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ネクストワールド・ワンダラー  作者: 竹野 東西
序章 閃光の彼方
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転移の前

その朝、トキトはいつも通りに目が覚めた。

久しぶりの休みなので、もっと寝ていても良かったのだが、恐ろしい事に体に染みついた習慣が時間通りに身体を目覚めさせ、寝過ごさせてはもらえなかったのだ。


トキトは、以前から、休みが取れた暁には昼までは寝ていようと考えていた。

しかし、一旦起きてしまった身体は、再び寝る事を拒絶していた。

なので、トキトは思い切って駅まで行ってみる事にした。

家に食べる物が何もなかったため、散歩がてらに駅前のコンビニまで行って、朝食を調達しようと考えたのだ。

こうしてトキトはいつも通勤で使っている見慣れた道を駅に向かって歩き出したのだった。


トキトが会社に入ったのは、もう二年も前の事になる。

これでも入社当時はやる気に燃えていたし期待の新人でもあった。

けれど、ある失敗から周りから見放されてしまう事となる。

トキトからしてみれば良かれと思ってやったことでも周りから見れば余計な事だったという事の様だった。


トキトはたちまち窓際へと飛ばされた。

窓際と言っても皆の嫌がる仕事を押し付けられるような部署だ。

その所為もあり仕事の量は多く、他の人が休んでいるような時期でも休みは取れない状態の日々が続いた。


それでもがんばっていればきっと誰かに認めてもらえると思い頑張ってきたのだが、どうやらそれも望み薄らしかった。

直属の課長に直接、自分の評価が低い事を告げられたのだ。

告げられたというよりは身に覚えのない事を理由に怒られたと言った方が正確なのかもしれないが、しかしその時の課長の言葉に嘘は感じられなかった。

恐らく自分が認められる日はこないであろう、トキトはそう確信できた。


そんな中、今日、日曜日を迎えたのだった。

日曜日でも休めるのは久しぶりの事だ。


駅前のコンビニでおにぎりを買って店を出たトキトは、今来たばかりの道を引き返す事にした。

情けない話だが、自分の家の他に行く場所が思いつかなかったからだ。


少し行くと、とある公園に差し掛かった。

ここはもちろん来る時も通った場所のはずなのだが、実はあまり印象には残っていない場所だった。


考えてみれば二年間、毎日この公園のすぐ隣の道を歩いていた事になるはずのだが、この公園の中には一度も入った事が無かった。

せっかくの機会なので、この公園のベンチに座っておにぎりを食べるのもいいかもしれない、不意にそんなアイデアが浮かんできて、トキトはこの公園に入る事を決めた。


入ってみて初めてわかったのだが、公園の中は意外に広かった。

公園の奥の方には小さな池があり、池の周りは遊歩道になっていて、手前の広場とつながっている。

広場の中央には時計のついた塔が立っていて、塔の下は花壇で囲まれ、その中に記念碑か何かだろうか、少し大きめの石が置かれている。


かなり大きな公園だというのに、公園内には誰もいない。

すぐ脇の通りにはそこそこ人通りがあるのだが、まるでここだけ別の次元に存在しているかのように、外の喧騒は聞こえてこない。


しかしトキトにとってはそれが心地良かった。

公園を独り占めにした気分になれたし、実際に独り占めにしている。


トキトは時計塔の前の広場の隅に置かれたベンチに座り、ここで朝食にする事に決めた。

買ったばかりのおにぎりの包みを開き、無造作に口の中へと放り込んでいく。

このおにぎりはお気に入りのおにぎりで、いつもはうまいと思って食べているもののはずなのだが、今日は何故か妙に味気なく感じられ、ただ物理的に空腹を満たしているだけ、という感じになってしまっている。


ベンチに座り、今にも雨が降り出しそうな灰色の空を見上げていると、様々な思いが浮かんでくる。

浮かんでくるのはここ二年間のあまり楽しくない出来事の数々だ。

そんなネガティブな事ばかりを考えているうちに、今までの自分の人生は何だったのだろう、と思う様になってくる。

死ぬ時に振り返って、意味のない人生だったと思いたくはない。

そんな人生なら、今死んでも同じだいう事になってしまうではないか…。

…などど、トキトはついつい良からぬ方向へと考えてしまうようになっていた。


そんな事を考えながら、しばらく公園のベンチと同化していたトキトだったが、ふと気がつくと、いつの間にか目の前の広場に小学生くらいの女の子が犬を連れて散歩に来ていた。

女の子は時計塔の前の広場で犬と遊ぶことにしたようで、そこでリードを離したり捕まえたりする追いかけっこをし始めた。

うれしいのか興奮しているのか、犬はリードを振り切って逃げ、近寄ってはじゃれる、という動きを繰り返し、女の子も、「ダメー」とか「待ってー」とか言いながらうれしそうに犬と戯れている。

女の子のかわいらしい赤いダッフルコートが犬の毛まみれになっている。


無邪気に遊んでいる女の子の様子をただ何となく見ているうちに、トキトはふと、最近は仕事以外では女性と話をした事が無かったな、等という事を考えてしまっていた。

小学生の女の子を見てそんな事を考えてしまう自分が嫌になる。

こんなことを考えている様では恋人が出来ないのも当たり前だ。


そんなトキトの思考とは無関係に、女の子は相変わらず無邪気に犬と戯れている。

別に変な趣味がある訳ではないが、純粋に可愛い女の子を見ていると心が和む。

少しだけ明るい気分にもなれた。

なので、もう少しこの女の子の事を眺めていたいという気持ちもあるのだが、じっと見ていて変なお兄さんがいると騒がれたりしても嫌だ。

別に何もやましい事はしていないとも思うのだが、そもそもトキトがこの場所に長くいたのは、ここが一人きりでいられる場所だったからだ。


この公園の中に次に人が入って来たら場所を変える事にしよう。

そう決意したとたんに、公園内に人の姿が増え始める。


駅とは反対方向の入口から、高校生ぐらいのベージュのダウンジャケットを着た女の子が、ブックバンドで束ねた本を片手に公園に入ってくる。

時計台の向こうの入り口からは、若いカップルが入ってきて、さらにその脇を、急いでいるのだろうか、高校生ぐらいの男の子が駅に近い出口に向かって全速力で駆けていく。

何がきっかけだったのかは分からないが、先ほどまでの静寂が一気に崩れていくような不思議な感覚だ。


そんな時だった。

時計塔から十時を告げるメロディーが流れてきたのは。


そして次の瞬間、周りが見えなくなるほどのまばゆい光に包まれ、自分が何処にいるのかさえ分からなくなってしまう。

気が付くと時計塔は遠く見えなくなっていた。


それからしばらく、身体が流されていく不思議な感覚に身を任せながら、何となく思考を巡らせていたトキトだったが、少しして、そのスピードがいつの間にかゆっくりになっていた事に気が付いた。


と思った側から、今度は急速に下降していく感覚に襲われる。

そして、さらに上から何かに強く押し付けられる様ような圧力を感じ、その圧力を何とか踏ん張りやり過ごすと、トキトは元居た公園とは似ても似つかないとんでもない場所に居る事に気が付いた。


そこは巨大な穴の中だった。

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