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第八話 龍翔砲

 翌日、朝一番にラーグ街道を通ってシロップ村に到着した旅人がいた。

 魔物の危険を避けてあえて野営せず、夜通し草原を歩いてきたらしい。彼に情報料として銀貨を数枚握らせてやると「大規模な武装キャラバンが俺と同じ時期にカーキ村を出発した」という情報を聞かせてくれた。彼がカーキ村を出たのが四日ほど前のことなので、キャラバンの足の遅さを考慮すると、今日の昼あたりに問題の魔物が出没するポイントに差しかかる。


 キャラバンが狙われる可能性は高い。情報によると、ここ一週間のうちにラーグ街道を通ったキャラバンは半数以上がやられていた。大規模となればなおさらだ。たとえ武装していても、凶悪な魔物のことだからお構いなしだろう。


「これは行くしかないな」


「そうね、すぐ出発しないと間に合わない」


 俺たちは泊まっていた宿屋に必要最低限以外の荷物を預けて身軽になると、すぐに村を出発した。そしてラーグ街道をマラソン並みのスピードで駆けていく。石畳の敷かれた街道は走りやすく、予想以上に速度が出せた。この分なら昼までに無事目的地へたどりつけそうだ。


「ねえ、そういえばあんたなんでひょうたん持ってるの?」


 急いではいたが、俺はいつもと同じようにひょうたんを背負っていた。

 そんな俺の様子にネルが不思議そうに声をかけてくる。俺は彼女の方へ振り返ると、ああ、と軽い調子で頷く。


「戦いに使うんだよ。大丈夫、空だから」


「そりゃいいけど、ひょうたんなんて何に使うのよ。盾?」


「それは企業秘密」


「なによ、気になるじゃない」


「そう言われると、余計教えたくなくなっちまうよ」


「む……」


 むすっと頬を膨らませたネルに、俺はニヤッと笑って見せた。ま、戦えばわかることだしな。ネルにはそれまで楽しみにしておいてもらおう。


 こうして俺たちが街道をひた走っていると、後ろからガタガタと音が響いてきた。振り返ると、四頭立ての大きな馬車が土煙を上げながらこちらへ迫ってくる。街道のど真ん中を走ってくる馬車を避けて、俺たちは道の端へと寄った。すると――。


「ああッ!!」


 猛進する馬車の幌の隙間から、天元流の蒼い胴着を着た男が見えた。思わずネルは声をあげて、馬車の方へと走り寄ろうとする。しかし車輪を軋ませ突き進む馬車には追いつけず、彼女は拳を握りしめる。


「急ぐわよ!」


「おお!」




 馬車とすれ違ってから二時間ほど後。

 俺たちの目に問題のキャラバンと思しき車列が飛び込んできた。大きな幌馬車が六台に、それを守る騎馬が一台につき二人付いている。さらに、各馬車の御者台には御者のほかに武装した男が一人ずつ乗り込んでおり、双眼鏡で周囲を警戒していた。


 その車列の後を、少し離れて天元流の連中が乗り込んだ馬車が追いかけていた。どうやら連中は、キャラバンに同行しながら魔物を待ち伏せするらしい。ネームバリューだけは無駄にある連中なので、強引に割り込むことに成功したのだろう。


「休憩だ! 馬車を止めろ!」


 先頭の馬車から小太りの商人らしき男が顔を出すと、後ろに続く車列に向かって大声で叫んだ。たちまち御者たちは馬を止め、警戒に当たっていた騎馬武者たちもまた素早く馬を下りる。彼らは最後尾の馬車から水桶と飼い葉を持ってくると、疲れ始めていた馬たちに与えた。鼻息が荒くなっていた馬は、ゴクゴクと喉を鳴らしながら勢いよく水を呑んでいく。それを見たクーが物欲しげな顔をしたので、俺は水筒の水を少し分けてやった。


