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第四話 居なくなった爺さん

 十三歳の春、俺はようやく文字を習得した。

 少し時間はかかったが、今では読みも書きも完璧だ。爺さんに言わせると「味のある字」だそうだが、自分では結構上手い字が書けるようになったと思う。


 修行の方も順調で、今やこの山では敵なしだ。この山にはヒグマを一回り大きくしたような巨大熊やゴリラの王様みたいなのが住んでいるが、そんな奴らも軽く倒せる。最近では、俺の気配にビビって向こうが逃げて行くほどだ。ただ、爺さんにはいまだに勝てないでいる。魔道を始めてそろそろ二百年になるとか自慢げに言っていたが、あながち嘘じゃないかもしれない。そんぐらい化け物じみた強さだ。


 こうして俺が順調に成長していく一方で、クーはあまりでかくはなっていなかった。どうやら、長い年月をかけてゆっくりゆっくりと成長していく種族らしい。その成長の遅さに、爺さんは「もしかするとこやつは……」などとぶつぶつ呟いていたから、大器晩成の強種族かもしれない。


 ただ、体格こそあまり大きくなっていないがクーはずいぶん強くなった。火を吐くことができるようになったのである。小さな体に似合わずその火力は強力で、最初の内はうまく制御できず小屋が灰になりかけたこともあった。けれど今ではすっかり制御を身につけて、焼き肉を作ったりするときに重宝している。


 そうして修行をしていたある日の夕暮れ。唐突にそれは訪れた。

 俺が爺さんにいつものようにぶっ飛ばされ、地面に仰向きになった時のことである。


「爺さん、なんか空がおかしくないか?」


 遥か北方の空が、緑に輝いていた。極地のオーロラのような、鮮やかで神々しい光だ。しかしそれは何とも異様で、背筋が凍るような戦慄が伝わってくる。俺の背中を嫌な汗が流れた。この世界はファンタジー世界だが、空がこんな色になることは今までなかった。


「これは……まあ、心配ないわい」


 爺さんの手がかすかに震えたのが見えた。間違いない、何かある。


「……ほんとに心配ないのか?」


「もちろんじゃ。早く家に戻って飯にするぞ」


 爺さんはそういうと足早に小屋へと戻った。俺は空を振り返りつつも、その背中を追って小屋へと戻ったのであった。


 翌朝、いつも夜明けとともに俺を起こしに来るはずの爺さんが来なかった。

 その結果いつもより二時間ほど朝寝坊した俺が爺さんの布団を見てみると、そこには爺さんではなく大きな丸太が寝ていた。その丸太の真ん中のあたりに封筒が二つ張り付けられていて、一つは「すぐに開けろ」もう一つは「絶対に開けるな」と書かれている。


「なんだよ、これ……」


 戸惑いつつも、俺は蜜蝋で閉じられた封を破る。するとその中には、四つ折りにされたA4サイズの紙が一枚入っていた。


『ルースへ

 わしはしばらく旅に出る。おそらく、もうその家には帰れんじゃろう。お前さんの修行が完成せんうちに居なくなるわしを許してくれ。もう一つの封筒に、お前の姉弟子にあたるカリス・ローゼントへの紹介状が入っておる。もしお前が修行の完成を望むのであれば、この者を尋ねるがよかろう。この者はこの大陸のはるか南方、コーカスシティに住んでおる。では、旅に出るにしろ山に残るにしろ、達者で暮らせよ』


「いきなり何言ってんだよ爺さん……!」


 別れのあいさつもせずに出て行っちまうなんて、水臭いじゃないか。

 俺はもう、あんたの子どもみたいなもんだろうに……!

 眼からぽろっと涙が零れ落ちた。あとからあとから涙はあふれてきて、やがて視界が歪むほどになる。この世界に来てから、これほど泣いたのは初めてじゃないだろうか。痛くても苦しくても、ここまで泣いたことはたぶんなかったはずだ。


 しばらくすると、俺の声を聞きつけたクーが眠りから覚めた。賢いこいつは俺の様子に何かしら事情を察したのか、いつもと違って落ち着いた様子だった。俺はそんなクーを胸に抱きしめると、その日は一日中そうして泣いていたのだった――。




 爺さんが居なくなって一週間。

 俺は保存食の用意なども含めて、旅支度をすっかり完了した。この森に留まる理由は俺にはないし、爺さんもきっと俺が修行を完成するのを望んでいるだろう。それに第一、俺はまだまだ強くなりたかった。


「クー、お前も一緒に行くよな?」


「キュウ!」


 クーは元気よく返事をすると、俺の身体にすり寄ってきた。俺はくすぐったさを感じつつも、旅立つにあたって忘れ物がないかどうかをしっかりと確認する。


「食い物よし、地図よし、着替えよし……」


 爺さんは家に大きなカバンを置いて行ってくれた。ボストンバッグを一回り大きくしたようなカバンで、身体の小さい俺が持つとカバンの底が地面に擦れそうになる。その中に俺は保存食や最低限の着替え、さらには地図など旅に必要なものをあらかた詰め込んでいた。それを一つ一つ確認すると、最後に龍酔酒を満タンにしたひょうたんを背負う。


「準備完了。行くぞ!」


「キュウキュウ!」


 後ろ髪を引かれる思いになりながらも、俺はゆっくりと歩き始めた。まず最初に向かうのは、山を下りて少し西に行ったところにあるシロップ村というところだ。そこから大陸を南北に貫くラーグ街道を南へ進み、国境を越え、中部の大都市ビルクからはマミール街道を南西へ約二週間。全部合わせてだいたい一か月ほどの日程で、コーカスシティへ到着できる。


 かなり長い道だが、踏破する自信はある。山で鍛えた体はそんなにやわじゃない。ただ、俺には一つだけ不安な点があった。それは――。


「路銀、これで足りるかな……」


 外套のポケットをまさぐり、硬貨を取り出す。金貨が十枚、銀貨が三枚、銅貨が七枚。山に居たから正確な物価はわからないが、銅貨一枚がだいたい百円でそれが十枚で銀貨一枚だ。金貨は銀貨十枚分だから、大体一枚で一万円ぐらいとなる。そうやって計算してみると、今の俺の所持金は十万三千七百円。山で食料を取ってきたりできるから、食費などは何とかなるだろうが……かなり心もとない。


「とりあえず、村へ行ったら金を稼ぐ方法がないか捜してみるか」


 俺はそうつぶやくと、クーを引き連れて一気に山を下り始めた。多少不安な点もあるが、これから広がるであろう世界に俺の心は沸き立っていた――!


いよいよ次回から本格的な冒険の始まりです!

ぜひ楽しみにしていてください。

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