第七話 天元流
金貨三百枚を狙って、俺とネルは街道を襲う魔物を狩ることに決めた。二人ともそれなりに腕には自信があったし、あんまりお金がなかった。特に俺は、大陸の南方まで旅をしようというのに日本円にして十万円ぐらいしか所持金がないから、旅費の確保は死活問題である。
そんな事情もあって、俺たちはさっそく依頼主となっていた村の商店などを回り、問題の魔物の情報を収集した。さすがに村の脅威となっている魔物だけあって、その情報については皆それなりに詳しかった。三時間ほどの聞き込みで、魔物についておよそ集めうる情報が集まる。
問題の魔物は、シロップ村からやや南東に離れた草原の中央付近に住んでいるそうだ。その姿をはっきりととらえた者は今のところいない。ただ、馬車の襲撃現場に残されていた黒く長い毛と、生き残った者が恐ろしく大きな黒い影を見たという情報から、この草原に生息するブラックウルフの変異種ではないかとのことだった。
「ブラックウルフねえ……」
夕刻、村の中心部からやや東に位置する宿屋『ひよどり亭』のカウンターで、俺たちは食事をしていた。西部劇を彷彿とさせるワイルドな雰囲気の酒場でパンをかじりスープを飲みながらする話は、もっぱら魔物の討伐に関する話である。
「ウルフ種は行動範囲が広いから、討伐するとなるとなかなか厄介だわ。なんかいい方法でもないかしらね」
「そうだなあ、現場に落ちてた毛ってやつがあればなんとかなるんだけど……」
俺はテーブルの下で旨そうにミルクを啜っているクーを見た。
クーの鼻は、警察犬ならぬ警察ドラゴンが務まりそうなほど優れている。毛の匂いを覚えて、魔物を追跡することぐらい容易いだろう。ただ問題は、事件の重要な証拠である毛を見ず知らずの俺たちに貸してくれる人がいるかどうかということだ。
「とりあえず……しらみつぶしに探してみる?」
「それはさすがに……」
何せこの平原、広いのだ。
シロップ村からその隣の隣にあたるカーキ村まで、三つの村にまたがって広がっている。モンゴルの大平原とまではいかないが、大人の足でも横断に五日はかかる広さだ。たぶん、東京がすっぽり入るとかそれぐらいの広さはあるだろう。その中からたった一匹の魔物をアバウトな情報だけで捜すなど、一体どれだけ大変だろうか。考えただけで足が疲れてくる。
「ふう……」
「うーん……」
大きくため息をつくと、俺とネルは揃って浮かない顔をした。閑散とした店内を、何となく気まずい空気が流れ始める。するとその時、どんよりしていた店の雰囲気を打破するように威勢のいい声が外から響いてきた。
「おーっす!!」
なんとも体育会系な掛け声とともに入ってきたのは、揃いの青い胴着を着た男たちだった。やたらガタイの良い彼らは、周囲を威圧するように肩で風を切って歩いている。その畳ぐらいはあろうかという大きな背中には、黒々とした文字で「天」を意味する大陸文字が染め抜かれていた。どうやら、どこかの流派の集団のようである。
連中は俺たちのすぐそばに陣取ると、横柄な態度で主人に酒を注文した。特にゆっくり作業をしているわけでもないのに、「はやくしやがれ!」という声が幾度となく聞こえてくる。こりゃ、絡まれたらめんどくさそうだな。
「厄介な連中がきたわね」
ネルはチッと舌打ちをすると、俺の手を引いた。俺はネルの方に身体を寄せると、そっと彼女に耳打ちをする。
「知ってんのか?」
「自称天下一の流派、天元流。背中に背負ってる天の字が目印よ」
「……なんか弱そうだけど、ほんとに天下一なのか?」
俺は男たちの方に軽く視線を走らせた。筋骨隆々とした彼らはいかにも強そうだが、その実、雰囲気が全く洗練されていない。身体の動かし方や重心移動などに熟練の武道家独特の癖というものがないのだ。その横暴な雰囲気も相まってか、せいぜい武道をかじったゴロツキ程度にしか見えない。
「はっきりいってピンキリ。総帥のローハン老師は武道会を三連覇した達人だけど、同時に門下生の獲得に物凄い熱心な人でね。あちこちに支部を作って、実力のない奴でも希望すればドンドン入れちゃうのよ」
「手広くした結果、質が下がっちまったってわけか」
日本でも割と良くある話だ。大きくし過ぎるとろくな結果にならないって典型例だな。
「そういうこと。あいつらはきっと最下層の連中ね」
ネルはやれやれとばかりに手を上げると、大きなため息をついた。俺もそれにつられて、ふうと息を漏らす。するとその直後、俺たちの肩を丸太のような腕が押さえつけた。
「おい、てめえら。今俺たちの悪口を言わなかったか?」
「……もしかして、聞こえちゃった?」
額に汗を浮かべながら、あははとネルは頭を掻いた。男は彼女の胸ぐらをつかむと、無理やりに椅子から立たせる。
「てめえ、見たところ魔導師のようだが何流だ? 俺たちのことを馬鹿にするんだから、さぞかし名のある流派なんだろう?」
「それは……」
ネルは男の顔から眼を逸らした。その顔は少し追い詰められているようだ。実力的に言えば、ネルはこいつらなんぞよりずっと強いはずなんだが……どういうことだ?