「どうする、合流する?」


「いや、天元流の連中に邪魔されるだろ」


「うーん、あんまり柄じゃないけどこっそりついてくしかないか」


 俺たちは街道を少し外れて草原の草に紛れた。姿勢を低くして、キャラバンに見つからないようにしながらこっそりとその様子を観察する。クーもまた俺の背中に張り付くようにして、その緑の身体を小さくしていた。


 そうして十分ほどが過ぎた時だった。馬車に残って周囲を警戒していた男の一人が、ふと手にしていた双眼鏡を置く。そして口にメガホンよろしく両手を当てた。


「ブラックウルフだ、こちらに向かってくるぞ」


「何匹いる?」


「一匹だ」


「やれやれ……」


 警備の男たちは気だるい様子で武器を構えた。ネルに聞いた話だが、ブラックウルフというのは本来そこまで強い魔物ではないらしい。通常種一匹ではとても大した脅威にはならないだろう。警備の男たちの態度には、余裕とそこから来るある種の面倒臭さがはっきりと見て取れた。


「おい、デカイぞ! デカイ!」


 男たちが武器を構えた時。最初にブラックウルフを発見した男が、再び声を張り上げた。遠目でははっきりとわからなかった敵の大きさが、ようやくわかったようだ。男たちの間をにわかに緊張が走る。彼らは先ほどまでのふ抜けた様子とは打って変わって、それぞれ真剣な表情で武器を構えた。


「来たようだな」


「間違いないわね、例の奴よ」


 キャラバンの雰囲気から察する限り、問題の魔物のようだ。

 俺とネルもまた、姿勢を低くしつつも男たちと同様に戦闘態勢に入った。敵はいったいどこからキャラバンを襲うつもりなのか。そのことに意識を集中させていく。すると東の方から、風が草を薙ぐかのごときザワザワという音が響いてきた。ドンドンッと何かが地面の上を躍動するような振動も伝わってくる。


「来たっ!!!!」


 黒い巨体が緑の海から跳ねあがってきた。

 大きい、とんでもなく大きい。

 敵の黒い影が馬車一つをすっぽりと覆ってしまった。陽光を反射する牙と、その奥に覗く赤黒い口。それは大人を五、六人まとめて丸のみにできそうだった。細く伸びた鼻先からふさふさとした黒い尻尾の先までは、軽く十メートルはありそうだ。胴体は大型バスぐらいの大きさがあり、そこから生える手足はさながら丸太のような太さである。


「なんて大きさよ! 通常種の十倍は軽く――」


「グアアァ!!!!」


 地を揺るがすが如き咆哮が、ネルの言葉を遮った。クソ、鼓膜がぶち破られそうだ!

 キャラバンを守る男たちはその音量に一瞬だが怯んでしまい、瞬く間にブラックウルフの強靭な前足によって吹き飛ばされてしまう。強力無比な爪の一撃をくらった男たちは、その一撃によってほとんど戦闘不能になってしまった。これで五人。一気に半数近くまで数を減らされた男たちは、その顔に焦りの色を浮かべる。


 キャラバンの先頭付近でのんびり一休みしていた小太りの商人は、一瞬の出来事にたちまち半狂乱となった。彼は車列の後ろに続く天元流の馬車を見ながら、蒼い顔で叫ぶ。


「先生方! 先生方ーーッ!!!!」


「おうッ!!」


 商人の悲鳴に呼応して、威勢のいい声が響いた。馬車から次々と男たちが下りてきて、ブラックウルフの方を睨みつける。自分たちの実力によほど自信があるのか、天元流の男たちはその黒い威容を見ても全くひるむことはなかった。彼らはじりじりと退いていく護衛の男たちと入れ替わるように走り出す。


「俺たちも行くぞ!」


「ええ!」


「キュー!」


 俺たちは一斉に草むらを飛び出すと、ブラックウルフの方へと走った。俺たちの姿を見つけた天元流の男たちは、たちまち顔を曇らせる。彼らの顔に赤みが差し、走っていたはずの足がにわかに止まった。


