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第六話 シロップ村

 龍酔酒を呑んですぐ、ネルはぶっ倒れてしまった。

 彼女曰く「花畑の向こうに綺麗な川が見えた」だそうだ。

 ま、慣れない人間が一気飲みしたらそうなるわな。

 その日は仕方なくその場で野宿し、翌朝、ネルの体調が回復するのを待って俺たちは旅を再開した。二日酔いしなかったのはさすがに鍛えている魔導師といったところか。


 そうして歩くこと約半日。

 朝日が昇る頃に出発した俺たちは、昼前になってようやく森を抜け、なだらかな起伏のある広々とした平原へ出た。地平線の果てまで緑の海が続くその様は壮観で、吹き抜ける風がほのかに湿り気を帯びている。


 日本でも北海道のあたりに行けばこのような風景はあるのかもしれないが、俺は初めて見る景色だった。自然と足取りが軽くなり、若干だが歩くペースが上がる。クーも初めてみる景色なのか、キュウキュウといつも以上に元気が良かった。一方で、旅慣れているネルは興奮する俺たちを見て苦笑していた。田舎もんで悪かったな、田舎もんで。


 そうして気分良く平原の道を西に進んでいくと、割と大きな集落の姿が見えてきた。場所からすると、シロップ村だろう。スレートの屋根を葺いた煉瓦造りの割と近代的な建物が、ニ列に分かれて立ち並んでいて、その列の間を太い石畳の道が通っている。名前に村と付いてはいるが、田舎の農村というよりはラーグ街道沿いに発達した宿場町のようだ。


「ついた! 思いっきり美味しいもの食べるわよ!」


 村の入り口のあたりにつくと、ネルはそう気勢を上げた。龍酔酒のせいで、食欲をなくした彼女は昨日からほとんど何も食べてないのだ。その空腹は想像して余りある。ただ、往来で叫ぶのはやめてくれ。マジで恥ずかしいぞ。


「この村って何か名物とかあるのか?」


「スイーツ! シロップ村といえば何よりスイーツよ!」


「へえ、そんなものあるんだな……」


 意識してみると、ちらほら「甘味処」と看板を掲げている店があった。中世ヨーロッパは砂糖がとんでもない貴重品だったというが、そこは異世界、やはり地球とは違うのだろう。庶民でもみんなスイーツを食べるらしい。


「さてと、どの店がいいかな……」


「待った、いきなりスイーツなんて食べたら身体に悪いだろ」


「平気平気、今の私は何より糖分を必要としてるの! 糖分に飢えてるのよ!」


 必死だ! 眼から炎が出そうだ!

 俺はネルの瞳の奥に鬼気迫るものを感じた。クーもそれをしっかりと感じ取ったようで、ネルとは反対側の肩へと移動する。


「そ、そういうものなのか……?」


「そうよ! だいたい、龍酔酒のせいで今でも口が苦くてたまらないんだから。甘いもので口直ししないといけないわ」


 拳を振り上げ、そう力強く宣言したネルは俺の手をガシッと掴んだ。

 そして半ば強引に、道沿いにある大きな甘味処へと俺を連れ込んでいく。いきなりスイーツはどうかと思うが、今のネルは怒りで覚醒した野菜ネームな人々と同じ気配がした。まあしょうがないか……。俺はそのままネルに従って、素直に店へ行くことにした。


「クーはちょっと待ってて。すぐに戻るから」


「キュウ!」


 クーは素直にそう返事をすると、パタパタと羽をはばたかせて俺の肩から地面へと降りた。そして店の前でお座りのような態勢をとると、行ってらっしゃいとばかりに器用に前足を使って敬礼をする。相変わらず可愛い奴だな。俺はその額を軽く撫でてやると、ネルに続いて店の扉をくぐった。


「おお……」


 さすがにガラスのショーウィンドーとまではいかないが、地球の喫茶店に良く似た雰囲気の明るい店だった。俺とネルはその広々とした板敷きのフロアの端にある席に陣取ると、向かい合わせになってソファにどっかと腰を下ろす。柔らかなクッションが疲れた足腰に優しい。


 田舎にあるにしてはずいぶんと垢抜けた印象の店だったが、不思議と客はいなかった。昼時の結構いい時間のはずなのだが。俺はネルの方に顔を寄せると、奥に居る店員に聞こえないようにそっと耳打ちする。


「なあ、人いないけど……ひょっとしてこの店って、すごくまずいんじゃないか?」


「大丈夫よ。前にもこの店で食べたことあるけど、凄く美味しかったんだから」


「ならいいんだけどさ」


「そんなことよりさっさと選んだ選んだ! お腹がもう限界よ」


 そういうとネルはテーブルの端に置かれていたメニュー表へと視線を投げた。前に来たことのあるネルは、どうやらもう頼む物は決まっているようだ。彼女に急かされるまま、俺はすぐにそれを手にすると二つ折りになっている表紙を開く。そしてたちまち、目を丸くした。


「ちょ、なんだこりゃ……!」


「ん、なんかすっごいメニューでもあったの?」


「違う、値段を見ろ!」


 俺はメニューの一番上にあった「スペシャルパフェ」の値段を指で示して見せた。するとそれを見たネルの顔はドンドン青くなっていき、形の良い唇が少しずつ押し開かれていく。やがてそれが頂点に達した時、金切り声が響く。


「なにこれ! ぼったくり!?」


 ネルは俺の手からメニューを受け取ると、もう一度その値段を確認した。そしてそれが間違いないことが分かると、奥の店員を大声で呼び付ける。黒髪の大人しそうな雰囲気の店員は、肩をビクッと振るわせるとこちらへすっ飛んできた。


「ど、どうなさいました?」


「どうなさいましたじゃないわよ! なんでパフェの値段が十倍になってるのよ。前に来た時は銀貨一枚だったじゃない!」


「それは、その……最近ラーグ街道沿いに恐ろしく凶暴な魔物が居ついてしまいまして。そのせいで、原材料が不足してるんです」


「街道沿いは軍がしっかり守ってるんじゃないの?」


 ネルは呆れたように言った。ラーグ街道は大陸を南北に貫く重要な街道だ。故にそこは、主要街道を統括する大陸政府の陸軍がしっかり守っているはずである。魔物退治がされないと言うのは、明らかに軍の怠慢だ。


「普段はそうなのですが……少し前から、何やら北方が騒がしいらしくて。早急に手を打つとは言ってくれてますけど、今のところは何も」


「酷いわね、何のために税金払ってんのよ」


「はい……でも大丈夫です。村の商店でお金を出し合って、魔物に懸賞金をかけましたから。これですぐ、旅の武芸者や魔導師さんが退治してくれると思いますよ」


「懸賞金か……。確かに有効だけど、それなりの額じゃないとみんな動かないわよ?」


 田舎の村だ、どうせ大した額じゃないんだろう?

 侮ったようなネルの眼が何となくそう語っていた。するとそんな彼女の気配を察したのか、店員の少女はニッと口元をゆがめる。その顔はどこか自慢げだ。


「それはもちろん。頑張って、金貨三百枚用意しました」


「なッ!」


 俺とネルは思わず息を呑んだ。そして互いに顔を合わせると、タイミングを計ったように同時に口を開き――。


「き、金貨三百枚だって!?」


マイナちゃんとずっと一緒かと思いきや、アクセス数がどんどん伸びてびっくりしている今日この頃。

まずい、私自身が知らず知らずのうちに龍酔酒を飲んで酔っているのかもしれない……(笑)

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