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ネクストワールド・ワンダラー  作者: 竹野 東西
第1章 竜の穴
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襲撃

「シオリ、上を見て」

トキトは、シオリの遥か上、トキト達が今いる大穴の入口に当たる一角を、目を凝らして見つめていた。

そこには、はっきりとは見えないが、何やらうごめくものがいる。


「なにかしら。猿? ……。ゴリラかしら?」

「いやそんな大きさじゃないようだよ。かなりでかい。まさかここまで降りてくるとは思わないけど、穴の中をうかがっているようだ。…二、いや三匹はいる」


「レンドローブ、起きてくれないかしら」

「レンの言う通りならあと一日。とにかくレンの近くまで行っておこう」

トキトは咄嗟にレンドローブの事を「レン」と呼んでいた。

イチハの呼び方が移ったのかもしれないが、これが意外にしっくりくる。

「了解。そうしましょう。イチハの近くにいた方がいいしね」

シオリの表情には少し動揺の色が浮かんでいる。


二人して急いで赤竜に向かって走り始めると、すぐに上から風切り音が聞こえてきた。

トキトは慌てて視線を上に向けた。


驚いた事に、その時にはもうすでにその何者かは崖の縁から飛んでいた。

重力に乗って、急速に近づいて来るのがわかる。

トキトの常識からすると、まさかあれだけの高さから飛び降りるヤツがいるとは、とても思えなかったのだが、それは誤りだったと考えるしかない。


「シオリはレンの側でイチハを守って」

トキトはシオリの背中を押すと、自分はその場で立ち止った。

こうなったら、アイツの事は何とか自分が食い止めるしかない。


大きな音を伴って毛むくじゃらの大きな体が目の前十メートルほどの所に降りてくる。

立つと二メートル以上はある大きな猿だ。

目の前に立っているだけで、充分な威圧感がある。

しかも大猿は明らかに敵対するそぶりを見せている。

我々を襲う気なのか竜を狙っているのかはわからないが、襲ってくる気は満々だ。


トキトは両手で剣を持ち、その大猿と対峙した。

シオリは今、レンドローブの所へ向かってくれているはずなのだが、足音は聞こえるものの振り向いて確認する事など、とても出来る状況ではない。

さすがにレンドローブの時とは比較にならないが、それでもとてもよそ見が出来る状況ではないという事だ。


そもそも、あの時はあくまでも運が良かっただけでしかない。

相手がレンドローブとは比べようもない大猿であったとしても、実力では自分達の方がはるかに分が悪い事は明らかだ。


けれど、トキトにはここで逃げるという選択肢はなかった。

たとえ自分が犠牲になろうとも、二人の事は助けなければならないと思っていたからだ。

前の時は自分が先に殺られてしまえば二人が殺られるところを見なくて済む、くらいの考えでしかなかったのだが、この四日間を共に過ごした事により、そういう訳にもいかなくなった。

最悪、自分は殺られても、二人の事はなんとしても助けなくてはいけない。

たとえ相打ちになったとしてもここを乗り切りさえすれば、明日にはレンドローブが目を覚ましてくれる。

そうすれば、きっと道は開けるに違いない。


穴の底に着地した大猿は、しかしまだトキトの事を襲って来ない。

よく見ると大猿の動きがどこかぎこちない。

さすがにこの高さを飛び降りて、ダメージがゼロという訳ではなかったようだ。

ならば、この機を逃すわけにはいかない。


「うぉー」

トキトは、大きな声を出す事で自分自身に気合を入れ、大猿に向かって駆け出した。

が、二、三歩前に進み出たところで、別の一匹がトキトのすぐ目の前に落ちてきた。

さらに別の大猿が後方にも降りたような気配がある。

やはり大猿は三匹いたようだ。


後ろに降りたヤツの事も気になるが、しかし今はそれどころではない。

目の前三メートルほどの所に突然現れた大猿には、一瞬固まってしまうほど驚いたが、降りた直後は動きが鈍くなる事は一匹目の動きから学んでいる。

トキトは、そのまま目の前の大猿に近づくと、持っていた剣で一気に大猿の腹を薙いだ。


大猿は避けようとしていたらしいのだが体が反応しなかったらしく、まともにトキトの剣をその胴で受ける形となってしまい、腰から下をその場に残したまま上半身だけが吹き飛んだ。

