオリにはイチハの気を逸らす意図があるのかもしれないが、そんな話は誤解だし、そもそもそれでは何の解決にもなりはしない。
「違う違う。別に何とも思ってないよ、っていうか、何の話をしているんだよ」
これ以上話が脱線しても困るので、トキトは強引に話を戻す事にした。
「今の俺達にとっては、リーナの身の安全を守る事が最優先事項なんだから、パムとイチハくらいはここに残ってあげた方がいいでしょ」
トキトとしては、リーナをダシにして、イチハについて来る事を諦めさせようという腹だったのだが、その策はリーナにあっさり砕かれた。
「私達なら大丈夫です。ここにいれば何の前触れもなく急に襲われることはないでしょうから。仮に国軍がこの街に来るとしても、前触れはあると思いますし、宿や街の人がざわざわしてきたら、その時は森に逃げ込むようにすればいいと思います。それに、この街の状態なら今日明日に国軍がこの街に来る事はないと思います。だから、心配しないで大丈夫です」
リーナにそうと言われてしまっては、トキトももうそれ以上何もいう事が出来ない。
黙ってしまったトキトにイチハが畳み掛けてくる。
「そんなに心配ならパムだけ残していけばいいわ。パムは鼻が利くからもし何か起こりそうなら教えてくれるもの。ねっ、パム。いいでしょう」
分かっているのかいないのかパムは尻尾を振っている。
「本当はリーナ達から離れてわざわざ危険な所へ行くのは避けた方がいいんだけどな」
リーナが捕まる様な事になれば、この街に来た意味がなくなると思っているのも本当だ。
何の為にここよりも近くにあったラウトノの街を避けて、こんな遠くの街まで来たのかわからなくなってしまう。
「仕方ないじゃない。この街の畑が荒らされて食糧が足りなくなったら、結局私たちも困るんだから。もう、覚悟を決めなさいよ。」
シオリもイチハの味方に回る事にしたようだ。
トキトが、そういう事じゃないんだけどな、などとぶつぶつ言っているのは、だれも聞いていない。
「イチハね、リーナに魔法教えてもらったんだよ。まだそんなにうまくはできないけど、絶対役に立つから、ね、いいでしょ」
「いつの間にそんな事…、って、えっ、リーナって魔法使えるの?」
トキトもシオリも全く知らなかった事だ。
「ごめんなさい。隠すつもりはなかったんですけど…」
リーナと一緒に何故かルーも申し訳なさそうにしている。
リーナが説明してくれる。
「私は魔法の国ウルオスに二年程留学したことがあって、その時に小さな魔法は使えるようになりました。けれど魔力を増やすのは苦手だったので、二年では大して魔力を増やすことができませんでした。だから大きな魔法は使えないのです。
トキトさん達を待ちながらイチハと話をしている時、なんとなくイチハには魔法の才能があるような気がしたので、初歩の魔法を教えてみたのです。そうしたら、すぐに覚えてしまいました。私が半年くらいかけてやっと覚えた内容をたった一時間ほどで…。自信を無くしてしまいます」
リーナは一瞬寂しそうな顔をしたものの、すぐに温かな眼差しになりイチハを見つめた。
イチハは自慢げに胸を反らしている。
「イチハ、水を出すことができるようになったんだよ」
それが本当なら、必要な時に水が得られるのだろうから、有難い、とは言えるのだろう。
だが、少し水を出す事ができるようになったからといって野獣狩りに役立つかというと、さすがにそうとは思えない。
それでも、経験しなければわからない事も世の中には多くある。
自分たちの負荷が増えることを差し引いても、イチハに経験を積ませる事は、今後のためには有益だとも考えられる。
命に関わるような事さえなければ、一緒に行った方がいいというのも事実だろう。
トキトはそう考える事にして、イチハが同行する事を承諾した。
「ところでリーナ、俺にも魔法を教えてくれないかな」
そしてトキトのその言葉をきっかけに、シオリも含めた即席の魔法講座が始まった。