「おい、何流なんだよ? ああ!?」
「…………陽炎流よ」
ネルは小さな声でぼそっと呟いた。するとたちまち、男たちはどっと噴き出す。彼らは腹を抱えて、大気が割れんばかりの勢いで笑いを上げた。野太い声がさながら洪水のように俺とネルを押し流していく。その津波のような音の波に驚いたのか、クーまでもが「キュイ!?」と声を上げた。
「こりゃ傑作だ、よりにもよって陽炎かよ!」
「ひっでえ、万年一回戦敗退が何ほざいてんだか!」
「うるさい! 私が武道会を制して、陽炎流を天下一の流派にするんだから!」
「ははは、良く言うぜ!」
「無理無理、お前らはいつまでたっても天下最弱だろうぜ。そんなことに努力するぐらいなら、その身体活かして頑張った方がいいんじゃねーのか?」
一人の男がネルの胸元を見ながらおどけて言って見せた。それに呼応するかのように、男たちは再び大きな笑い声を上げる。ネルはたまらず、ギュッと唇をかみしめた。
「クッ!」
眉間に血管が浮かび上がり、手が深紅の炎を纏った。赤々と滾る透明感のある炎は、魔導師でない俺にも莫大な魔力が込められていることが分かる。その熱量は離れているはずの俺の頬にまで伝わってきて、直視しがたいほどだ。
「やろうってのか? いいぜ、相手してやる!」
「焼き尽くしてやるわ!」
炎を帯びた拳が、目の前の男に向かって放たれた。その速い動きを男は眼でとらえることすらできなかったのか、かわす動作すらしない。まずい――! 俺とクーは素早くネルと男の間に割って入ると、強引にネルの拳を止めた。肩のあたりを熱気の塊が掠め飛び、その熱さに俺は顔をゆがめてしまう。
「何するのよ!」
「馬鹿ッ! それはヤバ過ぎだろ!」
「むう……!」
「な、なんだ。さすがは陽炎流、子どもに止められるとはダサすぎだぜ! ハハハッ! 喧嘩する価値もねーや!」
男たちは一瞬顔をひきつらせたが、すぐに元の調子に戻った。彼らはカウンターの上にポーンと金貨を投げると、ガハハと馬鹿笑いをしながら酒場を出ていく。そのウドの大木のような身体が見えなくなったところで、ようやくネルは落ち着きを取り戻した。俺はゆっくりと、その細い腕を放してやる。
「ふう……いったい何なんだあいつら? ネルを馬鹿にしに来たのか?」
「決まってるわ、どこかから魔物の情報を聞きつけてきたのよ。きっとこの酒場にも、情報収集に来たんでしょ」
「同業者ってわけか」
「ええ、負けられない同業者ね」
俺とネルは互いに顔を合わせると、ニッと凄惨な笑みを浮かべた。
――あんな奴らに負けてたまるか!
俺たちの心に、熱い闘志が滾った瞬間だった。
カマ……ごほん、ライバルの登場です。
アクセス数が凄いことになってびっくりしてますが、次回もぜひご覧ください。