「てめえらこんなとこまで来てたのか!」


「あいにく、俺たちもあれを狙ってたからな」


「ふん、まあいい。先に倒せばいいんだ!」


 天元流の男たちはそう吐き捨てると、暴れるブラックウルフの前に立ちふさがった。警備の男たちはもうすっかり退いてしまっていて、馬車を守る最低限の人員しかいない。ブラックウルフの前には広々としたスペースができていた。天元流の集団はそこに陣取ると、一斉に構えをとる。両足をアキレス腱を伸ばすように広げ、両手を後ろに下げたその構えはかなり独特だった。


「天元流・五重烈風拳打!!!!」


 天元流の五人の男は、同時に凄まじい勢いで拳を繰り出し始めた。五人の腕は、そのあまりの速さに分裂して見えそうなほどだ。拳が風を切る音がビュウビュウと周囲に響き、拳が黒い毛並みを穿つ。


「ララララララララァ!!!!」


「ギャア!」


 ブラックウルフの巨体がわずかに揺れたように見えた。一瞬で男たちの身体を爪で薙いだのだ。速い、残像すらも残さぬほどに。


「ふぐァ……!!」


 男たちが飛ぶ。巨大な身体が弧を描いて宙を舞い、草原へと叩きつけられた。彼らは口々にうめき声を上げ、すぐに立つことすらできない。その一方で、壮絶な攻撃をもらっていたはずのブラックウルフは涼しい顔だ。その黒い巨体で近くに居た男たちを払い飛ばすと、満足げな様子で荷馬車に足をかける。


 俺たちのすぐ近くにも、男が一人吹き飛ばされて来た。昨日ネルに声をかけてきた、天元流の集団の中でもリーダー格の男である。彼は負傷した膝に手を当てながらも、ブラックウルフを睨みつける。


「化け物め……!」


「あとは俺たちに任せな。あんたたちじゃ無理だ」


「……ふん、何を言うかと思えば。いいだろう、倒せるものなら倒してみろ!!」


 男は嘲笑しながらそういうと、俺たちの顔を睨みつけた。俺は背中に背負っていたひょうたんを下ろすと、荒れ狂うブラックウルフをまっすぐに見据える。ネルやクーもまた、すでに戦いの準備は万全のようだった。二人の身体に魔力が満ち満ちているのが気配でわかる。


「ネル、クー! あいつは動きが速いから、炎で取り囲んでくれないか? 動きさえ止めてくれればあとは俺が倒す」


「わかった! 行くわよ、クー!」


「キュイ!」


 走り出すネルとその背中を追うクー。

 俺はそんな彼らを見ながら、ひょうたんを肩に担いだ。そして眼を細めると、ブラックウルフの眉間に狙いを定め、ひょうたんの栓を抜く。ポンっと空気音。ちょうどその時、クーとネルもまたそれぞれブラックウルフを挟む位置についた。


「陽炎流・炎月陣!」


「キュイーッ!!」


 ネルが炎を纏った拳を地面に叩きつけた。たちまちそこから一陣の炎が大地を走り、壁となってブラックウルフを囲む。さらにクーが全力で炎を吹き付け、その壁を高く厚くした。黒い巨体をすっかり覆い尽くすほどになったその壁は、圧倒的な熱量でもってブラックウルフの動きを封じる


「今よ!」


「ああ! 龍泉流……」


 手から一気に魔力をひょうたんの中へと流し込む。ひょうたんがにわかに魔力で満たされ、わずかばかり重さが増した。


「龍……」


 貯まった魔力を一気に回転させる。口に向かって、螺旋を描くように。


「翔……」


 魔力の回転数が上がり、ひょうたんが鈍い唸りを上げる。それでもさらに回転数を上げ、エネルギーを極限まで膨らませていった。やがてひょうたんがミシミシと悲鳴を上げ始め、爆発寸前になったところで、一気に口から――。


「砲ッッ!!!!!!!!」


 解放。

 青白い光の龍が草原の空を飛んだ――。


やっと主人公が技らしい技を出しました。

次回はいよいよ、次の街へ舞台を移していきます。

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