周辺に鮮血がまき散らされる。


トキトは大量の血しぶきに体が拒否反応を起こすのを必死にこらえた。

まだ終わった訳ではない。

ここで動かなければ、結局二人が殺られるところを見る事になる。


「次。二匹目!」

トキトは無理やり声を出し、気合を入れ直した。


そして、倒した二匹目の向こう側にいる最初に降りた一匹目の様子を窺うと、一匹目はすでにとある大きな岩の上によじ登っていた。

二匹目に関わっている僅かの間に動けるようになったという事の様だ。


「まずい」

トキトは大猿がこんなに早く回復するとは思っていなかった。

これでもうこちらの優位はなくなってしまっている。

一匹倒しただけでも儲けものといえるのかもしれないが、しかしまだ二匹も残っている。


後ろ二人の様子も気になる所だ。

降りたばかりの三匹目は今はまだ動きが鈍いのだろうが、おそらくすぐに回復してしまうのだろう。

そんな事を考えて、トキトが一瞬、気を逸らしたその隙に、一匹目の大猿が、トキトの目の前に飛び込んで来て、その長い腕を活かし、鋭い爪で襲ってきた。


トキトはそれを何とかぎりぎりで躱した。

シオリとの訓練は無駄ではなかったようだ。

身体が自然と動いている。


そして今度は逃げる大猿を追うように剣を振るってみたのだが、剣は大猿をかすめ、空を斬るだけだった。

すぐに次の攻撃に備えて剣を戻す。

しかし、それよりも早く大猿の方が次の攻撃を繰り出していた。


急いで回避するが間に合わず、今度はもろにその腹に大猿の鋭い爪を受ける事となった。

大きな衝撃に思わず全身に力が入る。

トキトは大きく飛ばされ、地面に叩きつけられた。


しかし、トキトは体に異常がない事に気が付いていた。

身に着けている鎧にも傷一つついていない。

これは明らかにこの鎧の効果だ。

この鎧の優秀さには感謝するしかない。


大猿は腕に受けた衝撃が理解できなかったのか、しばし右腕を見つめていたが、少しするとよろよろと立ち上がろうとしているトキトに気付き、再び飛び掛かかってきた。

腹に受けた衝撃を振り払い、なんとか立ち上がろうとするトキトの心臓目がけ鋭い爪で突いて来る。

トキトも慌てて剣を振るうのだがわずかに間に合わない。


大猿の爪が鎧の胸の部分に命中し、トキトは再び大きく吹き飛ばされた。

息ができないほどの衝撃で、一瞬体が硬直する。


トキトは気を失わないよう必死に意識を保ちながらダメージを確認した。

どうやら大猿の力ではこの鎧を破ることはできないようで、体中に痛みは感じるものの傷は何処にも負っていない。

だが衝撃をまともに受けてしまったため、体がまともに動くようになるまでにはまだ少し時間がかかりそうだ。


まずい。

さっきの要領で次の攻撃が来たら今はもう避けられない。

鎧のおかげで傷は負わないのかもしれないが、次に吹き飛ばされたら気を失ってしまいそうだ。

そうなればさすがにもうお終いだ。

思わず身体を固くするが、次の攻撃はやって来ない。


恐る恐る見てみると大猿が血走った目でついさっきトキトを襲った自分の右腕を凝視している。

そして、その右腕を天に向かって伸ばす様にして、ものすごい咆哮を発した。

が、実際は、腕はさほど伸びていない。

右腕のひじから下がなくなっていたからだ。

手ごたえは感じなかったが、トキトの剣は大猿の腕に届いていたという事らしい。


この瞬間、大猿のトキトに対する意識は綺麗に消えてしまっている。

これはチャンスだ。

行くしかない。


素早く剣を構え直したトキトは、無防備に右腕を上げながら吠えている大猿に向かって駆け出した。

トキトの気配に気付いた大猿がトキトの方を見る。

トキトと大猿の血走った視線が交錯する。

しかし今度はトキトの方が早い。


持っていた剣で大猿の胴を一閃する。

剣は恐ろしいほどの切れ味で、大猿は真っ二つに両断され、大きな音とともに崩れ落ちた。


二匹の大猿を倒し、肩で息をしているトキトの耳に後方から金属音が届いて来る。

慌てて振り向くと三匹目の大猿の爪がシオリの剣を弾いたところだった。

三匹目の左腕には傷があり、そこから血が流れていることから、シオリもすでに戦っていた事がわかる。


三匹目はがら空きのシオリの胴を左側から突いてくる。

傷ついた左腕での突きではあったが、シオリに大きな衝撃を与えたことは遠目にもわかった。


シオリの華奢な体が五メートル程も吹っ飛んだ。

シオリは背中を後ろの岩にうちつけ意識が飛んでしまったようだ。


まずい。

トキトの位置からシオリの飛ばされた場所までは、まだ二十メートル以上はある。

助けに駆け寄っても三匹目の方が早い事は間違いない。


「ウォーー。こっちだ大猿!」

トキトは三匹目の注意を引くべく大声を上げた。


三匹目は一瞬トキトの方を見た。

しかし、すぐにシオリに向き直り、前傾姿勢を取る。

まずはターゲットをシオリと定めたようだ。

トキトは既に全速で走っているのだが、間に合わない。


トキトは思わず叫んでいた。

「レン!頼む、シオリを助けてくれ!」


三匹目がシオリに飛び掛かる。

気を失って無防備な事をいいことに、鎧のガードのない顔面めがけて鋭い爪で突いている。


「だめだ、間に合わない」

そう思った次の瞬間、三匹目の姿がトキトの視界から消え、一拍の後、大きな振動と共にトキトの後ろの崖の一部が大きく崩れ落ちた。

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